第8話 ヒャッハーGGI
フレムの町市役所勤務の勇者、ユーシャは不機嫌な顔を隠そうともしないで歩いていた。
彼はこれから、人生において最も理不尽な戦場へと向かわなければいけないからだ。
「そんな不機嫌そうな顔さして、何処に行くんだべ勇者様?」
ベタな田舎訛りでユーシャを呼び止めたのはイーナカ村の田舎娘リタだった。
「これはリタさん。こんにちは、今日は買出しですか?」
「だべ、野菜さ売った帰りだから、魔物避けの香さ買って帰るだよ」
魔物避けの香、それは魔物が嫌う匂いを放つお香だ。
人気の少ない土地に住む者は。遠出をする際にこの香を容器に入れて焚きながら歩く。
ただし、あくまでも魔物が嫌う程度の匂いなので、極度に興奮した魔物や強力な魔物には通用しない。
それでも田舎の人間にとっては貴重な身を守る為のアイテムであった。
「ホントこの香のお陰で村の皆さ助かってるだべ。これを作った人はきっとすんごいリッパな人なんだべな」
「……そうですね」
微妙に平坦な口調で同意するユーシャ。
「勇者様はお仕事だべか? ほらこの間蘇った魔王ナントカとかいうの」
魔王、その名を聞いた瞬間ユーシャの顔が再び不機嫌になる。
正しくは普段どおりにしようとしているのだが、平時のポーカーフェイスの所為で違和感が目立つのだ。
「なんかあったんだべか?」
さしものリタもコレはおかしいと疑問を抱く。
彼女にとってユーシャとは、飄々として感情が読み取りにくく、機械的に業務をこなすクールな役人のイメージだったのだ。
そのユーシャが感情を隠し切れていない。これは前回の海の勇者ユウジンの時以上の驚きだった。
「こりゃ小僧!」
突然誰かが大きな声を上げて近づいて来る。
その声に反応する様に、一瞬でユーシャの眉間に深いしわが刻まれた。
「いつまで待っても来んと思ったら、こんな所で女とイチャついておったか!」
そこに現れたのは5人の老人達だった。
「全く、最近のガキは無駄に体ばっかりデカくなりおって」
「本当じゃのう」
「んで、その嬢ちゃんとは何処までいったんじゃ?」
老人達が下卑た笑みで二人を見つめる。
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、リタさんとはそういった関係ではございません。彼女とは勇者として業務を担当した事があるというだけです」
ユーシャが弁解すると、老人達はあからさまにがっかりとした態度を見せた。
「なーんじゃガッカリじゃー」
「ほんにのう、漸く坊主にも春が来たかと祝ってやろうと思ったんじゃがのう」
口々に勝手な事を言い出す老人達。
「あのー、勇者様。このお爺ちゃん達は勇者様のお爺ちゃんなんだべか?」
「はっ!?」
ユーシャが、「まさかそんな事を聞かれるとは思いもしなかった」と言いたげな顔をする。
「はははははっ、儂等が坊主の爺ぃか! コリャ傑作だ!!」
「勘弁してください」
爆笑する老人達とは裏腹に頭を抱えるユーシャだった。
◆
「儂は大賢者スゴ=イー」
「ワシは大賢者スン=ゲイ」
「私は大賢者イダ=イン」
「俺は大賢者グーレ=イトン」
「俺様も大賢者ワンダ=フル」
「「「「「5人そろってダイケンジャー!!」」」」」
ポーズを取った老人達の後ろで、5色の炎が爆発する。
その異様な光景を見て唖然とするリタ。
「リタさんが呆れてますのでその辺にしておいてください。あと街中で爆発しないで下さ……」
「カッコイイベ!!」
「は?」
突然興奮しだしたリタに面食らうユーシャ。
「凄いべ! 水スクでやってた勇者戦隊ゴユウシャーみたいだべ!!」
勇者戦隊ゴユウシャー、それは水晶スクリーンの子供向け番組であり、正義の勇者達が悪の魔王と戦う勇者番組の事だ。
毎週現れる悪の魔物と勇者達が戦い、魔王の軍勢を打ち破るというシンプルなストーリーで、本来は子供向けの魔法玩具を売る為の番組だった。
現在は若手勇者や若手魔王をレギュラーメンバーとして登用した事で、迫力満点の戦闘シーンを表現出来る様になり、非常に人気の高い番組へ成長していた。
メンバーは一年毎に一新され、その度に舞台となる地域も変えられる。
若手の勇者や魔王にとっては、メジャーへの登竜門として知られ、毎年行われる番組オーディションは高い倍率を誇っていた。
なお水スクとは水晶スクリーンの略である。
「ほっ、分かっとるの嬢ちゃん」
「そこの無愛想な勇者とは大違いじゃ」
リタに喜ばれ相好を崩す老人達。
その姿は孫にデレデレする祖父のものだった。
◆
「お爺ちゃん達は大賢者様だったんだべか!」
「そうじゃ。儂等が世界の魔法技術を一変させた偉大なる天才魔法使い集団」
「「「「「ゴケンジャー!!」」」」」
再び5色の爆発が轟く。
「おー!」
リタが律儀に拍手をして場を盛り上げる。
「ご近所様にご迷惑なので街中での爆発はお止めください」
気持ちダレた感じでユーシャが老人達を嗜める。
大賢者、それは世界に莫大な貢献をした者だけがその名を授かる事の出来る、魔法使いの頂点を示す称号。
「ユーモアの分からんヤツじゃの」
「そんなんじゃリタちゃんに嫌われるぞ」
「「「「「ハハハハハハハ!!」」」」」
老人達の大笑いにユーシャの顔が引きつる。
彼等の相性は最悪であった。そして不幸な事にリタとの相性は最高だった。
彼等は純真で新鮮な反応を示すリタに喜び、彼女を実の孫の様に可愛がった。
具体的には自分達の作ったマジックアイテムを与えるほどに。
大賢者が作り出した規格外のマジックアイテムを渡すほどに。
「これは魔物避けの香と同じ効果を持ったマジックアイテムで、持っているだけで魔物が寄ってこなくなるのじゃ。しかも魔物避けの香と違って何度でも使える、更にその効果は上級の魔物でも追い返すほどじゃ!! その名も、『マモノイヤーン』!!」
大賢者スン=ゲイ。彼はマジックアイテムの開発においてカリスマと呼ばれる程の大発明を繰り返してきた。魔物避けの香も彼が作り出したものであり、現在市場に出回っているものは一般人でも購入できるように効果を落としたものである。
リタに与えたマモノイヤーンに値段をつけるなら、その性能故に金貨500枚はくだらないであろう。
「こんな凄い物くれるんだべ!? 私の村さ魔物よく出るから、すっっっっごいありがたいべ! ありがとうスン爺ちゃん!!」
「ほっほっほっ」
リタに感謝され、顔を赤くして喜ぶ大賢者スン=ゲイ。彼は女性に免疫がなかった。
「若い娘に褒められてデレデレしすぎですよ。お嬢さん、私からはコレを。この薬はどんな怪我や病気でも治してくれる魔法薬です。困った事があったら使うと良いでしょう」
大賢者イダ=イン。彼は魔法医学の権威で、限りなく蘇生魔法に近い回復魔法を開発した天才と呼ばれている。
魔法医学において、死者の蘇生は不可能というのは常識である。
だが彼は死後10分以内なら高い確率で蘇生を可能とする超回復魔法の理論を発表し、実際に魔法を成功させた。実際は心配停止直後の仮死状態を回復させる魔法なのだが、それが分からない人間にとっては蘇生魔法と同じ事だった。
「うわぁ! こんな凄い薬良いんだべか? ありがとうだべ、イダ爺ちゃん!」
「ふ、ふふふ……」
顔を真っ赤にして照れる大賢者イダ=イン。彼は女性と話す事に慣れていなかった。
「く、こいつらマジックアイテムを作れるからって媚びやがって!」
「男は黙って魔法技術の研鑽をするべきじゃろうが!」
賢者グーレ=イトンと大賢者ワンダ=フルが歯噛みして悔しがる。彼女居ない暦イコール年齢の彼等はマジックアイテムを作る技術を持っていなかった。
「それは良いですから、早く用件を済ませて下さい。私も暇ではないんですよ」
しびれをきらせたユーシャが老人達を急かす。
「おっと、そうじゃったわい。ちょっと近所に魔王が復活したんでな、魔王退治のパーティを組んでほしいんじゃ」
まるで近所にスーパーが出来たかの様に気軽に頼む大賢者スゴ=イー。
「またですか。いい加減引っ越せばいいのに」
「あんな都合の良い土地引っ越せるか!! いいからパーティを組め小僧!」
カカカと笑って拒否する老人達。
「はぁ……」
ユーシャは諦めた様にため息を吐いた。
「……あれ? コレってもしかして私も一緒について行く流れだべか?」
リタは逃げ遅れた。
◆
大地が吹き飛んだ。
空が悲鳴を上げた。
大量の水が押し寄せてきた。
大地を割り、血の涙のような溶岩が噴出す。
それらの災厄が魔物達を襲う。
そしてその災厄を生み出したのは、大自然でもなければ魔王でもなかった。
それは5人の老人の仕業だった。
「ふはははははっ!! 魔物を殲滅じゃぁぁぁぁ!!」
「はーっはっはっ! 逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉぉぉ!!」
老人達の魔法が大地に炸裂する。
魔物達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ほーれほーれ、逃げんと儂の魔法が炸裂するぞぉぉぉぉ!! ハハハハハハハッ!!」
「どうしたどうした! 俺の魔法拳と戦おうという者はおらんのか!! おいお前! 俺と戦えぇぇぇ!!」
両腕に凶悪な魔力を宿した大賢者ワンダ=フルが、逃げ出した魔物をすさまじい速度で追いかける。
その足からは、異常な密度の魔力が噴出し、老人に殺人的な加速を与えていた。
その様な加速を受けて無事なのもまた、全身に張り巡らされた魔力の鎧のお陰だろう。
瞬く間に魔物の背中に追いついた大賢者ワンダ=フルが、尋常でない魔力の篭った拳を魔物にぶつける。当然、魔物は爆散した。
大賢者ワンダ=フル、彼は魔法格闘技の始祖であった。
鍛え抜いた肉体を強化する強化魔法を更に発展させた闘神魔法。
その魔法によって超人となった彼等魔闘家の肉体は、いかなる武具よりも強靭な一騎当千の肉弾兵器へと進化した。
「おや、怪我をしていますね。このポーションをお飲みなさい。飲みました? ではどうなるか確認させてください」
大賢者イダ=インが手渡したポーションを素直に飲んだ魔族が、突然痙攣を始めたかと思ったら、全身が緑色になり泡を吹き始めた。
「ああ、やはりこちらの魔族には毒になりますか。種族による薬効の変化はやはり実地でないといけませんね」
それは地獄絵図だった。
地獄の番人のごとき屈強な魔物達が、涙を流しながら老いさらばえた男達から逃げ惑っているのだ。
もはやどちらが悪人なのか分かったものではない。
笑顔で破壊活動を行う老人達。笑顔で人体実験を行う老人達。
「うーわー」
リタが呆れを通り越して半目で老人達の凶行を眺めている。否、眺める事しか出来なかった。
「勇者様、あれ、良いんだべか? ほらあの魔王組合さかいうやつ・・・・・・」
魔王組合と勇者の取り決めを思い出し、リタが質問する。
「今回彼等は勇者本人ではなく、勇者の仲間として登録されています。その為、勇者が守らなければいけないルールも彼等には適応されません」
仲間制度、それは強力な魔王や魔族に対抗する為、未熟な勇者が申請する制度だった。
仲間を雇い入れる事でパワーバランスをとり、未熟な勇者でも魔王と戦う事が出来る様になる。
だが今回はそのままの意味での申請ではない。
今回の仲間制度の申請は、彼等大賢者達が魔物達と戦いたいが為に仲間制度を利用したのだ。
「法律の穴だべ」
「グレーゾーンを超えてレッドゾーンに直行です。更に言えばあの方々はその筋の重鎮ばかりですので、上も強く言えないのです。重鎮過ぎてうかつに人体実験が出来ない為、仕方なく魔物を襲っているのです。その筈です」
言外に面倒事を押し付けられたと答えるユーシャ。
実際、かの老人達の凶行についていける勇者は、この辺りの地域ではユーシャ以外に居なかった。
何しろ油断していると自分も彼等の流れ弾でやられてしまうからだ。
更に間の悪い事に、彼等の凶行についてこれた所為で老人達はユーシャを気に入ってしまった。
結果、役所はこの大賢者達の面倒をユーシャに押し付けた。
彼がやさぐれるのも当然の光景である。
「「「魔族は実験台じゃー!」」」
「ほーらポーションですよ」
「戦えー!!」
「まるでこの世の終わりだべ」
「彼等は自分達の研究成果を使って魔物達を襲い、その実験データから更に優れた研究を生み出してきたのです。つまり魔王の復活は彼等にとって丁度よい実験の場がやって来たという程度の認識でしかないのです。表向きは人々を脅かす魔物退治の為と謳っていますが、そのあまりに残虐な光景から、魔族は彼等の事を『ヒャッハーGGI』と呼び恐れたそうです」
「ヒャッ? ……何だべ?」
「ヒャッハーGGI、魔族の言葉で非道なる者という意味だそうです」
ジャアックー高原。
その景観の良さから数多くの魔王達が魔王城を建築し、そして封印されてきた曰くつきの土地。
現在はとある大賢者達の良き実験場と化していた。
◆
魔物達を散々襲い尽くした大賢者達は、漸く魔王城へと突入した。
魔王城の中に住まう魔物達は、外部の魔物とは比べ物にならない強さを誇る。
だがそんな精鋭達も、ここに集まった5人の悪鬼、いや大賢者の前には生まれたてのヒヨコに過ぎなかった。
「ジジィが来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
迎撃に現れた魔物達が一瞬で消し炭になる。
満を持して現れた四天王がワンパンで吹き飛ばされる。
もう好き放題だった。
「これ、どう収集をつけるんだべ?」
「魔王を倒せば終わります。魔王を倒すまでの辛抱です」
若干自分に言い聞かせる様に呟くユーシャ。
魔王城を進んで行くと、角の生えた魔物のマークが絵描かれた大扉に突き当たる。
魔王の間の入り口である。
「そんじゃ魔王の間に行く前に腹ごしらえでも……」
「たのもー」
老人達が休憩所の椅子に座る前に、魔王の間の扉をあけるユーシャ。
「おい小僧! お前なに勝手に開けとるんじゃ!!」
「もう面倒なのでさっさと済ませたいんですよ」
とうとう建前もはさまなくなったユーシャであった。
「ドアを開けたので魔王との戦いが始まります。これは魔王組合との取り決めなので無視は出来ません。組合の協定万歳。ホント万歳」
棒読みで万歳三唱をするユーシャ。
「ああ、勇者様が壊れたべ」
◆
「良くぞ来た勇者達よ……なんていうと思ったかぁぁぁぁぁ!!」
開幕早々魔王が絶叫する。
「何なんだ貴様等は、何もしていない魔物達を遠距離から一方的に襲うわ、戦意を失って逃げる魔族達を追い立てるわ。それでも勇者一行か貴様らは!!」
全く持って言い訳のしようがない言葉であった。
「残念ながら彼等は勇者の仲間扱いなので、非常に残念ですが組合ルールはほとんど適応されません。そして貴方が退治されれば、この依頼は完了し私は解放されるので早く倒され封印されて下さい」
「どんな理由だぁぁぁぁぁ!!」
ユーシャの身もフタもない懇願に絶叫する魔王。
「そんな訳じゃから」
老人達が
「たっぷり」
魔王の前に
「遊んで」
立ちはだかり
「貰おうかなぁぁぁぁ!」
その手には
「ふはははははは!!」
凶悪な魔法の光が灯った
「ひぃっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その日、一人の魔王が封印された。
彼の最大の不幸は、恐るべき老人達に襲われた事でも、勇者と戦わずして封印された事でもない。
魔王なのに名前を名乗れなかった事が彼の不幸であった。
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