9.依頼
疲れきった表情で、ディーは左右の手にそれぞれナイフを構えた。治りかけの左肩の傷が、少しだけ痛む。
体力的にというより、精神的に疲労が溜まっている。ちらりと視線を向けると、横に立つ男も同様のようだ。
(次で終わりよね)
確かそのはずだ。早く帰って水でも浴びたい。
ディーが待っていると、通路を少し進んだ先、曲がり角の向こうから呪文詠唱の声が聞こえてくる。
「炎よ!」
強い光が、角の向こうから通路を照らす。少し遅れて、熱気と強烈な臭気がディーたちを襲った。
「ぅっ……!」
隣に居た男が、小さく呻いて口元を押さえる。
「ちょっと……」
吐かないでよね、とディーは言いかけて止めた。
曲がり角から、二匹のねずみが姿を現していた。大きさは、人の頭の数倍程度もある。通路を流れる汚水を、ばちゃばちゃと跳ね飛ばしながら走ってくる。どちらも体の半分を、炎で焦がされていた。
進行方向を塞ぐように立つと、ねずみは避けようともせずに一直線に向かってきた。近づいてきたところで、脳天をナイフで突き刺す。びくりと体を震わせ、動かなくなった。
うんざりした表情で、ディーは汚水まみれになった自分の体を見る。もう今更と言えば今更だが……。
「他には来ていませんか?」
問いかけられて振り向くと、男の方ももう一匹のねずみを片付けていた。青白い顔をしているが、まだなんとか吐いてはいないようだ。
「ディー、そっちは大丈夫か?」
通路の向こうから、別の男の声が響いてくる。
「ええ。こっちに来たやつは全部倒したわよ」
「了解! じゃあこれで終わりだな」
ディーは深く息を吐いた。ナイフを仕舞って、曲がり角の方へと歩く。
「お疲れさま」
角を曲がると、戦士風の男が一人、ローブを着た魔術師風の男が一人立っていた。先ほどから話しかけてきている戦士風の男に、片手を上げて応える。
その男は、訝しげな表情でディーを見た。
「ん、カーターはどうした?」
「カーター? …ああ」
一瞬誰かと思ったが、さっきまで一緒に戦っていた男の名だ。振り返ってみるが、誰も居ない。まだ曲がり角の向こうにいるようだ。
少し待ったが、カーターは姿を見せない。見に行こうかと思って一歩踏み出したところで、足音が聞こえてくる。
「すみません、グレンさん」
角の向こうから、さっきよりさらに青い顔になったカーターが姿を現した。今の間で彼が何をしていたのか、ディーは考えないことにした。
「よし、外に出よう。一刻も早くこの場所から離れたい」
グレンと呼ばれた戦士風の男の提案に、全員が頷いた。
入り組んだ通路を、グレンは地図も見ずに進んでいった。残りの冒険者たちは、その後を続く。
「当分下水道には近づきたくないですね」
「まったくだな」
カーターの呟きに、グレンが相槌を打った。
下水道の大ねずみ退治、それが今回受けた依頼の内容だった。このねずみは一応魔物に分類されるが、体が大きいだけで特に何の能力も持っていない。動きも遅く繁殖力もそれほどではないため、普通のねずみの方が厄介だとまで言われるほどだ。
「グレンさん、もう一度確認したいんですが」
「うん?」
前を歩くグレンは、カーターにちらりと目を向けた。
「ねずみを退治した証拠は、本当に持って帰らなくていいんですよね?」
「ああ、大丈夫。心配しなくてもいい」
「分かりました」
まだ少し不安げなカーターだったが、素直に頷いて引き下がる。
魔物退治の依頼は、倒した魔物の部位を持ち帰ることが達成条件になっている場合がほとんどだ。倒しましたなんて口で言ったところで、普通は信じてもらえない。
(手ぶらで許されるなんて、楽でいいわね)
ディーはグレンの後姿に目をやる。今回部位を持ち帰らなくていいのは、グレンのおかげだ。彼は各方面に顔が広く、周囲の信頼も厚い。依頼人に、彼がリーダーをやるなら証拠は要らないと言われたのだ。
階段を登ると、水の無い乾いた通路が続く。悪臭も、だいぶましになってきた。
さらに歩くと、ようやく地上に出た。日の光が、だいぶ傾いている。ディーは大きく深呼吸して、新鮮な空気を堪能した。
「カーター、エリック、服だけ替えて報告に行こう。ディーは先に帰ってていいぞ」
「あたしも付いて行くわよ」
「全員で行っても仕方ないだろ。俺たちは報酬を分けなきゃいけないが、ディーの分は俺が預かっとくよ。どうせすぐに会うだろ」
「…分かったわ」
グレンの提案に、ディーは渋々頷いた。特別扱いされるのは好きではないが、彼の意見の方に分がある。グレンとは昔からの知り合いで、よく顔を合わせている。
「またな」
「ええ」
それに、早く体を洗いたいのも確かだ。グレンに別れを告げると、ディーは宿に向かった。
日が暮れたあと、ディーは街の裏通りを歩いていた。街灯も無いため、自前のランタンで道を照らしている。
人通りはほとんど無いが、たまには誰かとすれ違うこともある。そういう時には、ディーは視線を外さないように、かつ目を合わさないようにしていた。ほとんどの相手も、同じようにしている。
冒険者なら、光の全く差さない洞窟を探索することも、やむを得ず夜の森を移動することもある。だが夜の街というのは、それらとは違う独特の怖さを持っていた。もしここで襲われるとするならば、相手は獣や魔物ではなく、自分と同じ人間なのだ。
「あの、こっちで合ってるんでしょうか」
後ろを歩くミルテが、不安そうに聞いてくる。道は大きな通りからどんどん逸れていき、街の外れへ外れと向かっているようだった。
「そのはずだけどね」
そうとしか言いようがない。手元の地図によれば、もうすぐ目的地に着く。
「…あそこらしいわよ」
ディーが指差したのは、立ち並ぶ廃屋寸前の家の一つだった。窓は割れ、ドアは壊れているのか、開きっぱなしで風に揺れている。
中に入ると、地下へと続く階段が目の前にあった。階段の奥からは明かりが漏れている。家の中は荒れ放題で、家具や食器の残骸で足の踏み場もないほどだったが、玄関と階段だけは綺麗に掃除されているようだった。
階段を下りた先は、酒場になっていた。テーブル席は全て埋まっていたが、カウンター席はがらがらだ。客層は一般的な酒場と特に変わらず、街の住民や冒険者、商人などだった。貴族らしき客も居るのは、珍しいかもしれない。
「イリーズと約束してるんだけど」
店員に告げると、店の奥へと案内された。扉の並んだ通路を進む。
少し歩いたところで店員は立ち止まり、扉の一つを開けた。その中は、個室になっていた。ディーとミルテは、部屋の奥にある安物のソファーに腰をかける。
「お待たせしました」
しばらく待っていると、部屋の入り口からイリーズが現れた。相変わらずフードを目深に被っているが、目線の高さの関係で、ディーは相手の顔が少し見えた。無表情で、瞳からは生気が感じられない。イリーズは顔を隠すかのように、視線を逸らす。
イリーズの顔は、想像していたよりもかなり若く見えた。背もミルテより少し高い程度だし、同い年だと言っても通るだろう。本当はいくつなのだろうか。
「報告書は読ませてもらいました」
ディーたちの向かいのソファーに座ると、イリーズは手元の資料を膝の上に置く。主にディーが聞き取り調査して、ミルテがまとめたものだ。
「いくつか聞きたいことがあります」
「何かしら」
報告書の内容について、イリーズは二、三の質問をした。ディーがそれに答えると、イリーズは少し沈黙したあと、言った。
「分かりました、依頼の達成を確認しました。報酬をお渡しします」
手渡された金貨を受け取ろうとして、ティーは身を乗り出した。安物のソファーがキィキィと嫌な音を立てる。
「ありがと」
「ありがとうございます」
隣に座っていたミルテも、金貨を受け取る。少しの間じっと見た後、大事そうに荷物にしまっていた。
「あたしは戻るわね。また依頼があれば教えてちょうだい」
「はい」
イリーズが頷く。ディーが席を立つと、ミルテもそれに続いた。
「あ、わたしも」
それに応えることも、ミルテの方を見ることもせずに、ディーは部屋から出る。
店のカウンター席の前まで来たところで、ディーは後ろに向き直る。きょとんとした表情で、ミルテが見てくる。
「言ってなかったけど、あたしこの店で他に用事があるから」
「え」
「ここでお別れね」
そう言って、カウンター席に座った。ミルテは困ったように眉を寄せていたが、やがてぺこりとお辞儀をして、店の外へと出て行った。
(大丈夫かしら)
街の中心部まで何事も無く戻れるのか、少しだけ不安になる。
最初から一人で帰すつもりではあったが、店がこんな街外れにあるとは思っていなかった。まあミルテだって、立派な一人前の冒険者だ。自分がいちいち気にするようなことではないかもしれないが。
エールを注文して、カウンターに頬杖をついた。店内に視線を向けると、自分以外は皆二人以上で酒を飲んでいるようだった。
店員が、エールの入ったジョッキを差し出してきた。代金を渡す代わりにそれを受け取る。エールをちびちびと舐めながら、目的の人物が現れるのを待った。
「よお、こんな場所まで呼びつけて悪いな」
ぼんやりと店内を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。振り返った先には、見知った男が立っていた。
「さっきまでここで人と会ってたのよ。ちょうどよかったわ」
「ほー」
その男、ステフは、ディーの言葉に少し驚いたようだった。
「依頼人は向こうにいる。飲んでから行くか?」
「いいえ、待たせても悪いでしょう」
もう一口だけ飲んでから、ジョッキを置いた。半分以上中身は残っている。
(どうせ全部は飲めないしね)
ディーは心の中で呟くと、店員に代金を支払った。
ステフは店員に声をかけるでもなく、すたすたと店の奥へと歩いていった。さっきも通った扉が並ぶ通路を、ディーはステフの後をついて歩く。
今からこの先にいる人物に会って、仕事を依頼されることになっている。闘技大会でわざと負けてもらう条件として、ステフと約束した事だ。
ステフは依頼の話を聞かせる人を探すために、あの闘技大会に参加したと言っていた。どういう基準でディーを選んだのかは分からない。そこまで手間をかけるということは、よっぽど重要な依頼なんだろう。
「ここだ」
考え事をしながら歩いていたら、立ち止まったステフに危うくぶつかるところだった。ステフは扉の一つを指差している。
(ん?)
ディーは首を傾げる。さっきイリーズと会った部屋の扉のような気がするのだが、記憶違いだろうか。
「どうかしたか?」
「いえ」
ステフは扉を引いて開け、横に避けた。ディーは部屋に入りかけて、入り口で立ち止まる。
部屋の奥には、イリーズが座っていた。入り口に立つ人物の姿を見ると、平坦な声で尋ねてきた。
「忘れ物でもありましたか」
「…そういうわけじゃないんだけど」
どう説明していいか分からずに、ディーは困ったようにステフを見た。ステフは、イリーズとディーに交互に視線をやる。
「俺の方を見られても困るぞ。よく分からんが、とりあえず中に入ったらどうだ?」
「そうね」
ステフの提案どおり、ディーは部屋に入ってソファーに腰かけた。イリーズが、後から入ってくるステフに視線を送る。
「会わせたい冒険者というのは、ディーさんなのですか?」
「そうだよ。お前ら知り合いなの?」
「依頼を何度か受けててね。ついさっき会ったばかりよ」
「そりゃすごい偶然だなー」
席についたステフが、体を仰け反らせて大げさに驚いた。
「依頼の
「はい。ディーさんに依頼したいのは、あるダンジョンの探索です。そちらに居るステフと、二人で行ってもらうことになります」
「ダンジョンね、あまり得意ではないけど。報酬は?」
「数と質は後で相談させてもらいますが、私の持っている魔道具から、いくつかお渡しする予定です。それとは別に、一日金貨一枚程度を、生活費兼経費としてお支払いします」
「こいつの魔道具コレクションはすごいからなー。期待していいぞ」
「ふうん」
ディーは目を細める。魔道具を報酬にするというのは、金では払えないほどの報酬額を想定しているのだろうか。
「どんなダンジョンなの? 危険性は?」
「階層ごとに様々な仕掛けが設置されています。魔物も、強力なものが多く出現します。命の危険が常にあると考えてください」
「…もしかして、前の冒険者が死んだから、あたしに声をかけたってわけ?」
「よく分かったな」
ステフは肩をすくめる。それを見て、ディーは口元を歪めた。
「仕掛けに傾向はあるの? 階層ごとにばらばら?」
「基本的にはばらばらですが、侵入者を即死させる
「魔物の傾向は?」
「それは全く分かりません。階層によって昆虫系が多かったり、魔法生物系が多かったりはしますが」
「なるほどね」
それだと、事前に対策を練るのも難しいだろう。新たな階層がどの程度危険なのかも分からない。
「あたしはパスさせてもらうわ。リスクが見積もれない依頼は受けないことにしてるの。それほど金に困ってるわけじゃないしね」
「分かりました」
イリーズはあっさり引き下がった。少しは交渉でもしてくるかと思っていたディーは、拍子抜けする。
「ま、仕方ないな。次のやつを探すさ」
「悪いわね」
「気にするなよ、じゃあな」
ディーは席を立つと、ひらひらと手を振るステフに片手を上げて返しながら、部屋を出た。
(何者なのかしらね、イリーズって)
廊下を歩きながら、ディーは疑問に思った。彼女の依頼は怪しげなものや、目的がよく分からないものが多い。ギルドに依頼を出すこともあるが、個人的にやり取りしている冒険者が何人か居て、そちらに依頼することが多いようだ。
金払いがいいので、金持ちの貴族か商人かと思っていた。しかしダンジョンにまで興味があるとは、冒険者か何かなのだろうか。それとも彼女はただの窓口役で、何らかの組織の一員なのかもしれない。
(調べてみるか)
最近イリーズの依頼を多く受けていることだし、少し探っておいた方がいいかもしれない。情報屋にでも当たってみようかと思いながら、酒場を出た。
次の日の昼前、ディーは重い荷物を背負って冒険者ギルドに来ていた。肩に食い込んだ紐が痛い。
受付に行くと、見知った中年の男性職員が座っていた。ディーが近づくのを見て、声をかけてくる。
「お、ディーか。いいところに来たな」
「いいところもなにも、今日渡す約束でしょう」
カウンターに背負い袋をどさりと置く。ようやく体が軽くなった。
「お前に客が来てるぞ。昼前に来るはずだと教えたら、朝からずっと待ってる。アインス・ゲルハルトとか言う貴族らしい」
「…勝手に人の予定を喋らないでよ。とりあえず、こっちを先に片付けてくれない」
背負い袋をぽんぽんと叩く。男の言った名前は聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。相手は袋を開けて、中に入った鉱石の確認を始めた。
(貴族様があたしに何の用なのよ)
男の作業を見ながら、ディーは首を捻る。しかも使いを寄越すわけでもなく、直接会いに来るような用事だ。
貴族との関係と言えば仕事絡みぐらいしかないから、いつか依頼を受けた人物なのだろうか。以前の仕事について今更文句を言われるのは、勘弁して欲しい。
「よし、だいたい合ってるだろう。最終的には依頼人が確認してから報酬を払う」
「ええ」
男は袋を足元に避けた。鉱石は、先日受けた依頼の成果物だ。依頼人の希望に合った質の物を取り寄せるのに、えらく苦労した。
「客はあっちの応接室にいるぞ」
「分かったわ」
会ってもあまりいいことは無い気がするが、無視してややこしいことになっても困る。ディーは男の指差す方へと向かった。
応接室の前に着くと、ディーは木の扉をノックした。少し待っても返事は無く、扉を開けて中に入る。
「久しぶりだな、突然押しかけてすまない」
部屋のソファーには、がっしりとした体格の男が座っていた。ディーよりもかなり背が高そうだ。
(……誰?)
男の顔を見て、ディーは固まってしまった。名前と同じく、どこかで見たことはあるのだが……。
ディーの様子を見て何かを察したのか、男が自己紹介を始める。
「アインスだ。闘技大会の決勝戦であなたと戦った」
「…ああ」
ようやく誰か分かった。闘技大会なんかに貴族が参加しているとは想像していなかったから、思い出そうとする範囲から外れていた。
同時に、大会での嫌な記憶が蘇る。決勝戦では、こいつに左肩をばっさりと斬られて負けたのだ。
「あたしに用事って?」
若干不機嫌そうな顔をしながら、ディーは扉を閉めてソファーに座る。倒した相手に、いったい何の用があって会いに来たのか。
「君の剣と魔法を組み合わせた戦法は、素晴らしかった。あの時はたまたま私が勝ったが、君が優勝していてもおかしくはなかった」
「…あっそ」
ディーは投げやり気味に言った。確かに自分が勝っていた可能性もあるが、実力的にはアインスの方がかなり上だろう。
「そんなことを言いにわざわざ来たわけ?」
「いや、そうじゃない。君にお願いしたいことがある」
「ふうん。報酬次第では受けてもいいわよ。あなたに受けた傷が治ったらね」
嫌味っぽく笑うディーに、アインスは言葉を詰まらせる。
「……本当に申し訳ない。君の魔法を見て、手加減する余裕がなくなってしまった」
(その判断は正しいわよ)
魔法は詠唱に時間がかかるのが難点だが、声さえ出せて精神集中できれば、例え手足を縛られていても使うことができる。魔術師を降参させたいなら、声を出せなくするか、集中できないほどの苦痛を与えるのが常套手段だ。
どちらかというと、最初手加減されていたことの方が気に食わない。
「君に何かお願いができる立場ではないということは、分かっているが……」
「冗談よ。依頼の内容は?」
落ち込んだ表情のアインスの言葉を、ディーは手を振って遮った。闘技大会に出る以上、傷を受けることぐらい覚悟の上だ。それにもうほとんど治っていることだし。
「ありがとう。お願いしたいのは……私とパーティを組んで欲しい」
「パーティ?」
ディーは眉を寄せた。冒険者の間で使われる単語だが、微妙に意味が広い。
「ダンジョンにでも同行して欲しいってこと? 場所によっては考えるけど」
この男なら護衛など要らない気がしないでもないが、まあトラップの対処なんかはできないだろう。とは言えディーも、あまり得意ではない。
だがディーの言葉に、アインスは首を振った。
「いや、数日の話ではなく、長期的にパーティを組んで欲しいということだ。可能ならば、数十日以上」
「は?」
ディーは一瞬驚いた表情をした後、不愉快そうに口を歪めた。
「つまり、貴族様が冒険者ごっこをしたいってわけ?」
「違う! 私は貴族の生まれだが、冒険者でもある」
そう言って、アインスは胸元からペンダントを取りだした。確かに、ギルドに登録された冒険者であることを示すものだ。
「なるほどね。でもそういう依頼ならお断りよ」
首を振るディーに、アインスは困ったように言った。
「なぜだ? 報酬は日数分出すし、もちろん私は君の仕事を手伝う。悪い話ではないと思うが……」
「お断りだって言ってるでしょ」
ディーはきっぱりと告げた。報酬の問題ではない。
長期的なパーティを組む相手は、戦力のバランスや相性、性格や活動方針など、様々な要素を考慮して決めるものだ。組む相手を間違えると命に関わることだってあるし、揉めて仲違いするなんてよくある話だ。依頼されてできるものではない。
そういう対人関係の問題を抱えるのが嫌で、ディーは長い間一人でやってきた。そもそも仮に組むとしても、この男となんて絶対に嫌だ。
「じゃあね」
話はこれで終わりだとばかりに、ディーはソファーから立ち上がった。アインスに背を向けると、出口へ向かって歩き出す。
「待ってくれ! せめて条件だけでも聞いて……」
アインスの言葉を無視して、ディーは応接室を後にした。
「よおディー。貴族様を振ったんだって?」
左肩に手を回されて、ディーはびくりと体を震わせた。座っていた椅子が、ガタッと音を立てる。
「あ、すまん。怪我してるんだっけか」
振り向くと、そこに居たのはグレンだった。彼はディーの肩から手を離すと、もう触れる意思は無いというように両手を上げた。
「もうほとんど治ってる。…それより振ったって、何のことよ」
「違うのか? 相手は半日お前を待った挙句に振られて、悲壮な顔して帰って行ったって聞いたんだけど」
「依頼を断っただけ」
ディーはため息をついた。まったくこいつは、いつもいつもどこから噂話を仕入れてくるんだろうか。
「…そうか。これ、この前の報酬だ」
ディーの右隣のカウンター席に座りながら、グレンは数枚の銀貨を渡してくる。それを受け取って懐に入れると、目の前に置かれているエールのジョッキを手に取る。
「まだ何か用なの」
グレンにちらりと目をやりつつ、エールを一口飲む。酔いが回って、少し眠くなってきた。酒はそこそこ好きだしよく飲んでいるが、いつまで経っても強くならない。
「いや、特に無いが……」
「そう」
困ったように言うグレンを横目に、ディーはさらにエールを飲んだ。
「あー、まあ無くはないか……俺とパーティ組むって話、やっぱりだめか?」
相手の顔色を伺いながら、グレンは言った。今までにも何度か提案したが、その度にすげなく断られてきた。べつに今日その目的で来たわけではない、用があるかと聞かれたから理由を付けてみただけだ。
「パーティね」
ディーはぽつりと言った。
グレンとは長い付き合いだ。今までに依頼で何度も組んでいるし、戦い方もよく知っている。アインスに言われるのとはわけが違う。
「考えとく」
ジョッキに残ったエールを飲み干すと、ディーは立ち上がった。ツケで、と店員に短く告げる。
「……ほんとか? 期待してるぞ」
予想と違った答えが返ってきて、グレンは目を丸くした。席を立ち、おぼつかない足取りのディーに近づく。
「お前、飲みすぎなんじゃないのか。酔って適当に答えてるわけじゃないよな?」
「違うわよ」
不服そうに答えるディーに、傷に触れないよう気をつけながら、グレンは肩を貸す。だんだん言葉少なになるディーを、宿まで送っていった。
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