53.魔力の色

 大きな音を立てて、自動人形の胸部がへこむ。叩かれた勢いで、人形は通路の先へと吹っ飛んでいった。さっきよりもっとやかましい音を響かせながら、ガシャンガシャンと地面を転がる。

「ふう」

 レティシアは、振り抜いたメイスを手元に引いた。目を細めて、自分の半分ほどの大きさのその人形をじっと見つめる。腕と脚が絡まったような格好から、動き出す気配は無い。どうやらちゃんと壊れているようだ。

 頑丈そうな見た目に反し、どこかしらを強く叩けば、この人形はすぐに動かなくなる。魔術機構が精密だから衝撃に弱いとか前にクレアが言っていたが、レティシアにはよく理解できなかった。

「あ……」

 人形に近づいていったレティシアは、胸元にある、赤く輝く(ようにレティシアには見える)魔石が、ぱきりと半分に割れてしまっていることに気づいた。元々大した魔力量ではないのにさらに半減では、もう売り物にはならないだろう。

 ちらりと後ろを振り返ると、クレアが眉根を寄せて人形を見ていた。レティシアは、言い訳するように言った。

「……頭は壊さないでって言うから」

「魔石を割ってまで、守って欲しいなんて、言ってません」

「……ごめん」

 人形のパーツのうち、お金になるのは魔石ぐらいだ。わざわざ探し回って倒したのに、骨折り損になってしまった。

 だがお金にならないからと言って、全く無価値というわけでもない。少なくともクレアにとってはそうらしい。

 彼女は、胴体から離れた人形の頭を拾い上げ、地面に座り込んだ。金槌を取り出し、慎重に叩き割り始める。曲がりなりにも人の姿をしたモノの頭を、ひたすらこつこつと叩くその姿からは、若干近寄りたくない雰囲気が漂っている。

 レティシアは通路の壁に背中を預けると、クレアの作業をぼうっと眺めていた。しばらくすると、頭部にヒビが入った。そこからわずかに光が漏れている、レティシアには見えた。

 さらに金槌が振るわれると、一部が割れて中が露出した。そこでクレアが顔を上げ、こう尋ねた。

「何色に、光っていますか?」

「うーん……」

 レティシアは小さく首を傾げた。光は赤っぽい色に見えるが、時折揺らめくように他の色が混ざる。

 見たままを告げると、クレアは口元に手を当てて悩みだした。

「やっぱり、ベースは炎の魔力……でも、他にも添加してる……? それとも、変異させているのかしら」

 と、よく分からないことをぶつぶつと言っている。レティシアは膝に手を当てて屈み、人形の内部を覗き込んだ。中にあるのは、黒曜石のような黒い塊と、塊に繋がった無数の管状の機関だ。管のそれぞれが、少しずつ違う色に輝いている。

「あ」

「何か気が付きました?」

 声をあげたレティシアに、クレアは珍しく素早く問いかけた。時間を置くことで、アイデアが霧散してしまうのを危惧しているかのようだった。

いろ順番に変わってるね」

「順番に?」

「ええと」

 どう言えばいいかな、とレティシアは少し考え込んだ。

「これ、今は全部赤いけど」

 手を伸ばして管の一本をつまむ。

「さっきは一部分だけ緑っぽくて、その緑っぽい部分が端から端に移動してたよ。結構速く」

「移動……」

 クレアは真剣な表情で、レティシアの手元にある管を凝視した。視線が管の端から端へと動く。邪魔しない方がいいかな、とレティシアは姿勢を変えずに黙っていた。

 クレアは不意に顔を上げると、荷物の中から工具を取り出した。刃の部分がとても短いハサミのような工具だ。

「その、移動というのは、頻繁に起こっていますか?」

「うーん、そうだね。わりと」

 少し考えたあと答える。今も、そこかしこの管で光が移動している。

 するとクレアは、レティシアが持っていた管を受け取りながら言った。

「では、この管で、光が移動したら、教えてください」

「わかった」

 レティシアは小さく頷く。クレアは管を引っ張り出すと、塊から少し離れた場所にハサミを当てる。

 二人は集中して、その時が来るのを待った。光の移動はなかなか起こらない。いや、いろんな所で起こってはいるのだが、管の数が多すぎて、目的の管に回ってこないのだ。

 もどかしく思いながら、凝視し続けるレティシア。だんだん目が痛くなってきた。いつ来るかと思うと、迂闊に目をこすることもできない。

 そして、そろそろ辛くなってきたころ、

「来た!」

 レティシアは声をあげた。黄色い光が、管の端、黒い塊に繋がった部分に現れる。管全体の赤い光の中を、流れるように移動している。

 クレアが即座に反応して、管をハサミで切った。すると、

「わっ」

「きゃっ」

 切った管の赤い光が消え、そして黄色い光のあった場所から、細い雷のようなものが無数に放射される。バチッ、という小さな音が鳴る。クレアは管を手放し、びくりと体をのけぞらせていた。

「大丈夫?」

「はい」

 眉根を寄せ、冷ますように手を振りながらクレアは言った。痺れたらしい。

「管が、魔力の通路で、炎の魔力は、潤滑油の働き……?」

 またぶつぶつと呟きだす。レティシアは体を起こて壁際に寄った。

(ヒント見つかるといいな)

 以前森の遺跡で見つけた、黒い箱の魔道具に関するヒント。クレアが持っているたくさんの壊れた魔道具の中で、最近特に気に入っているものらしい。見た目の上では傷が無いそうなのだが、動かし方が分からない。

 レティシアの魔力感知の能力があれば、箱の魔力を解析して使い方が分かるんじゃないかと、クレアは思っているようだ。とりあえず、箱の中が、様々な属性の魔力に満ちているということは分かった。

 ただ、あれは光が結構強くて、細かいところまではよく分からないのだ。それに、貴重なものだから色々試す……例えばさっきみたいに、管を切ってみたりもしたくない。

 そこでクレアが出した案が、構造が少し似ている(クレア曰く)自動人形を、レティシアの魔力感知で見てみようということだった。その結果から類推して、黒い箱の起動方法を調べようというわけだ。

 作業に没頭するクレアを、レティシアは頬を緩めて見つめていた。自分の能力が、彼女の役に立っているのが嬉しい。数日間高熱を出して寝込んだのは、この能力のせいかもしれないらしいが、それでも得したんじゃないかと今では思っている。

(私が使い方まで分かればいいんだけど)

 最近、何故か魔道具の詳細や使い方が『分かる』ことが、レティシアにはあった。これも病気や魔力感知と関係ありそうなのだが、こっちの方は発動したりしなかったり安定しない。どうも、ダンジョンに設置してあるような、大型の魔道具の場合に発動しやすいようなのだが……。

 不意に、遠くの方から音が聞こえて、レティシアは思考を中断した。顔を向けて聞き耳を立てる。

 金属を叩きつけるような音だ。戦闘だろうか。

「ちょっと見に行ってくる。クレアはここで待ってて」

「はい。お気をつけて」

 同じく聞き耳を立てていたクレアが、にっこりと笑って言った。対処はこっちに任せて、またすぐに作業を再開した。信頼してくれている証だ。

 近づくにつれ、かなり大きな音であることが分かってくる。金属音だけでなく、冒険者たちの怒号までも聞こえてくる。やはり戦闘のようだ。

(どうしようかな)

 次の角を曲がれば恐らく出会う、というところで、レティシアは少し悩んだ。無難に戦っているなら、余計な手を出さない方がいい。急ごしらえのパーティは、むしろ危険を増やしてしまうことだってある。

 だがどうも、話している(というか、叫んでいる)内容を聞くと、少し苦戦しているようだ。戦っているのは、多分二人。自分が加勢すれば、戦況はずいぶん好転するだろう。

(よし)

 様子だけ見てみよう。助けを求められるか、もしくは明らかに危なそうだったら行こう。

 レティシアは、曲がり角からひょこりと顔を出した。戦っているのは、まだ少し離れた場所のはずだ。だから、さほど警戒もしなかったのだが、

「待った! 向こうに……」

 男の声が聞こえる。と同時に、遠くに見える自動人形の体が、ぐんぐんと大きくなっていく。

 違う。こっちに向かって飛んでくるんだ。そう思うか思わないかのうちに、レティシアは反射的に身を引く。

 ものすごい音を立てて、自動人形が壁に激突した。びくりと身をすくませ、目を閉じる。

 しまった、戦闘中に目をつむっちゃ駄目って言われたのに。などと案外のんびりと考えながら、レティシアはまぶたを上げた。誰に言われたんだっけと思いつつ、もう一度通路の先を覗き込む。

わりぃ、嬢ちゃん! そいつの魔石やるから許せ!」

 さっき声をあげた男が、盾を構えた手を振っている。もう片方の手には、あまり質が良さそうではない片手剣が握られていた。

 通路では、もう一人の男が戦いを続けていた。男の武器は、両手持ちの重そうなメイスだ。壁を壊す勢いで振り回される文字通りの凶器に、奥にいる自動人形たちが怯えたように後ずさる。メイスは赤く輝いているから、魔道具なのだろう。

 レティシアは、目の前の床に転がる人形の残骸ざんがいに目を向けた。よく見ると、胸に赤ではなく青い魔石を持つ、非常に珍しいタイプだ。以前こいつに苦戦した時のことを思い出して、苦い表情になる。

 それにしても、あそこからここまで吹っ飛ぶなんて、すごい威力だ。てっきり魔法を使ったのだと思っていたのだが、どうもあの二人は戦士に見える。あの魔道具のメイスが、よっぽどが性能いいんだろうか。

 その疑問は、すぐに晴れた。人形のうちの一体が、男の振るうメイスの先に、引っかけられるように当たる。すると人形は、まるで重さが無いかのように浮き上がり、天井に叩きつけられたのだ。

 レティシアはそれを見てぽかんとしてしまった。小さな子供ほどの大きさの自動人形が、かすっただけであんなに飛んでいくなんて。やはり、あのメイスは相当強力な魔道具らしい。

「おい、あまり突出するなよ!」

「あとは雑魚だぜ雑魚! ひゃっはー!」

 などと話し(わめき?)ながら、二人は通路の先にいる人形集団へ向けて走っていった。どうやら、レティシアの助力は全く必要ないようだ。

「……」

 しばし呆然としたあと、人形の胸元に付いた、青い魔石の回収を始める。頭部が残っていればクレアに持っていってあげようかと思ったのだが、残念ながらぺちゃんこに潰れている。多分、あのメイスで頭を殴られたのだろう。

(いいなあ、あれ)

 遠くにかすかに見える男たちに、レティシアは羨望の眼差しを向けた。いつかは自分の武器も魔道具にしたいと、ずっと思っている。

 が、魔道具の中でも、武器は特に高い。最低でも金貨百枚、切り詰めれば一年は暮らせる額だ。そうそう手は出ない。

 元いた場所に戻ると、クレアはさっきと同じポーズでまだ考え込んでいた。レティシアが近づくと、ちらりと目を向ける。

「どうでした?」

「他のパーティが戦ってた。これもらったよ」

 と、青い魔石を渡す。赤い魔石より少しは高いが、それほど価値のあるものではない。そう思っていたのだが、

「本当ですか。ちょうど、良かったです」

「ちょうどって?」

 妙に喜んでいる友人を見て、レティシアは首を傾げる。するとクレアは、こう説明を始めた。

「シニスさんという方に、約束しているんです」

 彼女が言うには、レティシアの病気を治療するため、そのシニスという人物に青い魔石をもらったらしい。どこかで見かけたら、返して欲しいと言われているようだ。

「へえー、そうだったんだ」

「はい。ここに来たのは、この魔石のためでも、あるんです」

 魔石を渡すと、クレアは大事そうに懐に仕舞う。あの自動人形はかなり強いし、戦わずに手に入れられたのはラッキーだ。

「どんな、パーティだったのですか?」

「ええと」

 レティシアは説明を始める。魔道具のメイスの話になったところで、クレアがぽつりと言った。

「それは、ずいぶん、高価な魔道具だったのでしょうね」

「だよね」

 ため息交じりにレティシアが言う。もしかすると、金貨千枚ぐらいするのかもしれない。いやそもそも、ある一定以上の魔道具は、市場に出回ることすらない。いくら金を積んでも買えないものだ。

「また、魔道具を探しに、ダンジョンに行きましょう」

「うん」

 にっこりと笑うクレアに、レティシアも笑顔で返した。自分たちで見つけられれば、それが一番いい。もっとも、魔道具の武器は剣が多く、メイスに当たる可能性は低いかもしれないが。

 レティシアは何とは無しに、クレアの手元にある人形の頭部に目をやった。相変わらず、割れた部分から光が漏れている。

 ふと、数日前にエルシェードの酒場で出会った、赤い髪の少女のことを思い出した。年のわりに異常な強さを持っていたことももちろんだが、それ以外にもう一つ気になることがあったのだ。

「クレアが光って見えないのはなんで?」

 そう聞くと、クレアは顔を上げて答えた。

「生き物の魔力は、見えにくいですよ。肌に、魔力があるわけでは、ありませんから。人形だって、頭を開くまでは、光っていないでしょう?」

「あ、うん」

 言われてみればその通りだ。

「よっぽど、魔力の強い人なら、うっすら見えるかもしれませんけれど……」

「そうなんだ」

 じゃああの少女は、いったい何だったのだろう。クレアの炎の指輪と同じぐらい濃い赤で、しかもはっきりと光って見えた。もしかすると、肌に作用する魔法か魔道具でも使っていたのだろうか。例えば、防御力が増すだとか。

 色々と検討を始めたレティシアの思考は、だがクレアの言葉によって乱された。

「そう言えば。生き物でも、中は光っているのかしら?」

「中?」

「頭や胸を、開いてみたら、ということです」

「……」

 想像したら気持ち悪くなってきた。昔、を実際に見たことが……いや、思い出さない方がいいだろう。レティシアは、クレアの持つ人形の残骸から、少し距離を取った。

「もうこれは、駄目ですね。次、探しましょう」

 すると、絶妙のタイミングで、クレアが手に持ったものを床に放り投げた。地面を転がる人形の頭部は、割れた部分を上にし、レティシアの足元で止まる。

「ひゃあ!?」

 レティシアは変な声を上げながら、文字通り飛び上がって驚いた。目の前で腰を下ろしているクレアが、ぽかんとした表情でそれを見上げる。

「は、早く次行こう!」

 頬を赤くしながら、レティシアは通路をずんずんと進んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る