第11話 婚活魔王

 魔王ストレイビューナスが復活した。

 魔王ストレイビューナスは珍しい女の魔王であった。

 やはり魔王は男の方が多いのだ。

 魔王ストレイビューナスを倒す為、多くの勇者が戦いに挑んだ。

 普段あまり戦わない勇者まで討伐に出向いたくらいだ。

 だが、誰も彼も魔王ストレイビューナスには勝てなかった。

 そうした経緯があって、ユーシャが魔王ストレイビューナス討伐の出張依頼を請け負う事となった。


「私はナッカー地方専属なんですけどね」


 ユーシャの言葉に上司が済まなそうに答える。


「空の魔王を倒してもらったばかりなのに悪いねぇ。魔王ストレイビューナスの居るフーツー地方の勇者達は全滅しちゃってね。今は教会で蘇生作業中なんだ」


 上司のとんでもない言葉にはさすがのユーシャも驚いた。


「全滅? 1地方の勇者が全員ですか?」


 ユーシャが驚くのも無理は無い。普通勇者は一つに地方に十数人は居る。

 そして魔王の平均Lvにあわせて配属される勇者の強さも変わってくるのだ。

 上司の言葉が確かなら、魔王ストレイビューナスはフーツー地方に復活する魔王の平均をはるかに上回る実力を有しているという事になる。


「いやね、それがちょっと特殊な魔王城でね。ある水準を満たさない勇者は中に入ることすら出来ないんだ」 


「特殊能力系の魔王ですか」


 そこでユーシャは納得した。魔王にはただ力が強いだけではなく、ほかの魔王には無い特殊な能力の使い手が存在していた。

 そうした魔王は己の力の特性を生かした魔王城を建築し、部下の能力もそれに合わせているので非常に面倒な戦いを強いられる。

 恐らくコレまでの勇者達は、魔王ストレイビューナスの能力にハメられて追い返されてしまったのだろう。

 魔王の中には、一度攻略に失敗した勇者は再チャレンジできなくなる力を発揮する者も居るという。

 そうした前例からユーシャは自分が選ばれたのだと理解した。


「承知しました。フーツー地方への出張をお受けします」


「よろしくねー」


 こうしてユーシャはフーツー地方へと出張する事となった。


 ◆


フーツー地方の魔王城までの道のりは、非常に楽だった。

というか何も出なかったのだ。魔物も、魔族も、勇者を阻む者は誰も居なかった。


「不気味すぎる程何も起きませんね。それだけ自分の能力に自身があると言う事ですか」


 やがてユーシャは目的の魔王城に到着した。

 それは優雅な城だった。

 最近の仕事で見てきた安物のモデルキャッスルやコテコテの魔王城などではなく、ちゃんとしたデザイナーに絵描いてもらったであろう上品なデザインの城だった。


「少々趣味を優先していますね。美学優先の魔王でしょうか」


 魔王にも嗜好と言うものがある。実用性を無視して美学を優先する魔王と、実用性に重きを置く魔王だ。

 両者は従わせる魔物の質も違う。見た目の美しさを優先して、弱い魔物でも従える魔王もいれば、醜悪だが強い魔物を従える魔王もいる。

 この魔王は前者の様だ。


「とはいえ、特殊能力系の魔王です。油断は禁物」


 ユーシャは最新の注意を払って魔王城へと入って行った。


 ◆


「いらっしゃーい、ゆ・う・しゃ・さ・ま!」


 語尾にハートマークが付きそうな甘い声で女性魔族に出迎えられた。


(何でしょうコレは?)


 なんとなく口にする事がはばかられたので、口には出さないでおくユーシャ。


「魔王ストレイビューナスの城へようこそ!」


「……お邪魔します」


 とりあえずそれだけ言った。


「おやおや、今回の勇者様は照れ屋さんですね。ですが顔は良いので合格としましょう!」


 何か合格したらしい。


「それでは魔王城をご案内いたしまーす」


(特殊能力系の魔王の城に案内人。これは大人しく付いて行った方がよさそうですね。ルール違反をすると罰則が発生しそうです) 


 特殊能力を使う魔王との戦いでは、相手が提示したルールに従っている間は安全な事が多い。

 逆にルール違反を行うと、魔王の特殊能力が発動し実力差のある相手ですら妥当する可能性が出て来るのだ。

 それゆえユーシャは案内人の後を素直について行くことにした。


 ◆


「こちらがイケメンの庭でございまーす」


 城の中なのに庭があった。それも唯の庭園ではない。

 部屋の中には広大な庭が広がっていたのだ。城の外観から考えて明らかに広すぎる庭だった。

 そして庭には複数の男性が半裸でくつろいでいた。

 彼等はこちらを見ると立ち上がり一礼してくる。


(コレは空間操作能力?)


「あそこにいるイケメン達は全員が選ばれたイケメンでございます。魔王ストレイビューナスの城では、選ばれた者達はああして怠惰で優美な生活を送る権利を与えられるのです」


 勇者は内心で驚きを覚えていた。

 そこに居たのは全員が名のある勇者や冒険者ばかりだったからだ。


(コレは一体? なぜ彼等は魔王と戦わずにこの様な場所で暮らしているのでしょうか?)


 ユーシャの疑問は募るばかりであった。


「彼等は勇者なのではありませんか?」


 案内人に問いかけるユーシャ。さすがに質問くらいではルール違反にはならないだろう。


「良いご質問ですね。彼等は魔王ストレイビューナスのお眼鏡にかなったイケメン達なのです!」


 案内人はクルクルと回りながらユーシャに説明を始める。


「このストレイビューナス城は魔王ストレイビューナスが理想のイケメンを集める為に作った城なのです。そして数々の試練を乗り越え、真に魔王ストレイビューナスの認められた勇者は彼女の伴侶となる栄誉を得る事ができるのです!」


(まさか……いやさすがにそれはないですね)


 脳裏に一瞬よぎった不安な想像を振り払うユーシャ。


「それではこちらが第一の試練の間です!」


 案内人がドアを開けてユーシャを導く。

 警戒を崩さず部屋へと入ったユーシャは驚愕した。


「こ、コレは!!」


 それはゴミの山だった。散乱した本やゴミなどが所狭しと溢れている。

 一体コレは何なのだろうか?

 何もへったくれも無い、汚部屋と言う奴だ。


「第一の試練はこの部屋を一時間以内に掃除する事です! それではスタート!!」


 案内人の言葉と共に巨大な砂時計と掃除道具一式が現われる。


「この砂が全部落ちきる前に掃除を終わらせてくださいね」


 勝手な言い草である。

 だがこの試練をクリアしなければ魔王に合う事は出来ない。

 ユーシャは覚悟を決めた。袖をまくってまずはゴミ袋を取り出す。


「やるしかない様ですね」


(私の予想通りなら、この試練の正体は……)


 そして勇者のつらい戦いが始まった。


 ◆


「第二の試練は料理を作ってもらいます」


 勇者は己の嫌な予感が当たったと確信した。


(間違いない、この試練の正体は……)


「第三の試練は……」


「第四の試練は……」


 そうして全ての試練を乗り越えた勇者は魔王の間の前までやって来た。

 

「おめでとうございます。全ての試練を乗り越えた貴方は、魔王ストレイビューナスの前に立つ権利を得ました!!」


 パンパカパーンと口で言いながら案内人がユーシャを祝福してくれる。

 だがユーシャはその祝福を素直に受け入れる事が出来なかった。


「茶番はそこまでにしましょうか」


 ユーシャは案内人から離れて剣を構える。


「おやおや、魔王と戦う場所はこの先ですよ」


 案内人がおどけた様子でユーシャをたしなめる。


「ですが魔王が居るのはこの先の部屋ではない。そうでしょう?」


勇者の言葉に案内人が笑う。


「いつから気付いてました?」


「第一の試練のあたりからですね」


「意外に早かったですね」


 案内人もまたユーシャから距離をとる。


「勇者様も人が悪い。気付いていたのならもっと早く言ってくださればよかったのに」


 案内人から邪悪で圧倒的なオーラが発せられる。

 それはただの魔族が発せられるような矮小なものではなかった。

 そう、この城でここまで圧倒的なオーラを発する事が出来るのは唯一人。


「私が魔王だと気付いていたと」


 闇が噴出した。

 案内人の体から暗い桜色のオーラが洪水のようにあふれ出す。


「ピンクのオーラ、この特性は……」


 オーラは魔王の間へと続く扉を開き、己が主とユーシャを魔王の間へと運んだ。

 そしてユーシャが暗い桜色のオーラから解放されると、オーラもまた霧散していった。

 後に残ったのは、真紅の翼。


「我が名は魔王ストレイビューナス。そして勇者よ、貴方は私の試練を乗り越え、我が伴侶となる資格を得たのです!!」


 案内人、いや魔王ストレイビューナスは非常に露出の高い服装へと着替えていた。

 だがその衣装は彼女の邪悪な雰囲気とデザインとは裏腹に、無垢な色で己を主張していた。

 そう、それは純白のウエディングドレスであった。


「やはりそうでしたか。魔王ストレイビューナス、貴方の目的は世界征服ではない。これまでの試練、掃除、料理、マッサージ、デートプランどれをとっても戦いには関係がありませんでした」


 勇者は魔王ストレイビューナスの着る服、ウエディングドレスを指差して言った。


「貴方の目的はズバリ『婚活』だ!!」


 ユーシャの指摘に魔王ストレイビューナスが笑い始める。


「さすがは勇者! 私の目的をこうも簡単に看破するなんて。そう、私の目的は世界征服なんかじゃないわ。私の目的、それは素敵な勇者様を探し出して結婚する事よ!!」


 なんとも残念な理由であった。

 だが彼女には重要な事なのである。

 彼女の年齢は35万歳、人間で言えば30代中盤なのだ。彼女は、焦っていた。


「組合との規約で業務中の勇者へのナンパは禁じられております」


「ええ、知っているわ。業務中はでしょう? でも私に負けた後なら業務時間外だからセーフよ!!」


 ドヤァと満面の笑みで答える魔王ストレイビューナス。


「途中の部屋にいた勇者達もそうやって捕まえたのですか?」


「そうよ、彼等はイケメンだったけれど、伴侶としては実力不足だった。だから私のハーレムにしてあげたの」


「ボーナスの査定が楽しみな人達ですねぇ」


 勇者は公務員である。つまり勤務態度が給料に影響を与えるのだ。

 今回の敗北だけでなく、魔王につかまってのうのうとハーレムの一員になっているその姿は、明らかに減棒対象であった。


「貴方の行いは組合との協定を大幅に逸脱しています。ゆえにこちらも協定内容を守る必要は無く、貴方を強制的に封印させて頂きます」


 勇者が己の剣に魔力を集中させる。


「ふふふ、亭主関白ね。それとも内弁慶かしら? でも残念。私は魔王ストレイビューナス。美をつかさどる魔王。男の心を支配するのが私の力よ。さぁ、私の美しさに心を奪われなさい!!」


 魔王ストレイビューナスが桃色に輝くオーラを発現させる、それは先ほどまでの邪悪なオーラとは違い、非常にけばけばしい輝きだった。そしてオーラが魔王ストレイビューナスの肌に張り付くくらい圧縮されると、彼女の纏う雰囲気が変わった。


「コレこそが私の最終奥義、その名も『ヴィーナスラヴ』!! この奥義を発動させた私を見た者は私を心から愛する様になる。奥義を発動させる為の条件として、私の私生活を隅々まで見せる必要があるのが難点だけれど、それも私を愛するようになれば何も問題は無いわ。さぁ勇者様、私と永遠の愛を誓いましょう!!」


 魔王ストレイビューナスが両手を広げてユーシャを抱きしめようと近づく。


「お断りします」


「え?」


 ユーシャを抱擁すべく近づいた魔王ストレイビューナスに与えられたのは、キスでも抱擁でも、ましてや愛の告白でもなく、激しい峰打ちだった。


「ふぎゃん!!」


「申し訳ありませんが、業務中に色事にかまけるつもりはありませんので」

 魔王ストレイビューナスの姿を見たはずのユーシャは、平然とした顔で言い放った。


「は、馬鹿な! 私の姿を見てなぜ正気で……なにぃぃぃぃ!!」


 魔王ストレイビューナスが驚いたのも無理は無い。

 ユーシャは魔王ストレイビューナスの姿を見ていなかった。

 彼は「目を瞑っていた」のだ!!


「貴方が最初に放ったピンクのオーラ、アレは魅了系の魔族が発するオーラです。となれば魔王である貴方が強力な魅了技を使うのは容易に想像できました」


「だ、だからといって目を瞑って戦うだなんて」


魔王ストレイビューナスがユーシャの正面から音を立てずに外れようとする。

だがユーシャは目を瞑ったまま魔王ストレイビューナスに切りかかった。


「勇者剣技、一刀両断撃」


「がっ! あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 その名の通り、勇者の一撃は魔王を一刀の下に両断した。

 組合との協定を守らない魔王を断罪するた為の奥義、勇者の本気の一撃が放たれたのだ。


「いくら目で見ていないといっても、魔王の魔力を感知できない訳が無いでしょうが」


 こうして、婚活魔王ストレイビューナスは封印された。

 ついでに、魅了され捕まっていた勇者達は減棒された。


 ◆


「今回は色々と疲れる仕事でしたねぇ。それにしても婚期を焦る女性はおそろしい」


 業務を終え、外食にするか自炊にするか悩みながら商店街へと足を運ぶユーシャ。


「あれ? 勇者様でねぇべか」


 ユーシャの耳に訛りの強い声が届く。


「リタさんですか」


 視線を向けた先にいたのは、イーナカ村の田舎娘リタだ。


「勇者様、仕事帰りだべか?」


 パタパタと足音を立て、リタはユーシャの下にやって来る。


「ええ、リタさんは?」


「父ちゃんと一緒に日用雑貨と食料の買出しだべ」


 リタが指差した先にはイーナカ村の村長が、商品の代金を支払っている姿があった。


「こんな時間だと帰りが危なくないですか?」


「大丈夫だべ、大賢者の爺ちゃんがくれたお守りさあるべ」


 リタがポケットから魔物避けのマジックアイテムを取り出す。


「成る程、ですが過信は禁物ですよ」


「分かってるべ」


「では私はこれで」


「お疲れ様だべー」


 手を振って見送るリタにユーシャは振り返る事無く手を振って答えた。

 その口角がわずかに吊りあがっていた。

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