019:人の命を奪うこと

 そのあと僕は2限目まで休んで、3限目に教室に戻った。そしてクラスの雰囲気がおかしいことに気付く。


 綾乃がいつもよりもご立腹で、すでに隼人がその犠牲者となったらしい。完全にお通夜ムードで、なにも知らない僕が教室に入った途端に綾乃の殺気が激しく増す。


 クラス全体が全力で思った。「緋之よお前いったいなにをした?」「そう言えば月波さん2限目までいなかったけど、もしかして何かあったとか?」「そして怒らせたのか。余計なことを!」などなど。


 クラスがひとつとなり、綾乃への謝罪を空気が要求した。


 だが僕は綾乃の睨みを利かされて、ろくに動けなかったという悲惨なことになっていた。


 悲劇のサンドイッチに、僕のメンタルは確実に削られていく。このままじゃ胃に穴ができそうだ。胃薬が欲しかった。





SILVER BLITZ






 4限目が終わり、昼食の時間になった時だ。


 僕はいつもどおりの朝に作った弁当を開いた。


 隼人が高確率でおかずを奪いに来るのだが、今日はそれがなかった。理由は3限目にあった。


 雪歩姉ぇの問題発言による謎の憤りで、今にも爆発しそうな綾乃に隼人が馬鹿な行動をとったところ、瞬時に教室の後方にあるロッカーに叩きつけられ、追い打ちに用いられた彫刻刀で衣服を壁に張り付けられた。


 隼人は衝撃で完全に意識を失っている。教員まで「南無阿弥陀仏。成仏しろよ」と合掌して一礼した。


 昼休みになっても意識が戻らないのならそのままにして置いた方がいいだろう。と判断した僕は弁当を広げた。


 水筒から茶を注ぎ、一口含んで食事をする準備を整えた。塩昆布を炊いた米の中心に置いておいたので湯気で水気を取り戻し、塩気を米に撒き散らしている。この味は好きだった。


 そんな米を箸で取り出し、口に放る。何回か咀嚼して飲み込んだ。そしておかずに箸を進めようと手を伸ばして――


『図書委員会から呼び出し連絡。あー、図書委員会から緊急で呼び出し連絡。以下の生徒は図書室に来るべし。1年1組、緋之聖。5分以内だ。以上』


 まるでやる気のない放送に、僕は絶句した。


 校内放送のスピーカーは教室の黒板の上にある。なのでどこにいても放送が聞こえるようになっていた。


 当然昼食を楽しんでいる僕の耳にも届いているわけで、たった今口に放り込もうとしたミートボールが箸からポロリと転げ落ちた。


 そのミートボールを見事に指で掴み、口に放り込んだのは、いつの間にか復活した隼人だった。制服には彫刻刀による穴がいくつもあった。


「いったいなにやったんだよ緋之。今の小泉さんだろ? あの人から呼び出し喰らうなんてよっぽどのことなんだぜ」


「え?」


「ま、死んでこいよ。骨は拾ってやるからさ!」


 そう言って親指を立ててサムズアップを送ってくる隼人を殴りたくなった。


 後ろに張り付けにした綾乃の気持ちがわからなくもない。と、綾乃に共感を持った僕が張本人――綾乃を見ると、やはり綾乃は横目で睨んできた。


 やはりここは5分以内で図書室に行くしかない。触らぬ神に祟りなし、ともいうし。昼食を諦めて弁当箱に蓋をした。



 そんな僕はあまり乗り気ではない両足を引き摺るように向かった先はやはり図書室だった。


 5分以内というので最短距離で行けるルートを検索してゆっくりと向かう。最短距離なだけにゆっくりとしたペースでも1分の余裕を持って到着することができた。


 図書室の扉には札が提げられていた。『整理中につき関係者以外立ち入り禁止』というもので、つまり聖は指定された図書委員なので通っても問題ない。


 話はどういうものなのかは、大体予想できている。あのシルバーブリッツという魔術戦争のことについてだろう。


 殺人についてなどは一切興味は無い。武道を嗜む側としては殺人に協力したくはないからだ。


「失礼します」


 図書室の扉を3回ノックして入る。返事は待たなかった。


 相手も返事をするつもりはなかったらしい。特に整理もされていない図書室の中心に設けられている丸テーブルには、現在の図書委員長である小泉先輩が座っていた。


「災難だったな。大河先生と組手か。――俺は魔術を使わないと勝てないけど。なるべくやり合いたくない相手だな」


 小泉先輩は苦笑いを浮かべて言った。


 そんな小泉先輩を前に、扉を閉めて丸テーブルまで歩く。


「小泉先輩は大兄ぃ――大胡先生と組手をして……いや、魔術で戦ったことがあるんですか?」


「いや、無いよ。それよりも座ってくれ」


 小泉先輩は自分と対する位置にに座るように指示した。大胡教師のこともある。小泉先輩も警戒対象だった。


 なにより図書委員会で一番警戒すべき人物こそが小泉勝なのだから。常に一般平均を軽く超越した思考と戦略で委員長になり、シルバーブリッツで戦ったのだと、昨日大兄ぃから聞いた。

 

「今日、月波に会ったんだって?」


「はい。2限目に見舞いに来てくれました」


「そこで色々聞いたんだろ? シルバーブリッツのこと。いや、昨日の夜に大河先生に話を聞いているんだっけ。基本は聞いているんだよな」


「一応は」


「シルバーブリッツはなにをしているのかも?」


 直球な質問。2限目に綾乃から聞いた話。それこそ聖が信じたくない無いようだった。少し黙った末にゆっくりと首を縦に振る。


「殺人を犯している。と聞き及びました」


 直球な質問には直球な答えで返す。


 すると思いがけないことが起きた。小泉先輩はそれを聞くとやるせない顔で顔を顰めた。


 昔のことを思い出して後悔しているかのようだった。小泉先輩だったらもっと違う反応をして否定をするかと思ったが、意外な一面だった。


「必ずしも、殺してるって訳じゃないんだ」


 数秒後、絞りだしたような声から出た答え。


「シルバーブリッツでの勝利条件はいくつかある。相手を戦闘不能にすることが絶対条件なんだけど、そこから枝分かれにいくつものも条件が出る」


「例えば?」


「一番基本的なのは相手の腕輪を壊すことだ。腕輪を奪えば魔術は使えない。――けど月波は相手を倒してしまっているようだけどね。これは本当にどうしようもない時とか、それはもう倒してしまうしか他の方法はない」


 やはり認めた。苦々しい表情を浮かべても無駄だ。所詮こういう集団なのだろう。人の命を奪う事に何の躊躇いが無い。愉しんでいるような最低な輩が集まっている。狂っているのだ。


「やっぱり殺人なんですね。――それで、殺された人はどうなるんですか? 死んだら必ず親や関係者が悲しむ。それすら知らされないなら警察に捜索願を出される。でも最近、いや今までそんな頻繁に高校生が死亡するニュースなんて無かった。つまり隠蔽されているってことですよね。なんで一般人に伝わらないんですか?」


 大胡兄ぃから説明を受け、その時から気になっていたことだ。


 いやそれ以前に殺人に加担するわけにはいかない。祖母から毎日教えられていた。なにがあっても人を殺してはいけないと。その命を奪ってしまうと自分も相手も不幸になってしまう。だから命を取らず、守ってほしい。それだけは誓ってほしいと。


 僕もその通りだと思った。なので命を奪いあうこの連中を許すわけにはいかない。


 そんなを僕の眼差しを前に、小泉先輩は苦しそうに言った。


「緋之はあまり知らないようだから言っておく。シルバーブリッツで戦って命を落としても、この世界では死んだことにはならないんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る