第13話 魔王の縄張り

 ここはコーヤー高原。

 美しい花々の咲くこの地は今、この世ならざる魔境と化していた。

 そして……それと同時に地獄の戦場とも化していたのだった。


 GYAOOOOOOOOO!!!


 GUOOOOOOOOOON!!


 恐るべき魔物が、邪悪な魔族が大地を埋め尽くす。

 だが不思議な事に、彼等が相対する存在は人間ではなかった。

   

 UOOOOOOOOU!!


 KISYAAAAAAA!!


 対するも魔物、対するも魔族。

 驚くなかれ、彼等は同じ種族同士で争っていたのだ。

 魔物が魔物の肉を喰らう。

 魔族が魔族と切り結ぶ。

 それはまさしく地獄絵図であった。

 一体何が起こっているのか。

 それを説明する為にも、舞台を移すとしよう。

 人間の国、その中にあるちっぽけな建物、市役所へ。

 

 ◆


「部長、勇者達の準備が整いました」


 部長と呼ばれた男は、部下の言葉に頷き作戦司令室へと向かった。

 作戦司令室ではスーツを着た男達が、地図と書類を広げて口論をおこなっている。

 否、口論ではない。作戦会議だ。白熱する議論が口論に見せていたのだ。

 男達が部長の姿を見て立ち上がる。


「構わないから続けてくれ」


「分かりました!!」


 男達は再びテーブルに座り作戦会議を再開する。


「状況は?」


 部長は部下に報告を求める。


「両目標は、以前コーヤー高原にて小競り合いを続けております。ですが次第に戦火が広がりつつある為、人類の生存領域に飛び火するのは時間の問題です」


 部下からの報告を聞いた部長は、ため息を吐く事で返事とする。


「全く頭の痛い事だ」


「ですね。まさか組合発足前に封印された魔王が、二体同時に復活するなんて」


「それも同じ地域でだ」


 かつて、コーヤー高原には恐るべき魔王が居を構えていた。

 その名を魔王ウルティメイトザンギャク。

 卑劣な手段を好み、人々の悲鳴と苦しみを糧とする邪悪の化身。

 多くの犠牲の下。漸く彼は封印された。

 そして、その123年後。

 コーヤー高原に、新たな魔王が居を構えた。

 魔王ブラッディザンバー。

 戦場を全て血の海にしなければ気が済まない、戦闘狂の魔王である。

 彼は戦う事を至上の喜びとし、倒した敵の血を何よりも旨そうに飲み干したという。

 彼もまた多くの犠牲を出しながら封印される事となった。

 そんな恐ろしい魔王達が、同時に封印から解放されたのである。


「魔王の封印が同時に解放されるなど、めったに起きるものではないのだがな」


「それも会話の通じない魔王ですからね」


 両魔王が復活した時、魔王組合は彼等に組合への加入と現代のルールを説明した。

 だが彼等は組合への加入を拒んだ。「魔王が人間にこびへつらうとは何事か」と言って。

 そして彼等は戦いを始めた。

 己の縄張りを侵す愚か者に、身の程を知らせる為に。

 これまでに起こった出来事を思い出した部長と部下は、揃ってため息を吐く。

 部長達が愚痴とも取れる会話をしていると、先ほど会議をしていた男の一人がやって来る。


「作戦の目処が立ちました!」


「よし、確認する!」


 ここに、史上最大の魔王殲滅作戦が始まろうとしていた。


 ◆


 作戦会議室には通信魔法具と水晶スクリーンがずらりと立ち並ぶ。


「アルファ小隊配置完了」


「ベータ小隊配置完了」


「ガンマ小隊配置完了」


 オペレーターが現場の勇者達の状況を報告して来る。


「よし、MY作戦を開始する!」


 魔王ヤキ入れ作戦の略である。


 ◆


 夜のコーヤー高原を黒い影が突き進む。

 彼等は全員が勇者だった。

 コーヤー高原で争いを行う魔物達を駆逐する為に集められた精鋭勇者なのだ。


「アルファ小隊A地区の魔族を殲滅します」


「ベータ小隊B地区の魔物を焼滅します」


「ガンマ小隊C地区の魔王を封殺します」


 夜の闇に紛れ、勇者達が秘密裏に行動を開始する。


「ブレイブレーザー!」


「ジャスティスサンダー!!」


「ホーリーシットブレイカー!!!」


 極太の光線が魔物達の野営地を焼き払う。

 天を引き裂く雷が魔族の陣地に降り注ぐ。

 聖なる断罪の槌があらゆる邪悪に捌きを下す。


 先程までの隠密行為など、無かったかのような眩い光景である。

 そもそも勇者に隠密活動をしろというのが無理な話だった。


 ◆


 魔王ウルティメイトザンギャクに仕える魔族軍の本陣は、混乱の極みにあった。


「敵襲です!!」


「見れば分かる!!」


 魔族の指揮官は報告に来た部下を殴り倒す。


「魔王ブラッディザンバーの攻撃か?」


 殴られていない部下が答える。


「いえ、この攻撃には聖属性の闘技や魔法が使用されています。恐らくは勇者の攻撃かと」


「我等が戦っている事を利用して漁夫の利を得ようという訳か。小ざかしい連中め。よかろう、この私自ら出向いて相手をしてやる」


 幹部が己の獲物を手に出陣しようとする。

 その瞬間、勇者の放った正義の雷と聖なる槌が魔族の本陣を破壊した。


 ◆


 魔王ブラッディザンバーの部下達は困惑していた。

 突如周囲が聖なる力で包囲されたからだ。

 力を持たない低級戦士と魔族達が倒れてゆく。

 よほど強力な術者が居るのであろう。幹部達の力もまた減衰していった。


「おのれ魔王ウルティメイトザンギャクめ! さては人間共と手を組んだな、魔族の恥さらしめ!!」


 陣幕の中で、なにも知らない魔王ブラッディザンバーの部下は勘違いをしていた。

 魔王ウルティメイトザンギャクの部下達もまた。状況を理解できずに攻撃を受けていたの事を彼等は気づいていなかった。


「全軍戦闘態勢! 魔王ブラッディザンバー様の配下の力を思い知らせてやぴぇ……」


 突然幹部がおかしな声を上げて倒れる。


「隊長?」


 部下が恐る恐る上司の様子を伺う。


「たいちょ……ひぃ!」


 部下が驚いて尻餅をつく。

 幹部の頭に丸い穴が開いていたのだ。そしてその穴は反対側まで貫通していた。


「隊長がやられぴぃ……」


 叫び声を上げようとした部下もまた、頭に穴を開けて倒れる。

 部下達が凍りつく。

 そして我先にと魔族達が逃げ出した。

 陣幕にどんどん丸い穴が空いて行く。

 その度に逃げ出す魔族達が倒れて行く。

 神聖な力により思うように体が動かない。だが彼等は生存本能の命じるままにガムシャラに逃げた。

 そして陣幕を出て、仲間達が居る本陣へと到達した彼等は信じがたい光景に遭遇した。

 それは全滅した同胞達の姿だった。


「な、何が起きているんだ」


 それが彼の最後の言葉だった。

 魔族の首がスライドして胴体から離れる。

 次々に魔族達真っ二つになって倒れて行く。

 勇者だ。勇者がせめて来たのだ。

 皆が光り輝く聖剣、聖槍を持ち魔族達を切り裂いていく。


「ま、まさかこいつら全員が勇者だというのか!?」


 勇者達が隊列をなして魔物に襲い掛かる。

 横並びに立った勇者達が放つ聖なる光は逃げ場の無い光の壁となって魔物達を消し去って行く。

 運よく逃げ延びた魔物達は聖剣を持った勇者に切り捨てられる。

 組合によるルールの保護を得られない戦い。

 コレこそが組織に属する事を拒み敵対した者の末路であった。


 ◆


「アルファ、ベータ、ガンマ部隊より敵殲滅を確認」


「オメガ、デルタ両隊が魔王城へ到達。コレより魔王城掃討に入るとの事です」


 作戦司令室ではオペレーターが淡々と報告を行う。


「あとは魔王だけですね」


 コーヒーを片手に報告を受ける部長に部下が語りかける。


「ああ、魔王城突入隊の吉報を待つばかりだ」

 

「彼らは旨くやれるでしょうか?」

 部下が一抹の不安を口にする。

 魔王城を護衛する魔物は魔王配下の中でも最強クラスだ。更にその後ろには魔王も控えている。


「問題ない。アルファ隊には勇者トーロがいるし、ガンマ隊にはユーシャがいる」


「勇者トーロは分かりますが、ユーシャとは?」


 勇者トーロ、東の大陸一の勇者と名高い大勇者である。歴戦の勇士でもあり、彼が戦いに赴けば間違いなく勝てるとまで言われていた。

 それに対してユーシャという名前には全く聞き覚えがない。

 無名の勇者の名前を出されて部下は困惑した。


「彼は私の一押し勇者だよ」


 そして、部長一押しの勇者は、今まさに魔王の喉笛を食いちぎらんとしている所だった。


 ◆


 魔王ブラッディザンバーの城を勇者達が駆け抜けて行く。

 古代の魔王の配下との激戦で勇者達が次々と脱落してゆく。

 だがそれは彼らに力が無いからではない。

 この戦い方こそが今回の作戦の要であった。

 本命の勇者達を無傷で魔王と戦わせる為、彼らは本命部隊を戦わせない為の壁となったのだ。

 

「ここは任せろ!」


「後は任せた!!」


 勇者達が己を壁として敵の追撃を封じる。


「いかん、罠だ!」


「俺に任せろ!アースピラー!!」


 床が崩れ、天井が落ちて来るフロアで一人の勇者が巨大な柱を生み出し穴をふさぎ、天井を受け止める。  


「今の内だ、行け!」


「スマン!」


 また一人勇者が脱落する。

 コレこそが、組合のルールに従わない魔王による即死罠攻撃であった。

 魔王組合は魔王と勇者の戦いを廃らせない為、様々な取り組みを決定した。

 それらは魔王にとって都合が良い一方で人間にとっても都合が良かった。

 その一つが即死罠禁止である。

 だが今はその禁止された罠が勇者達を襲う。

 彼らは己の持つ力を全力で活用して仲間達の道を開いて行った。

 そして遂に、魔王ブラッディザンバーの待つ魔王の間へとたどり着いた。


「良くぞここまでたどり着いた。いまどきの人間にしてはなかなか楽しませてくれたではないか」


「総員、一斉射撃!!」


 部隊長の号令に従い、勇者達が最大威力の攻撃を放つ。


「ぐぉぉぉ、なかなかやるではないか人間共……だがヌルイ!!」


 魔王ブラッディザンバーの反撃により、前衛の勇者達が吹き飛ばされる。

 だが即座に後衛の勇者達がチャージしていた奥義を放つ。


「次弾、一斉掃射!!」


 放たれる奥義。


「ぐぉぉぉぉぉ!!」


 魔王ブラッディザンバーが苦痛の叫びを上げる。


「ま、まだだぁぁぁぁぁ!!」


 魔王ブラッディザンバーの肉体が不気味な音と共に膨張してゆく。より戦闘に特化した形態に変身するつもりだ。


「変身させるな!」


 部隊長の命令に従い、勇者達が次々に攻撃を放つ。

 だが、貯める時間の無い攻撃では、魔王ブラッディザンバーに決定的な一撃を与える事はできないでいた。

 そして、魔王ブラッディザンバーの変身が完了する。


「喰らえ、ダークネスブラスター!!!」


 魔王ブラッディザンバーの放つ漆黒の光線は、己が居城すら破壊して勇者達を飲み込んで行く。

 戦いは魔王ブラッディザンバーの勝利で終わったかに見えた。 

 だが、闇の光の中より清らかな閃光がほとばしり、中から勇者達が飛び出してくる。

 彼らの手には光り輝く宝玉が握られていた。

 これこそ勇者支給品『破魔の玉』である。この宝玉は一戦闘で一回だけあらゆる魔法攻撃を無効化する秘宝だった。

 魔王城突入隊の勇者達は、全員がこれ等のアイテムを支給されていた。

 ルール無用の魔王が相手なら、こちらも出し惜しみは無しという事である。

 魔王への攻撃を再開する勇者達。

 支給された数々の秘法を使って、己を強化した勇者達が魔王の肉体を傷付ける。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 だが勇者達もただでは済まない。

 魔王の反撃を受け、彼らも傷ついていった。

 互いに決定的なダメージを与えられないまま長引いて行く戦闘。

 そして遂に均衡が崩れた。

 魔王ブラッディザンバー5回目の変身である。

 魔王組合のルールに従わない彼にとって、変身回数の制限など何の意味も無い制約であるからだ。

 変身により、体力と魔力の回復した魔王ブラッディザンバー。

 しかし勇者達はそうも行かない。

 度重なる連戦ですでに限界に達していた勇者達には、既に対抗する手立ては残されていなかった。


「くそっ、もう秘法は無いぞ!」


「このままじゃやられる!」


「ふはははははっ。どうやら先程の魔法具はもうないみたいだな。ならば喰らうがよい。我が最強の一撃を!!」


 魔王ブラッディザンバーの魔力が目に見えて膨れ上がってゆく。

 この魔力が頂点に達した時が自分の最後だと、勇者達は否が応でも理解させられた。


「く、誰か手は無いのか!? 誰でも良い!!」


 それは応える者の居ない問いかけであった。

 疲弊しきった勇者達の中に、立った人血で状況を覆る者など居る筈が無い。

 その筈だった。


「了解しました」


 飛び出す影。


「何!?」


 まさか自分の苦し紛れの言葉に応える者が居るとは思わなかったのだ。


「無駄だ! 我が最強の一撃を受けて……」


「勇者必殺剣」


 魔王ブラッディザンバーの言葉をさえぎって剣が振り下ろされる。

 何の変哲も無い縦一文字の振り下ろし。 

 そんな攻撃が通じる筈が無い。

 その場に居る全員がそう思った。

 たった一人、攻撃を放ったユーシャ以外は。


 ◆


 結果、魔王は一刀の下に切捨てられた。

 ユーシャの足元には真っ二つになった魔王ブラッディザンバーの死体が転がっている。

「部隊長、魔王ブラッディザンバーの討伐に成功しました。作戦司令室に連絡を」


 ユーシャに指摘され、漸く状況を飲み込む部隊長。


「あ、ああ。分かった……本部、こちらガンマ小隊。魔王ブラッディザンバーの討伐に成功した」


「了解。魔王の封印処置を行い次第帰還してください」


「了解した……よし、封印作業が終わり次第撤収だ!!」


「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」」」」」


 無事魔王を倒し、勝利の雄たけびを上げる勇者達。

 部隊長は作戦本部からの報告を受け、魔王ウルティメイトザンギャクの討伐報告と友軍の勇者達が全員無事であった事を確認した。負傷者は居るものの、命の危険にさらされた者は居ないそうだ。


 安心した本部長は、一つの疑問を晴らす為にユーシャへと話しかけた。


「なぁ、お前、魔王を一撃で倒せるのなら何故今の今までやらなかったんだ?」


 小隊長はユーシャがそれを出来たにもかかわらず、やらなかった理由を求めた。


「私は援護役の勇者でしたから。上官命令が無ければ勝手は出来ません。先程の攻撃は小隊長の命令だったからです」


 そう言ってユーシャは帰還する仲間達の下へと向かっていった。


「言ってみるもんだな」


 小隊長は、己が誰ともなく助けを求めた事を、心から良い判断だったと思うのだった。

 

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