018:謎の強敵

 考えてみれば当然だった。予想できる答えがそこにあった。


 シルバーブリッツの世界で倒せないのならば現実世界で戦力で制圧してしまえばいい。とても合理的で簡単なことだった。


 だからその対策として現実世界で魔術が使えるようにした。だが現実世界では制限がかけられて、あまり魔術は意味を成さない。


 暗黙のルールのようなものだった。これも当たり前だろう。今まで科学で証明できた事実だけを真実と捉えて生活を営んできた一般人に、魔術という非科学的で証明もくそったれもないことを押しつけられても混乱するだけだ。つまり必要のないものだ。


 だがなぜそんな危険極まりないものを高校生に持たせるのだろうか。


 魔術が飛び交う戦争を勃発させて殺し合いをさせているのが真実。こんな世界でいいのだろうか。命を失うリスクを背負って戦ったことがない僕にとって、トラウマに近い光景となってしまった。

 

「月波さんは、さ」


「なによ」


 俯いたまま僕は問う。


「あのシルバーブリッツで、命をかけて戦って――怖いって思った事はあるのかい?」


 あまりこういうことは聞くべきではないことはわかっていた。だが聞かずにはいられなかった。なにより綾乃は僕をシルバーブリッツの世界に放り込んだ張本人だ。ならば最後まで責任を持って質問に答えてもらうべきだと考えた。


 綾乃は僕の顔を見ながらその質問について数秒考え、溜息をくくように答えた。


「無いわね」


 多分そうくるだろうと思っていたが、本当に答えてきた。それも迷いが無い表情かおで。


 僕はそんな綾乃に少しの恐怖を覚えた。


「なんで?」


 問う。今度はノータイムで綾乃は答えた。


「恐怖とか、感じる暇がなかったから。相手が向かってきて、炎やら水やら氷やら岩やらが飛んできたわ。けどそんなもの私に届くはずが無い。相手の攻撃が終わった直後に相手を消していたから」

「ちょ、ちょっと待って。それって……」


 綾乃への恐怖が増す。まさかとは思っていた。なるべくそうでは無いと思いたかった。そんな非人道的な行いを、彼女がするわけがない。と。


 だが事実は僕を残酷にも突き放した。


「倒したわ。そこになにも躊躇はないわね」


 信じたく、なかった。やはりシルバーブリッツとは殺し合いの世界なのか。


「詳しいことは大河先生に聞くのね。小泉でもいいけど」


 落胆する僕に冷たく言う。冷たい態度はシルバーブリッツの世界を生き抜いたからこその経験からくるものだろうか。


 これ以上なにも言う必要はない。言っても心が受け付けない。


 そう判断した綾乃は保健室を立ち去ろうと椅子から立ち上がった時だった。


「聖くん、大丈夫?」


 保健室にひとりの少女が入ってきた。僕にとっては今朝に会うはずだった先輩だ。いや、姉と言っても過言ではない。


「雪歩姉ぇ?」


 俯いていた僕はハッと顔を上げた。そこにはやはり雪歩姉ぇがいた。無敵武道部の部長で、小学生の頃から可愛がってもらった姉のような存在が。


 雪歩姉ぇは意識が戻って起き上がっていた僕を見て安心し、その脇で今立ち去ろうとしていた綾乃を見て、再び僕の顔を確認して不安そうな顔をして駆け寄った。


「大丈夫? まだ顔色が悪いよ? 大胡くんにも困ったものだね。まさかこんなに聖くんをボコボコにするなんてあたしも思っていなかったから。後で私が大胡くんに本当の理由を聞いてくるから。もしくだらない理由だったら聖くんの代わりに、ガチでボッコボコにしてあげるから安心して。だから今は休んで――」

 

 まるでマシンガンのような呂律の早さに驚きながら、僕はいつもの苦笑に戻って雪歩姉ぇの危機迫った表情に圧されていた。ここまで心配するほどだったのだろうか。


「い、いや………雪歩姉ぇ、僕は大丈夫だから。大胡兄ぃを責めないであげてよ」


「え。でも大胡くんが勝手に私たちの朝練遅めて聖くんをボッコボコにしてたんだよぅ? 聖くんが良くても私は納得できない。それに部員全員が今朝の事を疑問に思ってるからね」


 雪歩姉ぇは無敵武道部を束ねる部長だ。ならば部長として今朝のことの詳細を明らかにして部員に伝える義務がある。部長とはそういう役職だ。それは僕も理解していた。


 その一方で僕はなぜ今朝に大兄ぃが組手を申し込んだのか、理由を知っている。だがそれを雪歩姉ぇに明かしていいのか疑問だった。


 一応確認しておこうと思い、隣に立っている綾乃を見上げた。


 そして一瞬で悟った。この件、つまりシルバーブリッツを他言してはいけない。雪歩姉ぇが近くにいるから口には出せないものの、それを目で語る綾乃は睨みを利かせて見下ろした。


 とんでもなく恐ろしかった。『このことを他の人に少しで他言したらぶっ殺す』と言っているような目。僕は一瞬動けなくなった。


「ほ、本当に大丈夫だから。大胡兄ぃもお婆ちゃんから戦術を教わったひとりなんだし。久しぶりに僕の実力を知りたかっただけなんだ。でも勝てなかったけどね」


「当たり前でしょ。大胡くんには私でさえも勝てないんだから」


 大胡兄ぃは雪歩姉ぇとも何度か組手をしたことがあるのだが、すべてを大兄ぃの僅差の勝利で終わらせている。


 そんな大兄ぃに立ち向かっても、雪歩姉ぇに勝てない僕は当然勝てないのはわかる。が、それを覆すようなことが起きた。僕が危惧していたこと。意識熔暗CFOが起きた。


 意識熔暗CFOは主に発動者の意識が朦朧とし始めてから始まる。それと同時に激しい戦意を抱えていないといけないのだが、その影響で破壊衝動に意識が浸食されてしまう。浸食に負ければ理性が弾け飛び痛覚が消え失せて破壊を繰り返す。


 大兄ぃは僕の新の力を計りたくて意識熔暗CFOを発動させたのだが、その圧倒的な力に全力を以てしても危うかった。それほどの潜在能力を秘めていた。

 

「とにかく。僕は大丈夫だから。雪歩姉ぇは心配しないで?」


「そうなの? 本当に大丈夫なの?」


「うん。平気だよ――って雪歩姉ぇ。授業は?」


 今になって気付いたことだが、この時間は授業中だ。綾乃は自主休校を宣言してここにいるのだが、雪歩姉ぇの場合は抜け出してきたに違いない。


 気配を消す技術を学んでいた記憶があった。それによって教師の目を盗んで教室を抜け出したのだろう。


「うん。抜け出してきた。そろそろ戻らないとバレちゃうから戻るけど――」


 教室に戻る姿勢を見せたところまでは良かったのだが、そこで今まで僕の隣に立っていた綾乃を見て、ほほう。となにやら怪しい表情をすると、


「――その子、1年生だよね? なに、彼女?」

「ぶっ――!」

「なっ――!」

 

 爆弾発言投下。僕は驚いてたじろぎ、綾乃がとても嫌そうな顔をして見下ろしてきた。――のだが、綾乃の顔は少し赤かったような普通だったような……

 

「ち、違うわ! 誰がこんな人間のクズみたいなゴミと、一生を共にしないといけない運命みたいなこと言ってるのよ! 断じて違うわ! 絶対に!」


 罵倒、怒号、侮蔑。そこまで言わなくてもいいじゃないかと少し泣きそうになる。歳が近い少女にここまで貶されては泣きたくなる。


 だが綾乃の目の前にいる雪歩姉ぇはなぜか楽しそうな顔をしている。綾乃の態度が可愛い。とかそう思ってはいないだろう。年下をいじって楽しむ趣味はなかったはずだ。


 ならなぜ笑っているのだろう。そう思っていると雪歩姉ぇは「うふふ」と口にして笑いながら聖の隣側に――綾乃が右側に立っているので雪歩は左側に移動して――立った。


「そう、それは良かった」


 その一瞬で雪歩姉ぇの笑みは不敵と余裕に変わった。そこまで予想していなかったのだろう。僕だけでなく綾乃も異変に反応した。


「な、なによ……」


 呑まれまいと空元気に近い威勢を張る。


 だがそんなものの強度と耐久性は雪歩姉ぇにとってはティッシュペーパー程度の強度だった。簡単に破いて燃やすほどの威力を誇る爆弾を投下した。


「だって聖くんは将来あたしと結婚するんだもんね。小さい頃からの約束だんもんね」


「はぁッ!?」


「なぁッ!!」


 僕が吹きだし、綾乃が今度こそ顔を赤くした。


「ちょ、ちょっと待って雪歩姉ぇ。確かに雪歩姉ぇとは3年ほど会ってないけど、僕が小学生の時かな。そんな約束したんだっけ?」


「もちろーん。指切りまでして、おもちゃだったけど指輪を左手の薬指に指輪をはめてくれたじゃない。将来結婚しようね。って語尾にハートまで付けてくれちゃって。あの時の指輪はまだあるからね。いつだって本物をくれたっていいんだよ?」


 僕の脳裏に膨大な量の情報が雪崩れ込んだ。混乱してパンク寸前まで追い込まれる。いったい、いつそんな約束をしたのかわからない。いや忘れてしまった。


 雪歩姉ぇが満足そうに僕の頭を撫でてくる。僕は情報の整理、また復元に集中して取り組んでいるため雪歩姉ぇの手に気付かない。

 そんなふたりを見ている綾乃の手がわなわなと震えた。顔が完全に紅潮し、唇の端が引き攣っている。今にも殴りかかりそうな顔で睨んできた。


「へ………へぇ、あんたそんな約束してたんだ」


 冷静さを取り戻そうと胸を張って言う。しかしもう完全に雪歩姉ぇのペースに持ち込まれ、頭に血が昇っていた。僕を「クズ」と呼べる余裕すらない。


 勝ち目が無い綾乃はその場で黙るしかない。なので脚を動かした。


「このクズ。覚えておきなさい」


 悪役ではないのだが定番の捨て台詞を吐き捨て、綾乃は主に僕を睨みながら保健室を飛び出した。


 その顔こそ今まで見た事が無い。唖然とする表情の一つだった。


「聖くん、もてるんだ」


「え? もてる?」


「もしかして自覚ないの?」


「やめてくれよ。いつもクズって呼ばれてクラスでは大変なんだから」


 ああこれは重傷だな。と雪歩姉ぇは鈍さに呆れて呟くものの、自分の想いは確かなので微かに喜んでいた。


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