8.都市

 扉を開けて酒場に入ると、ザックは店内を見回した。テーブルが一つとカウンター席しかない、小さな店だ。今日は珍しく、席がほとんど埋まっている。テーブル席では、二人の冒険者が静かに酒を飲んでいた。

 カウンター内に居る若い男の店員と目が合うと、手で奥の席を勧められた。ここ最近はこの店ばかり来ているから、店員とはすっかり顔なじみになっている。

 特にこの酒場が気に入っているというわけでもない。相方が常連なので、付いて来ているうちに、なんとなく通うようになっただけだ。

 薦められた席は奥から二番目で、一番奥には女性が座っていた。ストレートの黒髪を肩より少し下まで伸ばした、落ち着いた雰囲気の女性だ。目の前に置かれた、透明な液体がなみなみと注がれている小さなグラスを、じっと見つめている。

 その女性は意を決したような表情で、グラスを手に取った。口をつけて、ほんの少しだけ傾ける。

「けほっ、けほっ」

 直後、盛大にむせた。グラスをテーブルに置いて、激しく咳き込む。

「なにやってんだあんた」

 女性に近づいて、背中をさすってやる。その女性は振り返ると、目の前の人物に驚いたようだった。

「げほっ……ザックさん?」

「久しぶりだな」

 椅子を引いて、カウンター席に座る。しばらく背中をさすっていると、相手はようやく落ち着いた。

 オリビアという名のその女性冒険者とは、少し前に共にダンジョン探索をした仲だった。彼女は治癒術士という希少な職に就いていて、他の冒険者二人と固定のパーティを組んでいたはずだ。

「強い酒飲んでんだな。やけ酒か?」

「違います」

 軽口を否定するオリビアだったが、心なしか元気がない。

「なんだ、人間関係にでも悩んでるのかと思ったぜ。…適当に甘いの頼む」

 ザックが注文すると、店員は小さく頷き、店の奥へ下がっていった。

「一度こういうのも飲んでみたらと、ウィンに勧められたので。でも、私には合わなかったみたいです」

「せめて水でも入れてもらえばよかったんじゃねーか? よくは知らんが」

「ウィンが絶対そのままで飲めって」

「ふーむ」

 こだわりなのだろうか。酒に詳しくない二人には、判断がつかない。

 戻ってきた店員が、ザックの目の前にグラスを置く。背が低く口が低いそのグラスには、ほんのりピンク色に染まった半透明の液体が入っている。

「これでも飲んどけよ」

 ピンク色の酒をオリビアに押し付けると、さっき彼女が口を付けた小さなグラスを手に取る。何かを言いたそうなオリビアを横目に、一口飲んだ。

 ザックはグラスの中の透明な液体に目をやった。たまに飲む火酒とはまた違う味だが、どちらが旨いとも言えない。ザックにとっての酒の違いとは、甘いか甘くないか、あとは強いか強くないか程度だ。

「あの、ザックさん」

 オリビアに目を向けると、真剣な面持ちでこちらを見ていた。

「なんだ?」

「あの後、別のダンジョンには行きました?」

「ああ。この前話した場所にも行ってきたぜ。あんたらとパーティ組んだとこに比べたら、稼ぎは雀の涙だったがな」

 オリビアたちと挑戦したダンジョンでは、かなりの額の財宝を得ることができた。あれほど大きな収入は、滅多にない。

「近いうちにまた行く予定があるなら、私も連れて行ってくれませんか?」

「行く予定って、どういうダンジョンの話だよ。小金稼ぎか一発狙いか、魔道具でも探したいのか」

「なんでも構いません」

「おいおい、目的も無しに行きたいは無いだろ。駆け出し冒険者じゃあるまいしよ」

 肩をすくめるザックに、オリビアは少しむっとしたように言葉を続ける。

「じゃあ、訓練のため。これでいいですか」

「いいですかと言われてもな」

 ザックは苦笑いした。本当の理由は他にあると言っているようなものだ。

 そもそも固定パーティで行けばいいだろと言いかけたが、思いとどまる。事情は知らないが、それができないからザックに頼んでいるんだろう。

 グラスに口を付ける。オリビアは、相変わらずこちらをじっと見ている。

「わかったよ。明後日の朝出発だ。それでいいならな」

 ザックは観念したようにそう言った。次に行く予定のダンジョンは、面倒だが危険は少ない。連れて行っても問題ないだろう。

 もちろん人が増えれば分け前は減ってしまうが、幸い今は手持ちにかなり余裕がある。治癒術士と仲良くなっておくのは、長い目で見ればメリットがあるだろう。

「ありがとうございます」

 ぱっと顔を明るくするオリビアに、ザックは明後日からの予定を話し始めた。


 ダンジョンの奥深く、石造りの通路を、三人の冒険者が歩いていた。

 真っ白な石の表面は磨き上げられていて、かつ全く継ぎ目が無い。明かりも窓もどこにも無いのに、通路の中は夕暮れ時と同じ程度の明るさに保たれている。

 通路を進むと、丁字路に突き当たった。先頭を歩いていたザックは左右に視線を送った後、迷わず左へと進む。

「まだあるのかよ、この仕掛け」

 目の前に広がる光景を見て、ザックはげんなりした表情で立ち止まった。

 通路を抜けるとそこは正方形の部屋になっていて、奥の壁にはレバーがずらりと横に並んでいた。それぞれ上下に可動するもので、今は全て下に固定されている。

 もう何度も見た光景だ。今までと同じ仕掛けだとすると、全てのレバーの上下の組み合わせのうち一つだけ正解があって、先へと進む道を開くことができる。

 ザックは後ろを振り向き、ローレンツに問いかけた。

「つーかさっきより増えてるよな?」

「そうだな。全部で十本あるから……1024通り試す必要がある」

「うへ」

 返答を聞いて、ザックは口を歪めた。どれぐらい時間がかかるか考えたくもない。

「先に、全部上にしてみません? またさっきみたいにならないように……」

 オリビアの提案に、ローレンツは首を振る。

「どの順でやっても同じだ。どう足掻いても、最後に試したものが正解であるという可能性は残る」

「そうですか」

 オリビアは目を伏せた。

 前回まではローレンツの指示通り、上げるレバーの個数を増やしながら組み合わせを試していった。その結果、最後にやった『全てのレバーが上』が正解で、結局全組み合わせをやる羽目になったのだった。

「なんか法則はないのかね」

「今までの正解パターンから考察はしているが、現時点では分からないな。それ以外に、ヒントになるようなものに気づいたか?」

「いいや、わかんねー。通路の形とか壁の模様とか考えたが、特に変わったところはねーな。あんたどうだ?」

 話を振られて、オリビアが顔を上げる。

「私も何も」

「なら今までどおり手当たり次第にやるしかないな。だがこれ以上数が増えたらもう無理だぜ」

「そうだな。その時は別の手を考えよう」

 部屋の奥へ向かったローレンツに背を向けて、残りの二人は来た道を引き返す。途中の分かれ道を無視して通路を直進すると、やがて行き止まりに着いた。

「準備はできたぞ、始めてくれ!」

 振り返って、ザックは大声で叫んだ。真っ直ぐな通路の遠くの方に、さきほどの部屋がぼんやりと見える。

「了解した!」

 ローレンツの返答を聞いて、ザックは背負った剣を下ろす。レバーの正解を当てればこの行き止まりが開くのだが、ハズレの中には魔物をこの場に転移させてくるものもある。

 後ろに隠れるオリビアに、ちらりと目をやる。魔物が出てきた瞬間に倒してやる、そう思いながら、剣を肩に担ぐように構えた。

 

 ザックが剣を振り下ろすと、ぐちゃりという嫌な感覚が手に伝わってきた。平べったいダンゴムシのような昆虫型の魔物が、剣と地面に挟まれて潰されている。

「ローレンツ! ちょっとこっちに来てくれ!」

「どうかしたのか?」

 通路を歩いてきたローレンツは、ザックとオリビアの居る場所を見て眉を寄せた。

「どけるの手伝ってくれ」

「分かった」

 そこは、昆虫型の魔物の死体で溢れていた。魔物の体液や羽、脚がそこら中に飛び散っていて、足の踏み場も無い。オリビアは顔を引きつらせて硬直している。

 オリビアを休憩させて、男二人は死体を部屋に移動させる作業に入った。

「あとどれぐらいだ?」

「もう少しで終わる。二回連続で正解の組み合わせが最後の方になってしまうとは、運が悪い」

「ふむ」

 不意に、嫌な予感がした。本当に運が悪いだけだろうか。

 二回は偶然、三回は必然とは、誰に聞いた言葉だったか。その考えに従うなら、まだ偶然で許される範囲ではある。

「んじゃ最後頑張るか」

「ああ」

 片手を上げてローレンツと別れると、通路の途中で座り込んでいるオリビアに声をかける。

「大丈夫か?」

「はい、少し気分が悪くなっただけなので。すみません、ほとんど何もしていないのに」

「気にすんなよ。あんたが何もしてないってのは、いいことだぜ」

 今のところ誰も傷を負っていないので、オリビアの治癒魔法の出る幕は無かった。体力回復の魔法を一度かけてもらったぐらいだ。

 通路の端まで行き、ローレンツに向かって手を振った。相手が振り返して来るのを確認して、剣を構える。

 しばらくの間、沈黙が続いた。遠くの方で、ローレンツが作業する音が聞こえる。

「ザックさんは、どうして冒険者になったんですか」

 出し抜けに、オリビアが質問してきた。ザックは眉を寄せて相手の方を見た。

「もし教えてくれるならでいいんです。気を悪くしたならごめんなさい」

 オリビアは慌ててそう追加した。

 何故冒険者になったか、それは冒険者共通の話題ではあるが、同時に聞きづらい質問でもある。望んでなった者ばかりではない。莫大な借金を抱えて一発逆転を狙わざるを得ない者や、それ以外に生きる道が無かった者など、事情は様々だ。

「いや、単に唐突だなと思っただけだ。気を悪くしたわけじゃねーよ」

 ザックは首を振る。

「俺の出身は僻地の農村なんだが、子供の頃に冒険者が村に来たことがあってな。そいつに聞いた魔物退治やダンジョンの話にえらい感動してよ。それで冒険者を目指すようになったんだ。よくある話だろ?」

「なるほど」

 ほっとしたように、オリビアは口元を緩めた。

「あんたはどうなんだ?」

「私たちも、似たようなものです」

「私たち?」

「はい。私とエドワードとウィンは、幼馴染なんです」

「ほお」

 三人の複雑な人間関係について想像しかけて、止めた。あれこれ妄想を膨らませるのは、あまりお行儀の良いことではない。

「エドワードもウィンも、小さい頃から冒険者に憧れていました。冒険者が村に来るたびに、野営の方法みたいな細かい話まで熱心に聞いてるぐらいで。いつか冒険者になって有名になるんだって、いつも言っていました」

「ふむ」

 ザックは続きを待ったが、話はそれで終わりのようだった。答えになっているようでなってないな、とザックは思った。

「で、あんたは?」

「え」

「あんたが冒険者になった理由だよ。今のはエドワードとウィンの話だろ。あんたも同じなのか?」

 ザックの質問に、オリビアは少し沈黙した。

「私は……」

 答えかけたところで、遠くの方からローレンツの声が響く。

「ザック、まだ道は開いていないのか?」

「何も変化無いぞ! まさか、最後までいったのか?」

「そのまさかだ。一度戻ってきてくれ!」

 嫌な予感が当たったようだ。口を歪めて、オリビアを見る。

「行くぞ。一旦作戦会議だな」

 

 二人が部屋に戻ると、苦虫を噛み潰したような顔をしたローレンツが、腕を組んで唸っていた。

「すまない。私が間違えたのかもしれない」

「心当たりがあるのか?」

「いや、無い。全ての組み合わせを試したつもりだ」

「ならまずは間違ってないとしようぜ。どうせ考えてもわかんねーしな。他の可能性はなんだ?」

「そうだな……」

 ローレンツはこめかみに人差し指を当てて、地面に目をやりながら考え込んだ。

「単純にこの部屋自体がそもそもハズレで、正解の組み合わせが存在しない。もしくは、他の場所で先に何かしなければいけない。他には、レバーの組み合わせを試す順番にも意味があるという可能性もあるか」

「最後のは考えたくねーな。手当たり次第に試すのは無理だろそれ」

「ほぼ不可能だ。もしその通りだとするなら、どこかにヒントがあるのだろう」

「ならどの可能性にしても、他の場所を探すしかないってことか。まだ行ってない場所はあるな」

「ああ、だがかなり戻ることになる。この仕掛けが現れてからは、ずっと一本道だったはずだ」

 正確に言うと、レバーで正解の組み合わせを当てると行き止まりの先が開き、そこを進むと分かれ道に出る。そして分かれ道の左には次のレバーがある部屋、右にはまた行き止まりがある。この構成が、何回か続いていた。

 ローレンツが、何かを思いついたように顔を上げた。

「ふむ、そうか。どこかの仕掛けで、道が開く組み合わせが二つ以上あったのかもしれない」

「二つ?」

「ああ。本物の正解以外にダミーの組み合わせがあって、道は開くがハズレしかない部屋に繋がるということだ」

「そりゃ面倒だな。行ったり来たりしながら正解を探せってか?」

 既に当初の予定よりもかなり時間が経ってしまっている。一旦出直す必要があるかもしれない。

「あの」

 ザックとローレンツが沈黙したのを見て、オリビアがおずおずと片手を上げる。

「あれって、上か下かしかないんですか?」

「どういうことだ?」

「レバーを真ん中にするっていうのは、ないのかなって」

 男二人は顔を見合わせた。ザックが先に口を開く。

「真ん中もありだとすると、何通り試さなきゃならないんだ?」

「角度にも意味があるなら無限にあるぞ」

「なら、上下真ん中の三パターンだとしたら?」

「それだと……少し待て」

 ローレンツは目を閉じ、暫し考え込む。

「約六万通りだ。とてもではないが、全部試すのは無理だ」

 ザックを見て、首を振った。

「全部真ん中にするのは?」

 オリビアの言葉に、ザックは眉を寄せる。

「ま、やるだけやってみるか」

 あまり期待していない様子で、レバーに近づく。

「向こうで待機していなくていいのか」

「大丈夫だろ。一通り試すだけだ……うおっ」

 最後のレバーを真ん中あたりに動かすと、通路の方から地響きがした。ザックがそちらに目をやると、奥の行き止まりの壁が、下から開いていくのが見える。

 呆気にとられるザックの隣で、オリビアは嬉しそうに手を打った。

「やった!」

「お手柄だな」

 ローレンツが手を軽く上げ、手のひらをオリビアに近づけた。オリビアは一瞬戸惑ったが、意図を理解して片手を上げる。相手の手を軽く叩いて、ハイタッチした。

「早く行こうぜ。次はレバーがもっと増えてるかもしれないからな」

 ザックは顔と目線の動きで通路の方を示し、出発を促した。残る二人が頷くと、全員で通路の奥へと向かった。


 行き止まりの先に新たに開いた通路は、今までとは様子がかなり違っていた。ここまでの床や壁は、いかにも人工物といった素材で作られていた。しかし新たな通路は、ごつごつとした茶色っぽい岩で囲まれている。

「そろそろ明かりを付けるか」

 しばらく通路を進んだところで、ザックが荷物を降ろし、中を漁る。さっきまでは何もしなくても明るかったのだが、この通路に入ってから徐々に暗くなってきた。

「雰囲気が急に変わったな。終わりが近いのか」

「だといいな」

 座り込んでランタンに火を付けていたザックが、立ち上がる。オリビアが眩しそうに目を細めた。

「これ持ったままでも、治癒魔法は使えるのか?」

 オリビアにランタンを差し出すと、相手はこくこくと頷きながら受け取った。

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあ任せたぜ。絶対落とすなよ」

「分かりました」

「今までより強い魔物が出る可能性もある。慎重に行こう」

 ローレンツの忠告に頷くと、ザックはパーティの先頭に立って進んだ。

 緩くカーブした単調な通路が、延々と続く。しばらく歩くと、道が下り坂になってきていることに気づいた。進むごとに、どんどん傾斜がきつくなる。

「戻れるんだろうな、これ」

 ザックがぼやく。既に、足を滑らせないように、注意しながら進まないといけない程になっている。三人とも壁に手をつけながら歩いていた。

「まだ大丈夫だろう。あそこまでは行ってみよう」

 ローレンツが、カーブした通路の先を指差す。そこは突き当たりになっていて、シンプルな木製の扉が付いている。

「待て。試しに魔法で開けてみる」

 扉まであと何歩かのところで、ローレンツが立ち止まる。残り二人も止まったのを確認すると、呪文の詠唱を始める。少しした後、開いた右手を突き出した。

「…弾けろ」

 淡く光る球体が、ローレンツの手のひらから飛び出した。それは扉の取っ手辺りに真っ直ぐ向かい、衝突する。パンッ、という乾いた音とともに球体が弾け、扉が勢いよく向こう側に開いた。

 ザックは再び歩き出すと、開いた扉へと向かった。その向こう側を覗き込んで、眉を上げる。

「先客が居るみたいだぜ」

「え?」

 次に着いたオリビアが、ザックの横から顔を出して扉の奥に目をやる。そこにあったものを見て、思わず息を呑んだ。

 扉の向こうは、小さな部屋になっていた。奥には、もう一つの扉が付いている。部屋の中には机や椅子、ベッドが置かれており、まるで宿屋の一室のようだった。ベッドの上には、白骨化した人間らしき死体が横たわっていた。

「まさか、ここに閉じ込められたんじゃねーだろうな」

 ザックが今来た道を振り返る。曲がりくねっていて、少し先までしか見えない。

「レバーの仕掛けのことを言っているのか? こちらから開くのは確認しただろう」

「まあな」

 レバーで開く行き止まりの壁は、一定時間経つとまた閉じる。しかし逆側からは、簡単に開けられるようになっていた。

「あそこ、何か落ちてる」

 オリビアが指差す先に、男二人は目を向ける。椅子の陰に、メモが落ちていた。

 ローレンツが部屋に入り、メモを拾った。オリビアが、それを横から覗き込む。

「なんて書いてるんだ?」

「ふむ。後から来る冒険者のために、この先を調査した記録を残す、だそうだ。書いたのはこの人物か」

 ローレンツは白骨死体を指差した。

「引き出しに入った魔道具を一人一つ身に着けていくことと、絶対に指示には従うこと、それさえ守れば安全だと書かれている。…これか?」

 メモを読みながら、机の引き出しを開く。その中には、銀色の指輪が入っていた。

「指示ってなんだ? 誰かが案内でもしてくれんのかよ」

「それはこの後に……む」

 メモを裏返して、ローレンツは眉を寄せた。身を屈めて椅子の下を覗き込むが、何も落ちていない。

「続きが無い。どこかに落ちてないか、探してくれないか」

「了解」

 しばらく三人で部屋中を探したが、服や武具が見つかっただけだった。メモらしきものはどこにも無い。

「行ってみるしかないな。指示に従えっつーんだから、見たら分かるんだろ。魔道具はいくつあるんだ?」

「全部で三つだ」

「んじゃ問題ない、早速向かおう。お宝が待ってることを祈ろうぜ」

 ザックの言葉に、残りの二人は頷いた。


 奥の扉の先は、先ほどまでと同じような下りの通路になっていた。ただし、傾斜は一定だ。道は緩やかに左に曲がっていて、螺旋状に地下へと下りていく。

 しばらく進むと道が真っ直ぐになり、傾斜も無くなって平坦になった。

「出口か?」

 ザックは思わずそう呟いた。道のずっと先の方から、明かりが漏れているのが見えていた。そこで通路は終わって、広い空間になっているようだった。

「地上に出るにしては、潜りすぎているな」

「ならさっきみたいな、明かり付きのダンジョンに戻んのか?」

 喋りながら、歩みを進める。通路の先の光景を目にして、三人は絶句した。

 そこは、岩に囲まれた天然の空洞になっていた。非常に広く、逆側の岩壁がかすんで見えるほどだ。天井には巨大な光球が浮かび、空洞全体を照らしている。

 空洞の中央部は円形状に壁に囲まれており、その中には多数の石造りの建物が並んでいた。まるで、都市をそのまま地下に持ってきたかのようだ。建物の様式はかなり古いようだったが、それほど劣化はしていない。

 三人が壁に近づくと、真っ白な石でできているのが分かった。ダンジョンの前半にあった、壁や床の素材と似ているようだ。ザックは左右に視線を送ったが、中に入れそうな場所は見当たらない。

「一周してみるか」

 ザックの先導で、三人は壁沿いに歩き出した。

 かなりの時間をかけてぐるっと一周したが、壁はずっと代わり映えせず、やはり入れそうなところは無かった。ものは試しにと、指輪を嵌めた手を壁に押し付けてみたりもしたが、何の変化もない。

「どうすっかね。一番試すのが簡単なのは、無理やり越えてみることだが」

 ザックは壁の上の方を指差す。壁の高さは人の背の何倍もあったが、魔法やロープを使えば越えられないことはないだろう。

「それは最後の手段にすべきだ。メモには、『絶対に指示には従うこと』と書かれていた。壁を越えるなと指示されているわけではないが、おかしな真似は避けたほうがいいだろう」

「だな。俺もその意見に賛成だ」

 ローレンツの言葉に、ザックも頷く。眉を寄せたオリビアが、男二人を交互に見た。

「じゃあ、他にできることは?」

「次に簡単なのは、ここの情報と魔道具をギルドに売って、おさらばすることだ」

 ザックは肩をすくめる。こんな大規模な地下都市なんて珍しいから、それなりの値段で売れるだろう。

「俺は自分たちで攻略したいがな。二人はどうだ?」

「私もだ」

 ローレンツがすぐに返答した。オリビアは少しだけ考えたあと、小さく頷く。

「私も、できたら売りたくはないです」

「ならこの案は却下だ」

 ザックが言うと、ローレンツが次の意見を出した。

「一度戻って情報を集めよう。こういう古い都市が見つかった例は過去にもいくつかある。何かヒントがあるかもしれない」

「ふーむ、結局その方が早いか。あんたもそれでいいか?」

「はい」

 オリビアの答えを聞いて、ザックは元来た通路の方を指差した。

「分かった、撤収だ。今回は収入無しだな」


 茶色っぽい岩でできた壁に、ザックは背を預ける。今居るのは、メモと死体があった部屋のすぐ外だ。他にメモが無いかもう一度だけ探すとローレンツが言うので、作業が終わるのを待っている。

 隣に立つオリビアは、部屋で見つけた指輪を弄っていた。まだ左手に嵌めたままにしている。荷物に仕舞っておけばいいと言ったのだが、デザインが気に入ったのかもしれない。

「あんたの目的は達成できたのか?」

 ザックが声をかけると、オリビアが不思議そうな顔で見返してきた。

「ダンジョンに来た目的だよ。訓練だかなんだか知らんが」

「…はい、ありがとうございました」

 オリビアは、柔らかな笑みとともに深く頭を下げた。ザックは少し面食らう。

「そうか、それならよかったよ」

 ザックは視線を外して、部屋の中を見た。ローレンツは何か魔法を使おうとしているようだ。魔力探知の魔法だろうか。

(収入無しだっつってんのに)

 魔法の触媒代を考えて、ザックは渋い顔になる。確かに、今二人が持っている現金はかなり多い。だが、油断しているとすぐに無くなってしまうだろう。

 次は確実に収入があるダンジョンに行こうと思いながら、ザックはローレンツが出てくるのを待った。

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