第3話 賊賊賊
天気は大荒れだった。森の中にいるとはいえ、猛吹雪で視界は真っ白に染まり方向がわからない。
ヴァレンタインはジェイドの
被衣に覆われた空間でジェイドが風の音に負けないよう大声で叫んだ。
「若様、あそこです、あそこに小屋があります! 先ほど一足先に中に入り確認しましたが、今は誰も使っていない模様、暖を取るには丁度いいでしょう!」
「わかった! お前が戻るまでの間、あそこで待っている! 里の者たちによろしく言っておいてくれ!」
「御意!」
ジェイドはヴァレンタインに背を向けると駆け出した。被衣をなびかせ吹雪の中に消えた。
敗戦処理の顛末とローズ家の没落、そしてこれからのことをジェイドの一族が住む里に報告するためだ。里にはホウレンソウという掟があるらしい。
ヴァレンタインは小屋に入り、コートに貼り付いた雪を払い落とした。見たところ、この小屋は木こり達が寝泊まりする場所のようだ。
地面に穴を掘り、柱を立て、そのまま屋根を載せて壁を貼り付けたような簡単な造りをしている。
床はなく土がむき出しで、所々に生えた雑草は日が当たらないせいか、とても弱々しい。
レンガで造られた暖炉は排気するための煙突が屋根のほうに伸びて、暖炉の中には、ここ最近使われていないためか、ばらばらに砕けた炭らしきものがあり、キノコが数本生えていた。
ヴァレンタインは暖炉の近くに置かれた
体が冷えて震える。
暖を取るため部屋の角に積まれた木片、丸太をきれいに八等分した
火が点けば燃えそうではあるが、とりあえず着火を試みる。
昔、王都の騎士学校で習った通り、燃えやすいように薪を組み上げた。部屋のあちこちに落ちていた小枝や
余った藁を揉みほぐし丸め、そこにバッグから取り出した火打石で火花を落とす。
何度かの挑戦でようやく着火し、息を吹きかけ、振った。藁が勢いよく燃え出し、それを暖炉の薪にくべた。息を吹きかけつつ、小枝をくべる。
火が点き、勢いよく燃え盛り、しばらくして炎は安定した。
ヴァレンタインはコートを脱いで炎に当て乾かした。
体が温まると空腹を感じ、バッグからパンを取り出して指でちぎって食べた。冷たく、硬い、美味しくなかった。水筒を取り、水を口に含んで無理矢理飲み込んだ。
ベッドに横になった。暖炉の炎を見つめながら眠った。
目が覚めると、すでに日は落ちていて、森は暗闇に包まれていた。あれほど激しかった吹雪はおさまり、時折、木の枝から落ちる雪の音が聞こえた。
「ジェイド」
ヴァレンタインの呼びかけに応じない。まだ里から戻っていないようだ。
再び眠りにつこうとベッドに横になると、遠くで馬の鳴き声が聞こえた。蹄の音が近づいてくる。
ヴァレンタインは体を起こし、戸に向かった。外を確認しようと戸に手をかけるが思いとどまる。
灯りが外に漏れて、何か不測の事態に巻き込まれるかもしれない。念のため、暖炉の薪を崩し、溜まった灰を使って火を消した。
戸をそっと開け、外に出た。
一面、雪に覆われた森の道に人馬の影が三体、ちらりちらりと月明かりの木漏れ日に照らされながら小屋のほうへと近づいてくる。
遠目でもわかる。動物の毛皮を着た体格のよい男たちだ。
ヴァレンタインは雪に残った自分の足跡を消しながら小屋に戻った。戸を閉じ、わずかな隙間から外を覗いた。
男たちが小屋の前まで来て馬を止めた。
「何とか逃げ切ったが、収穫はこれぽっちかよ」
一人目、ひげ面の男が肩に担いだ麻袋を振り回した。
二人目、前頭部の禿げ上がった髪の薄い男が言った。
「おおさ。その荷と、この娘だけさ」
男の股の部分、鞍の前に若い娘が体を折り曲げ乗せられている。長い金髪が逆さまになって、うなじが見えていた。
「ああ、なんてこった。お宝を奪うのが俺らの仕事だってえのに」
「仕方ねえさ。帝国の奴らが来やがったんだからさ」
周囲を警戒していた三人目、頭に赤い布を巻いた男が馬から降り言った。「おい、その袋は何が入ってるんだ? 金目のものじゃなかったらお頭に殴られるぞ」
「おお、そいつは大変だ。中身を見てみよう」
ひげ面の男も馬から降りた。髪の薄い男も馬を降りる。麻袋を雪の上に置いて、三人で中をのぞき込んだ。
「おい、暗くて見えねえぞ。灯りだ、灯り」赤布の男は小屋に目を向けた。「あの小屋だ、あそこに入るぞ」
三人は立ち上がり、小屋に向かおうとした。娘が馬から落ちる。雪の上で娘は身をよじらせ、うめき声を上げた。毛皮のコートがめくれ、組み上げの黒いロングブーツと白い脚がスカートから覗いている。
それを見た男たちが一斉に喉仏を動かした。ひげ面の男が言った。
「……この娘はお頭に渡さなくてもいいよな? な?」
「え? そ、そうだな。こんな上玉、滅多にお目にかかれないし、ちょっとだけなら……」
「じゃ、じゃあ、順番に……」
「おい、お前ら」
赤布の男が二人を止めた。
「……まずはじゃんけんだ」
拳を突き出す。
他の二人も突き出し、じゃんけんを始めた。あいこが続いた。
ヴァレンタインは小屋の奥に戻り、バッグから小剣を取り出した。鞘から抜いて、刃を見る。流石、ダマスカス金属製、手入れしていないのに錆一つない。
戸が開いて男たちが入ってきた。
「何だお前」
赤布の男が言った。薄い男が続けて言う。
「どうやら先客がいたようだな」
「んん、おお!」
ひげの男が突然、興奮したように言った。
「こいつぁ上玉だあ! 今日はついてるな! そのさらってきた娘はお前たちにくれてやる。おいらはこの別嬪さんでいいや」
「くれてやるも何も、お前はじゃんけんに負けただろうが」
そう言って赤布の男が肩に担いだ娘をぽんぽんと叩いた。
「いいの、いいの。おいらはこのお嬢ちゃんでいいの」
ひげの男がにやにやしながらヴァレンタインに近づいて来た。
「お嬢ちゃん、こんな場所で何をしてるのかな?」
ヴァレンタインは黙っている。
「おい、待て」赤布が何かに気づいたように言った。「手に何か持ってるぞ」
ひげが首を伸ばし、ヴァレンタインの小剣を見つける。
「……お前、女じゃないの?」
「残念、男だ」
ヴァレンタインは長い黒髪を振り乱し、さっとひげに向かって踏み込んだ。
一対一に持ち込むため、角度的に他の二人からは死角になるよう入り込む、静かに滑らかに弧を描きながら小剣を突き出した。
ひげが慌てた様子で上半身を仰け反らせ、両腕を前に突き出す。小剣がひげの右腕に突き刺さった。ひげが悲鳴を上げる。
剣先を抜いて、次の相手、赤布に向かった。娘を抱えているため、片手が塞がっている。
ヴァレンタインは踏み込むと、先ほどと同様に小剣の切っ先を突き上げた。その瞬間、視界の左側で何か、薄い頭の男が投げつけるのを捉える。
しゃがんでかわした。物体が頭上を通り過ぎ、小屋の壁に手斧が突き刺さった。ヴァレンタインは手斧から薄い頭の男へと視線を向けた。わき腹を蹴り上げられた。
空に舞い、地面に転がる。息ができない。
「こんの野郎……」
薄い頭の男が再度、蹴ろうと足を持ち上げた。ヴァレンタインは回転、土の上を転がり小剣を振り上げた。
薄い頭の男が悲鳴を上げた。尻から倒れ、太ももを手で押さえた。指の隙間から血が溢れている。
ヴァレンタインは急いで立ち上がり、剣先を赤布に向け構えた。息が切れ、膝が笑う。
「……俺は旅の身だ。その娘を置いていけば見逃してやろう」
赤布は口をぽかんと開け、驚いた様子だったが、すぐに笑みを浮かべた。
「そんな息切れしてる奴に見逃してもらう必要はないな」
赤布が肩に担いだ娘を両腕に抱えるとヴァレンタインのほうに放り投げた。ヴァレンタインは小剣を捨てて受け止める。そこに赤布が近づき腰にぶら下げた手斧を手に取り、振り上げた。
「死ね」
「誰?」
娘がヴァレンタインの腕の中で目を覚ました。透き通るような金髪が紫色の唇に触れている。緑色の瞳がヴァレンタインを見つめている。
「あなたは誰?」
「……さあ、誰だろう?」
「……きれい、とっても」
「おい! 俺を無視するな!」
小屋の外で鈍い金属音が鳴った。この音は――帝国が戦の開始を知らせる音、
始めゆっくりと、徐々に早く、最後に大きな音が鳴った。若い男の声が聞こえてくる。
「私は帝国軍第三地方大隊所属、サミュエル隊副隊長のレイル・カイザードだ! お前たちは包囲されている。静かに縛に就けば命だけは助けてやろう!」
「おい、こりゃ……やべえぞ!」
赤布の顔が強張る。薄い頭の男が太ももを押さえながら立ち上がった。
「おい、立て!」
うずくまり、腕を押さえ唸っているひげを片手で立たせた。
男たちはヴァレンタインたちに見向きもせず小屋の外に飛び出していった。
今度は落ち着きある男の声が聞こえた。
「貴様たちが隊商を襲った賊か?」
ヴァレンタインは娘の肩を抱き、小屋の入り口から外を眺める。
鉄の胸当て、半円型の鉄の兜、木の棒に装着した鉄の槍など、一般的な武装をした帝国軍の兵士が十数名、小屋を包囲していた。
その中で馬に乗る男が二人、二人とも兵卒の胸当てではなく、胴体を完全に覆った鋼の鎧を装備している。士官の装備だ。
おそらく、若いほう、茶髪の七三頭が先ほどレイルと名乗った男で、もう一人の年老いたほうが落ち着きある声の主だろう。
白髪の短髪、もみ上げから顎まで白いひげを生やし、背には大きな盾を担いでいる。
「私は隊長のサミュエル・アンサムである。大人しくせよ」
「しゃらくせえ、俺ら『
赤布が手斧を投げつけた。
レイルが
ランスを頭上に掲げ、くるり一回転、逆手に持ち替えると、馬の前脚が着地する勢いに乗せて真っ直ぐに赤布を突き刺した。
サミュエルが腰の剣を抜いた。
「突撃!」
号令に合わせ、兵士たちが槍を前に突き出し、一斉に男たちに襲いかかった。
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