第9話 二言目には


 言い争いは、二言目ふたことめから始まる。

 心理学者がテレビでそう言っていた事を思い出す。


 一言目ひとことめの言葉に深い意味なんてない。たいていは、ふと思いついた事や、感情のかけらなのだから。でも人は、言葉を理解しようとして、ありもしない意味まで見出してしまう。


 誕生日デートでご機嫌な彼女が、嫌味なんて言うはずがない。

 わかっていながら、僕は彼女のふとした言葉を、自分への皮肉ととらえてしまった。そして、僕が口にした二言目が、ケンカの引き金になった。


 同じ部屋に帰るのがつらいのか、彼女は僕を残して雑踏に消えた。

 あの二言目さえなければ、今ごろ僕らは幸福な夜を過ごしていただろう。


 謝ろう。

 でも、彼女の二言目が怖い。

 何を言われても、僕は黙って耐えられるだろうか。


 玄関でチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、れた目の彼女。

 何か言おうとしてためらっていた。


 僕はとっさに思いつく。

 二言目まで一気にクリアする、とっておきの言葉を。

 

「おかえり」

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