第3巻発売記念 WEB版限定特典「私の出番はいつなの2」編
「やったああああ!」
平穏違いない店内のカウンター席で、悲鳴にも似た叫びが上がった。
喫茶店のマスターとしては、どうしたんですか? と声でもかけるべきだろう。しかしそれは相手がまともなお客さんだった時の話である。
「ねえユウちゃん見た!? 読んだ!?」
「がつがつきますね、リアさん」
「だって落ち着いてられないもん! 私! 3巻に出てるのよ!」
リアさんはカウンターをばしばしと叩きながら、少女のように満面の笑みを浮かべている。むっふー! と鼻息まで荒い。
「それは、まあ、よかったですね」
「うん!」
「それで、何ページくらい出たんですか?」
訊くと、リアさんはぴたりと動きを止め、そっと顔を逸らした。ヘタクソな口笛なんて吹きながら、誤魔化すように髪をかき上げた。
「……いい? ユウちゃん。出たことが大事なの。何ページとか、何行とか、そういう細かいところにこだわっちゃだめなの」
「それで、何行出たんですか?」
「…………にぎょう」
……。
僕はそっとグラスを棚に戻す作業に取り掛かり、聞かなかったことにした。
「でもでもでも! セリフだよ! セリフあったんだよ! すごいでしょ!?」
「それはすごいですね」
「しかも最後の方の一番大事なとこで!」
「やっぱり重要ですからね」
「それはもう美人で優しくて可愛いお姉さんって感じの描写が!」
「あったんですか?」
「……なかったけども」
ないのかよ。
「でも登場しただけでもすごいよ!? これを足掛かりにして、次は短編まるまるひとつを……」
リアさんは体を乗り出し、きらきらした瞳で僕を見ている。
リアさんが短編になるのかどうかは分からないが、希望を抱くことは大事だろう。僕もそれを否定することはしない。
と、ドアベルが鳴る。胸元を開き、体のスタイルがよく分かるシックなワンピースを着た女性が入ってくる。
「セリィさん、お久しぶりですね」
「……そうね。なんだか数年ぶりにあった気分だわ」
眉を歪める彼女は学園の教師で、リアさんの親友でもある。
リアさんは口に指をあてて、にんまりとした目でセリィさんを見た。
「あっ、未だ未登場のセリィじゃない。急に出てきて大丈夫? みんなもう忘れてるんじゃない? 自己紹介する?」
「……っ」
ギリィ、と、セリィさんが歯を噛みしめる音が聞こえた。
「……いいえ、大丈夫よ。リアより人気、あるから」
「それは聞き捨てならないんですけどー! どこ調べ!? アンケートでもとったの!?」
「聞かなくても分かるわよ。女としての魅力の問題だから」
と、セリィさんはちらりと僕に流し目を送った。なにをどうすれば出来るのか分からないが、その目にはぞくっとするほどの色気があって、僕は目を逸らした。
「あっ、ちょっと! そういうの禁止だからね! うちのユウちゃんにそういう有害な目を向けないでくれる!?」
「あら。色気のない女は嫉妬するしかないから大変ね」
「はあ!? それくらい!? 私にもできますしぃ!?」
と立ち上がり、リアさんは真っすぐに僕を見つめた。
「……ど、どう?」
「……どうと言われても」
ただのリアさんである。少し幼げな顔が可愛らしい。
横ではセリィさんがお腹を抱えて笑っている。
「ほんと飽きない子なんだから……って違うわよ、こんなコメディをやりに来たんじゃないの」
セリィさんが咳払いをして空気を正し、腕を組んで僕を睨んだ。
「私の出番はいつなの?」
「……出たいんですか?」
「当たり前でしょ。欲しいわよ、挿絵。私の魅力を世間に知らしめるのにちょうどいいわ」
「あ、私も挿絵欲しい! もっとセリフも欲しい!」
「あんたはもう充分でしょ。2行でいいじゃない。ぷっ」
「なに笑ってるの!? 1文字も出てない人に笑われたくないんですけどー!?」
「私はこれから出るのよ。今まで温存されてたってわけ」
「へーんだっ! 負け惜しみにしか聞こえませんー」
「……言うようになったじゃない。どっちがより魅力的か分からせてあげるわ」
二人はいつものように言い合いを始めて、僕は完全に蚊帳の外だ。喧嘩するほど仲が良いってやつなのだろうが、できれば店の外でやってほしい。
僕は気にしないようにしてグラスを片づけていく。
「ねえユウちゃんはどっちが出た方が良いと思う!?」
「正直に言って良いのよ。リアなんかに遠慮しないで」
「どのみち僕は出ずっぱりなんで、どっちでも……あ」
思わず言ってしまった。そっと振り返ると、二人の美女が笑顔で僕を見つめている。なのになぜだろう。寒気が止まらない。
「ユウちゃん、ちょっとお姉さんたちとお話しよっか?」
おわり
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