第10話 勇者と空の魔王
「ユーシャ君、ちょっと仕事頼まれてくれるかい?」
前回の魔王退治の報告書を書いていたユーシャの下に上司がやって来る。
「仕事ですか?」
「そう、空の魔王に誘拐された娘を助けて欲しいって依頼。書類はもう出来てるから」
手にした書類をピラピラ振りながらユーシャに見せる上司。
「空の魔王なら空の勇者の管轄では?」
勇者には管轄がある。深い水の底、広い大空の上、具体的には地上10m以上は空の勇者の管轄で、水深5m以下は海の勇者の管轄だ。
「君を名指しでご指名だ。だから今回管轄は関係ない」
「承知しました。空の魔王という事は鳥をまわす必要がありますね」
そういう事なら仕方ないと納得するユーシャ。
勇者は引き出しから出張用の書類を取り出す。
「まずは依頼主にあっておくと良いよ。君に縁のある人物だからね」
そういって書類のある部分を指差す上司。
「……イーナカ村村長、ラド?」
それは、イーナカ村の田舎娘リタの父親の名前だった。
◆
「お待たせしました」
依頼主の待つ個室にユーシャが入ると、先に入って待っていたイーナカ村の村長がガタンを音を立てて椅子から立ち上がった。
「ゆ、勇者様だっぺか!?」
父親も田舎者全開だった。
「初めまして、私がナッカー地方担当勇者のユーシャです」
ユーシャが挨拶をすると村長もまた身を正し挨拶をする。
「オラはイーナカ村の村長でラドと言うッぺ。勇者様には娘がいつもお世話になってるっぺ」
「…………いえ、お気になさらずに。まずはお座りください」
さすがのユーシャもリタを上回るイナカ口調で喋るラドにこみ上げるモノを感じずにはいられなかった。そして自分が指名された理由も理解する。
「娘さんが空の魔王に攫われたとの事ですが」
「そうだっぺ。畑仕事さ終わってけぇるべって事さなって、リタと二人で帰ってたら突然でっけぇ鳥さやって来てあっちゅうまにリタをさらっちまったっぺ!!」
「そ、そうですか。その巨大な鳥が空の魔王の関係者と分かったのは何故ですか?」
コレは重要な質問である。もし間違って関係ない魔王の城に攻め入ってしまったら色々と問題になるのだ。具体的に言うと名誉既存とかである。
「その鳥が自分の事さ空の魔王だって言ったんだっぺ」
「魔王自ら自供ですか」
ユーシャは村長の言葉をメモして行く。
「お願いだっぺ! どうかオラの娘さ助けて欲しいッぺ!!」
村長が水飲み鳥のように頭をブンブンと上下させて懇願してくる。
「お任せください。それが勇者の仕事ですから」
「ゆ、勇者様……頼もしいっぺ」
勇者の言葉に感激する村長。
「それでは書類を揃えたら出発……!」
しかしそこでチャイムと共に簡素な音楽が鳴り響く。
「おっと、休憩時間ですので出張書類の作成は午後からですね。書類の申請が通りましたら娘さんの救出に向かわせて頂きます。それでは失礼」
すたすたと部屋を出て行くユーシャ。
一人残された村長はポツリと呟いた。
「大丈夫だっぺかあの人?」
それは娘と同じ反応であった。
◆
ユーシャは山を登っていた。
ハイキングなどではない。山は険しく、草木も生えず道も存在しない。
だが空の魔王の下へ行く為には、どうしてもそこに行く必要があった。
山の頂、伝説の聖鳥ホーリーバードに会う為に。
山頂を目指すユーシャの前に様々な魔物達が現れユーシャを襲う。
いずれ劣らぬ凶悪な魔物達だ。
だが魔王組合とは関係ない野良魔物なのでサクサク退治していく。
そうして、数時間が経過した頃に漸く山頂へとたどり着いた。
山頂には、鳥の巣を巨大にしたようなオブジェが置いてあった。
と、いうか鳥の巣そのものだった。
「ホーリーバードさんいらっしゃいますか?」
巣の前でユーシャが声を張り上げる。
「はーいっと」
するとのんびりとした声が巣の中から聞こえて来る。
そしてのっそりと美しい金色の巨鳥が姿を現した。
「すみません、ホーリーバードさんはご在宅ですか?」
どうやらお目当ての聖鳥ではなかったらしい。
「ああ、親父なら腰をやっちゃって病院にいってますよっと。留守の間は俺が変わりをしろって言われてますっと」
鳥なのにギックリ腰になったとホーリーバードの息子は語った。
あとちょっと口調が変わっている鳥だった。
「それは大変ですね。お父君にはお大事にとお伝えください。それで話を戻しますが、空の魔王が現われたのでお父君に代わって移動手段として働いていただけますか? 書類はこちらです。あ、息子さんが代役なのでこちらにサインとハンコをお願いします」
ホーリーバードの息子に書類を手渡しサインを頼むユーシャ。
「シャイニングバードっと。ほいハンコ」
ホーリーバードの息子は器用に羽でサインを書くと書類を勇者に返却する。
「ありがとうございます。それではシャイニングバードさん、早速で申し訳ありませんが空の魔王の城までお願いします」
「はいはい、準備するからちょっと待っててくださいねっと。ああ、俺の事はシドで良いですよ。シャイニングバードって長いですからっと」
そう言いながらシドはヘルメットをかぶり、胸にナンバープレートを貼り付ける。
そして背中に座席を固定してユーシャに乗れとジェスチャーをする。
「それでは失礼」
「シートベルトをお願いしますね。着けないと空察に見つかったら大目玉ですからっと」
「安全運転でお願いします」
シートベルトを締めながらユーシャが注文をする。
「はいよっと」
シドが翼を羽ばたかせるとその体が空に浮き上がる。
「それでは空の魔王城までご案内いたしまーすっと」
◆
空の魔王城に向かったユーシャ達は、特にトラブルに会うことも無く、空の魔王城までやって来た。
そこは空の魔王領域であり、パトロールの魔物も多く居た。
だが彼等はユーシャ達に攻撃を加えない。
それは魔王組合のルールだからだ。
ユーシャと聖鳥には攻撃しない。それは単独での飛行手段を持たないユーシャ達に対する配慮だった。もし空中の戦闘で勇者達が足を滑らせ地面にまっさかさまなどと言う事になれば、魔王と戦う事無く死んでしまう。それでは魔王とユーシャの戦いの意味が無くなってしまう。
それゆえ空中では勇者と聖鳥への攻撃が禁止されていた。
魔王組合とは魔王にだけ有利な存在ではなかった。
魔王側にメリットがあるからこそ、勇者側にもメリットが用意されるのだ。
◆
ユーシャは無事空の魔王城に到着した。
空の魔王城は巨大で優雅な姿をしていた。まるで物語に出てくるお城のような美しさで、とても恐ろしい魔王が住む城とは思えない程だった。
そして城の下には巨大で中央が捩れた細長く平たい棒が取り付けれらており、それが高速回転していた。
よく見ると城の四隅にも小型で同じ形状の板が装備されて回っている。
そして一個だけ横向きに付けられた板が目を引いた。
「風車? それとも何かの魔術装置でしょうか?」
見た事も無い装置に首をひねるユーシャ。
「アレは風の魔法を発動させるマジックアイテムですよっと。アレででっかい城でも浮かす事が出来るんですよっと。今までの浮遊魔法よりもずっと魔力消費が少なくてメンテナンスが簡単だから、採用されたみたいですよっと」
シドの説明に技術の進歩を感じるユーシャ。なんとなく関わりたくない老人達の匂いを感じた気がしたので、彼はそれ以上この話題に触れるのをやめる事にした。
空の魔王城の正門前に降り立つユーシャとシド。
魔物達が襲ってこないのはここまでだ。
この門の中に入れば魔物達が遠慮なく襲ってくる。
言わばここは魔王の間前の休憩所と同じと言えた。
「じゃあ俺は駐鳥場で待機してますんで、終わったらそっちに来てくださいっと」
そう言ってシドは、正門横の城壁が盛り上がった所に開いている穴に入って行った。
勇者達が戦っている間、聖鳥が待機する駐鳥場だ。なお駐鳥料金は30分銅貨2枚である。
「では囚われのお姫様を助けに行きますか」
珍しくユーシャは気合を入れて正門を開ける。
「……これ、久しぶりに勇者っぽい仕事ですねぇ」
◆
正門を入り、空の魔王城の中庭に入ったユーシャを魔物達が襲う。
空の魔王の手下だけあって前任が飛行能力を有していた。
彼等は一様に上空からユーシャを攻撃する。
高速のヒットアンドアウェイで攻撃する者。
遠距離から魔法で攻撃する者。
同じく遠距離から羽手裏剣や弓で攻撃する者。
それぞれが己のアドバンテージを生かし、地を這う勇者を攻撃する。
空を飛べない勇者は大苦戦だ。
本来ならば。
だがここに居るユーシャは普通の空を飛べない勇者ではない。
周囲の木々や建物の壁を利用、跳躍し立体的な起動で魔物達を迎撃して行く。
しかしここは空の魔物のテリトリー、すぐさま魔物達はユーシャの跳躍範囲に逃亡、攻撃を再開する。コレにはユーシャもたまらないと思われたが、なぜか彼は壁際に移動した。
そして壁に背中を付けるように立って、魔物達を迎え撃つ姿勢を見せる。
するとなぜか魔物達が動揺する。
そしてせっかくのアドバンテージを捨てるようにユーシャに接近戦を挑んだり、わざわざ弱い魔法で攻撃を再開した。
コレが彼等の弱点であった。
浮遊城は高価だ。見た目は美しいがその維持にはお金が掛かる。
ついでにメンテナンス費用も掛かる。はっきり言って趣味人が購入する代物だった。
また城を破壊すると地上の住民に危険が及ぶ。
もし落下した破片で地上の住民から非難の声が上がったら、空の魔王城の使用に規制が入りかねない。
そうなると空の魔王城を建設する不動産会社も大打撃だ。
だから空の魔王城で戦う際は敵も味方も城を破壊しない様に気を付けないといけない。安物の空の魔王城ならなおさらだ。
ついでに言えば魔王城に着くまでの空の移動で戦闘が禁止されている理由にも同じ内容が含まれているのは言うまでもない。
ユーシャもまた強力な攻撃は控え、強い攻撃は地上と城に影響の無い角度でのみ放っていた。
その為、魔王城の奥に進むのに予想外に時間が掛かっていた。
もっとも。空の魔王四天王は基本全員が風属性だった為、土属性の魔法で一網打尽であった。
空の魔王城内部の閉鎖空間では、飛行属性のメリットもまた薄れてしまうのだった。
◆
魔王の間前の休憩所で名物の手羽先を食べながらユーシャは回復作業を行う。
いつもと違い攻撃方法に制限があった為少々苦戦していたからだ。
だが、いつもどおりのポーカーフェイスの下でユーシャは、ちょっとだけ楽しんでいた。
いつもとは違う環境が、己が勇者である事を強く教えてくれたからだ。
「とはいえお仕事です。真面目にいきますか」
魔王の間へと入る門を開け、奥へと進んでゆくユーシャ。
◆
漆黒の魔王の間に光が灯る。
魔王の間の中央、天上部分からきらびやかに光り輝く玉が降りて来る。
玉の表面が加工されているのか光が乱反射する。
「ようこそ勇者よ。私が空の魔王、ウルトラフィーバーだ!!」
複数の方向から光が放たれる。
その光は、部屋の中央に潜んでいた存在、魔王を照らし出す。
「フィーバァァァァァァァァ!!」
その姿は鳥だった。鳥が白い服を着ている。肩の辺りは金の糸で縫われた肩当が着いており、羽と足の袖口は広がっており、袖口の近くにヒラヒラと揺れるヒモがたくさん着いていた。
頭頂部と顎には真っ赤なヒラヒラがついており、それが空の魔王ウルトラフィーバーに更なる威厳を与えていた。
「空の魔王ウルトラフィーバー、貴方が攫った少女を返して頂きたい」
色々と言いたい事のある恰好であったが、魔王のする事なのでそっとしておく。その辺に関わると碌な事にならないからだ。
「おおっと、それは出来ないな。何故なら彼女は私の妻になるからだ!!」
「っ!? 何を!?」
驚きの発言に驚愕するユーシャ。
「彼女は美しい。それに何より私好みだ。だから妻にする。故に返す事は出来ん! どうしても返して欲しければ私を倒すが良い!!」
「ではそのように」
「え?」
ユーシャの攻撃が魔王を叩きのめす。
「ちょ、ま、まだ向上の……」
「いま私を倒すが良いと言ったではないですか。さぁ立ち上がりなさい。そしてさっさと 変身して最終奥義を繰り出しなさい」
周囲の温度が下がる。
それは気のせい等ではなく、ユーシャの放つ氷の魔力が原因であった。
「く、なめるなよ!」
空の魔王ウルトラフィーバーが指を鳴らすと、魔王の間の天上が開き空が見える。
「空の魔王の力を見せてくれる!!」
空の魔王ウルトラフィーバーが巨大な鳥に変身する。なお袖のヒラヒラは付いたままだ。
空の魔王ウルトラフィーバーは天空高く舞い上がると遥か彼方まで飛んでいく。
あっという間に魔王ウルトラフィーバーは豆粒ほどの大きさになってしまった。
そしてくるりと方向転換すると見る見る間にその姿が大きくなって来る。
「遠距離から助走(?)を付けたの高速突撃ですか。しかしそれはここで行うべき攻撃ではない」
ユーシャが剣を引く。それは突きの構えだ。
巨大な空の魔王ウルトラフィーバーの姿が視界いっぱいに広がる。
「勇者突閃光!!」
ユーシャの放った巨大な光の柱が魔王の間の天上いっぱいに広がり、それは空の彼方まで貫いて行った。
そして光がやんだ頃には空の魔王ウルトラフィーバーは元の姿に戻り気絶していた。
「どれだけ高速で突撃してきても結局は天上からここに入って攻撃してくるんですから、タイミングを読んで迎撃すれば対応は容易です」
事も無げに語るユーシャ。
だがそれは言うほど容易ではない。
高速で突撃してくる敵に攻撃を当てるタイミング、敵の速度を無効化して吹き飛ばす威力、天上の穴全てをカバーする範囲。どれ一つとっても非常に難度の高い攻撃だ。
だが事実空の魔王ウルトラフィーバーは意識を失っている。
それはユーシャが非凡な実力の持ち主である証明であった。
◆
空の魔王ウルトラフィーバーを下したユーシャは、仮封印作業を行った後、魔王の間の奥にある扉から上の階へと至る階段を登っていた。
この城の中には牢屋が無かった。
おそらくそれは空の魔王城を浮かす為に余計な重量をなくす為だろう。
そして魔王はリタを己の妻にするといっていた。
つまりリタが閉じ込められている場所は、空の魔王ウルトラフィーバーの居室に他ならなかった。
無意識のうちに早歩きになるユーシャ。
暫く歩くと、階段が終わりを向かえ、扉に突き当たる。
ユーシャは細心の注意を払って扉を開けた。
「リタさん、ご無事ですか!」
暗い通路から出ると、視界が光に包まれる。
空の光だ。魔王の居室は大きな窓で外が一望出来る様になっていた。
視界の先、窓のそばで白い花束が風に揺られている。
否、それはドレスだった。
純白のドレス。そう、ウエディングドレスだ。
「勇者様?」
純白の花束が振り返る。
「っ!?」
そこに見えたのはいつもの田舎娘ではなかった。
純白の花嫁衣裳、素材の良さを最大限生かす事だけを考えられて化粧。
それは招待客からの見栄えを良くする為の化粧ではなく、隣に佇む新郎へ美しさをアピールする為の化粧であった。
眩暈がした。
ユーシャは流れるようにリタから視線を逸らし背を向ける。
「助けに来ました」
「?」
突然背を向けたユーシャを訝しがるリタ。
「一体どうしたんだべユーシャ様?」
「何でもありません。それよりも早く脱出しましょう」
そう言って後ろを向きながら手を差し伸べるユーシャ。
「……分かったべ!」
何の気負いも無くユーシャの手をとるリタ。
「っ!」
一瞬だがユーシャの体が跳ねる。
「?」
ユーシャとリタは何も語らず会談を降りて行く。
そこへふと何かを思いついたリタが呟く。
「なんだか結婚式みたいだべ」
「っ!?」
予想外の言葉につんのめるユーシャ。
「だ、大丈夫だべかユーシャ様!?」
「え、ええ。問題ありません」
平静を装って取り繕うユーシャ。
彼は徹底してリタの方向を診ようとはしなかった。
しかしリタは時折視線を逸らした時にユーシャからの視線を感じていた。
その意味に気付かず、いや、ユーシャ本人も理解していない感情であった。
なんとなく言葉を発するのを躊躇うリタとユーシャだった。
◆
無言の帰路はシドに乗って返る時も続いていた。
「お二人さん、夕焼けが綺麗ですよっと」
気を利かせたシドが二人に会話のきっかけを与える。
「ほ、本当だべ」
「ええ、大変綺麗ですね」
ぎこちないながらも漸く会話が始まる。
「あっ」
「どうしましたかリタさん」
何かトラブルが起きたのかとリタのほうを見るユーシャ。
そしてそれは大失敗な選択であった。
「えへへ、ドレスが夕焼け色に染まって綺麗だべ」
恐ろしい不意打ちだった。その笑顔は今まで戦ってきたどのような魔王の攻撃よりもユーシャに深いダメージを与えた。
「た、大変お似合いですよ」
かろうじて返した言葉も更に逆効果だった。
ユーシャに褒められたリタは顔を赤くして頬を染める。
そしてそれはユーシャに更なるカウンターとして大きなダメージを与えた。
「リア充爆発しろっと」
シドは呆れて呟いた。
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