021:意外な事実

 こうなるはずではなかった。自分ではそう思っても事態は残酷に事実を突き付けた。


 目の前に立つ小泉先輩は唖然とし、目の前で跪いて自分の才能の無さに絶望する僕を見下ろしていた。


「けどまさか、本当になにもできないんだな……」


 苦笑いを浮かべても事態は進展しない。


 つまりこういうことだった。その日の放課後に魔術の体験をさせてみようと、小泉先輩は僕を図書室に呼び付けた。


 放課後、図書室には再び『整理中のため関係者以外立ち入り禁止』の札をかけてあった。


 ただ昼休み時と違う点は、僕以外の誰かが図書室に入ってきても小泉先輩が今どこにいるのかを知らせるために、中心にある図書委員専用の丸テーブルに1枚の置手紙を残した。その紙には大きくSBと書かれている。


 SBとはSILVER BLITZの略である。「現在使用中」という意味だ。


 それを見れば小泉先輩と僕が今どこにいるのか、委員なら誰でもわかる。なんと本のなかにいるのだ。


 まさかこんなことまでできるとは思わなかった。小泉先輩が取り出したのは書庫にありそうな古い本で、背表紙もボロボロだった。


 なにをするのかと見ていると、適当にめくったページを開き、左手に装着した赤いリストバンドを近づけた。


 ――驚いた。それだけで赤いリストバンドはシルバーブリッツで使用される腕輪に変化した。


 そして気付いたらにいた。一面真っ白な世界。


 そう言えば小泉先輩が適当に開いたページも空白だった気がする。いや、中身がすべて空白だった。


 訳がわからず唖然としていると、小泉先輩が現れて、笑っていた。


「ここは本のなかだ。魔術の練習、訓練はここでするんだ。みんな、な。どんな高威力な魔術を放ったとしても、ここではなにも壊れないからな。やりたい放題できる。便利だろ?」


 便利にも程があるだろ……。


 呆れていると、左手に些細な重量を感じた。それを見ると、胃が痛くなった。


「またこれを付けることになるなんて……」


 魔術を発動するために必要な道具、腕輪だ。カードを4つに破ると珠になるので、それをつけて初めて魔術が発動できる。


 だが僕が綾乃からもらったカード、『アーツ』を珠にして腕輪に埋めても、魔術が発動することはなかった。


 もらったヒントは『シルバーブリッツではあまり使わないマイナーな魔術』だけだったので、意味を理解するのに難があった。


 理解できたわけはないのだが、どうやら一昨日の戦いで僕が追い詰められた時、意識熔暗CFOを発動したらしい。


 そして同時に『アーツ』の魔術を使用して、追い詰めた相手を殲滅したらしい。 


 そんな僕が基本的な魔術を使ったらどうなるのか。という疑問と、基礎を教えたかった小泉先輩の要望で、僕たちは本のなかに入った。


 結果はすぐにわかった。

 

「な、なんで……なにも使えないんだ」


 そう。なにも使えなかった。計10個ある属性のなかから、基本の術を発動できるカードを珠にして、腕輪を目の前に翳す。小泉先輩は「基本は念じれば出る」と気楽に言っていた。


 だが出ない。――なにも出ない。本当に自分に嫌気がさした。


 いや、出ることは出た。炎属性の基本の『ファイア』を使う。だが指先からパチパチと小さな火花しか出ない。


 水属性の基本の『アクア』を使う。だがまるで如雨露じょうろから注がれた水のように、チョロチョロと指先から可愛い放水が出た。ただそれだけだった。


 他の属性に至ってはもっと酷かった。雷属性の『サンダー』は、静電気が発生して僕の髪すべてが立ちあがり、地属性の『ストーン』は制服の袖という袖から無数の小石と砂がドバーッと流れ出た。


 そして僕が使いこなしていたという闘属性の『アーツ』だったのだが――無反応に終わった。


 これは酷い。小泉先輩が「今まで見て教えてきたなかでも一番酷かった」と嘆く。


「あー……なんだ。……緋之、そんなに落胆すんなって。たまにはこういうこともあるさ」


 ハッハッハと笑う小泉先輩の気遣いを余所に、僕は自分の無力さに嘆く。


「小泉先輩。やっぱり僕には無理なようです。シルバーブリッツから外してもらえませんか?」


 小泉先輩が見てきたなかでも、不器用なひとでもここまで酷くはなかった。歴代最悪のシルバーブリッツとして君臨していた。


 ひとつだけなんとかまともに使える術を見つけてひたすら練習を繰り返す。まともに使えると言っても魔術として成り立っているという意味で、火花を出したり静電気を発生させた程度では戦いでなにも役に立たない。


 このままでは全員の足を引っ張りかねない。いや確実に引っ張ると判断した僕は、一刻も早い辞退を申し出たのだが、小泉先輩は苦い顔をして首を横に振った。


「悪い。それは俺にはできないんだよなぁ」

「な、なんでですか?」


 このままでは怒りに狂った綾乃に蹴り殺されかねない。敵よりも味方を恐れてしまう。


 大兄ぃも綾乃は強いと聞いている。それこそ今の僕よりも強いだろう。


 足を引っ張りまくってミスを連発すれば、まず敵より味方からターゲットにされてしまう。


 それを恐れたのだが、却下されてしまった。その理由も、もっともだったのだが。


「うちの高校の校長、または大河先生が決定権を持っているからさ。勧誘は俺たちもできて、自由に編入することは可能だけど、一度入った生徒を辞めさせるには校長は大河先生の承認を得なければならない。だから、さ」


 申し訳ないように苦笑いを浮かべる小泉先輩の言葉に、疑問を覚えた。


「でも、なんでそれが僕なんですか? この高校――いや僕の同級生ならまだ候補がいるはずです。そんななかで、僕でなくてもいいはずなんだ。それなのになnの理由があって僕になったんですか?」


 才能の欠片も見られなかった僕を使うよりも、他にもっとマシな才能を持つ1年生がいるかもしれないのに、なぜ僕にこだわるのだろう。


「校長が言ったんだ。お前の適合値は過去最大だから欲しいってな。大河先生は最後まで反対してたけどな。けど、最後は権力に勝てなかった。校長命令では逆らえない」


「大兄ぃが……くそっ」


「それとあいつも頼んでたな。緋之だけはここに加えてほしくない。って」


「え?」


 それは誰なのかは知らない。だが急に希望がわいた。そんな天使はどこにいるのか。是非ともその天使の名前を聞いて感謝したいと心から思った。


「それは誰なんですか?」


「んあ? 月波だけど」


 再び絶望の谷へ落とされる。しかもその他には奈落の底に繋がっている。テンションが急激に下がる。


 綾乃の名がトラウマへとなっていた。聞いただけで落胆するまでになると、相当なものだ。


「絶対に足手まといになるからだ……やっぱり足手まといになったら殺されるんだ」


 僕はその場に蹲り、頭を抱えていた。いつから自分はこんなヘタレキャラになったのだろう。


 いや仕方が無いよな。「クズ」と呼ばれて戦場へ放りこまれたのだから。僕にとって、これは相当な問題になっていた。


 だが小泉先輩はそんな僕を見て不思議そうな顔をしていた。


「違うぞ緋之。月波はそんな緋之を邪見にしていなかった。むしろ――絶対に戦いに参加させたくない。危ない目にはあってほしくはない。そんな顔で俺に相談してきたな。初めてみたよ。月波のあんな顔」


「え?」


 意外な言葉だった。あの綾乃が僕を戦いから遠ざけたいがために、とでも言うのか。


 僕を危険な目にあわせた張本人が。


「冗談、でしょう?」


「いや本当だって。昨日お前も見たろ? そんなことじゃない。って言った時の月波の顔」


 昨日のことというのは、この図書委員会の全員がグルで僕を殺そうとしている。と勘違いした時のことだ。


 その時、僕の考えを真っ先に全力で否定したのが綾乃だった。見たことが無い顔だった。悲しそうで、寂しそうで、虚しそうで。初めて女の子らしい顔を見た。


「緋之がシルバーブリッツに入ることが決まった時からかな。月波の段階スペックが急上昇したんだ。もう主戦力に近いくらいにな。あいつにとってはとっても重要なことだったらしいな」


 やはり信じられない。綾乃にとって僕が大切な存在であるなんて、絶対に。


 この3日間に「」と呼ばれて「」がお決まりになってる綾乃が、僕をそこまで想っているなどとは。


「詳しい事は本人に聞いてみるといい」


「彼女にそんなこと聞けると思ってるんですか?」


「ごめん。俺でもできない」


 綾乃の修羅に似た顔と、射殺すような視線に睨まれれば小泉先輩でも動けなくなってしまうらしい。気持ちは痛いほどわかる。


 そんな綾乃に「どうして緋之聖を大切に想っているの?」と聞く事こそ死を意味する。


 僕を「クズ」と呼ぶ以上、僕のことを話題に出すだけで地雷を踏むようなものだ。それなのにまるで恋話をふっかけるかのようなことはするべきではない。地雷だけでは済まない。確実に。


「悪いけど、こういうことだから。緋之はシルバーブリッツに参加してもらうことになっちまった。でも安心しろよ。お前は俺達が全力で守ってやるからな」


 勝手に話を進められた挙句に強制的に戦闘員にされてしまった。


 こうして魔術もろくに使えない聖は、シルバーブリッツへの道を歩み始めたのだ。


 だがこれによって運命が大きく揺さぶられてしまった。その結果はまだ誰にも知る由も無い。


 吉と出るか凶と出るか。まだ、まだ、まだ――



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