第5話 海の勇者(前編)

「あれ? 勇者様でねぇだべか?」


 道行く少女は通り過ぎた男に声をかけた。

 そしてその声にスーツの男が振り返る。


「おやリタさん。こんな所で奇遇ですね」


 呼び止めたのはイーナカ村の田舎娘リタ、呼び止められたのはフレムの町市役所勤務の勇者、ユーシャだった。


「父ちゃんがくじ引きで旅行券さ当てたから、奮発して家族旅行に来たんだべ」


「成る程それでですか」


 リタとユーシャが居るのはいつものフレムの町ではない。

 ここは田舎の国エンフレイムの隣にある国、カンコーン国の有名な観光地エメラルドビーチだった。

 世界有数の美しさを誇る透き通ったエメラルド色の海が売りのリゾート地。そしてカンコーン唯一の観光名所である。

 つまりカンコーンも田舎なのであった。


「勇者様も観光だべか?」


「いえ、私は仕事です」


「え? じゃあ魔王が現れたんだべか? でも全然そんな感じはしないべ?」


 リタの感じた通りエメラルドビーチは美しく、人々は海を楽しんでいる。とても魔王に狙われているとは思えなかった。


「ええ、そう感じるのも無理は有りません。魔王が侵略しているのはカンコーンの地上ではなく、海なのです」


「海?」


 ◆


 ソレは深海から現れた。海はあらゆる生命の母。それは裏返せばあらゆる邪悪な存在の母でもある。

 魔王ディープブルースはそんな母の悪意から生まれた。


「ふははははっ! すべての海は我の物! ゆえにこの国の海も我の物! そしてこの国の中でも最も美しいこの浜辺も我の物だ!!」


 と言う理由でディープブルースはエメラルドビーチの侵略を始めた。


 ◆


「何だべ? 何だかえらくセコイ魔王のような気がしたべ?」


 言い様の無いモヤモヤとした感覚を覚えるリタであった。


「なんと言いますか、魔王というのは縄張り争いが熾烈でして。特に陸のような明確な国境線の無い場所ではより強い魔王が幅を利かせる訳です。ですので新人魔王や弱小魔王は自分の支配地に特色を持たせる事で威厳を放つわけですよ。極端な話、何の変哲も無い10の領地を持っている魔王よりも、世界に一つだけの希少な領地1個しか持たない魔王の方が有能だと見られる傾向にあるのです。もちろん両方ある魔王が一番有力なんですけどね」


 久しぶりに聞かなくてもよかった世界の裏話を聞かされてリタはげんなりする。


「それで海の中の魔王を退治しに来たんだべか」


 しかし勇者はかぶりを振って否定する。


「いえ、今回は担当地域が違うので私は有事の際のヘルプです」


「担当地域?」


「はい。勇者は国に所属しそれぞれが町や村に配属されます。ですが海や空などの特殊な地形で戦える勇者は少ない為、専属勇者が居るのです」


「そう! ソレがオレだ!!」


 と、そこに別の男性の声が割り込んでくる。

 リタは声の聞えた方向を見ると、そこには筋骨隆々で真っ黒に日焼けした男が居た。


「オレはこのエメラルドビーチの専属勇者ユウジンだ!」


 ユウジンと名乗る男が現れると共に周囲の人々がざわめきだす。


「勇者ユウジンだ」


「ユウジン様だ!」


「ユウジン様ー!!」


 人々はまるでユウジンをアイドルか何かのように崇めだす。


「な、何か凄いだべな」


 イーナカ村ではお目にかかれないような大量の人間が、たった一人の人間を相手に熱狂する様を見て気圧されるリタ。


「勇者というのは土地によってはアイドルみたいなものですから。観光地であるエメラルドビーチを魔物から守る為に戦う勇者の姿は、それだけでご当地英雄ショーみたいなものです」


「あー」


 ご当地英雄というモノがある。

 それは特産品や観光地の無い田舎の町や村が町おこしの為にでっち上げた架空の英雄だ。

 最初はソレっぽい格好をさせて祭りの宣伝などに使っていただけだったのだが、地方の魔法放送局が村の畑を荒らす魔物を退治する番組を放送した所、大受けし爆発的なブームが発生した。

 以後、様々な町や村でご当地英雄が生まれる事になった。

 勿論フレムの町にもご当地英雄は居る。炎属性の英雄フレイムンというきぐるみヒーローだ。

 人気はお察しである。


「ははっ、そのご当地ヒーローなら道の片隅で地道なドサ回りをしてるぜ。なんだったら見てみるといい。俺の活躍とは比べ物にならないがな!! はははははははっ!」


 そう言ってユウジンは人ごみの中に消えていく。


「何だったんだべあの人は?」


 突然現れ、そして嵐のように去っていったユウジンにリタは唖然とするばかりであった。


「なんでも彼はパトロールと言う名目で町を練り歩くのが趣味だそうです」


「?」


 気の所為だろうか? リタにはユーシャがユウジンを良く思っていない様に思えた。


「勇者様、あの人の事嫌いなんだべ?」


 不意の質問に珍しくユーシャが驚いた顔を見せる。


「いえ、そう言う訳では有りません。ただ、彼が町を歩く理由は善意からによるものでは無いのではないかと思いましてね」


「あー。言われてみればちやほやされたくてやって来た感じがするべ」


「くっ……」


 ユーシャは不意に声を上げたかと思うと突然リタから顔を背ける。


「どうしたんだべ?」


「いえ……何も……」


 見ればユーシャは肩を震わせている。表情こそ見えないものの、笑っているのは明白だった。


(はー、勇者様でも笑う事ってあるんだべな)


 ◆


「皆さーん、最近密猟者による保護指定魔物の密漁が横行しています! 不審な人物を見たらお近くの自警団までお知らせ下さい!!」


「アレがこの町のご当地英雄だべか」


 リタとユーシャはユウジンと遭遇した後、エメラルドビーチのご当地英雄を探していた。

 なんとなく気になったからだ。

 そして見つけたのは、町の中でビラ配りをする着ぐるみだった。

 その姿は寸詰まりの半魚人の様なデザインであった。

 

「あんまりカッコ良くないべ」


 事実その通りで近くを歩く子供達に蹴られている有様だ。


「海だから半魚人という安直なデザインにしたんでしょうね」


 全くもって安直な意見だが、正にその通りであった。


「うわぁぁぁ!」


 見れば件のご当地英雄が旅行客らしき若者に蹴り倒されている。


「や、やめてください」


「邪魔くせぇんだよ」


「道の真ん中に突っ立ってるお前が悪いんだよぉぉう」


 明らかにわざとである。

 若者達は半魚人のご当地英雄を囲んで、全周囲から殴る蹴るの暴行を始めた。


「うわぁぁっ」


「ほらほらどうしたんですかご当地英雄さんよぅ」


「正義の拳で反撃してみろよ」


 若者達は明らかに酔っぱらっていた。

 ご当地英雄は攻撃を回避しようと動くものの、動きの悪い着ぐるみではされるがままも同然だった。


「ゆ、勇者様、助けなくていいんだべか!?」


 リタはユーシャに助けを求めるが、当のユーシャは平然とした表情で言う。


「私はこの町担当の勇者ではありませんし、今は勤務時間外ですので」


「っ! ……もう良いべ! 私だけで何とかするべ!!」


 ユーシャの物言いに怒ったリタが騒動の中に飛び込んでいく。


「自警団を呼べばいいのに。せっかちですねぇ」


 ◆


「あんた達! いい加減にするべ!」


 リタがご当地英雄と若者達の間に割って入る。


「んだてめー?」


「姉ーちゃん巻き込まれたくなかったらさっさとどきな」


「それとも俺達と遊んで欲しいのかよ?」


 驚くほどにテンプレ的な反応を見せる若者達。

 だがそれをされる側は溜まったものではない。複数の男達に囲まれたリタは怯えて……


「バカにするでねぇべ! お前等みたいな卑怯モンに見せる背中なんかないべ!」


 ……なかった。

 むしろこの数週間、多くの危険な魔物や魔王を見てきたリタの感覚は麻痺していた。


「ちっ、女だからって手加減して貰えると思ってんじゃねぇぞ!!」


 若者の一人がリタに向かって掴みかかってくる。

 しかし意外にもリタは素早い動きで若者の攻撃を回避してローキックで反撃した。


「痛ってぇぇぇぇ!」


 更に顔面をぶん殴る。


「くそ、その女すばしっこいぞ! 囲め囲め!」


 気が付けば騒動はリタ対若者達へと変わっていた。

 周囲の野次馬達も女だてらに若者達と互角にやりあうリタの獅子奮迅の活躍に興奮して祭り状態である。  

 実際リタは強かった。何しろリタは一日中野良仕事を行い、時に害獣から家畜を守る生活を送っているのだ。魔物が相手ならともかく、町の軟弱な若者に負けるようなやわな生活はしていなかった。 

 リタは手近に居た男に向かってタックルをしかける。

 勿論若者達もソレに当るほどバカではない。だがそれこそがリタの狙いだった。

 最初に強さを見せ付けたリタに対して若者達は彼女を過大評価した。

 油断してはいけないと。それ故に彼等はリタのタックルを危険と判断して回避を選択したのだ。

 だが常識的に考えれば多少強いとはいえリタはあくまで女の子。同年代の男子に比べれば体格面で明らかに負けている。油断せず受け止めれば決して捕まえられない相手ではなかったのだ。

 そんな判断ミスによりリタは悠々と包囲網を突破する事に成功する。

 伊達にユーシャの戦いを間近で見てきた訳では無い。門前の小僧習わぬ経を読むという奴である。

 とはいえ、それでもやはり多勢に無勢、数で勝る若者達に対しリタはスタミナを奪われ、徐々に押されていった。


「はぁ、はぁ、疲れが出てきたみてぇだな。俺らを相手にしようとしたのが間違いだったんだよ」 

「ぜー、ぜー、只で帰れると思うなよクソアマ!」


 しかし疲れているのは若者達も同じだった。

 むしろ町育ちである彼等の方こそ、良くリタの体力についてこれたものである。

 ソレもひとえに数のなせる業。そしてソレこそがリタを窮地に陥れた。


「捕まえたぜ!」


 背後から迫っていた太り気味の若者に捕まるリタ。


「は、放すべこのスケベ!!」


「誰が放すかよ!」

 若者の拘束を振りほどこうと抵抗するも、疲弊した体では体格に勝る若者を振りほどく事など不可能だった。


「はーなーすーべー」


「よーし、しっかり捕まえてろよ……死ねやこのクソアマァァ!!」


 リーダーと思しき若者がリタに殴りかかる。


「っ!」


 反射的に体を丸めて身を守ろうとするリタ。

 若者達に羽交い絞めにされたこの状況では意味の無い行動に思えたその行為だったが。


「痛ってぇぇぇぇ!」


 不思議な事に痛みを訴えたのはリタではなかった。

 何故かリタを羽交い絞めにしていた若者は、リタを捕らえていた右腕を離していたのだ。

 そのおかげでリタは体を丸めて回避する事に成功していた。


「バカ、何手ぇ放してんだよ!」


「誰かが腕になんか投げてきたんだよ!!」


 口論を始める若者達。

 見れば太り気味の若者の足元に小さな石が落ちている。彼の言うとおりだとすればこの石が当ったのだろう。事実石には赤い液体が付着していた。かなり強く若者にぶつかった様だ。

 リタはコレをチャンスと感じ、勢い良く後頭部で自分を捕らえている太り気味の若者の顔面を強打した。


「ぶべぇっ!」

 

 溜まらずリタを拘束していた手を解き、自らの顔面を押さえる若者。

 リタは仕返しとばかりに若者の足を踏み抜いた。


「~っ!」


 容赦ない一撃に声も出ない若者。

 リタは再び体勢を立て直して若者達と向き合う。

 しかし戦いはそこで中断される事となった。

  

「コラー! 街中で騒ぎを起こしとるのはキサマ等かー!!」


 やって来たのは自警団の団員だった。

 彼等は熱い海辺の気候を考え、金属鎧を着ずに、皮と木板を組み合わせた鎧を身に纏っていた。


「助かったべー」


 自警団がきて安堵の息を吐くリタ。


「いけない! 逃げますよ!!」


 だが座りこもうとしていたリタの手を、ご当地英雄が引っ張って走り出す。


「な、ななななんだべ?」


「この町の自警団は喧嘩をした者を全員逮捕する様に教育されています。だから個々で捕まると貴方も裁かれますよ」

 

 驚愕するリタ。予想もしていなかった状況に困惑する。


「わ、分かったべ、一緒に逃げるべ」


「こっちです!」


 後ろを見れば若者達が逃げ送れて自警団に捕まっている。

 恐らく酔った体で激しく動いたからだろう。

 リタ達はそんな彼等をおとりにして無事逃げ延びる事に成功した。

 そしてそんなリタ達を見守る影、そう、ユーシャである。


「本当にリタさんは危なっかしいですね。まぁソレでこそリタさんなのですが」


 そう一人呟くユーシャの手には、小さな石ころが握られていた。


 ◆


「こ、ここまで来れば大丈夫ですよ」


 気が付けばリタとご当地英雄は人気の無い路地に入り込んでいた。


「そ、そうなんだべか?」


「ええ、この辺は地元住民の居住区ですから、観光客は入ってきません」


 それを聞いて安心したリタは、ご当地英雄と共に地面に座り込んで大きく息を吐いた。


「あの、た、助けて下さってありがとうございました」


 ご当地英雄がぺこりと頭を下げながら礼を述べる。


「あ、いや、別にそんな大した事はしてないべ。私が気分さ悪いから勝手に関わっただけだべ」


 しかしご当地英雄は器用に首を振るとそれを否定した。


「そんな事はありません。周りに居る誰もが知らん振りを決め込んで僕をあざ笑っていたのに、貴方だけは我が事のように怒ってくださいました。僕にとっては十分大した事ですよ!!」


「そそそそそそ、そんな事ないべ!」

 

 真正面から素直な感謝の言葉を受けたリタは顔を真っ赤にして狼狽する。

 田舎者であるが故に周りはよく言えば気心の知れた相手、悪く言えば真面目に話せない悪友ばかりだったのだから。

 着ぐるみ越しとはいえ、リタにはその純真さが眩しかった。


「その、ほら! アンタ密猟者が居るから協力して欲しいっていってたべ? 私もその気持ちさよくわかるべよ。私等だって野菜泥棒や家畜泥棒さ出たら村中総出で犯人を追っかけるべ」


 その光景を想像したらしいご当地英雄が笑い声を上げる。


「ソレは凄い光景ですね。犯人も盗んだ事を後悔するでしょう」


「勿論だべ! 捕まえた犯人さこってり絞って二度と村さ近付かねぇよう教育してるべ」


 話がウケた事で気をよくしたリタが得意そうに続きを語る。


「ソレは怖い」


「そういえばアンタ怪我さ大丈夫だか? 体痛くないべか?」


「ええ、ご心配なく。幸いな事にこの着ぐるみは魔物との戦いを想定して作られているので結構頑丈なんですよ」


 そう言ってご当地英雄は立ち上がって痛くないよーとポーズを取る。

  

「はぁー、ご当地英雄の衣装って凄いんだべなぁ」


 リタとしてはどう見ても動きにくそうな着ぐるみで、ご当地勇者と魔物を戦わせようと考えた広報担当の正気を疑う所であった。


「そういえばアンタの事はなんて呼べば良いんだべ? 何時までもアンタって言うのもアレだし」


「僕の事はエメラン君と呼んでください。エメラン君までが名前です。仕事中はこの名前で呼ばれていますので」


 彼は自分の名を名乗らずあえて着ぐるみの名前を名乗った。ソレは「中の人など居ない!!」というキグルマーの精神を体言したかの様な見事な台詞であった。

 ちなみにキグルミストとも言う。


「私はリタっていうべ。よろしくエメラン君」


「こちらこそよろしくお願いします、リタさん」


 二人は強く握手を交わした。

 人気の無い道端で少女と半魚人の着ぐるみが握手をするのは、控えめに見ても異様な光景だった。

 幸い、ソレに対して突っ込みを入れる人間が通りかからなかったのは幸いだといえる。


「ところで密猟者さ言ってたけど、一体何を密漁してるんだべ?」


 ソレは先程から気になっていた話題だった。若者達の登場で話が中断してしまったからだ。


「保護指定とか言ってただべが、そういうのは役所さ頼みに行くのが先でないべか?」


 リタの言葉は最もであった。密漁は犯罪の為、政府機関の協力を受ける事が出来る。

 だがエメラン君は被りを振って否定した。


「駄目なんです。密漁されているのは保護指定魔物ブールーン。そしてその魔物を密漁している密猟者の正体は『勇者』なんです!!」


「ええええええええええぇぇぇぇぇっ!!」


 エメラン君の言葉にリタは激しい衝撃を受けるのだった。

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