勇者様は公務員/十一屋翠

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第1話

 文帝暦579年、とある田舎で魔王が蘇った。


「ふははははははっ! 我は魔王デスバルチャー! 1000年の封印より蘇ったり!! 人間よ恐怖せよ!!」


 田舎で復活した魔王により田舎の魔物は凶暴化し、田舎の人々は震え上がった。


 ◆


 ここはとある田舎の国エンフレイム、の中にある田舎の町フレム。

 名前の由来は国の名前を省略したものという手抜きっぷりの光る田舎町だ。

 そんな田舎の町に一人の少女がやって来た。 


「はぁー、こんの町に勇者様が居らっしゃるんだべか」


 田舎者全開の訛りが光る少女は見た目も芋ダサかった。

 いかにも垢抜けない田舎者な厚手の長袖に長スカート、極めつきは長い黒い髪に三つ編みと、見る者全てが二度見するレベルで田舎者であった。


「すげぇ、絵に描いたような田舎モンだ」


 道行く男性が思わず口にしてしまう程に彼女は田舎者だった。

 そして少女は迷っていた、勇者に会う為にやって来たのだが、どこに行けば勇者に会えるのか分からないのだ。だから少女は人に聞く事にした。


「あのぉー、すんません。勇者様を探してるんですけんど、ご存じねぇだか」


 運悪く少女に道を聞かれたのは、うっかり少女をの事を田舎者と口にしてしまった男性だった。

 男性は自分の言葉を聞かれていたのかと思わず萎縮する。


「あ、や、そのすみません」


「はい? 何で謝るんだべか?」


 突然謝られて驚く少女。少女の表情を見て自分の言葉を聞きとがめられたのではないと気付き心の内でほっと安堵する男性。

「あ、いや、勇者さんなら向こうの役所に行けば会えるよ。この通りを真っ直ぐに行って噴水が見えたら右に曲がって真っ直ぐ行くと役所があるから、そこで受付に頼めばいいよ」


「おおぅ、懇切丁寧にありがとぉございます」


 微妙にイントネーションが怪しい少女の感謝の言葉に、男性はこれ以上余計な事を言わない様細心の注意を払いながら無難な受け答えで流す。

 そんな男性の内心など知らない少女は男性に礼を言って意気揚々と街の奥へと進んでいった。

 そんな少女の姿が小さくなった頃に、男性はふとある事に思い至る。


「あ、今の時間って昼休憩中だ」


 その後、無事役所に到着した少女は、入り口に掛けられた無慈悲なる昼休憩の看板の前に力尽き、午後の業務再会までの一時間を椅子に座ってじっと待つ事となるのだった。


 ◆


「本日はどのようなご用件でしょう?」


「あ、は、はい。わだし、勇者様にお会いしたいんですけんど!」


 職員が窓口に戻り、午後の業務が再開されたのを確認した少女はすぐさま受付に突撃する。


「魔物討伐ですね。でしたらそちらの机の青色の紙に記入した後、5番の窓口に書類を持っていってください」


「は? あ、あの、わだし急いでるんです! 一刻も早ぐ勇者様にお会いしなけりゃならねんです」


 自分は勇者様に大事なお願いがあって来たのだ。決してお役人様と話がしたいわけじゃない。

 そう言い募る少女だったが、受付職員は表情を変える事無く言葉を繰り返す。


「それでしたら、書類を書いて窓口にお出しして頂く事が一番早くお客様のご希望を叶える事になります」


 きっぱりとした窓口職員の言葉に押され、少女は仕方なく書類を記載していく。

 少女は識字率が低い田舎の村出身であったが、自身が村長の娘だった為書類仕事の手伝いが出来る様にと読み書きを教えられていたのが幸いした。


「住所、氏名、念話番号、職業……相談内容は……魔王さ復活したので勇者様に退治さして欲しい……っと、出来た!」


 書類を書き終わった少女は指示されたとおり5番の窓口に向かって小走りに進んでいく。


「すみません、勇者様にお会いしたいんですけんど」


「はい、それでは書類を確認させて頂きますね」


 こちらの言葉に対し、どこまでもシステマチックな会話で流す5番窓口職員に不安を隠せない少女。


「お名前は……リタさんですね。ご職業は村長のお手伝いとの事ですがどのようなお仕事ですか?」


「あ、はい、父ちゃんの手伝いで、村の皆の収穫した野菜や肉の売り上げとかのまどめをしでました」


「書類業務ですね。ではこちらですが……」


「あ、はい。これはぁ……」


 こうして書類の内容を確認で更なる時間が経過していった。


「お疲れ様です。こちらの書類はこれで申請完了です」


「じ、じゃあ! やっど勇者様にお会いできるんだべ!?」


 延々と続いていた何をしているのか分からない作業がようやく終わり、リタは喜びを隠す事無く勇者との面会に希望を馳せる。


「いえ、先程までの書類は勇者申請をする為の前準備です。リタさんの村に勇者を派遣する為、リタさんご本人が申請にやって来たと申請する為の申請と勇者が派遣される村の住人ですよと住所登録をする為の書類です」


 5番窓口職員の言っている事は良く分からなかった。分かったのは、申請はまだ始まってもいなかったという絶望的な事実だけだった。


「次はこちらの書類をあちらの机で書いて頂き、7番の窓口にお持ちください」


 テキパキと説明を終えた5番窓口職員から書類を手渡されたリタは叫んだ。


「なんでこんなに手間が掛かるんだべかぁ!」


「でしたら、住民カードの発行をされると書類申請の手間を簡略化できますよ」


 さらりと答えられて思わず言葉に詰まるリタ。


「な……そんなのがあるならもっど早く……」


 5番窓口職員は視線を右に向ける。リタもそれにつられて右を向く。


「住民カードの発行をご希望でしたらそちらの机の黄色の書類にご記入のうえ、一番の窓口に提出して下さい」


「……今度で良いだ……」


 リタは諦めて書類を書きに向かった。

 

 ◆


「お疲れ様です。これで勇者申請の書類は全て終了致しました。リタさんの村は600年ほど勇者申請が行なわれていなかったので、改めて初回申請をして頂く必要がありました。面倒な書類が多くて大変だったでしょう」


 11番窓口職員の中年女性がリタを労う。


「はぁ……」


 事実リタは様々な窓口をたらい回しにされその都度何枚もの書類を書かせられた。中には少し内容が違うだけのほぼ同じ書類を複数書かされる事もあった。


「あの……これでぇ勇者様にお会いできるんだべか?」


 散々たらい回しにされた事で軽い疑心暗鬼に囚われていたリタだった。


「はい、今リタさんの地域担当の勇者を呼びますのでしばらくお待ちくださいね」


 今度こそ勇者様に会える。ようやく訪れた機会にリタの心は弾む。

 その時だった。建物の中に郷愁を誘う音楽が鳴り響く。


「あらあら、もうそんな時間だったのね」


 11番窓口職員の女性の言葉に不穏なモノを感じるリタ。


「あのぉ、勇者様は?」


「ごめんなさいねぇ、もう三時だから今日の業務は終わってしまったのよ。予約券出しますから、また明日来てくださいね」 


「がくり」


 恐るべき役人のお役所仕事の前にリタは力尽きたのだった。


 ◆


 翌朝、役所が開いた所を見計らってリタは窓口に突入した。


「あの、昨日勇者様さ面会お願いしたリサっていうんですけんど」


「ご予約ですね、それでは予約券をご提示ください」


 昨日とは違う職員が淡々と予約券を求めてきた事に言い知れぬ不安を感じるリタ。

また昨日のようにたらい回しにされるのでは無いか? だが動かない事には何も進まない。

 勇気を振り絞ってリタは予約券を取り出した。


「これだべ!!」


「それでは確認させていただきます」


 無言で予約券と書類を見比べる職員。リタの手に汗が滲む。


「確認できました。では担当勇者を呼びますのでそちらの2番の部屋でお待ちください」

「は、はい!」


 何事も無く勇者と会える。普通に考えれば当たり前の事なのだが、そのスムーズさがリタには不気味に感じた。


 ◆


「失礼します」


窓口職員に指示されて入った2番の部屋で待っていたリタの元に一人の男がやってきた。

 年の頃は20代中頃だろうか、髪はこの地方では珍しい黒髪を綺麗に分けている。いわゆる七三分けだ。全身はグレーで固めた服で統一……いや、袖から見える内の服は白色だ。更に胸元には藍色の飾り布をしており、クツは高価な黒の革靴だ。


(変な服だべ)


リタが内心でそう思うのも無理は無い。

この服はスーツといい、都会に住む貴族や役人が好んで着る服だった。

滅多に田舎から出る事の無いリタが知らないのも無理からぬ事なのである。


「初めましてリタさん。私がナッカー地方担当勇者のユーシャです」


「勇者様……だべか?」


「はい、ユーシャです」


 どうやらこの人物が勇者で間違いないらしい。どちらかと言えば勇者と言うよりも執事に見える。

 とはいえ本人が言うのだから勇者には違いない。ようやく会えた勇者に対し、リタは村を救ってほしいと嘆願すべく立ちあがろうとした。

 しかし勇者はリタの前に掌を突き出し静止する。


「リタさんのご依頼ですが、近所に発生した魔王の退治で間違いありませんね?」


「は、はい! 最近急に空が暗くなって、村の占い師の爺様が魔王が復活したー!! って叫びだして興奮のあまりすっ転んで頭打ったり、空が暗くなった所為で洗濯物が乾かなくて困ってるだよ。それに魔物が暴れるから猟師のおっちゃん達が森に狩りさ行けなくなっちまったし、ゴブリンが畑さ荒らしてホント困ってるだ」


 リタの言葉を聞いたユーシャがウンウンと頷く。


「典型的な魔王災害ですね」


「そうなんだべか? 私、魔王なんて初めてでおっかなぐで、そんで勇者様さお願いして退治してもらお思ったんだべ」


「承知しました。それでは魔王退治の申請をしますので、リタさんこちらにサインを」


 文字の書かれた白い書類を見た瞬間、リタの背に悪寒が走る。


「またコレを何枚もかくだべか?」


 再びたらい回しに遭うのかと戦慄するリタ。


「いえ、こちらの出張届けと武装申請は私が上司に提出する物ですので、リタさんは依頼主としてこちらに名前を書いて頂くだけで構いません」


 それを聞いてほっとするリタ。


「そうだか、んじゃ……リ……タ……っと。できたべ!」


「はい、確認しました。それでは上司に提出しますので承認の判子を貰うまでしばらくお待ちください。承認されるまで時間が掛かりますのでその間に昼食を召し上がる事をお勧めします」


「……」


「こちらの予約券をもって午後の業務が再開しましたら10番窓口に提出してください」


 そういってユーシャはリタに予約券を手渡すと、書類を持ってさっさと部屋を出て行った。


 部屋に一人残されたリタはふて腐れたように呟いた。


「まーた、待たされるんだべか」


 間違いなくふて腐れていた。


 ◆


 ユーシャに言われたままに昼食をとったリタは、再び役所へとやって来た。心なしかその目は淀んでいる。

 窓口に予約券を手渡し、ややもすれば死んだ魚の様な目で待合室のイスに座るリタ。


「おまたせしましたリタさん」


 どれほどの時間が経ったであろうか、忘我の境地で待機していたリタの耳にユーシャの声が届く。

 その声を聞いた瞬間、波一つ無かったリタの心に大波が訪れる。


「こ、今度こそ村さいけるだか勇者様!」


「ええ、勇者装備の申請が降りましたのでコレより魔王討伐に向かいます」


「……」


「リタさん?」


 待ちに待った魔王討伐だと言うのにリタは無言でユーシャを見ていた。


「……あの、勇者様」


「はい、何でしょうか?」


「魔王を退治する為に武器さ用意するって話じゃなかったべか?」


「ええ、対魔王用の勇者装備を申請して参りました。それが何か?」


 ユーシャの言葉にリタははっきりと顔をしかめた。


「じゃあ……なんでさっきと格好さ変わらないんだべ!?」


 リタの言うとおり、ユーシャの格好は先程と変わらないグレーのスーツ姿だった。唯一の違いは腰に下げた両刃の剣ぐらいだった。


「はい、コレが勇者装備です」


 リタは心底がっかりしていた。魔王と戦う勇者の装備といえばきらびやかな鎧に兜いかなる攻撃も跳ね返す盾にどんな魔物も切り裂く聖剣と相場が決まっていた筈ではないのかと。

 目の前のユーシャの姿はとても勇者には見えない。


「では行きましょうか」


「……はい」


 駄目かも知れない、リタは内心でそう思った。


 ◆


「確かリタさんの村は西のオークチ山の麓にあるイーナカ村でしたよね?」


 役所から出てきた所でユーシャがリタに確認を取る。


「はい、この町さ出て一週間歩けば私の村だべ」


「と言う事は走れば1日と言う所ですね」


 突然おかしな事を言い出したユーシャに仰天するリタ。


「何言ってるだ勇者様! イーナカ村さ1日で着くなんて絶対無理だべ」


「魔王が復活した以上のんびりしている訳には行きません」


「あんだけ……ヒャア!?」


今まで散々待たせたクセに、そう言おうとしたリタの体を突然抱き寄せるユーシャ。 


「ゆ、勇者様!?」


 突然の行動にリタは顔を真っ赤にして身を竦ませる。


「こ、こんな昼間っからいけないだよ。そう言うのはもっと親密さなってから……」


「失礼」


 ユーシャはリタの体を浮かせると両腕で抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。


「はわわ」


「少々揺れますが我慢してください」


 どう言う事か、それを聞こうと口を開く前に全身が浮遊感に包まれる。いや、実際に浮いていた。

 リタが気付いた時には二人は空中高く飛んでおり、今なお上昇を続けていた。


「なななななななっ!?」


「地上を進むのでは時間が掛かりますのでこのまま跳躍して行きます」


 さらりととんでもない事を言ってのけるユーシャ。


「わ、私達飛んでるべ、飛んでるべ勇者様」


「着地時に舌をかまない様にあまり喋らないで下さい」


 と、ソレまで上昇していた体が地面に向けて落ち始める。


「はひ? ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 落下感は収まらず二人はどんどん地面に近づいていく。

 死を覚悟したリタは強くユーシャに抱きついた。 


「大丈夫ですよ」


 ソレまでは何処までもビジネスライクだったユーシャの声音が柔らかさを帯びる。

 それと同時に再び体が浮き上がる感覚を味わうリタ。


「へっ?」


「心配要りません、落下の衝撃は靴の緩衝衝撃魔法によって緩和されますのでよほど高い所から落ちない限り衝撃は感じませんよ」


 ユーシャの言うとおりだった。リタは落下の衝撃を一切受ける事無く再び空に飛び上がっていた。


「先に言って欲しかっただべ」


「これは失礼しました。このまま跳躍を繰り返し道や山をショートカットする事でリタさんの村まで最短距離で進ませて頂きます。問題はありませんか?」


「勇者様にお任せしますだ」


「はい、お任せされます。……おや? リタさん見てください、向こうに面白い物が見えますよ」


 しかし初めて味わう常識はずれの跳躍移動の感覚にリタはそれ所ではない。

 上昇と落下によって胃の中をシェイクされたリタは、激しい不快感に耐えつつかろうじて思った事を口にした。


「ゆ、勇者様って……バッタみたいだべ」


「……ソレは初めて頂くご意見です」


 ◆

 

「今日はここで野営しましょう」


 夕刻になり、暗くなると着地が困難になるからと、森の入り口で野営を提案するユーシャ。


「そうしてもらえると助かるだべ」


 半日の間、ずっと常識はずれの跳躍を繰り返していた為で、心身共に疲れ果てたリタは近くの木のに持たれかかったまま億劫そうに答える。

 リタの言葉に頷いたユーシャは、細い金属片の付いた赤い紐を取り出す。


「何だべかそれ?」


「コレは魔物避けの結界を張ってくれる魔法具ですよ」


 リタの問いに対し赤い紐を見せながら答えると紐を円状に広げてから均等に結ばれた手のひら大の小さな金属片を地面に刺していく。


「この紐の中は魔物を寄せ付けない結界になっていますので、夜はこの円の外から出ないで下さい」


「はーこんなモンで魔物から身を守れるんだべか」


「と言っても幹部クラスの高位の魔物には効き目が薄いので過信は禁物です。まぁ、この辺でしたらそうそう高位の魔物と出会う事は無いでしょうけどね」


 はははと笑うユーシャに対し、リタも緊張を解いて笑う。


「そんなおっかない魔物がこんなとこに出て来たらソレこそ困るべ」


 ◆


 深夜、悪霊も眠る暗い夜。

 死者も生者も眠っているかのごとき森の中で突然爆音が鳴り響く。


「な、なな何だべ!?」


 突然の事態に飛び起きたリタが目にしたのは橙色に染まった森だった。


「え? ……」


 自分が眠りに付く前までは普通だった森が、今はまるで最初から炎の木で彩られた火炎の森のように燃え盛っている。


「や、山火事だべか?」


 唯一考え付く内容を想起し、おそるおそる口にする。山火事、ソレは森や山と共に生きる者達にとって恐怖の対象となる災厄の名前だ。

 どこかで起きた山火事が眠っている間に自分達の下までやって来たのだと恐怖するリタ。


「いえ、違います。コレは……どうやら敵襲のようです」


 既に目を覚ましていたユーシャはリタへ振り返る事は無く、赤々と輝く森の中を見ていた。


「ふはははははは!! こんなチンケな結界で魔王四天王最強の俺様、火炎のカマセイームの目をごまかせるとでも思ったか!!」


 燃え盛る森の奥から炎に包まれた男が笑いながら歩いてくる。


「な、何だべアレ!? 何で燃えてるのに平気なんだべ!?」


 異常な光景にリタの声が恐怖で上ずる。


「アレは人間では有りません。魔族、それも炎人種です。上位精霊に近い存在で文字通り炎の体を持った存在です」


 魔族、その言葉にリタは驚愕する。魔族とは魔物の上位種に辺り高い知性と強靭な肉体、そして膨大な魔力を持った生まれながらの強者なのだ。そしてその性格は好戦的で残忍。平和な田舎の村で育ったリタにとっては御伽噺に登場する伝説上の存在に等しかった。

 ソレがリタの前に現実の存在、それも敵として立ちはだかっていたのだ。


「おお、良く知っていな。感心感心。ご褒美に綺麗に焼いてやろう。なに、死体はその辺の野良魔物が美味しく頂いてくれるから心配するな」


 気さくに笑いながら近づいてくるカマセイームの体から発せられる炎の熱にてられ、まるで焚き火で焼かれてる食材の気分を錯覚するリタだった。

 見ただけで分かった。アレは自分達を雑草のごとく刈り取る死神だと。圧倒的強者の放つ圧力にリタは全身の力を失いへたり込む。


「ゆ、勇者様……」


 しかしそんな相手を前にしてもユーシャはいたって平然としており、目の前の魔族に怯えるそぶりすら見えない。


「リタさん、火傷すると危ないので後ろに下がっていて下さい」


「勇者だと? お前が当代の勇者なのか?」


 リタの言葉を聞き、訝しげな様子でユーシャに問いかけるカマセイーム。


「ええ、私が勇者です。どうぞお気軽にユーシャとお呼びください」


 飄々とした態度を崩さないユーシャ。その姿を見たカマセイームは愉快そうに笑い出す。


「は、ははははははは! お前が勇者、お前が勇者だと? そんな貧相な姿で勇者? ははははははははっ!! この時代の勇者は随分とチンケだな。お前が勇者なら俺は大魔王だ。ははははははっ!!」


 愉快で堪らないと笑い続けるカマセイーム。


「楽しそうですねぇ」


「そんな事言ってる場合じゃないべ勇者様ぁ……」


実際リタの言う通りであった。周囲の木々はカマセイームの体から発する炎で燃え上がり森全体に広がろうとしていたのだ。


「ああ、コレはいけませんね。早く終わらせて消火しなければ」


 その時だった、先程までゲラゲラと笑っていたカマセイームが突然笑うのをやめた。


「終わらせるだと? 何をだ? まさかこの俺様を倒すとでも言うのか? お前が?」


 まさかの発言だった。いくら長き時を眠っていたからといって、ここまで人間が自分達の恐ろしさを忘れているとは思っても居なかったからだ。彼らにとって人間とは自分の姿を見た瞬間、恐怖に顔をゆがませて逃げ惑う哀れな生き物だったからだ。


「ええ、私が倒します。貴方を」


「はははははははっ!! 面白い、面白いぞ人間! いいだろう、では貴様から攻撃しろ。最初の一撃はあえて受けてやる」


 カマセイームの発言はもちろん騎士道などではない。彼には絶対にダメージを受けない自信があったからだ。カマセイームの種族は炎人、その名のとおり全身が炎で出来ていた。その為通常の武器では一切ダメージを受けないのだ。


(見た所腰に下げた剣からは魔力を感じない。魔法剣でも無い只の剣など俺様の炎で溶かし尽くしてくれる)


「それではお言葉に甘えまして」


 ユーシャは腰の剣を抜き放つと構える事も無く無防備にカマセイームに近づく。

 これにはさすがのカマセイームも驚いた。攻撃を受けてやるとは言ったものの、ここまで気負う事無く近づいてくるとは思ってもいなかったからだ。予想外の光景に不気味なものを感じるカマセイーム。だがその危機感を感じるには少々遅かった。


「対火属性剣」


 ユーシャの剣の刃先がかすかに青く輝きを帯びる。

 そして炎で出来たカマセイームに対し横なぎに一閃。

 一瞬刃が通った場所の炎が揺らぐがカマセイームの体には何の変化も起きなかった。


「……く、くはははは! 何だそれは? 今のが攻撃のつもりか? そんなので良いのか? 何だったらもう一回攻撃させてやろうか?」 


 カマセイームは笑った。わずかに感じた不気味さは只の杞憂だった事に。所詮は人間、単に目の前の敵の恐ろしさを理解していなかっただけだったのだ。

 それを理解したカマセイームの視界が地面に落ちた。


「ん?」


 突然視界が変わった事に驚くカマセイーム。


「ひっ!」


 ユーシャの後ろに避難していたリタが悲鳴を上げる。

 その光景を見たカマセイームは理解した。

 あの娘は悲鳴を上げたのは自分への恐怖ではない。

 自分の首が落とされたからだと。

 魔王四天王火炎のカマセイーム、享年827歳。死因は勇者による斬殺。魔族としては若すぎる死であった。


「ああ、いけない。早く森の火を消火しないと」


 何事もなかったかのように周囲の火を消し止める為に動き出すユーシャをみてリタは呟いた。


「勇者様、ほんとに勇者だったんだべな……」


 ◆


「ふー、これで更なる延焼は防げましたね」


 ユーシャの消火作業はシンプルだった。燃えている木と燃えていない木の間にあった、まだ燃えていない木を切って燃やすものをなくし火事の進行を止めたのだ。燃える物が無ければこれ以上火事は拡大しない。一見乱暴な手段だが、消火の為に必要な大量の水が無い土地では有効な手段である。実際江戸時代の日本では火事が起きた際に同じ様にして更なる被害を食い止めていたのは有名な話だ。

 だがその光景を見るリタの表情は浮かないものだった。


「おや、どうしたんですかリタさん?」


 リタの気配を察してユーシャが問う。


「さっきの魔族、すっごいおっかなかったべ」


「ええ、魔王四天王と言っていましたからね。魔王の部下の中でも最強クラスの魔族でしょう」


「そんな魔族を勇者様はあっさり倒したんだべな」


 憧れと畏怖、そのどちらも篭った眼差しでリタはユーシャを見る。


「コレでも勇者ですから」


 珍しくおどけて見せるユーシャだったが、リタの表情が晴れる事は無かった。


「でも村の皆は違うべ。勇者様みたいに凄い力なんて無いべ。今も村の皆は魔王に苦しめられてるべ。もしもさっきのおっかないのと同じのさ来たら村さ全滅だべ」


 カマセイームと同じ力を持った魔族に村が蹂躙される光景を想像し、恐怖に身を震わせるリタ。


「では村に行く前に魔王を退治してしまいましょうか」


「……はへ?」


 魔王を退治する。まるで雑草でも刈りに行くかのようなあっさりとした物言いに思わずポカンとなるリタ。


「魔王に従う魔物は指揮系統を失えば烏合の衆になるのがお約束です。ですから先に魔王を退治してしまいましょう」


「け、けどどうやって魔王の居る場所さ見つけるべ?」


「ソレでしたら先程発見済みです」


 唖然とするリタだったが、先程の跳躍移動の際にユーシャが言っていた「面白い物」という言葉を思い出す。


「もしかして……」


「ええ、先程空からイーナカ村の方向を見た際に魔王の城と思しき場所を発見しました。夜が明けたらそこを目指してみるつもりです」


 あっさりと見つかった魔王の城であった。


「基本的に魔王というのは自己顕示欲が強いので、本拠地を探す際には上空から探すのが一番なんですよ」


「そういうものなんだべか」


「そういう性格でなければ世界征服なんて恥ずかしい事は言い出しませんよ」

 

 なんとなく納得するリタだった。


 ◆


「うううううぅ……」


 リタは後悔していた。

 夜が明けた際、魔王を退治しに行くユーシャに付いて行くといってしまった事をだ。

 ユーシャは結界の中で留守番する事を進めたが、再びカマセイームのような強力な魔族に襲われる事を考えればユーシャと共にいた方がはるかに安全だと考えたからだ。

 だがソレが間違いだった。

 ユーシャと一緒に行くと言う事は、再びあの常識はずれな跳躍移動を体験する事になるという事実を忘れていたのだ。

 そうした経緯がありリタは再び生身で雲の上に身を躍らせていた。


「こんな事言っても絶対村の皆さ信じてくれないだべなぁ」


 不快感は変わらないが、目の前に非常識な光景には慣れてきたリタだった。

 そして再び落下の感覚を味わいながら二人は雲の下に出る。


「うっわぁ」


 ソレが思わず漏れたリタの本心だった。

 視線の先、自分達が目指す方向は暗雲に覆われていた。まるで霧のように黒い何かが渦巻いており、その先には異様に細長く鋭角的な山が見える。

 いや違った。ソレは山ではなかった。


「リタさん、アレが魔王の城です」


「アレが……城なんだべか?」


 見る者を威嚇する目的で作られたソレは、およそ効率と言うものを一切考慮していない理不尽な形状をしていた。


「ええ、アレが城です」


「なんだかおっかない形だべな」


「実際おっかないですよ。侵入者を抹殺する為の数々の罠に加え、恐ろしい魔物達が闊歩している魔窟ですから」


 勇者の説明にカマセイームの大群がいる光景を想像して後悔するリタ。


「そ、そんなおっかねぇ所に真正面から入っていくんだべか?」


 いいえと言って欲しい、だが彼が勇者である以上その希望が叶えられない事は明白だった。

 勇者とは正々堂々と悪党を倒す存在だからだ。

 だがユーシャの答えは違った。


「いえ、正面から入っていくのは非効率的ですからショートカットします」 


 予想外の回答に喜びと驚きを感じつつも不穏なものを感じるリタ。


「勇者様、ショートカットってどうやってするんだべか?」


「屋根から失礼します」


 その直後、リタとユーシャは魔王城の天井を踏み抜いた。


 ◆


 派手な音を立てて魔王城の屋根が破壊される。

 そのまま建物の中に降り立ったリタとユーシャは音も無く魔王城の床に着地した。


「ここが魔王城だべかー。中は普通なんだべな」


 リタの言うとおり魔王城の内部は少々趣味に偏った装飾こそなされていたものの、一般的な構造をしていた。とはいえ仮にも魔王の城、そこに使われている建材は確かな素材と技術によって作られていた。


「まぁ、ずっと住むのなら奇抜な構造だと困るでしょうからね」


 成る程と納得するリタ。だがそんな二人の背後から低く重い声が響く。


「貴様等……」


 リタが慌てて振り向くと、そこには長いく豪奢な衣装を着た壮年の男性がいた。金色に光る髪はまるで金の糸のごとく輝き、その瞳の輝きは覗いた者の魂を容易く堕落させる歪な光を称え、額から生える角は王冠のごとく捻じ曲がり禍々しい力を放っていた。


「だ、誰……だ……べ!?」



 とっさに問いかけるリタ、だがその質問に意味は無かった。意味などいらなかった。

 その姿を見ただけで分かった。その力は間違いなく魔王四天王カマセイームよりも強大だと。

 そう、そうなのだ。

 目の前にいる存在こそ、あらゆる魔物を統べあらゆる魔族の頂点に立つ存在『魔王』だと。

 リタは理解した。


「それはこっちの台詞だ!! 一体何なんだ貴様等は!? いきなり天井を破壊して不法侵入しただけでは飽き足らず、あまつさえ人の城を駄目だしとは! ここを魔王城と知っての狼藉か!!」


 魔王はわりと常識人だった。


「我が城に土足で入り込むとはいい度胸だ。その蛮行、貴様等の血で贖わせて……」


「ああ、そういうの良いですから。さっさと戦いましょう魔王」


 あっさりと魔王の口上を無視する勇者。


「き、貴様、魔王の口上を無視するとはなんと無礼な。魔王と戦う際のマナーと言うモノを知らんのか!」


「そんなもんがあったんだべか」


 思わず感心するリタ。


「いえ、貴方魔王協会に入ってませんからそう言うのオールカットさせて貰います」


「訳が分からんわ!!」


 何処までもマイペースで話を進めるユーシャの態度に怒り心頭の魔王。

 魔王協会って何だろうと思ったが、聞かない方が幸せな気がして黙っておく事にしたリタだった。


「もうよい! 様式美など関係ない! 今すぐ貴様を抹殺してくれる!! 魔王に殺される事を誇りに……」


「勇者剣技、魔王討伐剣」


 一瞬だった。

 リタが気付いた瞬間にはすでにユーシャは魔王の目の前に立っていた。

 そしてユーシャが無造作に剣を振るったと思った時には、既に魔王の体は真っ二つに切り裂かれていたのだった。


「へ?」


 突然の終幕に理解が追いつかないリタ。


「では仮封印作業を行なわせて頂きますね」


 リタが固まっている間もユーシャはマイペースに魔王を封印する作業を行なっていく。

 そうして一連の作業が終わった頃になってようやくリタは正気に戻った。


「ゆ、勇者様……」


 正気に戻ったとはいえ今だ状況を受け入れるまで至っていないリタ。


「先程魔王の仮封印作業が終了いたしました。後ほど専門の封印班が魔王を封印しますので触らないように注意してくださいね」


「あの……」


「大丈夫ですよ。魔王も倒しましたので魔族も魔物も沈静化している頃です。封印班が到着したらリタさんをイーナカ村までお送りしますから安心して下さい」


 全てが終わったとユーシャは言う。もう村が襲われる心配は無いとユーシャは言う。

 だがリタが聞きたい事はそうではなかった。


「勇者様!」


「はい何ですか?」


「……その必殺技の名前、ダサすぎだべ!!」


 勇者剣技、魔王討伐剣。

 魔王を退治する為に編み出された勇者の必殺奥義。

 その最大の欠点は名前がダサい事だった。

 勇者は変わらぬ笑みを浮かべて言った。


「仕様です」


 ◆


 その後無事イーナカ村に送り返されたリタは、礼の一つも受け取らずに帰るユーシャの背中を見て呟いた。


「勇者って夢も希望もない職業なんだべな」

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