第6話 海の勇者(中編)

「さぁ今日も俺の時間がやってきたぜ!!」


 水晶カメラの前で雄たけびを上げる勇者ユウジン。

 お茶の間の水晶スクリーンでは、今まさに番組のテロップが映し出されていた。

『ユウジンのブレイブチャンネル』

 それはユウジン主演のローカル番組の名前だ。

内容はユウジンが魔王や魔物を退治するという生放送番組である。

 要するにご当地英雄の二番煎じなのだが、やはり地元勇者ががんばっていれば応援したくなるのが地元民の性。

 それに加え、観光地で見る番組の無い旅行客の暇つぶしとして、丁度彼らが食事や風呂を終わらせた時間帯を見計らって放送されていたのも大きい。

 そんな理由もあってユウジンはカンコーン国においてそこそこの知名度を誇っていた。

 あくまでローカル番組としてはだが。 

 そんな彼は今、魔王ディープブルースの城に挑もうとしていた。

 今のユウジンは海の勇者らしい軽装の鎧を纏い、きらびやかなトライデントを装備している。


「この美しいエメラルドビーチを支配しようなんてふてぇ奴だ! この海は誰の者でもない! 皆の物だ!!」

 

 ノリノリでセリフを読み上げていくユウジン。

 そう、彼を撮影する水晶カメラの画面外には、彼が読み上げるセリフが用意されていたのだ。


(全くもって勇者とは思えませんね)


 ヘルプとしてやってきたユーシャは撮影の邪魔をしない様に無言で隅に立っていた。


「だが魔王ディープブルースは強力な魔王だ! 油断は禁物」


 欠片も用心していない口調でユウジンがセリフを続ける。


「そこで今日は強力な助っ人を用意した! 来てくれ勇者ユーシャ!」


突然名前を呼ばれたユーシャにカメラが向く。

あえて言うとユーシャを写したカメラは、彼に気づかれない様に隠れて撮影をしている。

なぜそんな面倒な真似をしているかというと。

(成る程、エンフレイムに恥をかかせるつもりですか、仕方ないですね)

「どうも、エンフレイム国はフレムの町所属の勇者ユーシャです」

 何事もなかったかのようにユーシャはカメラに向かって挨拶をする。

 これにはユウジンとカメラマンも唖然としてしまった。

 なにしろ隠し撮りをする事で、突然舞台に上げられたユーシャとその後ろ盾であるエンフレイム国に恥をかかせる予定だったのに、当のユーシャはさらりと挨拶をしてのけたのだ。

 最も、これはユーシャにとって不意打ちでも何でもない。

 彼は撮影が始まる前から隠し撮りをするカメラマンの視線に気付いていたからだ。

 勇者たる者、敵がどこから襲ってくるか分からない為、気配を察知する技術を磨くのは当然の事である。


(こういうのも国家間の軋轢という奴ですかねぇ)


 残念キャラを演じさせられる芸人の気持ちが少しだけ理解できたユーシャだった。


 ◆


 放送を再開したユウジン達は水着に着替えて海の奥深くに隠れる魔王ディープブルースの海底城へと向かう。

 海の中を二人の勇者と撮影班が潜って行く。

 目的地が水中の為、彼らは水神の鱗というマジックアイテムを喉に張っていた。

 このアイテムは水中での活動を助けるアイテムで、エラ呼吸と水圧防御を可能にし、手や足に魔力による擬似的なヒレを発生させて水中での移動速度を上げる物だ。

 とはいえあくまでも補助的なアイテム。そこまで便利な代物ではない。

 そんな中でユウジンだけはまるで魚のような速度で水中を動いていた。


(あれはミドゥー社のサハギンパドル。ずいぶんと高価なマジックアイテムを装備していますね。国家から至急された物でしょうか?)


 ユーシャはユウジンの泳ぐ速さが足に装備したマジックアイテム由来である事を看過する。


「おっと、早速魔物のお出ましだ。皆は下がってな」


 水中会話用のマジックアイテムでスタッフに下がるよう指示をだすユウジン。

 やがて海の奥から白い帯のような物が浮かび上がってくる。

 それには赤い目がついており、長い線のような口が書かれていた。


「ビッグプレート、大物だな!」


 ビッグプレート。それは水深200m付近に生息する危険な魔物である。外見は白く四角い板のような姿で、赤い目と大きな口がついている。戦闘方法は非常に単純でその大きな口で飲み込むだけ。

 この魔物が大物と呼ばれ危険と判断される理由はその大きさである。子供でも10m、大人になれば100mもの巨体になるのだ。この魔物は特別な攻撃方法を持たないのではない。必要ないのである。

 見る見る間にビッグプレートが近づいてくる。始めは小さい板に見えていたそれも今ではその巨大さでユーシャ達を威嚇している。


「それじゃあバトル開始といこうか」


 緊張の走るスタッフ達に対してユウジンはあくまで自然体だ。

 彼はトライデントを構えビッグプレートに挑みかかる。


(今度は空間収納式のマジックボックスですか。おそらくですがあのトライデントもそれなりの代物でしょうね)


「喰らいな! サーペントスラッシャー!!」


 ユウジンの雄たけびと共にトライデントから魔力の刃が放たれる。

 哀れビッグプレートはユウジンの攻撃で瞬く間に真っ二つとなってしまった。

 ビッグプレートに特別な攻撃手段がないとはいえ、これだけの巨体を一撃で葬り去る様は迫力だった。

事実お茶の間の子供達は大喜びである。


(まぁ全体攻撃の手段さえあればビッグプレートを倒すのはそれほど難しくはないんですよね。むしろあの技名を報告書に記載する度胸に驚きを感じます)


 勇者の使う技名は自己申告制だ。

しかも一度決めたら変更はできない。

 流派に伝わる技なら問題ないが、我流で鍛えた勇者だった場合とんでもない悲劇に見舞われる事も珍しくない。

 いわゆる黒歴史ノートである。

 ある程度国営勇者を務めた勇者の報告書を読むと、ある時期を境に初期に登録した技がぱったりと使われなくなるのだ。そしてその後は後から登録した無難な名前の技ばかりが記録に残る。

 彼もまたそんな黒歴史にもだえ苦しむ様になるのだろうか。

 

「ふぅ、さすがはビッグプレート。とんでもないデカさだったぜ。俺も必殺の奥義を使わざるを得なかった。ヤバイな、このままじゃ魔王と戦う前に魔力が尽きちまう」


 ユーシャが内心で考え事をしている間に、なにやらユウジンが子芝居を始めた。


「だがそんな時はこれだ! ドッグラー社のドグラミンP!! これを飲めば魔力も完全回復だぜ!!」


 突然始まったCMにさしものユーシャも呆れる。

 さすがの彼もここまでは想定していなかった。


(もはや勇者と言うより芸能人ですね……いや、彼自身そのつもりなのかも知れませんね)


 高名な勇者は引退後、弟子を取ったり水晶スクリーン番組のレギュラーになったりする事も珍しくない。ユウジンもまた、引退後の為にパイプを作っているのだろう。

 この後も何体かの魔物と遭遇したが、その度にユウジンはCMを行っていた。


(勇者への支援という名目で回復アイテムを提供、その対価として番組中に宣伝。最小限の広告料で効果的な宣伝が出来るのですから企業としては笑いが止まりませんね)


 ◆


「遂に魔王ディープブルースの城までやって来たぞ!!」


魔王の城の前に到着したユウジンの子芝居をユーシャは冷めた目で見ていた。


(これはもう勇者とかいう以前の存在ですね。肥大した自己顕示欲にそれを支える不釣合いな程高性能なマジックアイテム。ここら辺は企業との癒着と言って良いのですかね? ですが武器、防具、補助アイテム、どれも一流企業のアイテムです。いくら宣伝を兼ねているとはいえローカル番組で大企業がここまで肩入れするでしょうか? まだ何か裏がありそうですね)


「そういえばここに来るまで俺ばかりが戦ってたな。このままじゃあせっかくエンフレイムの勇者に来て貰ったのに申し訳がない」


(おやおや、ここで突然バトンタッチですか。成る程成る程)


 これは明らかなあてつけだった。

 これまでの魔物は魔王の気配に引かれてやってきた言わば雑魚。しかしこの先にいるのは魔王の城に足を踏み入れる事を許させた精鋭達なのだ。

 自分は楽な魔物とだけ戦って、危険な魔物との戦いは水中戦闘の経験が乏しいユーシャにやらせる。

 水中で上手く戦えないユーシャの姿をお茶の間に流して笑い者にしたいのだ。

 これは先ほどの隠しカメラのリベンジとも言える。


「エンフレイムの勇者ユーシャ! お前の力を見せてくれ!!」


 殊更大げさにユウジンが煽り立て、水晶カメラがユーシャの顔を映す。


(私はあくまでサポートなのですが……仕方ありません、ここは受けておくのが大人の対応というものでしょう)


「やれやれ、水中戦は得意ではないのですが」


 ユーシャは腰に下げた剣を抜き放つと魔王城の門を開け放った。


「お、おい! 門を開けるのは俺の仕事だぞ!」


 ユーシャが魔王城の門を開けると何故かユウジンが怒りの声を上げてくる。

 どうせ自分が目立つシーンを撮りたいが為なのだろうとユーシャは判断し無視する事にした。


「これは失礼。このような些事で貴方の手を煩わせまいと気を使ったつもりだったのですが」


「っ……い、いや。そういう事なら良いんだ」


 さすがのユウジンも善意と言われれば受け入れざるを得ない。

 そしてカメラの死角でぼそりと本音が漏れる。


「くそ、俺が門を開けた方が目立つのによ」


 ◆


「……!?」


 ユウジン達は呆然としていた。

 魔王城に入ったユーシャ達は、通路一面にずらりと並んだ魔王軍の精鋭の出迎えを受けた。

 その圧倒的な数と指揮の高さに驚いたユウジンはユーシャだけに任せては置けないと戦線に加わろうとした。

しかし当のユーシャは平然と告げる。


「では露払いは私に任せて頂きましょう」


 馬鹿な事を言うな! とユウジンは言おうとした。

 水中を専門にする彼から見てもこの数の魔物と一度に戦うのは至難の業だ。

 上へのゴマスリの為に呼び寄せた勇者であったが、この状況においては功を奏した。

 ユーシャをオトリにして自分が的確に個別撃破していけば決して勝てない相手ではない。


 だというのにユーシャは単独で敵陣へと突入して行く。

 文字通り止める間もなかったという奴だ。

 ユウジンはユーシャが殺される姿を幻視した。

 例え勇者といえど、空中や水中といった特殊環境で戦うには専門の訓練を積まなければ力を十全に発揮できないのだ。

 その筈だった。

 だというのに。


「勇者闘技、対軍長射斬撃!」


技名を発したユーシャがその体を大きく捻り、剣を横一文字に振るう。

 すると斬撃が扇状に広がり魔物の群れに向かって行く。

 当然魔物達はユーシャの斬撃を散開して回避行動を取る。

だが彼らの後方に待機していた魔物達は、前方に配置されていた魔物によってユーシャの斬撃を見る事が出来ず回避が遅れる。

結果後方の魔物達が何体か避け切れずに負傷した。


「勇者魔法、遅延式拡散雷陣!」


 勇者は魔法を唱えるがその手にはいかなる効果も発生しなかった。

 不発であろうか?


「勇者魔法、対魔障壁!」


 しかし勇者が障壁の魔法を発動させた次の瞬間、障壁の向こう、魔物達の居る空間に雷撃の魔法が炸裂する。

 水中で電気を放てばそこに居る者は全て感電する。

 それは逆に言えば発動したユーシャも感電すると言う事だ。

 しかしユーシャは後に発動した対魔障壁のお陰で魔法ダメージをカットしていた。もちろん後方にいるユウジンと撮影スタッフも障壁の中に入れてある。

 この対魔障壁は魔法を極短時間の間魔法を完全にカットする範囲型防御魔法だ。

 だがこの魔法を発動してしまってからでは魔法攻撃が出来ない。

 だからユーシャは発動後、時間を置いてから効果が発揮される遅延式の魔法を発動させてから障壁魔法を唱えたのだ。

 結果魔物の軍勢はユーシャの雷によって感電し、プカプカと水中を漂っていた。


「マジかよ」


 ユウジンはやっとの事でこの一言を呟く。

 水中で電撃魔法は厳禁、それは冒険者であれば当然の知識。勇者であるユウジンも当たり前の様にそう思っていた。

 なのにユーシャはそれを躊躇いもせずに使用したのだ。

 それも自分達を守りつつ大量の敵兵だけを戦闘不能に陥れた。

 ユーシャは水中戦が得意ではない。だが未経験でもない。むしろ得意でないからこそ、過去の戦闘経験を参考にして自分に最も適した水中戦術を構築していた。


「では行きましょうか」


 何事もなかったかの様に涼やかに告げるユーシャ。

 その言葉でようやくユウジンは正気に返る。


「ま、待てよ! この魔物共を放置するつもりか!? こいつ等を退治するのも勇者の務めだろうが!!」


 先へ行くと言ったユーシャの言葉に慌てて反論するユージン。

 彼の言葉も間違っては居ない。人間にとって魔物は恐ろしい存在なのだ。


「問題ありません。そこに漂っているランサーフィッシュは本来大変臆病な魔物ですし、そちらのジェネラルマーマンも知的な種族です。魔物は魔王の発する魔力によって正気を失っているだけですし、魔族も魔王の命令だからしたがっているだけです、外で襲ってきたビッグプレートも同様です。魔王を倒せば大抵の魔物は大人しくなります。そもそもこちらから魔物領域に入りでもしない限り魔物は人間の領域に入ってきたりしませんよ」


 ユーシャはユウジンに対して魔物の生態を淡々と説明する。最もそんな事はユウジンも百も承知だ。

 だからこそユウジンはユーシャの言葉に対して否定的な意見を述べる事が出来なかった。

 魔物の生態を否定すれば専門知識を持った者にはバレるだろうし、それを知っていてなお魔物を殺そうとすれば無抵抗の相手を殺す恐ろしい存在と見られてしまう。

 それでは彼の勇者としての誇りを保てない。正しくは皆の平和を守る正義のヒーローとしての立ち位置を守れない事になる。

 だからこそユウジンはこれ以上何も言う事が出来なかった。


「城内の魔物は私が引き受けます。ユウジンさんは魔王との戦いまで体を休めておいてください」


「あ、ああ。分かった」


 さすがのユウジンもユーシャより目立つ為だけに攻守を交代する訳には行かない。

 それゆえ仕方なくユーシャの後ろに付いていく。

 と、そこでユウジンは予想外のモノを目にする。


「こ、コイツは!?」


 そこに居たのは文字通り透き通った魚だった。

 全身が透明な青色をした魚。その名も……


「サファイアフィッシュ……」


 その場に居た全員の動きが止まる。

 サファイアフィッシュ。全身が宝石で出来た魔物であり、その性格は臆病、海の色にまぎれてしまう程の透明度はその性格と相まって捕獲不可能とまで言わしめる幻の魔物だ。

 一説によればサファイアフィッシュは排泄物すら貴重な宝石であり、この魔物を手に入れた者は半永久的に宝石を手に入れ続ける事が出来るといわれている。

 その性質から徹底的な乱獲が行われ、現在ではごく一部の施設で保護されているサファイアフィッシュ以外は絶滅したと言われる程自然界からは姿を消していた。 

 その為、サファイアフィッシュの捕獲は重罪とされており、サファイアフィッシュを発見した者は報告が義務付けられている。

この瞬間、彼等は魔王の事など綺麗さっぱり忘れ、目の前の宝石魚に釘付けとなっていた。

 約一名を除いて。


「お、おいどうする?」


「聞くなよ馬鹿、コイツを一匹でも捕獲すれば一生左団扇だぜ」


 全員の心を魔が蝕む。

 それはユウジンとて例外ではなかった。

 それほどまでにこの魔物の存在は彼等の心を揺さぶっていたのだ。

 しかしここに例外が居た。


「エメラルドフィッシュは狩漁禁止です」


 そう、その例外はユーシャだった。

 そしてその言葉を聞いたユウジン達はようやくカメラが回っている事を思い出した。


「あ、ああ。もちろん分かってるぜ。なぁ皆」


「え、ええ勿論ですよ」


「ちゃんと分かってますって」


 水晶スクリーンの向こうに人の目がある事を思い出し、断腸の思いで堪えるユウジン達だった。


 ◆


 ユーシャ達は大きな扉の前で休息を取っていた。

 扉には大きな角の生えた魔物のシルエットが描かれていた。

 この先に魔王の間がある事を示す看板を兼ねているのである。


「茹で魚串一本追加で」


「俺は刺身一人前」


「ヘイ毎度!」


 スタッフの注文に魔族の店員が答える。

 カウンターの奥にある厨房で魔族達が急いで料理を作る。

 ここにリタが居たなら間違いなく、


「何でこんなとこにフードコートがあるんだべ!!」


 と、叫んで居た事だろう。

 魔王城の要所には大型ショッピングモールの様に道具屋とフードコートがあるのは当たり前だった。

 強力な魔王とその配下を倒すには時間がかかるし、装備の消耗も馬鹿にならない。

 昔の勇者は消耗品が切れかける度に帰還アイテムを使って最寄の町に戻って補給していたが、それではまた戻ってくるのに時間がかかるというクレームを受けて城内に店舗を開店させる事となった。

 これも魔王組合の功績といえる。

 さらに言えばこのフードコートと道具屋のお陰で魔族の財政事情も潤うのでお互いに得のある関係を築いていたりもする。

 なお、かつてユーシャが戦った魔王グレートダクネスの城には、予算の都合でフードコートが存在していなかった。そしてそれは彼の城が財政難な理由の一つでもあった。

 人間品揃えの悪い店には足が向かなくなるものだ。


 余談だが、この食事休憩の時間はブレイブチャンネルの1コーナー『まおーふーず』と呼ばれる魔王城のフードコート紹介番組となっており、こっそり人気のコーナーとなっていた。


 ◆


「よし、回復も済んだ事だし行くか!!」


 ユウジンがスタッフに呼びかける。

 彼は焦っていた。自分の引立て役として呼んだ筈のユーシャが予想外の活躍を見せたからだ。

 このままではどちらが主役なのか分からなくなってしまう。

 そうなればこの番組を王と一緒に見ている大臣の面目を潰す事になる。

 元々の計画では海の魔王専門に訓練を積んだユウジンが、他国の勇者であるユーシャよりも活躍する事で王を喜ばせるのが目的だった。

 ユウジンは貴族の覚えも良くなり、大臣はユウジンを抜擢した功績で王の覚えが良くなる。

 ゆくゆくは王に気に入られて側近となった大臣が敵対派閥の貴族をけり落とし、開いたパイに国の顔となった勇者ユウジンが名誉貴族として入る予定だったのだ。

 しかし今はそれ所ではなかった。

 ユウジンは何としても自分だけの力で魔王を倒さなくてはならなくなったのだ。

 魔物達の前で圧倒的な力を見せ付けたユーシャに対抗するにはこちらも圧倒的な実力で魔王を倒さなければいけない。その為にもユウジンはなりふり構ってはいられなかった。


「ユーシャはスタッフの護衛を頼む。そっちは城内の魔物と戦って疲れているだろう? 魔王は俺一人で倒す! 邪魔立ては無用だ」


 若干余裕がないように見えるユウジンの態度だったが、幸いな事にお茶の間の皆さんにとってはこれから繰り広げられる魔王との戦いを想定して武者震いをしているように見えていた。

 勿論それはカメラスタッフが磨き上げた撮影技術の妙技のお陰なのだが。


「行くぞ!」


 ユウジンが魔王の間へと続くドアを力強く開く。

 

「魔王ディプブルース! 勇者ユウジン様が退治しに来てやったぜ!!」


 一切警戒する事無くズカズカと中に入っていくユウジン。

 だがそんなユウジンに対して、魔王の間は暗い闇と沈黙に閉ざされていた。

 

「なんだ? 臆病風にでも吹かれたか?」


 ユウジンが挑発するも一向に魔王が現れる気配がない。


「?」


 スタッフ達も困惑する。魔王が現れなければ番組が成り立たないからだ。

 この番組はエメラルドビーチの勇者ユージンが活躍する為の番組なのに、むしろ今は他国の勇者であるユーシャの宣伝番組になってしまっている。

 焦るユウジンとスタッフ。

 だがそこで漸く魔王側に動きが見られた。

 魔王の間の奥から声が聞こえてくる。


「魔王様早く!」


「分かった分かった、おいお前押すな!」


「もう勇者が来てるんですよ!」


「分かってるって!」


「だから夜遅くまでゲームしちゃだめって言ったんですよ」


「お前は俺の母親か!?」


「母じゃなくて妻です!」


「お、おう。そうだったな。俺達結婚したんだな」


 どうやら魔王ディープブルースは新婚のようだった。


「「「「「……」」」」


 微妙な空気になる撮影スタッフ。


「あなた……」


「お前……」


さらに奥の方から怪しいムードが漂ってくる。


「いいからさっさと来い!!」


 雰囲気に耐えられなくなったユウジンが闇の向こうに怒りを叩き付ける。


「きゃっ!」


「おおぅっ、全く無粋な勇者め」


 ぶつくさと魔王が呟くと魔王の間に明かりが灯っていく。


「ふはははははは、この魔王ディープブルースの城に攻め入るとは愚かな勇者共め! もはや貴様等は骨の欠片一つ城の外に出られぬと思え!!」


 荘厳なBGMが鳴り響く。舞台の緞帳が開く様に闇は光によって追いやられ、玉座の間に君臨する魔王へと助けを求める。


「見よ! そして慄け!! 我こそが偉大なる海の魔王ディープブルースだ!!」 


「「「「「っ……!!」」」」」


 姿を現した魔王ディープブルースの姿にユウジン達は驚きの表情を浮かべる。

 その姿にはユーシャですら目を見開いた。

 魔王ディープブルースの姿、それは……


 『魚』であった。


 正しくは魚に人間の足が生えた生き物だ。

 更に言えばヒレが長く伸びて袖のようになっており、頭には王冠を背中には真っ赤なマントを羽織っていた。

 シュールである。

 とても恐ろしい魔王とは思えない造形であった。


「どうした? 我の恐るべき姿に声もでないか?」


 確かにある意味では恐ろしかった。 ある意味では声も出なかった。

 ユウジンの体がプルプルと震える。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ユウジンは叫んだ。せっかく魔王と一対一で戦って威厳を保とうと考えていたというのに、当の魔王がこれでは何の意味も無いではないかと。


 ユウジンは伝統である魔王との掛け合いをする事すら忘れ魔王に飛び掛る。

 本来ならユウジンの行動は魔王組合との協定違反なのだが、カメラの向こうにあるお茶の間では爆笑の渦が巻き起こっていたので不問とされていた。


「活きの良い勇者だ」


活きの良い魔王が雄雄しく応える。

 魔王は取寄せの魔法で自分の武器を呼び寄せるとユウジンのトライデントを易々と受け止めた。


「何っ!?」


 自分の攻撃があっさりと受け止められ驚愕するユウジン。


(今のはいけませんね。怒りに逸るあまり力が入りすぎています。あれでは魔王の恰好の餌、武器のリーチが全く生かせていません。あとあのヒレ手の変わりになるんですね)


 魔王ディープブルースがぬるりとユウジンの懐に入り魔剣で切り裂く。

 ユウジンの防具がバターのように切り裂かれ真っ赤な鮮血が飛び散る。


「馬鹿な! 俺の鎧が!?」


 ユウジンの鎧は軽装であったが、それでも通常の魔剣程度では傷も付かない代物だった。

 それゆえにユウジンのショックは大きい。


(ふむ、あの驚き様。やはりヨッローイ社の複合魔術鎧ですね)


 ヨッローイ社の複合魔術鎧、。それはオーダーメイドで高性能鎧を作成してくれる老舗鎧メーカーだ。ヨッローイ社は素材からデザインに至るまでユーザーの注文どおりの鎧を作ってくれる。極寒地帯の様な金属鎧の使えない特殊な環境であっても金属鎧以上の防御力を誇る鎧を提供してくれる。

 ユーザーの用途に合わせて対衝撃、対斬撃、対魔法などの防御効果を高める事も可能だ。勿論その自由度に見合うだけの対価は要求されるが。

 ちなみにユーシャが普段着ているスーツは既製品のスーツ鎧で対斬撃、対魔法、対腐食、対汚れに対応した中の上ランクの防具である。


(ヨッローイ社に鎧を作ってもらうには数年間の予約待ちを待たなければいけません。少なくともあのレベルの鎧なら5年は待つ必要があるでしょう。しかも前払いで。5年前の彼の給料でヨッローイ社に注文を出せたとはとても思えません。それとも注文に横入り出来るコネがある? いや、とてもそうは見えませんね)


「ふははは! 我が魔剣は相手の防御を無効化する! いかなる防具も我が前では無力よ!」 


 魔王ディープブルースが笑いながら自分の魔剣の性能を誇る。

 実際これは恐ろしい武器であった。

 水中で自在に動ける魔王が相手の防具を無視して攻撃してくるのだ。

更に言えばこちらは水中で自由に動けないというペナルティがあると言うのにだ。


「手前ぇ……ぜってぇ打っ殺す!!」


 ユウジンは猛っていた。

 計画が狂った事を、自慢の防具を破壊された事を。

 ユウジンは全力で魔王ディープブルースを殺す事を決意した。


「即効で殺してやる! フルフォースマナアームズ!!」


 ユウジンの全身が眩い魔力に包まれる。

 そのすさまじい魔力の煌きに魔王ディープブルースが驚愕する。


「馬鹿な!? フルフォースマナアームズだと!?」


 フルフォースマナアームズ。それは世界最強の強化魔法だ。全身を最高ランクの攻撃補助と防御補助、そして速度向上、反応速度といった身体補助に属性防御補助を与えるオールバフマジックなのである。世界中を探してもこの魔法が使える使い手は少ない。

 それは魔法の難度だけでなく、相性も重要だったからだ。


(まぁハッタリですけどね)


しかしそれが偽りである事をユーシャだけは気付いていた。


(魔法を発動させる前に一切魔力が発動していませんでした。おそらくあの効果は装備によるものなのでしょう。トライデント、鎧、脚甲、篭手、装飾品、身につけたあらゆる物が高価なマジックアイテムの勇者ですか)


「いくぜぇ!」


 ユウジンが水中とは思えない速度で魔王ディープブルースにトライデントを突き込む。


「おおおおっ!?」


 かろうじて回避をするものの、次々と繰り出されるトライデントの前に回避が追いつかず負傷していく魔王ディープブルース。

 

「我が魔力の鱗に傷を付けるとはっ!」


「まだまだまだだっ!!」


 ユウジンの突きは更に速さを増していく。

 魔王ディープブルースが体勢を立て直そうと下がればユウジンもそれ以上の速度で追いかけ更に手傷を負わせていく。

 

「ぐっ!」


 魔王ディープブルースの魔剣が弾かれる。トライデントを裁く為に使っていた魔剣を失った事で魔王ディープブルースの体が見る見る間に傷だらけになっていった。


「ぐぐっ……変身!!」


 魔王ディープブルースの全身が弾ける。

 水中なのに何故か土煙が上がる。


「くそ! 変身か!!」


 魔王は2度変身できる。それは魔王ディープブルースも例外ではなかった。

変身の衝撃で後方に吹き飛ばされるユウジン。

 だがそのお陰でユウジンは冷静さを取り戻せた。


(危なかったぜ。このまま感情に任せて戦っていたらペナルティで俺の勇者経歴に傷が付く所だった)


 魔王組合との取り決めに従わずに魔王を倒した勇者にはペナルティが課せられる。

 そしてそれは決して軽いものではない。具体的に言うと馬車で爆走して法廷速度を30kmオーバーする位には重い。下手すれば勇者免許の一時停止、勇停がありうるレベルだ。

 そんな事になったら笑い者になる所か専属勇者の資格を剥奪されかねない。

 ユウジンは落ち着いて魔王ディープブルースと対峙する。


「ふふふふ、これが私の第二形態だ!」


 土煙が晴れ、そこに現れた魔王ディープブルースの新たな姿。それは……


『手の生えた魚』だった。


 魔王ディープブルースは今まで生えていた脚が無くなり変わりに手が生えていた。


「これって第三形態は手と足が両方生えるのかな?」


「ぶふっ」


 撮影中であるにもかかわらず喋ってしまったスタッフ達のセリフがマイクに拾われる。

 お茶の間は再び笑いに包まれていた。


「ふはははは! さぁ、第二幕の始まりだ!!」


「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 激戦が繰り広げられた。魔王はその両手から強力な魔力弾を大量に放ち、ユウジンは装備で強化された肉体でその攻撃を回避する。回避しきれない攻撃はトライデントと魔法で弾き飛ばし、逆に攻撃を加えていく。マジックアイテムの力で補助されているとはいえ、それを知らない視聴者にとっては最高のショーだった。

 魔王が第三形態を見せた際、スタッフの予想通り手足が生えた事で再びお茶の間に笑いが巻き起こったり、以外にも魔王ディープブルースの攻撃が無駄にかっこよかったりといったギャップでその日の視聴率は番組史上最高を記録していた。もっともその場で戦っていたユウジンがそれを知ったのはずいぶん後のことであるが。


 そして遂に決着の時が来た。

 ユウジンの装備は魔王ディープブルースの魔剣によってボロボロになっており、魔王ディープブルースもユウジンの攻撃で息も絶え絶えだ。


「ふふふ、見事だ勇者。さぁ、我を封印するがよい」


「言われるまでもねぇ。さっさと封印させてもらうぜ!!」


 封印石を取り出し魔王ディープブルースに簡易封印を行うユウジン。

 スタッフ達も漸く戦闘が終わったと安堵のため息を漏らしていた。

 だが物語はそこで終わりはしなかった。


「あなた!!」


 突然何者かが封印の行われている場所に入り込む。

 それは人間の顔をした魚であった。

 正直言って不気味である。


「お、お前!?」


「お願い、私を置いて行かないで!!」


 どうやらやって来たのは魔王ディープブルースの妻のようだ。

 手足の生えた魚と顔だけ人間の夫婦。恐怖映像以外の何者でもない。


「な、なんだぁ?」


 さすがのユウジンも顔を引きつらせて事態を見守る。と、言うか割り込む度胸が無かった。


「お願い、封印するのなら私も一緒に封印して!!」


 くるりとユウジン達の方を向いた人面魚が懇願する。無駄に絶世の美女だった。


「え? あー、いや……」


「お願いします! 私、この人が居ない世界でなんて生きていけません!!」


「いかん! お前のお腹には卵が詰まっているのだぞ!! 妊婦に封印は体の負担が大きすぎる!」


 どうやら子持ち人面魚の様である。


「子を育み、未来に希望を繋ぐのだ! それこそが残された者の勤めぞ」


「でも……」


「分かってくれ」


 魔王ディープブルースとその妻は永の別れに涙する。

 気が付けばユウジンの番組は魔王達の悲しい別れの物語に支配されていた。

 そして主役のユウジンは唐突な展開に気圧され何も出来ないでいた。

 そこに空気の読めない男が足を踏み入れる。


「それでしたら連動封印を行ってはいかがでしょうか?」


 それはユーシャの言葉だった。


「何? そ、その「れんどーふーいん」とはなんだ?」


 魔王達も突然現れたユーシャに困惑する。正確には最初から居たのだが、じっとしていた為視界に入っていなかったのだ。


「連動封印とは魔王の封印が解かれた際に連動して解放される従者用の封印です。普通は忠誠心の高い部下が希望するものなのですがご家族の方でも問題はありません」


「し、しかし卵が……」


「でしたら卵が孵化されてからお子様と一緒に封印されてはいかがでしょうか? なんでしたらある程度育ってからでも結構ですよ」


「そんな事が可能なのか!?」


 魔王の目が驚愕で見開かれる。人間には違いが分からないが。


「はい、本封印の際に連動式を指定されれば後ほど封印を追加する事は可能です。いかがなさいますか?」


「「是非!!」」


 魔王ディープブルースとその妻は勢い良く了承した。


「俺の番組が……」


 気が付けば美味しい所はユーシャと魔王ディープブルースに乗っとられ、全く良い所が無いユウジンであった。


 ◆


放送も終わり、陸への帰路をたどるユーシャ達。

 だが魔王を倒したというのにその空気は晴れやかとはいえなかった。

 その理由は単純。

 ユウジンの機嫌が悪いからだった。

 先ほどの戦闘でユーシャと魔王ディープブルースに美味しい所を奪われた所為で、ユウジンのプライドはズタズタだった。

 番組の放送中はかろうじて平静を保っていたが、カメラがストップしてからのユウジンは不機嫌そうな顔を隠そうともしないでいる。

 魔王を倒した事で安全になった海だが。それでもはぐれ魔物が襲ってこないとも限らない。

 ユウジンの機嫌を損ねない為にスタッフも口をつぐんでいた。

 無言の帰路の中、ユウジンは呟く。


「もっとだ、もっと強い装備が必要だ」


 その小さな呟きを一人だけが聞いていた。

 青い海に巻き起こった波乱はまだまだ終わりそうもない。

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