第9話 異世界魔王とカンスト四天王

「今回の仕事は何かおかしいですね」


 新たな魔王が復活した。魔王の名はヨシナガ=ケータ。エンフレイムの国ではあまり聞かない名前である。


「どちらかといえば東方のニポングの名前に近いですね。


 ニパング、長らく黄金の国、武神排出国などと呼ばれていた極東の島国である。

 良質な金や銀を輸出し、優れた武術家の居る国であり、それが原因で情報に乏しい時代では怪しい噂の元となっていた。

 しかし情報技術が発展した事によって現地の情報は広く市民の間に広がり、ニポングが普通の国家である事が判明して関係者は深く肩を落とした。

 だが逆に武神と呼ばれるにふさわしい武人が多い事や、非常に繊細な工芸技術を持っている事も知れ渡った為、ニポングの評価自体は上昇していると言えた。 

 だが目の前の魔物達はそんなニポングとは関係なく、何処にでもいる普通の魔物達だった。

 だがそれでもユーシャに疑問を抱かせた理由。それは……


「あまりにも士気が高い、高すぎる」


 魔王ヨシナガ=ケータの部下であろう魔物達、そして魔族達は異様に士気が高かった。

 彼等は妙に強く、妙に統制された動きだった。

 仕官クラスだけではなく、一般兵までもが鍛え上げられた戦死の強さを発揮した。

 更には隊員同士の、いや部隊単位で一糸乱れぬ連携を見せたのだ。

 これにはさしものユーシャも辟易した。

 通常魔族は単独行動を好む。

 魔族の世界は実力社会だ。優秀な者が幅を利かせる。弱い者にあわせる必要などないのだ。

 だというのに、この魔物達は群れが一つの生命体の様に行動する。


「間違いなくAクラス魔王の部下」


 危機感を抱いたユーシャは敵の迅速な殲滅を選択した。


「拡散貫通退魔斬撃!!」


 裂迫の気合と共にユーシャは剣を横薙ぎに振りながら一回転する。

剣の刃先から魔力の斬撃が円環状に放たれ周囲の魔物達を一瞬で殲滅した。

勇者が荒い息を吐く。

だが彼は休む事無く今の斬撃を耐え抜いた魔族の殲滅に乗り出した。



「今回はリタさんを連れてこなくて正解ですね」


 最近何かと巻き込んでしまう事が多かったリタと出会わなかった事を幸運に思うユーシャ。

 今回の魔物達はいつものヘッポコ魔王達とは訳が違う。

 なんというか本気度が違うのだ。

 安月給でやる気がない魔族や、主の奇行に辟易する魔族ではない。

 主に対する忠誠心に満ち溢れているのだ。


「これは魔王も相当なものでしょうね」


 これから戦うであろう魔王との激戦を想定し、気を引き締めるユーシャ。

 彼の決意は思わぬ方向に転がり落ちていく事になる。


 ◆


 魔王の城に突入したユーシャは魔王軍の本体と激戦を繰り広げていた。

 猛烈な魔法攻撃により魔力を削られるユーシャ。

 被弾を最小限に抑えながら城の内部へと進む。

 だがどうにも不安がぬぐえなかった。


「これは進ませられている?」


 ユーシャは己の進む道が誰かの意図によって選択されている様な不気味さを覚えていた。

 だが、この魔法の雨の中では強行して道に穴を開けるのも危険だ。

 その選択こそが敵の狙いである可能性も否定できない。

 答えが出ない疑問は集中力に穴を開ける。

 敵の攻撃を避けそこなったユーシャは手痛いダメージを受けた。


「仕方ありません」


 ユーシャは賭けに出た。

右手で魔法障壁を張りながら、左手に魔力を集中させる。

そして道を「進み」ながら強引に壁際へと体を潜り込ませた。

 無理な進路変更は被弾という名の罰を与える。

 だがユーシャは、ひるむ事無く拳にこめた魔力を魔王城の壁にぶち込んだ。

 爆音を立てて魔王城の壁が破壊される。

 ユーシャは滑り込むようにその穴の中へと入った。


 ◆


 壁の向こうに敵の気配がない事と判断したユーシャは氷結魔法で穴をふさぎ、土魔法で更に補強した。


「ふぅ、コレでしばらくは耐えられますね」


 敵の攻撃がなくなって安堵するユーシャ。

 だがまだ油断は出来ない。ユーシャはポケットからエリクサーを取り出して飲み干した。

 のどを潤す炭酸の刺激。

 炭酸エリクサー『スッキリン』

 高位の回復薬に付き物の『マズイ』という問題を解決するべく作り出されたエリクサー。

それが『スッキリン』であった。

 具体的にはまずいエリクサーに炭酸と砂糖を入れただけの薬である。

 炭酸と砂糖によって成分が変わらぬ様にした為、回復効果は普通のエリクサー以下だが、飲み易さと言う点では圧倒的に優れた品だった。

 エリクサーによって体力と魔力を回復するユーシャ。


「こんな物を使うのも久しぶりですね」


 かつての未熟だった頃の自分を思い出して苦笑するユーシャ。

 もしかしたら自分は知らずの内に慢心していたのだろうかと自問する。


「勇者様だべか?」


 ユーシャは瞬間的に飛び跳ねた。

 声の下方向からとっさに離れ、腰の剣に手をかける。

 油断していた。気配を探った時には敵意も殺意もなかった。

 先ほどまでの荒れ狂う敵意の中で、ユーシャの感覚は麻痺し、敵意のない気配に気付けなかったのだ。

 完全に油断していた。

 己の力を過信していた事を実感して恥じるユーシャ。

 猛省と共に警戒を強めながら相手を観察する。

 だがそれはユーシャが考えるような恐るべき敵ではなかった。


「どうしたんだべ勇者様」


 そう、その聞きなれた田舎ボイスは、間違いなくイーナカ村の田舎娘リタだった。


「リタさん? 何故?」


ここは魔王の城、田舎娘のリタがいる筈も無かった。


「町さ行こうとしてたら、なんか四天王とか言うのに捕まったんだべ。魔王様の供物にするって言われて、困ってたんだべ。せっかくスン爺ちゃんからもらったマモノイヤーンも通じなかったべ」


 リタに言われて気付く。ここは魔王城の牢屋であった。


「コレが効かなかったんですか?」


 マモノイヤーン、それは大賢者スン=ゲイが作り出した強力な魔物避けのアイテムである。

 作り手の人格はともかく、性能は超一流。

それを耐えてリタを捕らえたのならその力はただの魔族を超えた魔王級と言う事だ。

 ユーシャは自分の見通しが甘かった事を恥じる。


「リタさん、城を抜け出します。付いて来て下さい」


 ユーシャはリタの閉じ込められていた牢を破壊すると即座に撤退を選択した。


「魔王を倒さないんだべか?」


 リタはユーシャが撤退と言い出した事に驚いた。

 これまでのユーシャなら自分が居ようともお構いなしに魔王と戦いに行っていたからだ。


(コレはひょっとして勇者様との関係が一歩進んだって事だべか?)


 勇者の判断を乙女チックに受け取るリタ。


(私が大切だから危ない目にあわせたくない? キャー! それはそれで嬉しいけんど、それだと勇者様の活躍さ見れないのが勿体無いべ)


「いきますよリタさん」


 ユーシャに呼ばれたリタは慌てて現実に戻る。


「今行くべ!」


 ◆


 壁を越えたお陰が、ユーシャ達は魔物達と遭遇する事無く歩を進めていた。

 だがこの静けさを不気味に思うユーシャ。


(おそらく今は部隊の再編成をしているのでしょう。だとすれば次に出会う時が決め所という訳ですか)


 敵の行動を予測するユーシャ。


(だとすればこちらも道に沿って行動するのは危険ですね)


 ユーシャは壁に向かい剣を構える。


「勇者様?」


 突然立ち止まったユーシャを訝しがるリタ。


「破軍貫通刺突撃!!」


 ユーシャがすさまじい勢いで剣を突き出すと、正面にの壁が吹き飛び穴を開ける。更に壁は水切りの石の様に連鎖してどんどん吹き飛んで行った。


「はわー、すごいだべ」


 目の前で起きた光景に目を丸くするリタだった。


 ◆


 壁を破壊して進むユーシャとリタ。

 時折遭遇する魔物達からリタをかばいつつ戦うのはさすがのユーシャを持ってしても簡単な作業ではなかった。

 だがある壁を破壊した時に流れが変わる。


「ここは?」


 そこは明らかにコレまでの場所とは違った。


「誰かの部屋だべか?」


 リタの言うとおりだった。

 豪華なタペストリー、上品な装飾の彫られた机、天蓋つきのベッド。

 明らかに身分の高い存在の部屋だった。


「貴族……いや、これは魔王の部屋?」


 そう推測したユーシャは部屋の中を物色する。


「い、いきなり何をしてるんだべ!?」


 突然の行動に驚くリタ。


「勇者は魔王を退治する為なら。部屋の中を物色して物を持ち出しても良いというルールがあるんです」


「と、とんでもないルールだべ!?」


 リタは戦慄した。

 

 

 

 そうして数分ほど部屋を探した所で、勇者はある本を見つけた。

本をめくると見たことも無い複雑な文字で埋め尽くされている。


「コレは……魔王の日記ですか」


「なんて書いてあるんだべ?」


 勇者は翻訳魔法を使い日記の内容を読み解いてゆく。


「3月22日、学校の帰り道で突然足元に魔方陣が現れた。冗談みたいな話だが俺は異世界に召喚されてしまったらしい。俺を召喚したのは魔王ジェネシックス……ジェネシックス!?」


「ええ!?」


 隣で聞いていたリタも驚愕する。


 魔王ジェネシックス、現存する魔王の中で最強の一角と考えられる魔王の一人であり、全員が6に関する言葉を名前に入れているのが特徴。

 魔王ジェネシックスは召喚魔法に優れた魔王で、強力な部下を多く有している。

 彼は戦いたくない魔王ランキングの上位常連であった。


「魔王に召喚された魔族の日記が何故こんな所に?」



 ユーシャは日記を読み進めて行く。


「3月23日、俺を召喚した魔王が居なくなった。机の上には後は任せたと描かれた紙だけがおいてあった。そして魔王の部下が俺をどこかに連れて行く。俺は危険を感じたが、ふりほどいて逃げることも出来ない。玉座の間に連れて行かれた俺は、何故か玉座に座らされた。一斉にひれ伏す魔王軍の幹部達。俺は何が起こっているのかわからずにパニックに陥った」


「コレは驚くでしょうねぇ」


 読んでいる自分達も訳が分からないので、つい日記の書き手に同意してしまう。隣のリタもうんうんとうなずいていた。

「魔王側近のメイドさん(むちゃくちゃ可愛くておっぱいデカイ猫耳娘)がおっぱいを当てながら背中をさすってくれたお陰で漸く落ち着いた(一部落ち着かなかったが)その後、四天王が俺の疑問を説明してくれた。なんと魔王は夜逃げをしてしまったそうだ。理由は分からない。だが玉座には俺を後継者にするから後は任せたと描かれた書置きが残されていたのだとか。正直訳が分からない。魔王は何を考えてるんだ?」


「この日記の持ち主は巨乳好きですね。ぐっ!?」


 うっかり変な感想を言ってしまった為にリタのヒジ鉄を喰らうユーシャ。


「続き」


「はい」


「俺は恐怖した。だってそうだろう、ある日突然自分達の主が姿をくらまして何処の誰とも思わない人間を後継者にするなんていわれたんだぜ。しかもその後継者が何のとりえもない唯のガキだったんだ。普通に考えれば下克上上等だろう」


「召喚されたのは異世界の人間だった様ですね」


「異世界にも人間が居るんだべなぁ」


 人事の様に感想を漏らすユーシャ達。


「だが魔王の部下達は俺を受け入れた。俺に対して絶対の忠誠を誓うと言い出したのだ。最初は俺を油断させる為の罠だと思った。正体の分からない俺の隠し持った力を警戒しているのだと。勿論そんな力などない。だが違った。彼等は本気で言っている事に俺は気付く事になる。彼等との会話から、先代の魔王であるジェネシックスは何でも召喚魔法で解決してしまう人間、いや魔王だったらしい」


「そういえば魔王ジェネシックスの部下が戦った話は聞いた事がありませんでしたねぇ」


 彼等の記憶にある魔王ジェネシックスの戦いは、常に召喚した魔物が数で圧殺するものばかりだった。

 

「そんな魔王だから彼等にはする事がなかった。魔王の部下であるのに何もやる事が無かったのだ。退屈は人間を殺す。それは魔族も一緒だった。部下達は魔王に命令される日を夢見て日夜研鑽に励んでいたらしい。ゲーム開始時の勇者が冒険に出ずに城の周りでLv99になるまでレベル上げをしている感じだろうか? そしてその忠義は報われる事は無かった。俺に出会うまでは」


 ここまで読んでようやくユーシャも事を理解できていた。

 つまり。魔王のヨシナガ=ケータは異世界から召喚された人間。そして今回の妙に強い魔物達の正体は……


「彼等は俺の為に全力で働いた。彼等は飢えていたのだ、自分の力を必要とする足りない魔王の存在に。そんな彼等にとって俺の存在は待ち望んでいた魔王そのものだった。何しろ俺は何も出来ないのだから。魔王城に使えるありとあらゆる魔族と魔物が俺の為に行動した。ジュースが欲しいと言えば瞬間移動で人間の町に転移し、行列のできる人気店の店員を脅してすぐにジュースを作らせたり、可愛い女の子って良いよなって呟いたら魔王城中の可愛い女の子が俺の部屋に集められた。正直キツイ」


 過剰接待。その内容にユーシャ達は戦慄した。



「4月22日、俺は魔王の部屋で先代魔王の日記を見つけた。その内容は俺の想像を超える恐ろしい内容だった。魔王が部下を集めて魔王として旗揚げをした時は普通に部下を使っていたらしい。だが魔王は気付いていなかった。自分の部下が凄まじい下僕気質だと言う事に。彼等は命令される事に喜びを感じていた。魔王のどんな雑務にも喜んで応じたのだ。始めは忠誠心が高いだけと誇らしかった魔王だったが、次第にその異常性に気付いていったらしい。そう、魔王の部下は天然のドMだったのだ!! そして彼等は支配し無茶振りしてくれる魔王を欲していた」


 ユーシャとリタの顔が歪む。

 ページをめくる手が遅くなる。


「早い話魔王は部下にドン引きしていたらしい。そしてそれは俺も一緒だった。だってあいつ等トイレの世話までしたがるんだぜ!! だから俺も逃げ出す事にした。けど俺だけじゃあいつ等から逃げ切れない。だから転移魔法の使える部下を一人だけつれて行く事にした。一人だけなら俺でもナントカなる筈だ。そうだよ、あのおっぱいのでかい側近のメイドさんだよ。魔王の側近は一番優秀なヤツがなるみたいなんだ。こいつが俺のそばに居れば部下達も俺が出かけているだけって勘違いしてくれる。でも俺は人間だ。数十年すればぽっくり死ねる。それまで外に外出していればいいだけだ。あばよ部下共」


 日記はそこで終わっていた。

 ユーシャはパタンと日記と閉じると、さわやかな笑顔でこう言った。


「魔王は城を留守にしているので、魔王ジェネシックスの部下は休業していただきます。ええ、魔王組合のルールです」


 魔王ヨシナガ=ケータの城は即日営業停止となった。

 部下達が悲嘆にくれたのは言うまでもない。


 数十年後、死亡した。魔王ヨシナガ=ケータは、忠誠心に厚い部下達によって不死者の王として蘇る事に成るのだが、それはまた別のお話である。

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