第12話 プリンセスドリーマー

「ユーシャ君、ちょっとお姫様を救ってくれないかな」


 上司はさらりと物語に出て来る王様みたいなセリフを言った。


「…………」


 対するユーシャは嫌そうな顔をする。

 この業界において、お姫様の救出という単語はたった一人の王女に対して使う言葉だからだ。


「書類がありますのでほかの人に」


「残念、近隣国家の勇者達は全員急がしいって言われて断られたらしいよ」


「急に忙しくなったんでしょう? 前回といい、ご老体達の件といい、最近汚れ仕事が多すぎます。労働組合を結成してストライキを起こすとお伝えください」


 不機嫌さを隠そうともせずにユーシャは断った。


「そう言わないでよー。その分ボーナスの査定には上乗せするからさ」


「査定が確定で2倍以上なら考えますが、無ければ急な腹痛で午後から半休頂きます」


 堂々と仮病宣言である。


「近頃は平気で揺さぶって来る様になってきたなぁ。分かった分かった。最近他の勇者達の手抜きは目に余るからね。暫くは君に厄介事が回ってこない様にローテーションを調整するからさ」


「よろしくお願いします。ボーナス2倍の件も同様に」


「さすがに2倍はきついなぁ」


「手を抜いている勇者から抜けば良い罰則になるかと」


 ユーシャも己の役割は理解していた。だが人はパンのみにて生きるにあらず。

 ブラック会社なら転職を選択する事も辞さないと暗にほのめかす。それが交渉というものである。


 ◆


 ユーシャは王都へと向かう。

 姫が攫われたら、王に謁見して救援を求める言葉を聞くのがしきたりだからである。


「早く撤廃されませんかね、このしきたり」


 非常に不評であった。


 ◆


「よくきたな勇者ユーシャよ。すまぬが今回も頼むぞ。以上」


 言うだけ言って王との面会は終わった。

 おつきの兵士から宝箱に入った銅貨100枚とこんぼうを受け取り、謁見の間をでたら外で待機していた兵士に返す。ここまでがワンセットである。

 もはや定例行事である。朝の朝礼よりもいい加減だ。


「まぁ、長くても困りますがね」



「あれ? 勇者様でねぇべか」


 この会話ももはや定例行事である。


「コレはリタさん。非常に、都合が良い事に、素晴らしいナイスタイミングです」


「おおぅっ!?」


 心からの笑顔を向けられて動揺するリタ。その心臓は早鐘のように高鳴っていた。


「な、何か良い事でもあったんだべか?」


「あえて言うなら最悪な事ですが、リタさんに会えた事で全て吹き飛びました。よろしければこれから私とお出かけしませんか?」


 傍目から見ればデートのお誘い以外の何者でもない。

 この状況でそれ以外のヤボな考えが出来るものはそうそう居ないだろう。


「え? ええ?? 本気だべか?」


 リタもまた万人が考える内容に考えが至っていた。

 そして道行く人々が不自然に近くでたむろい始めた。


「ええ、本心です!」


 リタは自分の頬が暑くなるのを感じた。間違いなく顔が真っ赤になっている事だろう。

 心臓の鼓動が止まらない。自分の体が壊れてしまったのではないかとリタは不安に思う。

 だがその不安は。決して不快なものではなかった。


「ゆ、勇者様が、そこまで言うのなら………………いいべ」


「ありがとうございます! では早速行きましょうか!!」


「ど、何処にいくんだべ?」


 言葉を交わすのも恥ずかしいが、会話を途切れさせない様に必死で言葉を紡ぐ。


「魔王の城です」


「………………………………………………おぉう」


 聞かなければ良かったと心から後悔した。

 通行人達はそっと同情した。


 ◆


「ふははははは! 良くぞ来た勇者よ! 魔王様は王女との婚儀の準備の最中ゆえ、入れる訳にはいかぬ! だが魔王様は慈悲深きお方。貴様が武装を解除して参列者として参加するのなら入れてやっても良いとの仰せだ」


 魔王の城に入るなり四天王が現われ、一方的に現在の状況を教えてくれた。


「いえ結構。力ずくで邪魔させていただきます」


「だらば入れる訳には行かぬ! 四天王の恐ろしさを知れい!」


「勇者殲滅剣×4」


ものすごく事務的かつ適当に排除される四天王達。


「せ、せめて……個別の技で攻撃を……」


「時間が押していますので」


 ザックリと切り捨ててユーシャ達は進む。


「ゆ、勇者様! 王女様が結婚って本当だべか!?」


 リタが目を白黒させて問いかけて来る。


「ええ、魔王に誘拐されて花嫁にさせるそうです。姫が攫われた後に、郵便で招待状が届いたそうですよ」


「そ、それって大変な事じゃないだべか!? すぐにお姫様さお助けしないと!!」


 リタが慌てて救出を急ぐ様に急かす。

 

「大丈夫ですよ。四天王が止めたと言う事はまだ式は始まっていません。あれはもうすぐ良いタイミングだからもうちょっと待ってねという意味なのです」


「ええ?」


 ユーシャの言葉の意味が分からず困惑するリタ。


「いつものお約束です」


「ああ、あれだべか」


 お約束で理解できてしまうあたりリタも慣れてしまっていた。


 ◆


「はははははっ! 無粋な勇者よ! 姫は我が花嫁となるのだ!!」


「助けて、勇者様!!」


魔王の間の扉を開けると、白いタキシードを着た魔王と純白のウエディングドレスを着た王女がユーシャ達を出迎えた。参列者の席には黒いスーツの魔族達が並んでいる。


「王女を返してもらいに来ました」


 異常な光景を前にしてもユーシャは動じない。


「ふははははははっ!! ならば我を倒すが良い!!」


「がんばって勇者様!!」


 魔王の言葉に王女が合いの手を入れる。妙にタイミングが合っていた。


「我が薔薇十字の恐ろしさ、得と味わうが良い!!」




「見事だ勇者、姫はお前のものだ。ガクッ」


 魔王は倒れた。特に名乗っていなかったが誰も気にしていない。

 王女はそれどころではないからだ。

 

「ありがとうございます勇者様!」


 王女が勇者に抱きつく。


「ななななっ!!」


 リタはなんとも言えない複雑な感情に囚われる。


「魔王に囚われた時、私の心は絶望に沈みました。ですが必ずや勇者様が助けに来てくれると信じて耐えてたのです!! ああ、勇者様」


 王女は頬を染めながらユーシャの胸板に頬ずりをする。


「勇者様。姫である私ですが、私個人にはなんのお礼もできません。ですから、どうか私を、私の愛を受け取っては頂けませんか?」


「な、なんだっべー!?」


 どうしたらそんな展開になるのか、それが理解できずリタは混乱した。


「さぁ勇者さま、誓いのキスを、永遠の愛の誓いを!」


 王女の唇がユーシャに近づく。


「いえ、結構です」


 勇者はするりと王女の抱擁から抜け出した。


「え、な、何で?」


 勇者はリタを抱き寄せて肩を組む。


「いえ、いつもの事ですし。それに私にはリタさんが居ますから」


「…………」


「…………」


 リタと王女がユーシャを見る。そして、


「「ええええええええええぇぇぇぇっ!!」」


 同時に叫んだ。


「ゆゆゆゆゆ勇者様!?」


「あ、貴方恋人同伴で私を助けに来たんですか!?」


 ただし驚きの内容は違うみたいだった。


「そう言う訳ですので、他の勇者を当たってください」


「…………ちっ」


 突然王女の反応が変わる。


「何よそれ、彼女持ちの勇者を寄越してくるとか組合は何考えてるのよ! 全く、使えない連中ね。気分が悪いわ、帰るわよ!」


 王女が指を鳴らすと魔王の間の外から数人の騎士がやって来て、王女と共に帰っていった。


「な、何だったんだべ?」


 突然の事にろくに対応もできなかったリタが呆然と呟いた。


「いやー。リタさんのお陰で余計な手間が省けました」


 ユーシャがリタに対して感謝の言葉を述べて来る。


「い、一体何がどうなってるんだべか? 何で私が勇者様の恋人で王女様が怒って出て行って、魔族達が後片付けをしてるんだべか!?」


 リタの言とおり、参列者席の魔族達は結婚式場となっていた魔王の間の後片付けを始めていた。


「そうですね。今回リタさんにはご迷惑をおかけしたのでお話しましょう。ああ、後片付けの迷惑になるので城を出てから話しましょうか」


 ◆


 魔王城からの帰り道で勇者は語りだした。


「コレは極秘なのですが、この国の姫はよく誘拐されるのですよ。時には自分から復活した魔王に攫われに行く事もあります」


「じ、自分から? な、何でそんな事をするんだべ?」


 勇者は遠くを見ながら答えた。


「あの方は攫われ症候群なんです」


「攫われ症候群?」


 聞いた事もない病名にきょとんとして首をかしげるリタ。


「姫たるもの、魔王に攫われ助けてくれた勇者と結婚すると言うのが、姫のあるべき姿と思っているらしいんです」


 つまり厨二病である。


「え、ええー!?」


「何度も攫われるので王様達も心配するのを止め、他の勇者達もあの性格なので敬遠する訳です」


 上司と王の反応の理由がそれであった。


「はー、お姫様っていうのは良く分からないもんだべ」


「むしろ分かってしまったら終わりなんでしょうね。いつもならあの後結婚するしないの問答があるのですが、リタさんが居てくれたお陰でスムーズにお帰り願う事ができたと言う訳です」


「そーゆー事だったんだべか」


 リタは自分が誘われた事よ漸く理解した。


 二つの溜息が漏れる。


「帰りますか。遅くなってしまったので、お送りいたしますよ」


「…・・・だべ」


 夕日が差す長い道に、二つの影が仲良く伸びていた。


 ◆


 予断だが、その後の魔王城では、魔王の城で結婚式ツアーが開催される事となり、盛況を博したとの事である。

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