第2話 魔王組合

 フレムの町市役所勤務の勇者、ユーシャは籠の中身に対してこう言った。


「そんな所で一体何をなされているんですか?」


 籠の中身、いや籠に閉じ込められていたのは彼も良く知る人物だったからだ。


「その……町さ出かけようとしたら魔物に捕まっちまったんだべ」


 なまりになまった田舎ボイスも眩しいその人物は、かつてユーシャに魔王退治を依頼した田舎者の少女リタだった。


 ◆


 収穫した野菜を売る為、フレムの町へと向かっていたリタは運悪く魔物の群れと遭遇した。

 そして魔王への貢物として魔王城へと運ばれている最中にユーシャと再会したのだ。


「と言う事があったんだべ」


 なお、リタを誘拐した件の魔物達はユーシャにより切り捨てられ、見るに耐えない形状となって地面に転がっていた。

 そんな中でコレまでの経緯を説明できるリタの精神も中々のモノといえるだろう。


「成る程、そう言う事でしたか」


「勇者様はまた魔王さ退治に行くんだべか?」


 ユーシャの腰に下げられた剣を見つつリタが問う。


「ええ、今回はフレムの町の近くに魔王が現れたので、依頼討伐ではなく自衛としての魔王討伐となります」


 この時代、魔族や魔物の襲撃があった際には冒険者を雇って自衛を行なう。

 冒険者といっても彼等は名前の通り冒険をする訳ではなく、現代で言うボディーガードや傭兵に近かった。そして扱いは自称探偵と同レベルである。

 とはいえ、それでも魔物と命をかけて戦ってくれる貴重な人材なので、移動販売を行なう行商や魔物が多く生息する地域の町が主な雇い主となる。

 しかしイーナカ村のような金の無い村や、あまり魔物が現れない平和な地域では魔物対策に冒険者を雇うのはコストが掛かりすぎる。

 そこで生まれたのが国営勇者システムである。

 これは素質ある若者達を勇者として育成し、魔王や魔物を退治するエキスパートとして派遣するシステムの事である。

 かつてとある王国が王室支持率をアップさせる為に始めたのが始まりだったのだが、コレが予想外に成功し今では大半の国家が同様のシステムを採用している。

 ちなみに運営費は税金から支払われている為、基本無料である。


「よく分かんないけどそう言うもんなんだべか」


「そう言うものなのです」


 基本無料という所が気になったが、聞くと間違いなく後悔しそうなので追及するのをやめるリタだった。


「ここは魔物の領域ですので一人でお帰しするのは危険ですね。少々時間は掛かりますが私の仕事が終わりましたら後ほど町までお送りします」


「助かるべ勇者様!」


 こうして孤独な旅を続ける勇者に新たな仲間が誕生した(期間限定)


「あ、勇者様大根いるべか? 甘くて美味いだよ」


「頂きます」


 その後、無表情で大根を齧りながら魔物を狩る勇者という都市伝説が魔物達の間で流行する事になるのだがそれは別の話。


 ◆


「ここが魔王グレートダクネスの城です」


「うーわー」


 思わず声が出る。

 ユーシャに案内されてやって来たのは典型的なお城だった。いわゆる物語に登場するようなテンプレートな城で、それにおどろおどろしい悪魔の顔の彫刻を取り付けたり、黒っぽい塗料を塗ったりして雰囲気を出していた。

 つまり非常に安っぽかった。

 さすがのリタもこの居た堪れない空気に言葉を紡ぐ。城の周囲を飛んでいる警護の魔物達も微妙な空気だ。


「コストダウンの為に中古のモデルキャッスルを購入したみたいですね。復活したてで財政難の魔王には良くあるんですよ」


 しかしそんな気遣いを容易く踏みにじるユーシャ。魔王城の周囲に殺気が漲る。


「魔王なのにだべか!?」


 魔物達の殺気を浴びせられていたにも関わらず、リタはついつい突っ込みを優先してしまう。


「魔王と言うのは経営者ですから。予算を削れる所は削っておきたいんですよ」


 勇者に対しての幻想を打ち砕かれたばかりのリタだったが、今度は魔王への幻想も砕かれそうな予感に囚われる。いや、既に砕かれていた。


「おい貴様等! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって!! そこで働いてる俺達の気持ちにもなりやがれってんだ!!」


「そうだそうだ!!」


 気が付けばユーシャたちは魔物達に囲まれていた。全員が口々に城に対する不満を洩らしながらユーシャ達を攻め立てる。


「皆さん大変ですねぇ」


「「人事ひとごとか!!」」


 もう挑発しているとしか思えないユーシャの言葉に魔物達の怒りが頂点に達する。


「ええい、侵入者なのはともかく他人に職場を悪く言われるのは腹が立つ!」


「ああ、侵入者はどうでもいいが、城が安っぽい所為で恋人に何処の魔王城で働いてるって言えねぇこっちの身にもなりやがれ!」


「娘がワシの働いている城を知ってからと言うもの、一言も口を利いてくれんくなったんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 この魔物は泣いて良い、ユーシャを除く全員の心が一致した瞬間だった。


「経営者は何処にお金をかけるべきかが端的に理解できる悲しいお話ですね。社員のモチベーションを高める事もまた人の上に立つ者の大事な仕事です」


 一見含蓄のある事を言っている様に聞えるが、この惨状を生み出したのは当のユーシャ本人だという事実をそっと心の底に沈めるリタだった。


「侵入者かはどうでも良い! とにかく殴らせろぉぉぉぉ!!」


 かなり本気気味の叫び声を上げながら魔物達が武器を手に襲い掛かってくる。

 先程までと違う本気の殺気を感じ取ったリタは勇者の傍に寄添うように近づく。ここが一番安全な場所だと知っているからだ。


「城の入り口を守る魔族達との戦い。定番ですが必須項目です」


「必須?」


 一体どういう意味なのか、その言葉の意味をユーシャに問おうとした時には、既にユーシャ達は戦闘に入っていた。

 ユーシャは矢のような速度で魔物達の中心に飛び込み、手近な魔物達から切り裂いていく。


「何だコイツ! 普通の戦士じゃないぞ!」


「勇者ですから」


 ユーシャの言葉を聞いたからなのか、魔物達の間に緊張が走る。彼等はユーシャの周囲に2重の円陣を作るとユーシャに波状攻撃を仕掛けた。

 内側の円が槍でユーシャを攻撃し、ユーシャが反撃してきたならすぐさま下がって外側の円が魔法攻撃を加える。


「ふははははっ! 双円の陣形! コレを打ち破った侵入者はいまだ居ない!!」


 必殺の陣形を披露して高らかに勝利を確信する魔物達。


「中々のコンビネーションです。さすがは魔族といった所でしょうか」


 魔物達からの激しい波状攻撃を受けている最中であるにも関わらず、人事の様に評価するユーシャ。


「ふん、強がりを! だがコレで終わりだ!!」


 魔物達の攻撃が更に激しさを増す。槍だけでなく尻尾や副腕を使用して更に手数が増えているのだ。


「素晴らしい、コレだけの錬度の兵はそうそういませんよ。とはいえ、これ以上時間をかけると時間外労働になってしまいます。ここは手早く終わらせましょう。勇者闘技、分身魔剣」


 至近距離で相対していた魔物達は気付かなかっただろう。だがリタは見ていた。ユーシャの周囲に複数の刀身が現れ内円側の全ての魔物の攻撃を受けきった事を。

 そして刀身は魔物の武器を回す様に弾き飛ばすと、返す刀で魔物達を一掃した。

 彼等は決して弱くない。むしろ魔王城の中では実戦経験の豊富なベテランである。

 そんな彼等、内円の魔物達が一瞬で倒された事に動揺する外円の魔物達。

 急いで体勢を立て直そうとするが、彼等が白兵戦用に対応準備を整える前にユーシャが飛び込む。


「この陣の欠点は内円の味方が接敵している間、外円は私を攻撃出来ない事。そして全周型の攻撃には弱い事ですね」


 こうして外円の魔物達も懐に飛び込んできたユーシャに対応仕切れず殲滅させられる。

 はっきり言って圧勝であった。


「魔法使い系の魔物と戦う時は、相手の懐に入って二次被害を恐れさせるのが有効です。至近距離に魔法を放てば味方や自分に被害が出ますからね」


 あっさりと言い放つがソレは決して簡単な事ではない。確かな実力と度胸、その両方が必要な大変危険な行動だ。


「では魔王城に入りましょうか」


 しかしユーシャはそれを誇る事無く、むしろ何事も無かったかの様に城の中に歩を進めていった。


 ◆


「そういえば、魔物と魔族って何が違うんだべ?」


 魔王の間への道中、リタは魔物達に対する疑問をユーシャに尋ねていた。

 ソレと言うのもユーシャが先程の魔物達を魔族と称していたからだ。


「そうですね、分かりやすく言うと喋るのが魔族で喋らないのが魔物です」


「じゃあさっきの魔物達は魔族なんだべか?」


「ええ、会話が可能なのは知性がある証拠、そして知性があると言う事は魔法が使える。魔法が使える魔物だから魔族です。更に言うと魔族と魔物は別の種族です。まぁ我々人間と猿の違い程度には違うと思っておけば良いですよ」


「へー、そうだったんだべか」


 ユーシャの講義を受けたリタは村に帰ったら必ずこの話をしようと心に決めた。田舎は娯楽が少ないのである。この話だけで1週間はネタに困らない位に。


 ◆


「ここが魔王の間ですね」


 襲い来る魔物達を鎧袖一触に切り捨て続けようやくたどり着いた先には巨大な扉があった。

 扉の中央には魔王を示すのであろう大きな角の生えた魔物のシルエットが描かれている。


「城の中なのにでっかい扉だべなぁ」


「雰囲気作りですね。この先はボスエリアなので回復と装備の点検をしなさい、という意味の交通標識の様な物です。あとそこにトイレがありますので、ボス戦の前に行っておいた方が良いですよ」


「親切?」


 その光景にリタは高速馬車のパーキングエリアを連想した。


 ◆


「それでは魔王との決戦です!」


「はいだべっ!」


 トイレ休憩を済ませたリタとユーシャは魔王の間へと続く扉を開く。

 重厚そうにみえる扉は思いの外軽く、実際には中空である事が用意に想像できた。

 

「っ!?」


 ドアを開けた瞬間、奥から猛烈な寒気が襲ってくる。それはまるで空気自体が魔王の力に恐れをなしているかのようだった。


 リタは恐怖と寒さに身を震わせる。


「ああ、コレは冷房魔法ですね。雰囲気作りに良く魔王が使うんですよ。寒かったら温度上げて貰いましょうか」


「……別に良いです」


 一瞬で怖くなくなった。


「ふはははははははっ! 良くぞ参った勇敢でおろかな人間共よ!! 我こそは魔王グレートダクネス、貴様等の命を刈り取る者よ!!」


 魔王の周りで火の玉が舞い上がり黒い瘴気が足元を這う。

 煌々と輝く火が魔王の肌を絶妙の角度で照らし威圧感を増す。


「周りで廻ってるのはバイトのサラマンダーで、足元の黒い風は乾燥させた炭の粉をシルフが風で撒き散らしているんです。ああ、肺を悪くしない為に膝下までしか舞いませんから安心して下さい」


「……」


 知られざる魔王の努力を教えられて色々と台無しな気分になる。

 小声でそんな会話がなされているとも知らず、魔王は延々と口上を述べていく。

 そこでリタはふと疑問を持った。


「勇者様、何で魔王さ攻撃しないんだべ? 前は問答無用で襲い掛かったのに」


「口上が終わるまで聞くのがマナーなんですよ。こういうやり取りを無視すると後で訴えてくる魔王もいますから」


「前は城の天井さブチ破って殴りこんだべ?」


 前回の魔王退治で行なわれた世知辛い決戦がリタの脳裏をよぎる。


「前回の魔王は魔王組合に加盟していなかったので」


 何やら不審な単語を耳にして嫌な予感に包まれるリタ。


「前も言ってたべが、魔王組合って何だべ?」


「魔王が魔王らしく振舞う為の組合です。人間と協定を結んでいて、事前に連絡をしていない町を襲わないとか、四天王を倒してから魔王と戦うなど古き良き伝統を守る為の組合です。まぁ伝統芸能みたいなモノですよ」


「……」


 リタは口をつぐんだ。そしてその説明で理解してしまった。何故今回は入り口から入ってきたのかを。


 ◆


「さぁ血戦の幕をあげようではないか!」


 長々と続いた魔王の台詞がクライマックスに差し掛かる。


「出番ですので戦ってきます」


「……えっ、あ、はいだべ」


 余りにも長い演説だった所為でついつい居眠りをしてしまったリタだったが、さすがに勇者と魔王の決戦の横で居眠りをする訳にはいかない。よだれを拭いて観戦モードに入る。既に手の中にはせんべいの代わりにキュウリを用意してある。


「貴方を倒してこの世界に平和を取り戻します」


 台詞こそ正義を体言する勇者の言葉だが、いかんせん当の勇者は七三分けのグレースーツ、到底勇者には見えない。


「ふはははは! 貴様の首を掲げて人間達を絶望させてくれるわ!」


 逆にこちらはコテコテの魔王過ぎて、なんだか痛々しい。

 そしてようやく戦闘が開始される。

 魔王の部屋に入ってから実に35分が経過していた。

 最初にユーシャが攻撃を行なう。

 しかし前回の魔王との戦闘と違い、一撃で終わりはせず普通の剣戟が始まった。

 不意打ちも何も無いクリーンな決闘である。


「勇者様~、何で必殺技を使わないんだべか~? ほれ、例の魔王討伐剣とか言うの」


 すると剣戟のさなかに勇者が答える。


「必殺技は最後に使うのがルールなんです。勇者普通撃!」


「はぁ」


「ぐはははっ、無知な娘に教えてやろう。勇者と魔王の戦いはまず剣戟から始まり、次に魔法を放ちその後一定ダメージを受けたら第2形態へ変身する。そして……ぐはは、なかなかやりおるどうやら手加減の必要は無い様だ」


 説明の最中に一定のダメージを受けたらしく、魔王が口上を述べ始めた。勿論ユーシャは攻撃を中断する。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


 禍々しい気配と共に魔王の体が膨れ上がる。

 全身が黒く鋭角の甲殻に覆われたその姿はおよそ10mはあろうかという巨体だった。


「変身した魔王は全長15m、体重75tが限度。それ以上は規約違反となる。また魔王城から半径10kmより外にハミ出る広域破壊魔法の使用は禁止されている。魔王ビーム!」


 魔王の胸が開き、その中に輝く宝玉からビームが発射される。


「結構制約厳しいんだべな」


 ユーシャが魔王のビーム攻撃を剣で弾き胸の宝玉に跳ね返す。


「ぐぁぁ! だがこれを守らないと勇者も魔王もルール無用で襲ってくる為仕方ないのだ。魔王暗黒障壁!」


 ダメージを受けた魔王の前に黒い瘴気の壁が生まれる。


「魔王なのにルール無用はだめなんだべ?」


「お互いこの世界の住人ですから、ルール無用になると土地を汚染するような毒や魔法を使って人も魔物も住めない土地になってしまうんですよ。勇者障壁破壊剣! 有名なカカーク平原の毒の空気は、人類と魔族の間にルールが定められる直前に起きた勇者と魔王の戦いの余波なんです。あらゆる生物が生存できない毒の空気が出来てしまった事が決め手となって魔王組合が生まれたんですよ。勇者会心撃!」


「ぐあぁぁぁ!! 自然は大事にせんとな」


「色々あったんだべなぁ」


 もはや会話の途中で挟まれる技名について言及するのは止める事にした。

 その後魔王がビームを発射し、ユーシャが剣で反射して胸の宝玉に反射、魔王が黒い障壁を展開してユーシャがそれを砕く。以上の手続きが3回行なわれた時点で魔王が最終変身の為の会話を始める。


「ぐぅぅ、どうやら我の本気を見せる時が来た様だ」


「魔王の変身は最大3回までと定められています。回数を制限しないと脱皮型の魔王など際限がありませんからね」


「はぁ……」


 諦観の表情でキュウリを齧るリタ。


「魔王最終変身!」


 ツッコミをいれない様に我慢しながら見ていると、10mはあったであろう魔王の巨体が縮んでいき、最後にはユーシャと同じくらいの大きさにまで縮んでしまった。


「最終決戦だ!」


「行きます! ちなみに最近のブームで最終形態は小型になる魔王が多いです」


「……」


 どうでも良い説明を入れながら二人は再び剣戟を再開する。次に魔法の打ち合い、そして魔法を交えた激しい接近戦に移っていった。

 ユーシャの剣と魔王のツメ、魔王の魔力砲とユーシャの魔法、至近距離で炸裂する技を自らの技で相殺していく。

 そんな縦横無尽の戦いを前に、いつしか釘付けになるリタ。例えバカバカしい制約があろうとも曲りなりにも勇者と魔王、その激しい戦いに魅了されない者など居ない。そういう意味ではリタのいる場所は間違いなく特等席であった。

 だがそんな夢のような時間にも終わりは訪れる。


「やるではないか勇者よ。貴様に敬意を表し、我の最強の技で貴様を滅ぼしてくれよう。娘、巻き込まれるとイカンので結界魔法を張ってやろう」


 魔力の凝縮を行なっている魔王がついでとばかりにリタに結界魔法をかける。


「あ、ありがとうだべ」


 魔王の魔力チャージが行なわれている間、やはりユーシャは動かなかった。

 やっぱりこれもルールなんだべなぁと内心で思っていると、ようやく魔王のチャージが終わったらしく口上が再開される。


「暗黒の魔力に沈むが良い! 魔王暗黒火炎!!!」


 聞いていて切なくなる名前だったが、その威力だけは魔王の必殺技に相応しかった。

 魔王の両の掌から暗黒の炎が生まれる。ソレは魔界の深奥に聳え立つ魂すら焼き尽くす滅びの炎。

 結界越しでもその熱さに火傷しそうになる。


「ひぇぇぇぇっ!!」


 炎を見たリタの魂が恐怖に震える。

 あらゆるものを焼き尽くす炎に本能的な恐怖が呼び覚まされたのだ。ソレは人間もまた獣であるが故であった。

 放たれた魔法の余波で城の壁が破壊されていく。装飾品は焼け、金属製の蜀台すら高熱で溶ける。

 いくらユーシャが強いとはいえ、こんな攻撃の中心にいてはいくらなんでも耐えられない。そう思ってしまったリタは思わず叫んだ。


「勇者様っ!!」


 ユーシャが居た場所は魔王の奥義が炸裂した中心部、その場所を見る事すら魂が拒絶する。

 そこは例外なく命が失われる異界と化していた。

 しかし…… 


「はい、なんでしょうか?」


 魔王が放った魂すら焼き尽くす暗黒の炎の中から、いつもどおりのユーシャの声が聞えた。

 暗黒の炎の中から光が漏れ出す。次第に強くなっていく光に目を背けるリタ。


「馬、馬鹿な、わが暗黒の炎が……」


 魔王の言葉に恐る恐る目を開いていくリタ。

 目を開けると、先程のまぶしい光はやんでおり、それと共に暗黒の炎も消えていた。

 そしてそこには、先程まで暗黒の炎が焼き尽くそうとしていたユーシャが傷一つ無い姿で立っているではないか。

 ユーシャは手に持った丸い玉を見せ付ける様に掲げる。


「勇者支給品『破魔の玉』です。一戦闘で一回だけあらゆる魔法攻撃を無効化する秘宝です」


「……勇者様……よかったぁ」


 相も変わらず淡々と説明をするユーシャの姿に安心してへたり込むリタ。

 リタは思い出した、彼が魔王を一刀両断で退治した男だと言う事を。


「ではこちらの反撃です。魔王討伐剣」


 なんの気合もなく必殺技を放つユーシャ。

 先程までの緊迫した空気が台無しである。


「ぐぁぁぁぁぁ! おのれ勇者よ……だが何度封印されようとも我は再び……」


 と、そこでけたたましい音が鳴り響く。ユーシャの腕時計のアラーム音だ。


「本日の業務は終了です。仮封印処置を行ないますので口上はそれで終わりにしてください」


「あ、はい。お疲れ様です」

 

「お疲れ様です」


 リタは最後の部分だけを見なかった事にした。

 そして思った。

 前口上が長すぎたんだべなぁ、と。

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