第4話 思い出も勇者

 まだ空は闇に閉ざされた時間、そんな漆黒の世界で規則正しい音が鳴る。

 暗闇の中で蠢く影。

 音が消え、光が灯る。

 そこに居たのはフレムの町市役所勤務の勇者、ユーシャだった。

 ユーシャは時計を見る。時刻は4時半。

 ベッドから降りたユーシャはスウェットに着替え玄関に向かう。

 外に出ると朝の冷気が体を襲う。身を引き締めてくれる心地よい寒さだ。

 明かりの魔法を唱え足元の視界を確保するとユーシャは走り出す。

 早朝ランニング、それが彼の日課だった。

 暗い町の中を駆け抜けるユーシャ。突然現れた彼に驚き猫が走り出す。だが気が付けば猫は自分が逃げていた原因である人間の後姿を前方に見る。

 ユーシャは軽々と猫を追い抜き走り去っていった。


 ◆


 実際ユーシャは早かった。住んでいるアパートを出て5分と経たない内にもう町の半分を走り抜けていたのだ。

 前方に光が見える。光はこちらに近づいて来た。


「おはようユーシャさん」


「おはようございます」


 近づいてきた光、ソレは巨大なネコに乗った男だった。彼は獣の後ろに括り付けたカバンを空け、ユーシャに紙束を手渡す。


「ありがとうございます」


「じゃっ」


 手を振って挨拶をするとネコと男は瞬く間に遠くへと消えていった。

 手渡された紙束を手にランニングを再開するユーシャ。

次に向かうは市場である。


 ◆


「あらユーシャちゃん、今日も早いわね」


「おはようございます」


 市場に来たユーシャは並べられている食材を吟味する。

 こちらの卵とアスパラ、あとこのトマトとレタスも頂きます。


「あらー、相変わらず新鮮なの選ぶわねぇ」


「恐縮です」


 ユーシャの数少ない楽しみ。ソレは新鮮な食材を使った料理を食べる事だった。


「おおいユーシャ、新鮮な牛乳はいらんか?」


「頂きます」


「ユーシャさん、こちらのオレンジはいかがですか?」


「ソレも頂きます。」


 彼はわりと食道楽だった。

 ランニングが終わり、アパートに戻る頃には空も白み始めていた。

 大量の食材をテーブルに置くとまずは野菜を洗う。

 レタスとトマト、そしてアスパラを洗う。

 次に油を少なめに引いたフライパンの中にベーコンを淹れ、時間差で溶き卵を入れる。

 ジュージューと食欲をそそる音が鳴り響く。

 ころ合いを見計らって斜めに薄く切ったアスパラを投入。

 アスパラの味はスピードが命だ。薄く切る事で熱を通し易くしてある。

 熱が十分に通ったら火を消して更に盛り付ける。

 そこにレタスとカットしたトマトを添えて朝食の出来上がりである。

 牛乳をコップに注ぎ、冷蔵庫から食パンを取り出し焼いた卵とベーコンを乗せる。

 パン粉をこぼさないように気をつけながらパンをほお張る。


「……美味い!」


 ベーコンの塩味が卵に味をつけ、丁度良い塩梅だ。さらに薄くスライスしたアスパラのシャキシャキとした歯ごたえが素晴らしい。

 一気に食べ切らないように途中途中で牛乳を挟み食事の時間を長引かせる。


「今日のご飯も大変美味しかったです」


 食材の美味しさ、それはフレムの町に配属された事を喜ぶには十分すぎる程の満足感だった。

 残った食材を冷蔵庫に仕舞い、変わりにコーヒーを淹れる。


「本日のニュースは……」


 取り出したのはランニングの最中、猫に乗った男に手渡された紙束であった。


「フリージア帝国で内乱発生ですか。……いつか起きるとは思っていましたが……」


 ソレは新聞だった。男は配達員だったのだ。


「ウインディア皇国に大型の魔王気圧発生。しばらく続きそうですね。コレは勇者派遣も有りそうですねぇ」


 コーヒーを啜りながら世界各国のニュースを読むユーシャ。

 魔王情報の収集もまたユーシャの仕事だった。


 ◆


「さて、今日はどうしましょうか」


 勇者は週休二日、勤務時間は朝8:30から午後15:00まで。途中12:00から13:00までは食休憩だ。出張の場合は後日振り替え休日となる。

 つまり本日は休日だった。

 する事も無いユーシャは町をぶらぶらと散策する。彼は無趣味だった。

 平凡な田舎町の平凡な風景。当たり前の平和な光景。

 しかしユーシャにとってその当たり前の光景は何より眩しいものだった。


「隊長?」


 ふとかけられた声にユーシャは足を止める。

 振り向けばそこには年若い青年の姿があった。

 だがその青年の表情は平和な町には似つかわしく無く、まるで幽霊を見て居る様な顔だった。


「ユウサリエル隊長なのですか?」


 確認するような声で名を口にする青年。


「人違いでは?」


 しかしユーシャはあっさりと否定した。

 青年は否定された事を悲しむような、それでいて安心するかのような表情を見せる。


「すみません、知り合いにとても似ていたもので」


「そんなに似ていたのですか?」


「ええ、ですが私の知人とは雰囲気も言葉遣いも全く違いました。その、すみませんでした」


「あ、いえ、お気になさらず」


 青年は逃げるようにユーシャから離れ、そして立ち止まった。


「貴方はこの町の人なのですか?」


「ええ」


 ソレは確認だとユーシャは確信した。

 そして確認を終えた青年は雑踏に姿を消した。


 ◆


 途中立ち寄ったカフェでコーヒーを飲みながらユーシャは物思いにふけっていた。

 正直に言うと、ユーシャは青年に嘘をついた。

 知っていたのだ。

 青年の事も、彼が何故この町に居たのかも。

 元々ユーシャはこの町の住人では無い。勇者の居ないフレムの町の要請を受けてやって来た予備役勇者だったのだ。

 彼は思い出す、この町に来る前の自分、いや勇者になる前の自分を。


  ◆


 ユウサリエル、それが少年の名前だった。

 彼は生まれてまもなく捨てられた。親が誰なのかは分からない。

 彼の捨てられたフリージア帝国は寒く、食料も配給制だった。

 当然の事ながら孤児に分け与える食料など存在しない。

 孤児は犯罪者となるか、奴隷以下の賃金で働くしか食事にありつく方法など無かった。


 しかしユウサリエルは幸運だった。

 彼には勇者適正があったのだ。

 とある国家が始めた国営勇者システム、このシステムは画期的だった。勇者適正を測定するマジックアイテムを開発し、より優秀な戦士を生み出す土台を作り上げたのだから。

 フリージア帝国にとって勇者とは優秀な労働力だ。

 教育によって帝国の為に力を振るう事を喜びと教えられ、自分達は勇者ではなく国の歯車だと徹底的に教育される。

 勇者適正の高かったユウサリエルは若くして優秀な戦力となった。

 危険な魔物を難なく退治し、敵対する国家の兵力を隠密裏に削っていった。

それは間違いなく英雄の所業である。

 しかし帝国にとって英雄など無用の長物。むしろ危険な存在として認識される事に繋がった。

 結果ユウサリエルにはより危険な任務が与えられ、怪我をして帰還する事も多くなっていった。

 日に日に危険な任務に赴かされるユウサリエルの精神は知らず知らずの内に疲弊し、磨耗していた。

 食事とベッドの為だけに命をかける日々。しかしユウサリエル達歯車にはそれ以外の生きる理由など無い。

 歯車は磨耗の果て部品を交換されるまで回り続けるしかなかった。

 

 ◆


 そんなユウサリエルも遂に交換される日が来た。

 その日彼は新しい歯車を連れ任務に赴いていた。

 その中にはユーシャが出会った青年と思しき少年もいる。少年の名はユーサーといった。


「ユウサリエル隊長と一緒の任務に出られるなんて光栄です!」


 ユウサリエルに出会ったユーサーは開口一番そう言った。


「そうか。では任務に赴く」


「はい!」

 

 ユウサリエルにとってユーサーの敬愛の感情は毒にも薬にもならなかった。

 こんな顔をしていられるのも今の内だけだ。今に自分達の様になる、死ななければだが。

 ユウサリエルは歯車達を率い、森の中に現れるという魔物を退治しにでかけた。

 対象は低級な魔物で、ユウサリエルが出向くようなレベルの相手ではない。

 この任務の真の目的は歯車達に実戦を経験させる為のものであり、ユウサリエルは有事に備えて見守るだけの筈だった。

 しかしそこで出会ったのは予定には無い魔物の存在だった。

 巨大な爪が歯車達を襲う。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


「ユウサリエル隊長! アンディが!」


「バカな……なんであんな魔物が……」


 コレまで処理してきた魔物とは明らかに異質な存在。

 ユウサリエルはその魔物の名を知っていた。


「キマイラ……」


 それは魔法によって生みだされた自然ならざる存在の名だった。

 培養液から出れば一日と経たず死んでしまう命。決してこのような場所に存在できる生命ではない。

 ユウサリエルは理解した。この任務を命じた男は自分の姿を見る度に苦々しい顔をしていた事を。

 それが今日の任務に限っては妙に優しい笑顔を見せていた。

 つまりこのキマイラは自分を破壊する為に用意されたのだ。

 人としての情緒を学ぶ事の出来なかったユウサリエルにその理由は分からなかった。

 分かった事は一つ。このままでは自分達は死ぬと言う事。

 新しい歯車達は自分を破壊する為の囮だ。

 ユウサリエルは考える。ここは歯車達を囮にして逃げるべきだ。

 通常強力な敵戦力と遭遇した場合、劣った者は優れた者を生かす為の捨石になれと歯車は教えられる。


「ユ、ユウサリエル隊長はお逃げ下さい!!」


 戦闘マニュアルに従いユーサーがユウサリエルを撤退させるべく前に出る。

 そうだ、この場合生き残るべきは優秀な自分の方だ。

 だがそれに何の意味がある。

 ここで狙われているのは間違いなく自分だ。

 理由は分からずとも、ユウサリエルは常に自分に向けられる悪意に気付いていた。

 それ故なのか、彼は理に適わない行動を行なった。


「え?」


 守ったのだ。キマイラに襲われるユーサーを庇い傷を負うユウサリエル。


「な、何故?」


「総員撤退せよ! 本部に戻り援軍の要請を行なえ!」


 彼は歯車に友軍に助けを求める事を命じた。

 絶対に受領される事のない援軍を申請する為に。


「ですがそれでは!」


 マニュアル通りに育てられたユーサーにはその命令に従う事は出来なかった。

 彼らはマニュアルに違反するという考え自体を持っていなかったが故に。


「隊長命令だ、繰り返す本部に戻り援軍の申請を行なえ」


 上官の命令は絶対。たとえどんな理不尽な命令でも歯車は従わなくてはいけない。

 ユーサーは唇をかみ締め命令に素直に従う。


「了解しました……」


 ユーサー達が逃亡してゆく。


「さぁ、後は時間を稼ぐだけだ」


 歯車達が安全圏に到達するまでの時間を算出し、ユウサリエルはキマイラに挑む。

 命を奪う事だけを考えて造られたキマイラの性能は一軍に匹敵する。

 ユウサリエルはキマイラと戦ってみて、初めてこの生物の力を理解した。

 キマイラは間違いなく莫大な資材を投入するに足るだけの性能を秘めていた。

惜しむらくは活動時間の短さだ。

 半日も逃げていればこの生物は瞬く間に劣化するだろう。だがそれは出来なかった。ユーサーを庇った傷が想定よりも深かったのだ。キマイラが機能停止する前にこちらが出血多量で死ぬ方が先なのは明白。何よりキマイラの運動性は間違いなくユウサリエルよりも上だった。

 更に言えば運よくキマイラから逃げ延びたとしても、自分の死を確認する為の処理部隊も動くだろう。

 ならば諦めて殺された方が効率的では無いか? 最終的に死ぬ事に変わりないのなら苦しむ時間が短い方が良い。

 ならば後は眼前に迫る爪を無防備に受けるだけだ。

 そう思い力を抜くユウサリエル。その心中は驚くほど穏やかだった。


 だがその選択が変わる瞬間が訪れた。


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴である。

 目を開けた先には少女が居た。手には籠を持っており、恐らくは山菜取りにでも来たのであろう。

 不幸な少女だ。そうユウサリエルは思った。キマイラは少女の悲鳴に反応し、標的を変更する。

 生きる意志を失ったユウサリエルなどいつでも殺せると判断したのだろう。

 キマイラの爪が少女を襲う。只人の少女に助かる方法などない。


「嫌っ……」


 少女の死は確定事項だった。

 しかしその運命を変える光が走る。


「はぁ!」


 それはユウサリエル一撃だった。

 彼は自分でも驚いていた。何故この様な無駄な行動をするのかと。

 そしてソレは酷く簡単な理由だった。

 彼は帝国の歯車として育てられた。その役割りは戦闘、敵の殲滅である。

 だがそれと同時にもう一つの役割りがあった。

 帝国臣民の生命を守る事。

 帝国にとって勇者とは駒であり使い捨ての戦力でしかない。

 しかし国営勇者システムに登録し勇者適正を調べる装置を使う為には、建前としても勇者として育てなければならない。

 ユウサリエルもそうだった。彼は帝国臣民を守る事を成すべき使命の一つとして教育されていたのだ。

 それが駒として役目を全うしてきた彼の体を無意識に動かした。

 故にユウサリエルは決めた。どうせ死ぬのならこの少女を守ってから死のうと。


「下がっていろ」


 言葉少なに少女の前に出るユウサリエル。少女を殺したければ俺を先に殺せと言っているかのようだった。



 戦いは熾烈を極めた。死を受け入れていたユウサリエルは限界を超えて戦った。

 先の事を考えず、傷つく事を厭わず、只々目の前の敵を倒す事だけに全能力を費やした。

 勝敗を決めたのは生物としての本能の差だった。

 キマイラは戦闘用に生み出された存在、だがあくまでも獣だった。

 死を恐れぬユウサリエルの猛攻に危険を感じ、生き残る事を考えてしまったのだ。

 後先を考えずに全力を振り絞る者と生きる為に攻撃の手を緩めた者。

 結果は明白だった。


「かぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 必殺の一撃がキマイラの心の臓を貫く。

 そうして遂にキマイラは力尽き、ユウサリエルは見事勝利した。

 常識では考えられない紙一重の勝利だ。

 もっともそれもあと数分の勝利である。

 限界を超えた肉体は既に立っている事も困難になっていた。

 だが、目前に迫った死を前にして尚ユウサリエルの心は穏やかだった。

 ユウサリエルは最後の力を振り絞り自分の救った命を見る。


「怪我は無かったか?」


 少女が肯定の意を示して小さく頷く。

 傷一つない少女の姿を確認したユウサリエルの意識は闇に飲まれた。


 ◆


 気が付くとユウサリエルは見知らぬ場所に居た。


「何……処だ?」


 自分達が暮らす宿舎ではない。石ではない天井を見るユウサリエルはここが死者の国かと思った。

 だとすればここが地獄なのだろうか。

 しかしそれを否定する声が聞える。

 声の主はユウサリエルが助けた少女だった。


「お目覚めですか勇者様」


「勇……者?」


 その言葉に目を開くユウサリエル。何故この少女は歯車に過ぎない自分を勇者と呼ぶのだろう。


「お加減はいかがですか?」


 少女の言葉に反応し、無意識に自分の状態を確認するべく体を動かすユウサリエル。

 しかし限界を超えて戦った肉体はユウサリエルの命令に従わなかった。

 変わりに与えられたのは激痛。後を考えない戦闘を行なった代償がきたのだ。


「ぐぅっ!! ……」


「大丈夫ですか勇者さま!」


 バランスを崩したユウサリエルを少女が慌てて支える。


「無理をしないで、今はゆっくりお休み下さい」


「あ、ああ……」


 次に目が覚めた時少女は語った。ユウサリエルがキマイラを倒して1週間が過ぎていた事を。

 それを聞いたユウサリエルは驚いた。1週間もあればとっくに処理部隊が自分の死体を確認に来ているはずだ。しかしその様子はない。もし処理部隊が来ていたら少女の命は既に失われている筈だ。


「そういえば勇者様は何と言うお名前なのですか?」


「ユ、シャ……」


 相も変わらず自分を勇者と言う少女に対して自分は勇者では無いと伝えようとした ユウサリエルだったが、限界を超えた肉体は会話すらおぼつかなかった。


「ユーシャ……ですか? お名前まで勇者なのですね」

 

 どんな聞き間違えだと思ったが、もはや否定する事すらおっくうになる。

 気の抜けたユウサリエルはそのまま眠りの淵へと落ちていった。


 ◆


 そして2ヶ月の月日が過ぎた。

 最初は処理部隊が来ないかと警戒していたのだが、2ヶ月が過ぎても全く音沙汰がない事からいい加減警戒する事を諦めた。

 相変わらず体は美味く動かなかったが少女の献身的な介護により、少しずつその体は回復に向かっていった。

 そして更に1ヶ月が過ぎた。

 動くようになった体のリハビリを兼ねてユウサリエルは少女の買出しに同行する。

 そこで彼は処理部隊が自分を探しにこなかった理由を理解した。


「何でも魔王が復活したらしいぜ」


 露店の店主は帝国内で起きている出来事を詳しく教えてくれた。

 歯車達は帝国領内に復活した魔王を退治する為に借り出されたのだ。

 だから自分の捜索などと言う些事にかまけては居られなかった。 

 彼等歯車は本来その為に育てられたのだから当然の事と言える。

 結果的に言えばユウサリエルは自分の敵に命を救われた事となった。


「ところで兄ちゃんあの娘とどんな関係なんだい?」


「……参考になった。感謝する」


 このままでは自分が次の噂のネタにされてしまいそうだったので早々に立去る。

 だが町の住民の好機の視線はユウサリエルと少女をしっかりと補足していた。

 もう手遅れかもしれない。


 ◆


 そして更に1ヶ月が経ち、ようやくユウサリエルは自由に動けるようになった。

 そこで彼は悩んだ。

 

「俺は、これからどうすれば良い?」


 既に帝国に戻る事は出来ない。戻れたとしてもいつか再び命を狙われるだろう。

 そこに至って彼は愕然とした。

 自分には生きる理由がないと言う事に。

 歯車として生きてきたが故にユウサリエルには目的が存在しなかった。

 したい事も、しなければならない事も彼にはなかった。

 だから彼は少女に聞いた。


「何かして欲しい事はないか? お前には命を助けられた。俺に出来る事なら何でもしよう」


 ユウサリエルは少女から命令を貰える事に期待した。命令さえ貰えれば問題なく行動が出来る。

 しかし少女の言葉は彼の期待するものではなかった。


「勇者様なのですから人々を助けるのが勇者様のお仕事なのではないのですか?」


 まただった。いい加減疑問に思った事をユウサリエルは聞いた。


「何故俺を勇者と呼ぶ」


 少女は応えた。


「だって勇者様は私を恐ろしい魔物から助けてくださったじゃないですか」


 とんでもない誤解だった。むしろ巻き込んだのはこちらなのだ。

 ユーシャは自分が巻き込んだのであって少女を助ける為に戦ったのでは無いと説明する。

 結果的にはそうなったが原因は間違いなく自分なのだ。

 しかし少女は可笑しそうに笑う。


「でもそれなら私を見捨てて逃げればよかったじゃないですか。何で助けてくれたんですか?」


「っ……」


 そう言われると言葉も出なかった。なにしろ自分でも理由が分からないからだ。


「分からないのに助けてくれたんですか? ふふ、それじゃあやっぱり勇者様じゃないですか」


 ユウサリエルには少女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「勇者というのは助けを求める人を見つけたら見返りなんて求めずに助けちゃうものなんです。だって私がお母さんから聞いた昔話の勇者様は皆そうでしたから」


 見返りを求めない者が勇者。その言葉は衝撃的だった。


「そんな者が本当にいるのだろうか?」


 その呟きは間違いなくユウサリエルの心からの疑問であった。


「だったら探せばいいんじゃないですか? 勇者様が本当の勇者だと思える勇者様を」


「っ!?」


 その言葉にハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けるユウサリエル。

 自分の意思で物事を決めた事の無かった彼にとって、ソレは正に天啓だった。

 ユウサリエルは少女の言葉に従い勇者を探す事を決意した。


 ◆


 帝国を離れ、様々な土地を巡った。

 しかしそれでも自分が納得できる勇者には出会えなかった。

 そんなある日、ユウサリエルは国営勇者の話を耳にする。

 元々彼は国営勇者システムによって育てられた勇者だったが、帝国の方針により自らが勇者である事は徹底的に隠されて生きてきた。

 ユウサリエルは考えた。ここになら本物の勇者が居るのではないかと。

 彼は名をユーシャと改め国営勇者として働き始めた。

 いつか勇者にめぐり合う為に。


「国営勇者についてお聞きしたいのだが」


 ◆


 そんな過去を思い出したユーシャは一人呟く。


「まだまだ勇者には出会えそうもありませんよ」


 冷めたコーヒーは思い出の様にほろ苦かった。

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