2.相方
「ああー!」
ダンジョンの中に、悲痛な叫び声がこだまする。声の主は、ウェーブのかかった金髪を長く伸ばした、若い女性の冒険者だった。
その冒険者の名前は、クレアという。彼女の視線の先にあるのは、たった今破壊されたばかりの自動人形だった。全体の形は人間と似ているが、凹凸の無いのっぺりとした体をしている。胸にはめ込まれた赤い魔石が、唯一特徴的な部分だ。
大きさは、壊れる前ならちょうどクレアの身長の半分ぐらいだっただろう。今は頭の上半分が割れ、さらに胴体に少しめり込んでいた。
「もう、レティ、もう少しやさしく倒してって、お願いしたでしょう?」
おっとりしている、もしくはぼんやりしていると評されることの多いクレアにしては珍しく、怒ったような口調で抗議した。抗議の相手は、メイスを携えたもう一人の女性冒険者だった。
「無茶言わないでよ」
レティと呼ばれた冒険者は、そう言って膨れた。その冒険者は、平均的な身長であるクレアと比べると背が低く、亜麻色の髪を肩まで伸ばしていた。本名はレティシアだが、長い付き合いのクレアからは愛称で呼ばれている。
(まったく、クレアは魔道具のことになると人が変わるんだから)
壊れた自動人形のパーツを漁りながらまだぶつぶつ言っているクレアを見て、レティシアはため息をついた。
自動人形は、胸の魔石をコアとして動く一種の魔道具だ。魔石は銀貨一枚程度で売れるから、頑張って数を集めればそこそこの収入になる。しかし、その他のパーツを買い取ってくれるところはほとんど無い。漁っているのは単にクレアの趣味だ。
「レティ、次はせめて頭だけでも、避けてもらえません?」
先ほどの攻撃でぐちゃぐちゃになった人形の頭の中を弄りながら、クレアはレティシアに注文を付けた。中は脳に当たると思われる黒い塊に、血管にも見える無数の管状の器官が絡まりあっていた。考えようによっては、グロテスクにも見える。
「それぐらいなら、努力してみる」
レティシアは仕方なくそう答えた。幸いこのタイプの自動人形はさほど強くはない。頭が駄目なら、胴体を狙ってみるか。胸の魔石が傷付くと困るが、ちょっと殴ったぐらいでは壊れないらしいから、大丈夫だろう……多分。
「ねえ、その頭のパーツって、もしかして高く売れたりする?」
「いいえ、そんなことはないですよ。ここに来る前に、確認しましたでしょう?」
「そうなんだけど」
クレアの返事を聞いて、レティシアは残念そうにした。クレアが妙に執着するから、もしかしたらと思ったのだが。
「用途がありませんし、貴重でもありませんから、高くは売れません。でも、ほら」
クレアが管の密集する箇所を指差す。
「この管の繋ぎ方なんて、美しいでしょう?」
指差す先を見てみると、何十本もの細い管が一箇所で合流し、一本の管となっていた。さらにその管が数本合流して、最終的には脳のような器官に挿入されている。同じような合流や挿入は一箇所ではなく、無数に存在していた。
「……うーん」
確かにすごいとは思うが、美しいというクレアの感想はちょっと理解できない。
首を捻っていると、遠くの方で足音が聞こえて、レティシアははっと顔を上げた。
「なにか音がしたかも。ちょっと周りを見てくるね」
「ええ、行ってらっしゃい。気をつけて」
クレアはレティシアに軽く手を振ると、またすぐにパーツ漁りに没頭し始めた。一人にすることに若干の不安を感じながらも、レティシアはその場を離れた。
クレアから離れすぎないようにしながら、レティシアは辺りを散策した。しばらくすると、クレアの居る方向とは逆側から、複数の足音が聞こえてきた。他の冒険者だろうか、とレティシアは緊張する。
通路の先にある曲がり角から現れたのは、二人の冒険者らしき男だった。先に来た戦士風の男が、レティシアの方へと駆け寄りながら、尋ねてくる。
「あんた、一人か?」
「…いや、仲間がいる」
相手の意図を掴みかねて、返事をするかどうか一瞬悩んだ。だが一人だと思われるのがなんとなく怖くて、素直に答える。
「そうか! それなら尚いい」
戦士風の男が頷く。遅れてやってきた魔術師風の男が、後を続けた。
「お嬢さん、自動人形を倒すのを手伝ってくれないか? 一匹妙に強いやつが居るんだ。報酬は山分けしよう」
その提案の間に、ガシャン、ガシャン、という大きな足音が近づいてくる。男の言う自動人形だろう。
レティシアは、どう返答すべきか迷っていた。初対面の冒険者と共闘するというのは、色々な意味で不安がある。連携が上手くいかないぐらいならまだいいが、後ろから刺されることだって無いわけではない。
男たちがやってきた曲がり角から、自動人形が姿を表した。格好は他の自動人形と似ているが、胸の魔石の色が赤ではなく青であることと、男たちと同じぐらいの身長なのが少し違う。右手に持った剣の先を、真っ直ぐこちらに向けて歩いてきていた。
それと同時に、背後からのんびりとした声が聞こえてきた。
「どうかしました、レティ?」
レティシアを追いかけてきたクレアは、男たちと自動人形を見て、小さく首を傾げる。
「あんたがこいつの仲間か? なあ、あの人形を倒すのを手伝ってくれよ」
戦士風の男が、クレアに懇願する。幸い、自動人形の動きは遅かったが、確実にこちらに近づいてきていた。
「ええ、私は、構いませんけれど」
クレアはそう言って、レティシアに目を向ける。
「分かった、手伝おう。ただし、状況によっては先に逃げさせてもらう」
レティシアがそう答えると、戦士風の男がにやりと笑いながら言った。
「よーし、契約成立だ。おい、まずは足止めするぞ! あとはあいつの魔法に任せりゃいい」
魔術師風の男を視線で示す。両手で剣を構えて、自動人形のもとへと向かった。
「奴の剣は速い。気をつけてくれ」
そう言うと、魔術師風の男は長い呪文を詠唱し始めた。
若干の不安を感じながらも、レティシアは戦士風の男の後を追った。
冒険者たちが近づくと、自動人形は剣を左上段に構えた。直後、ブオン、と唸りを上げて、剣が空間を切り裂く。人形に接近しようとしていた戦士風の男は、その攻撃にたたらを踏む。
魔術師風の男が言うとおり、歩行速度からは想像もつかない速さの攻撃だった。剣自体は、茶色く錆びているように見える。だがその威力は凄まじく、剣の軌道上にあった石壁を、苦も無く削りとっていく。
自動人形は、戦士風の男へと一歩踏み込んだ。振り下ろしと同等のスピードで、今度は剣を下から上へと振り回してくる。
「くそっ!」
男は自らの剣でそれを受ける。両手と片手という違いに加えて、上から押さえつけているというアドバンテージがあるにも関わらず、男の方が徐々に押されていた。
追いついたレティシアは、自動機械の胴体を狙ってメイスを振るう。新たな敵の接近を感知した自動人形は、男に剣を押し付けながら、剣の角度だけを器用に変化させて、メイスの攻撃を弾いた。予想外の反撃を受けて、レティシアは体勢を崩す。
「なめんじゃねえ!」
男は剣にさらに力を込めたが、びくともしない。
「人形の剣、たぶん魔道具ですよ。傷つけない方が……」
「なにい?」
後ろの方で聞こえるクレアの助言に、男は疑わしげな声をあげた。体勢を整えたレティシアが、男に告げる。
「クレアは魔道具に詳しい。信用していい」
「ちっ」
男は飛びのくと、自動機械を睨みつけた。命は惜しいが、金も欲しい。
二人が攻撃してこないのを見た自動人形は、魔術師の呪文詠唱に気づいたのか、再び通路を歩き出した。
「おい! 攻撃しなきゃ足止めできねえぞ!」
男はクレアに向かって大声で叫んだ。じりじりと後退しながら、今にも自動人形に飛び掛っていきそうだった。
「剣に当てないようにすれば、大丈夫ですよ」
クレアの言葉を聞いて、男は舌打ちした。こっちだって、剣に当てようと思って攻撃してるわけじゃない。
「俺が囮になって攻撃を誘う。合図をしたら、やつの右足を狙え」
「わかった」
レティシアが頷くと、男は剣を背後に投げ捨てた。驚くレティシアには構わずに、自動人形の動きをじっと観察する。
自動人形が左足を出した瞬間、男は一歩踏み出した。その動きに反応して、自動人形は剣を振り下ろした。男のすぐ目の前を、切っ先が通過する。
「今だ!」
叫びながら、男は後ろに跳んだ。同時に自動人形は右足を一歩踏み込み、剣を跳ね上げた。一瞬遅れて、レティシアは地面を強く蹴る。
低い姿勢で自動人形に肉薄すると、レティシアはメイスを右足向けて振り下ろした。自動人形の剣は、ちょうど真上まで振り抜かれたところだ。地面すれすれのメイスを受けるにはとても間に合わない。
直撃したメイスは右足を破壊し、自動人形の体が大きく傾いた。男が歓喜の声をあげる。
「単純なやつめ!」
自動人形の動きは、先ほどと全く同じだ。行動パターンが限られていることを見抜いた、男の作戦だった。
男は投げ捨てた剣を拾うと、素早く構える。レティシアも、追撃するためにメイスを手元に引き寄せたが、
「レティ! 伏せて!」
クレアの叫び声が聞こえて、レティシアは反射的に体を前に投げ出した。
同時に、剣を振る嫌な音が、頭の真上を通りすぎた。それも一度ではなく、繰り返し、何度も。
レティシアは慌ててメイスを手放すと、地面を転がってその場から離れる。顔を上げると、目の前の光景に唖然とした。
自動人形は、真横に構えた剣を360度振り回し、無傷の左足を起点にしてコマのように回っていた。
「大道芸やってんじゃねーぞ……」
男は引き攣った顔でそう言った。
だが見た目はともかくとして、あれに近づくのはかなり危険だ。回るスピードは先ほどの剣の振り下ろしより速く、受けるのも避けるのも難しそうだった。
「足元が空いてるな。もっかい狙ってみるか」
「剣を下げてきたら、どうする?」
男の独白に、起き上がったレティシアが言葉を返す。
「じゃあ、真上から攻撃しろってか?」
「不可能だ、そんなの」
魔法でも無い限り。そう言おうとして、レティシアはもう一人の冒険者の存在を思い出した。
「二人とも、動かないでくれ」
後ろからの声にレティシアが振り向くと、魔術師風の男が、自動人形に向かって右手を突き出していた。
その横では、クレアが両耳を押さえてしゃがみこんでいる。こちらへ向かって何かを言おうとしたが、魔術師の呪文が完成する方が早かった。
「歌え」
その瞬間、雷がすぐ隣に落ちたかのような轟音が響いて、レティシアは悲鳴をあげた。
真っ暗で、何も見えない。
目がおかしくなったのかと焦ったが、無意識のうちに、目を瞑ってしまっていただけだった。一瞬気を失っていたかもしれない。
恐る恐る目を開けると、魔術師とクレアが、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。何か喋っているようだったが、耳がキーンとなってよく聞こえない。
「おーい、大丈夫か?」
隣にいる戦士風の男の声は、辛うじて聞き取れた。耳も無事のようだ。
そういえば、自動人形はどうなったんだろう。くらくらする頭を押さえながら、視線を前方に戻す。だが、そこに居たはずの自動人形は姿を消していた。
自動人形は、通路の奥の、曲がり角の壁に叩きつけられていた。どのような力が加わったのか、首と手足は千切れてぺしゃんこになっている。剣は手から離れて地面に転がっていた。
「……です」
隣に来たクレアが、何かを言って肩を落とした。前半が聞き取れなかったが、何を言ったかは大体想像がつく。自動人形が壊れて残念とか、そんなところだろう。
レティシアの隣にいた男は、にやりと笑いながら、片手を上げて魔術師を出迎えた。魔術師は薄く笑みを浮かべると、軽くハイタッチする。
「さーて、それじゃあ楽しい解体の時間だ」
戦士風の男はそう言うと、自動人形の残骸への元へと向かって行った。
その日の夜、レティシアと戦士風の男、ザックは、冒険者ギルドの目の前にある酒場にいた。さすがに場所が場所だけあって、客は冒険者がほとんどだ。
隣のテーブルで、ダンジョンから持ち帰ったらしき財宝を山分けする冒険者パーティの姿を、レティシアは見るともなしに見ていた。人前でお宝を広げるのは無用心にも見えるが、冒険者御用達のこの店で、盗みを働くやつもそうそう居ないだろう。
「まさかあれだけ苦労して、ほとんど金にならないってオチじゃないだろうな」
ザックは、エールが入ったジョッキをもてあそびながらレティシアに愚痴る。レティシアは、呆れたような目で男を見た。
「金になるから解体を手伝えと言ったのは、あなた達じゃないか」
強力な自動人形だから、胸の魔石以外にも魔石がたくさん使われているはずだと、ローレンツと名乗った魔術師は言った。それを信じて、全員で(と言っても主にはレティシアとザックが)人形を解体したのだが、どこにも追加の魔石などなかった。
苦労して人形の装甲を全て剥がして、結局持って帰ることにしたのは、普通のものと色が違う胸の魔石と、一応魔道具らしき剣だけだった。クレアが調べたところによると、「剣の値段は、期待しないでくださいね」とのことだった。
魔石と剣は、クレアとローレンツが、ギルドで鑑定と買取を依頼しているところだ。レティシアとザックは、二人が帰ってくるのを飲みながら待っている。
「怪我もせずに帰ってこれたんだから、喜ぶべきだ」
まだ愚痴愚痴言っている男に、レティシアはきっぱり言い切った。実際、途中でクレアが叫んでくれなかったら、自動人形の回転斬りをまともに受ける羽目になっていた。怪我で済んでいたかどうかも怪しい。
「そりゃお前らはいいかもしれんがな。魔法使った分こっちは最悪赤字なんだぜ?」
「…報酬はきっちり半分もらうぞ」
「分かってるよ」
顔をしかめる男に、レティシアは釘を刺した。
魔法を使うには必ず触媒が必要だ。特に攻撃魔法に必要な触媒は値段が高く、よく収支を考えないと、財宝は手に入れたがお金は減ったということになりかねない。ローレンツの魔法の実力はかなりのものに見えたが、その分やりくりは大変だろう。
むしろもっと報酬のいい、難易度の高いダンジョンでも行けそうだけど、とレティシアは思った。ローレンツもそうだし、このザックという男にしても、自分より遥かに場慣れしているように見えた。
「お前の相方も魔術師なのか? ローレンツと話が合うみたいだな」
ザックの質問に、レティシアは僅かに首を傾げる。
「いや、魔道具使いだ。魔法は使えない……と思う」
魔道具を適切に扱うこと、特に戦闘に使用するにはかなりの知識と経験が必要なので、魔道具使いは一つの立派な職業になっている。使用者の魔力も必要とされることが多く、その希少性は魔術師にひけを取らない。
(そう言えば、クレアが魔法を使えるかどうか、はっきりと聞いたこと無いかも)
魔道具使いと魔術師はどちらも専門性が高いため、両立している者は珍しい。ただし必要な適正自体は似ているから、魔道具使いだがごく簡単な魔法だけは使える、というのはよくあるパターンだった。
「ふーん。あんまり仲良さそうじゃあないな」
「そんなことはない」
レティシアはむっとした表情で返す。
「そうか? 街に帰る途中だって、お前らほとんど話してなかったじゃねーか。それとも喧嘩でもしてんのか?」
にやにやしながらこちらを見てくるザックから、レティシアは目を背ける。クレアと話していると素が出るから、あまり話さなかっただけだ。まあ、自動人形の話で盛り上がるクレアとローレンツの話に入れなかったから、というのもあった。
先ほど財宝の山分けをしていたテーブルに目をやると、酒と料理を並べて馬鹿騒ぎをしていた。よほど儲かったのか、高そうな瓶入りのワインを何本も空けている。
「ほれ。驕りだ」
どんな味がするんだろう、と思いながらワインを見ていると、小さく千切られた干し肉入りの皿を、ザックが差し出してきた。礼を言って口に入れると、お酒に合うよう甘辛く味付けしてあって、なかなか美味しい。もっとも、手元にある安っぽいエールではなく、ワインの方が合いそうだが……。
レティシアがそんな事を考えていると、ザックが少し真剣な表情になって、話しかけてきた。
「合わないなら、別のやつを探すのも手だぜ」
「お酒を?」
「ちげーよ相方だよ」
何言ってるんだお前は、という顔で見られてしまった。レティシアは頬に少し血が上るのを感じた。
「お前酒好きなのか?」
興味を引かれたように、ザックが聞いてくる。
「量は飲まないが、美味しいものなら」
「ほー。そうだ、前に貴族様の依頼を受けた時に、飯を食わしてもらってよ。俺は酒の味なんて分からんが、ローレンツのやつがワインを旨そうに飲んでてな」
「依頼は受けないんじゃなかったのか」
レティシアがザックの話に水を差す。自動人形を解体しながら雑談しているときに、ザックがそんなことを言っていた。依頼ばかり受けて生活してるやつはただの何でも屋だ、俺たちは冒険するために冒険者になったんだ、と。
「全く受けないわけじゃねえよ。分かるだろ」
渋い顔で言うザックに、レティシアは頷いた。ダンジョン等の探索を主な活動にしている冒険者はそれなりに居るが、全く依頼を受けないというのは稀だ。ダンジョンだけでは収入が不安定すぎる。運が悪ければマイナスだ。
「ま、最近はほとんど受けずに済んでる。俺の探してきたダンジョンがまあまあ当たってるからな」
「へえ」
自慢げに言うザックに、レティシアは少し驚く。
「なんだよ。俺じゃなくて、ローレンツが探してるとでも思ってたのか?」
「……そういうわけじゃない」
まさに思っていたことを当てられて、レティシアは口ごもった。ザックとローレンツの性格から、勝手にそう思い込んでいただけだ。だがザックも今までに同じ事を言われたことがあるらしく、肩をすくめて続けた。
「あいつはそういうこと全然やらねーんだよ。宿に戻っても魔法の訓練か、魔道具を弄ってるかどっちかだ」
まるでクレアみたい、とレティシアは思った。もっとも、冒険の準備は二人で協力してやっているので、魔道具を弄ってばかりというわけではない。
「そうじゃなきゃ女絡みだな……おっと、相方の話だったな」
ザックは干し肉を齧りながら、残りのエールを口に流し込んだ。店員に飲み物の追加を頼む。
「お前らがどれぐらい一緒に居るのか知らんがな。性格が合わないなら別の相方を探すのも手だぜ?」
余計なお世話だと思ったが、自分とクレアの性格が違うというのはその通りかもしれない。が、だからと言って、性格が合わないと思ったこともない。クレアが本当にどう思っているのかは、分からないが。
しかしよっぽど仲悪く見えるのだろうかと、レティシアはちょっと不安になった。まあ、単に酒の肴にされているだけかもしれない。
「あとは人を増やすというのもあるな。二人より三人の方がいいって聞いたことがあるぞ」
「本当に?」
「ああ。だが男はやめとけよ。三人以上で男女混ざったパーティなんて、絶対上手くいかんからな」
妙に実感の篭った口調でザックは言った。詳しく聞くべきかどうか迷っていると、酒場の入り口からクレアとローレンツが入ってくるのが目に入った。二人とも、疲れた表情をしている。
「帰ってきたみたいだ」
レティシアがそう告げると、ザックは二人に一瞬視線を向けた後、レティシアの方へと向き直った。
「ありゃー絶対金にならなかったパターンだぜ」
「…私もそう思う」
「魔石がせいぜい普通のやつの倍、剣はゴミみたいな値段。こんなとこだな。あーもう絶対赤字じゃねえか」
「勝手に決め付けないでくれないか?」
途中から会話に割り込んできたのは、ローレンツだった。クレアに椅子を勧めたあと、自分もテーブルに着く。
「じゃあいくらだったんだよ?」
ザックがそう聞くと、ローレンツはしばし沈黙した後、言った。
「一人エール二杯ぐらいなら飲んでもいい」
「なるほど、ちょうど触媒代ぐらいだな。そのうち俺らの取り分は半分だが。……おーい、エール八つ頼む!」
やけくそ気味に注文するザックに、レティシアは少し慌てた。手元のエールはまだほとんど減っていなかったし、そんなことよりも。
「クレア、あんまり飲まないでよ」
「わかってます」
小声で注意するレティシアに、澄ました顔でクレアが答える。そんな風には見えないのだが、クレアは極めて酒癖が悪い。強い方ではあるので、エールの一杯や二杯で酔わないとは思うが……。
エールを飲みながら、ローレンツはずっとギルドの愚痴を言っていた。やはり魔石も剣も買い叩かれたらしい。ザックもそれに応じて、ギルドがどれ程ケチかという話を延々と語っていた。クレアはくすくすと笑いながら、ときどき茶々をいれている。
ふと、レティシアはクレアの横顔を眺めた。彼女は普段、あまり喋らない。だが機会があれば積極的に話に加わっているから、会話自体は好きなようだ。いつも前に出て喋っているのに、どうにも苦手なままの自分とは対照的だった。やっぱり自分と彼女では、性格が全く違うんだろうか。
「なんです? そんなに飲んでは、いませんけど?」
「あ、いや……」
視線に気づいたクレアが口を尖らせる。レティシアは慌てて顔を伏せた。
変な事を考えるのはよそう。そう思って、残りのエールを飲み干した。
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