5.王都

 どこまでも続く森の中、唯一整備された大きな道を、一台の乗り合い馬車がガタゴトと音を立てて進んでいた。ほぼ真上から射している日の光が、木々の間から地面を照らしている。時折吹く風が、濃密な森の香りを撹拌する。

 馬車に乗っているのは、農民の夫婦らしき男女、巡礼者風の男、商人、そして二人の冒険者だった。冒険者の片方は金髪を背中まで伸ばした平均的な身長の女性、もう片方は亜麻色の髪を肩まで伸ばした背の低い女性だ。

 斜め後ろを向いて外の景色を見ていた金髪の冒険者は、何かに気づいたように、小さく声をあげた。隣に座るもう一人の冒険者の肩を揺する。

「レティ、今なら見えますよ」

「ん……」

 居眠りをしていたその冒険者、レティシアは、返事なのか寝言なのか、微妙な反応を返した。目はまだ閉じたままだ。

「見えたら起こしてって言ったのは、レティじゃないですか」

 金髪の冒険者、クレアは口を尖らせ、相手の頬をつついた。普段はしっかりした性格のレティシアだが、寝起きだけは致命的に悪い。

「…見えた?」

「ええ」 

 相手の言葉を繰り返して、レティシアが薄く目を開ける。しばらくその単語の意味について考えていたが、やがて記憶が繋がったようで、急いで馬車の外に視線を向ける。

「え、どこ?」

「もう見えなくなりました」

 既に正面に向き直っていたクレアは、若干の呆れを含ませた声で言った。レティシアはがっくりと肩を落とす。

「あんたら、王都には初めて行くのかい?」

 冒険者たちの前に座っている商人の男が、声をかけてくる。まだ頭が完全に起きていないのか、言葉に詰まるレティシアに代わって、クレアが答えた。

「はい。お仕事で行くのですが、ついでに色々観光しようかと思っています」

「ああ、それがいい。あそこは何日居ても飽きないないよ。運がよければ城にも入れるかもしれない」

「そうなのですか?」

「定期的に公開してるんだ。もちろん奥までは行けないが、庭園を見て回るだけでもいい記念になる。特に魔道具を使った噴水が素晴らしくてね、機会があれば是非見るべきだよ」

「まあ、それは楽しみです」

 胸のあたりで両手をぎゅっと握りしめながら、クレアは微笑んだ。男もつられて笑みを浮かべた後、馬車の外にちらりと目を向けた。

「もちろん、あれも見に行くんだろう?」

 馬車がカーブを大きく曲がると、木の密度が減り、視界が開けた。その先にあるものを見て、レティシアが目を見張る。

 森を抜けた遥か先には、天高く聳え立つ、一本の巨大な樹があった。世界樹ユグドラシルと呼ばれるその樹の幹や枝には、いくつもの建物がへばり付くように建てられている。幹の太さは、街の広場ほどもありそうだった。

「ええ、もちろんです。大図書館にも、用事がありますから」

「仕事かい?」

「はい」

「ふむ。調べ物をするつもりなら、時間に余裕を見ておいたほうがいい。下の本館だけで済むならいいが、あちこち探し回る羽目になると大変だ」

 世界樹にある建物のほとんどは、大図書館という施設の一部だった。根元を囲むように建てられた本館が最も大きく、一般的な本はほとんど揃う。幹や枝にあるのは別館で、上に行くほど専門的で貴重な本が置かれている。

「はい、そう聞いていますので、丸一日は、図書館に篭る予定です」

「そうかい。まあ、いい運動にはなるよ。前に聞いた話なんだが、知り合いの魔術師が散々往復させられたらしくてね。翌日体が痛くて動けないって呻いてたよ」

 大げさに肩をすくめる商人に、クレアはくすりと笑った。

 馬車の中を、再び沈黙が支配した。聞こえてくるのは、車輪が立てる音と、風が草木を揺らす音だけだ。

 隣を見ると、レティシアが今にも眠りに落ちそうになっていた。頭がゆらゆらと揺れている。自分も少し眠りたかったが、二人とも寝てしまうのはちょっと不安だ。

 仕方なく、王都での予定を書いたメモを荷物の中から取り出す。行きたい場所のリストにお城を書き加えると、どこを優先しようかと頭を捻った。


「じゃあまたな、冒険者さん」

「はい、また」

 日が暮れる少し前に、馬車は王都に到着した。客車から降りた二人の冒険者は、商人に別れを告げた。馬車はこのまま王都をぐるりと一周し、好きな場所で降りられるそうだ。

 王都一番の大通りが、目の前にあった。道の真ん中は馬車や荷車がひっきりなしに行きかっていて、人は端に寄って歩いている。

 大通りの両側には、大きな店が整然と並んでいた。レストランや武器屋、装飾品店など、売っているものは様々だ。どの店も、外に商品の一部を陳列したり、凝った看板を掲げたりして、道行く人に存在感をアピールしている。

「まずはギルドだね」

 レティシアは、背負った大きな荷物の位置を直した。王都に来た主目的は大図書館での調査依頼だが、その他にも荷物や手紙の配達依頼を山ほど受けてきている。

「ええ、行きましょう」

 レティシアよりは荷物の少ないクレアの先導で、二人は歩き出した。

 行きかう人々に何度もぶつかりそうになりながら、大通りを進む。荷物が多いのもあるが、とにかく人が多い。お祭りでもやっているのかと思うほどだった。

 冒険者ギルドの建物は、大通りの中でも一際大きかった。ただし外見は地味で、看板も掛かっていない。正確な場所を知らなければ、見逃してしまいそうだ。

 建物に入ると、二人は早速受付へと向かった。並んでいる人が多くてかなり待たされたが、荷物の大部分、ギルド宛ての物は全て渡してしまうことができた。

 ギルドでの用事を済ませたあと、二人はソファーに座って休憩していた。荷物の重さと長旅で疲労したのももちろんあるが、人が多くて精神的にも疲れる。

「今日はもう、宿で休みます?」

 レティシアの様子を窺いながら、クレアが尋ねた。王都には数日滞在する予定だ。仕事の面では、時間にはたっぷり余裕がある。

「ううん、予定通りにしよう。行きたいところ、行けなくなっちゃうし」

「分かりました」

 立ち上がるレティシアに、クレアは頷く。残りの荷物配達先を確認して、ギルドの建物を出た。


 王都一日目は、配達依頼だけでほとんど終わってしまった。レストランを探す元気もなく、夕食は宿併設の酒場で適当に済ませた。

 次の日、二人はまだ薄暗いうちから宿を出た。外を歩く人の数はまだ少ないが、冒険者パーティらしき団体とは何度かすれ違った。ダンジョンにでも向かうのだろう。

 ちょうど日が昇るころに、目的の場所に着いた。目の前の巨大な樹を、レティシアとクレアは揃って見上げる。

 しばらくの間、二人は黙って世界樹を眺めた。世界樹の外見は、普通の木と大きく異なるわけではない。ただ単純に、サイズが違うだけだ。だがここまで桁違いだと、もはや全く別種の存在と言ってもいいほどだった。

 世界樹の幹はところどころ大きく削られ、階段や通路、建物が建てられていた。これらは遥か昔から存在し、一種のダンジョンとも言えるものだ。大図書館は、そのダンジョンを流用して作られている。各館がかなり離れているという不便な構造になっているのは、そのせいだ。

 地上に建てられた大図書館の本館に、二人は入った。紹介状を見せると、青く塗った紋章入りの木片を渡された。これが図書館内の通行証になるらしい。色によって、入れる範囲が決まっているとのことだ。

「くれぐれも、許可された場所以外に立ち入らないようにお願いします」

「はい」

 何度も念を押す職員に、二人は頷く。通路の要所には見張りが立っているそうだが、通路や階段自体が樹の幹や枝に後から付けられたものだ。やろうと思えば、無視して樹の上を好き勝手移動することもできるだろう。

「じゃあ、私は上の方の本探してくるね」

「ええ、お願いします。張り切りすぎないように」

「うん」

 閲覧スペースの一つを確保してから、レティシアは別館へと向かっていった。主に彼女が本を集めてきて、クレアが調査するという分担だ。外へは持ち出せないから、ここで調べてしまう必要がある。

 本館にあるはずの本を探して、クレアは本棚の間を歩いた。こんなにたくさんの本を見たのは、生まれて初めてだ。依頼に無関係な図書に手を伸ばしそうになるが、我慢する。

 数冊確保したあと、クレアは席に着いた。調べ始めるには、これで十分だろう。荷物から筆記用具を出すと、作業に取りかかった。


 クレアは真剣な表情で、本の内容をメモに書き写していた。テーブルの上には、三冊の本が開きっぱなしで置かれている。ジャンルは違うが、どれも魔道具に関係した本だ。

 転記する作業を終えると、今度はそれぞれの本の記述を見比べた。それらは同じ種類の魔道具について述べられたものだったが、全く違う見方で書かれていた。例えば一冊は機能的な面についての解説だし、別の一冊は歴史的な価値についてだ。

 気配を感じて顔を上げると、目の前にレティシアが立っていた。いつ帰ってきたのか、全く気づかなかった。

「あら、レティ。戻っていたのなら、声をかけてくれればよかったのに」

「集中してるかと思って。とりあえずこれだけ探してきたけど、大丈夫?」

 そう言って、机の上に何冊かの本を置く。クレアは頬を緩めると、その中の一冊を手に取った。

「ええ、これでだいぶ、はかどると思います。ありがとう」

「ううん、これぐらいしかできないから。手伝えなくてごめん」

 レティシアは、寂しそうに笑った。彼女は文字が読めないし、仮に読めても今調べている内容は専門的すぎて、たぶん理解できない。

「何を言ってるんですか、適材適所ですよ。私が本を探しになんて行ったら、すぐに力尽きて行き倒れてしまいます」

「クレアももうちょっと運動しようよ」

 澄まし顔で言うクレアに、レティシアは軽く吹き出した。

「少しは、やっています」

「でも前に一緒に運動したときも、途中でやめちゃったじゃない」

「レティの訓練メニューは、厳しすぎるんです。もう少し簡単にしてください」

「うーん、私も聞いたのをそのままやってるだけだし……」

 レティシアが首を捻る。彼女がいつもやっている訓練に付き合ってみたことがあるのだが、クレアはすぐにダウンしてしまった。

「見つからない本は、ありませんでしたか?」

「うん、探したのは全部あったよ。残りも探してくるね、遠いからちょっと時間がかかるかも」

「はい」

 軽い足取りで去っていくレティシアを、手を振って見送る。まだ体力には余裕がありそうだ。クレアは追加された本のページをめくり、目的の項目を探し始めた。

 

「はい、これで全部」

「ありがとう、お疲れ様」

 レティシアが次に帰ってきたのは、昼を少し過ぎたころだった。テーブルに本を置いて、クレアの隣の席に座る。さすがに疲れたようで、浅く腰をかけてだらしなく背もたれに寄りかかっている。

「うまくいきそう?」

「ええ、特に問題はありません。レティは街を観光してきていいですよ。夕方には、戻ってきてくださいね」

「うん、ちょっと休んだら」

 そう言って、レティシアはクレアの作業をぼんやりと眺めた。メモを取る音だけが、小さく響く。

「あの、すみません」

 若い女性の声に、二人は振り向いた。レティシアは姿勢を正す。

 そこには、レティシアと同じぐらいの背の高さの女性が立っていた。亜麻色の髪を肩の辺りまで伸ばしているのも同じで、二人は少し似ている。ただその女性の方が、若干顔が幼く見える。身なりを見る限り、冒険者だろう。

「少しだけでいいので、その本を見せてもらえないでしょうか?」

 申し訳なさそうに言って、テーブルに置かれた本の一冊を指差す。クレアはその女性に微笑みかけた。

「ええ、もちろんです。私たちも使いたいので、ここで見ていってもらっても、いいですか?」

「はい、ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀すると、クレアたちの向かいの席に座った。早く終わらせようと思ったのか、忙しなく本をめくる。

 レティシアは席を立つタイミングを逃して、少し居心地悪そうにしていた。それを見たクレアは、ちょっと思いついたことがあって、目の前の女性に話しかける。

「あなたも、冒険者ですか? 私は冒険者のクレア、こちらはレティシアです」

「は、はい、そうです。わたしは、ミルテと言います」

 話しかけられるとは思っていなかったミルテは、驚いて顔を上げた。

「やっぱり、そうなんですね。私たちはエルシェードから来たのですけれど、あなたはどちらから? 王都で活動しているのですか?」

「え、わたしもエルシェードです。お仕事でここに来ていて……」

「まあ、それは奇遇ですね」

 クレアは大げさな身振りで、ぽんと手を叩く。

「王都へは、よく来るのですか?」

「はい、何度か来たことがあります」

「そうなんですね。厚かましくて申し訳ないんですけれど、もしお時間があったら、観光をご一緒しませんか? いい場所があれば、是非教えていただきたいんです」

「え、と……」

 ミルテは顔を伏せ気味にして、少しの間迷っていた。やがてクレアに視線を戻すと、小さく頷く。

「はい、いいですよ。わたしも行こうと思っていたところがあるので、案内します。でも今日この後しか、時間がないんですけど……」

「今日ですか……レティ、どうします?」

「え」

 成り行きを見守っていたレティシアは、話を振られて目をぱちぱちとさせた。

「せっかく案内してくださるそうですし、レティだけでも、ご一緒させてもらったらどうですか? 今日どこへ行くかは、まだ決めていないですよね?」

「うん、決めてないけど……わかった、ええと、よろしくお願いします」

「は、はい。よろしくお願いします」

 深く頭を下げるレティシアを見て、ミルテも慌てたように同じ動作をする。

 ミルテの作業が終わり、二人は席を立った。何やら話しながら去っていく二人を、クレアは少し申し訳ない気持ちになりながら見送る。

 珍しい同年代の女性冒険者だし、レティシアと仲良くなってくれればいいと思ったのは確かだ。だがべつに、二人きりにしようと画策したわけではない。なんだか無理やり押し付けたようになってしまった。

(レティも、相手が誰でも普通に話せばいいのに)

 相手の年齢や性別、身分を、クレアはあまり気にしない。だがレティシアはそうではなく、相手によって接し方を変えているようだ。冒険者の大半を占める、同年代か少し上の男性への態度は硬い。まあクレアはクレアで、なんでずっと敬語なのと、レティシアに文句を言われたことがあるのだが……。

 人のことを考える前に自分の仕事をしないと、そう思って、レティシアのことを頭から追い出す。新しい本を開いて、作業に戻った。


 その日の夕方までかけて、調査依頼の作業は無事終えることができた。戻ってきたレティシアと手分けして、本は全て元あった建物へ返却した。

「明日動けるか、不安です」

 すっかり暗くなった街を歩きながら、クレアはレティシアに愚痴る。自分で言ったとおりに階段の途中で力尽きてしまい、何度も休憩するはめになった。

 こんな時間でも出歩けるのは、街灯がちゃんと整備されているからだ。道を歩く人も多く、他の街ならとっくに閉まっている武器屋や雑貨屋なども、まだ開いている。

「あ。明日のことなんだけど」

「はい?」

 クレアは首を傾げる。

「夕方、演劇を見に行かない? その、ミルテに誘われて」

「まあ、それはいいですね」

 その提案を聞いて、ぱっと顔を輝かせた。王都の演劇に興味もあったし、何よりレティシアとミルテが仲良くしていることが分かったからだ。

「六英雄のお話なんだって。ドラゴンを倒しに行くところ」

「派手な劇になりそうですね」

「うん、魔道具とかも使ってて、かなり派手らしいよ。それで人気あるんだって」

 レティシアは嬉しそうに話す。彼女は前から、この手の話が好きだった。

 六英雄というのは、魔王を倒し世界を救った冒険者パーティのことだ。大昔の話ではない。リーダーのシオンは今はこの国の国王になっているし、パーティの一員のスヴァトスラーフは、今は魔術師ギルドのギルドマスターだ。

「ぜひ見に行きましょう。ミルテさんとは、集合場所を決めているんですか?」

「うん。劇の前にも、行きたいところがあって……」

 ミルテと相談していたのか、明日の計画について語り始める。そんなレティシアの話に相槌を入れながら、宿へと向かった。

 

「いよいよだな」

「ああ」

 魔術師スヴァトスラーフと勇者シオンを演じる二人の役者が、視線を交わす。二人が居るのは、洞窟の入り口を模したセットの前だ。物語は、佳境に入っている。

 観客席にいるクレアは、隣の席にちらりと視線を送った。レティシアとミルテは、共に真剣な表情で舞台に見入っている。

「ほんとに行くの?」

 岩陰から、不安げな表情の若い女性が姿を現す。まだ少女と言ってもいい年齢だ。

「今更だぞ、ユイ」

 シオンがたしなめるような口調で言った。

「やつの爪から作った武器じゃないと、魔王を傷付けることはできない。やるしかないんだ」

「心配するな。我々が力を合わせれば、必ず勝てる」

 シオンとスヴァトスラーフの言葉に、ユイと呼ばれた少女は小さく頷いた。

「ユイは治癒魔法に専念してくれ。イレイザーとエルは、俺のサポートを頼む」

 新たな二人の役者が、岩陰から現れた。片方はフードを目深に被り、もう片方は大きな弓を背負っている。

(魔女イレイザーと、弓使いエル、でしたっけ)

 クレアは、ついさっき、ミルテとレティシアが語っていた内容を思い出す。イレイザー以外の四人の登場人物は、旅の初期から勇者シオンとパーティを組んでいる冒険者たちだ。魔女イレイザーは、初めはシオンたちと敵対していたのだが、戦いの末に仲間になったのだという。そのあたりの話もよく劇にされるのだと、ミルテが言っていた。

「スヴァトは氷の魔法に集中だ。頼んだぞ」

「任せてくれ」

 シオンとスヴァトスラーフが頷きあう。シオンは剣を掲げ、宣言した。

「さあ行こう、『名も無きドラゴン』を倒しに!」

 その台詞とともに、洞窟の入り口のセットが舞台の端へと移動する。冒険者たちが洞窟に入ったことを表現しているのだろう。

 やがて舞台の奥から、布がかけられた大きな何かが出てきた。シオンたちが武器を構えると、両側から布が勢いよく引かれ、取り払われた。観客席からどよめきが起きる。

 中から出てきたのは、巨大なドラゴンの模型だった。首がゆっくりと動き、冒険者たちを睨みつけている。口の中には、真っ赤な炎が揺らめいていた。

 ドラゴンの口から、炎が噴き出す。同時に、スヴァトスラーフの持つ杖から、無数の氷片が飛び出した。炎と氷がぶつかり合い、両者の中央で拮抗する。

 シオンが走り、一撃を加えようと剣を振り上げた。しかし、ドラゴンが振るう鉤爪に阻まれる。

 続けてイレイザーの魔法と、エルの矢が放たれた。魔法攻撃によって、ドラゴンの体中に電撃が走る。矢には魔法の効果が付与されているのか、命中する直前で爆発を起こした。

「すごい……!」

 レティシアが興奮したように呟いた。派手だとは聞いていたが、予想以上だ。

(どうやって動かしてるのかしら?)

 クレアが気になったのは、派手な演出よりもドラゴンの動きの方だった。演出は魔法でどうにでもなりそうだったが、今のような滑らかな動きを実現するのはかなり難易度が高そうだ。多数の魔術師が共同でやっているのか、それとも何か特殊な魔道具が使われているのだろうか。

 イレイザーとエルの一撃によってドラゴンが怯んだ隙に、シオンが再度攻撃を試みた。今度は邪魔されることなく、ドラゴンの脚を剣が切り裂く。

「グルォォォォォォォォォォ!!」

 直後、大音量のドラゴンの咆哮が、舞台全体に鳴り渡った。クレアは思わず首をすくめる。

 魔力を帯びた咆哮を受け、シオンたちの顔が苦痛に歪む。全員が膝を付く中で、治癒術士ユイの凛とした声が響いた。

「癒しを!」

 ユイの手元から淡い光が広がり、冒険者たちを包む。真っ先に立ち上がったのは、シオンだった。

「うおおおおおおっ!」

 雄たけびをあげながら、人間には不可能な高さまで跳躍する。新たに吐かれた炎のブレスを避けながら、ドラゴンの右眼に剣を突き立てた。

 ドラゴンは苦痛の呻き声をあげると、滅茶苦茶に暴れてシオンと剣を振り落とす。シオン床を転がって衝撃を軽減し、素早く立ち上がった。

「お前たちの力、認めよう」

 冒険者たちが次の攻撃に移る前に、ドラゴンがそう告げた。舞台を光が満たし、クレアたちは目を瞑る。

 目を開くと、ドラゴンの模型は再び布で覆い隠され、舞台の奥に下げられていた。その代わり、一人の男が、模型のあった場所に立っている。その右眼は、閉ざされていた。

「魔王を倒しに行くのだろう。私も協力しよう」

 男が手のひらを上に向けると、ドラゴンの爪が現れた。シオンのもとまで歩いて、それを手渡す。

(そう言えば、そういうお話でしたね)

 会話とナレーションが続く舞台をぼんやり見ながら、クレアは思い返していた。冒険者四人と魔女イレイザー、そして『名も無きドラゴン』を合わせて、六英雄と呼ばれている。彼ら六人によって、魔王は倒されたのだ。

 やがて演劇は終わり、幕が下ろされた。観客席からは、大きな拍手が起こる。

「面白かったね」

「はい、来てよかったです。名も無きドラゴンとの戦いがすごかったです」

 レティシアの言葉に、ミルテが応える。席を立ち始める観客に続いて、三人も出口へと向かった。

「勇者シオン、かっこよかったなあ。魔王城の話も劇でやってるの?」

「はい、やってる時もあるみたいですよ。エルさんが活躍するそうなので、いつか見てみたいです」

「そうなんだ。ミルテは、弓使いエルが好きなの?」

「え? ええと……」

 途切れなく会話を続けながら、夕暮れに染まる大通りを歩く。ミルテと別れて宿に着いたあとも、レティシアは六英雄について、クレアに熱く語っていた。


 森の中の大きな道を、一台の乗り合い馬車が進んでいた。クレアとレティシアの二人は、客車の端の席でぐったりしている。

「遊びすぎましたね」

「…うん」

 レティシアは、眠そうに瞼をこすった。

 演劇を見た次の日からも、仕事の合間を縫って二人は色んな場所を観光した。残念ながら城には行けなかったが、それ以外で行く予定だった場所は、大体回ることができた。

「あと一日あればお城にも入れたのに」

 レティシアは少し残念そうだ。昨日城の前までは行ったのだが、公開日は明日からだと言われてしまった。今日朝一番のこの馬車に乗る予定だったので、二人は泣く泣く諦めたのだった。

「また今度、行けばいいじゃないですか。王都関係の依頼がないか、チェックしておきましょう」

「そうだね」

 床に置いた大きな荷物を、レティシアは足元に引き寄せる。帰りも配達依頼をいくつか受けてきたので、馬車代などの経費を差し引いても、今回の旅の総収入はそれなりの額だ。これで観光もできたのだからまた来たいものだが、都合よく依頼が揃っているかどうかはタイミング次第だ。

「ミルテさんとも知り合えて、よかったですね」

「うん、王都で知り合うのも変な感じだけど」

 二人と同じく、ミルテもだいぶ前からエルシェードの街で活動していたらしい。今まで会わなかったのが不思議なぐらいだ。

「そうそう、ミルテから依頼を紹介されたんだけど、話を聞いてみない? ダンジョン探索なんだけど、ちょっと特殊かも」

 依頼の内容について質問しようとして口を開くと、思わず欠伸が漏れてしまった。はっとして口元を押さえるクレアに、レティシアは小さく吹き出す。クレアは唇をとがらせながら、詳細な説明を要求した。

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