014:朝の道場
何度も思う。どんなに辛いことがあっても、次の日の朝はやっぱり大好きだった。
窓を開けて爽やかな風と朝日を感じる。部屋の空気の入れ替えで温まっている部屋の空気を追い出し、新鮮な空気に入れ替える。
そして軽めな朝食を食べて走りながら高校へ行き、部活の朝練に参加する。
僕の身体能力は高いと言われた。
レベルで言えばそこそこ鍛えた高校3年生以上だろうと大兄ぃに言われた。それでもまだ技術が足りないため、鍛えられた高校3年生には少しだけ及ばないのだという。
特に部長の
なので素手でのスパーリングをしても片手で制されててしまうほどの実力者だった。
僕は彼女を目標とし、また超えるべき壁として尊敬し、憧れた。
無敵武道部の部長として凛とした戦いを行う彼女は美しかった。容姿も整っていて文武両道な彼女は同学年から後輩まで人気があり、教師達からの信頼もある。
無敵武道部がネタ部として廃れないのも彼女が仕切っていることが理由として妥当なところに入るだろう。
僕は今日も、昨日の自分よりも少しでも強くなろうと努力するために朝早く家を出る。
昨日、大兄ぃに言われたことがやはり気になった。今もそれを引きずっていないと言えば嘘になる。気持ちに少しの乱れを感じた。
このままではいけないという自覚はある。だがどうしようもない。僕がそれを引き摺り、情のままに大兄ぃに従ってシルバーブリッツとして戦いに参加していいのだろうか。
いや、それでは駄目だ。自分の意思で動かなければならない。もう僕には血の繋がった家族がないのだから。
叔父も叔母もいない。親戚は祖母を嫌っていて、祖母に気にいられていた僕をあまりよく思っていなかった。なので祖母が亡くなっても、表では言葉だけで慰めて、あとはなにもしてくれなかった。
生活面はどうにかなる。大兄ぃがいるので他のことも助けてもらっている。
だが僕はひとりだ。暗い家でひとりで寝る。誰にも挨拶することもない。高校の成績で褒められたりしない。夜遅く帰ってきても怒られたりしない。偏った食生活をしても何も言われない。誰も掃除をしてくれない。
ひとりでは広すぎる家に、人間の温もりが少ない。大兄ぃや同級生や友人がいる時には決して顔には出さないが、夜にひとりで泣いていたこともある。孤独にひとりで戦っていた。
しかし今はそれも少なくなってきた。無敵武道部でとある再会をした。それこそ冬峰雪歩その人だ。
彼女も幼い頃、聖の祖母に武道を習った事がある。祖母は実戦的な格闘を好んだ。一般的にはそれを喧嘩ともいうが、決して人は殺さずの信念の元、一応スポーツマンシップに則ってはいたが、型破りな戦術で相手を翻弄するやり方に雪歩姉ぇは惚れていた。
彼女は幼い頃、非力でそれを常に嘆いていた。基礎から武術を学んでも基礎通り動いてしまう。それが別に悪い事ではない。むしろ基礎が働くのは最良なのだが、それ故に負けてしまう。相手も決して基礎通りに動いてくれるとは限らない。ルールを守らない場合もある。
雪歩姉ぇが小学4年生の時からだったか。雪歩は強い正義感からか男子から虐められていた友人を庇う度に拳を振るうが、結局は囲まれてしまう。結果はわかりきっていた。逆にボコボコにされてしまった。
そしてある日、雪歩姉ぇは僕の祖母と出会った。雪が降っている冬の日。クリスマスが近くなって来た頃だろうか。また男子から友人を庇い、囲まれている時だった。祖母は雪歩を見て、にっこりと笑った。
そして雪歩姉ぇの視線を追って他の男子が祖母に気付いた時には、祖母は男子のひとりの背後に立っていた。そして叫ぶ。「カアーッ」と怒鳴った。するとあまりの剣幕と迫力に驚いて男子たちは逃げた。
その光景を見て驚いている雪歩姉ぇと、慌てて逃げる男子たちの背中を面白そうに声を上げて笑う老婆。
祖母は一通り男子たちを笑ったあと、雪歩姉ぇにこう言った。「ルールなんて、糞喰らえさ。あんたは基礎とルールを大事にしてるんだろうけど、実戦じゃ通じないよ。もし本当に強くなりたいんだったら、いつでもいいからあたしのところにおいで」と。
明るい笑み。乱暴だが暖かい言葉。雪歩姉ぇはこの言葉に打たれた。次の日から教えられた家に行く。祖母に会うと、家の近くの体育館で武道を習った。その時、僕と会った。
そして数年後、僕と雪歩姉ぇは再会した。雪歩姉ぇは中学2年生まで祖母に武道を習った。中学3年生になる頃には高校受験が控えているで、祖母もそれを理解していた上で、ほとんどを教えたと言って「合格」と言い渡した。
あれから無敵武道部で雪歩姉ぇは頑張っていた。部を存続させるために。そして僕も続く。再会した時はどれだけ嬉しかったことか。血の繋がった兄も姉もいなかった僕にとって、雪歩姉ぇはまさに姉のような存在で、雪歩姉ぇも僕を弟のようにに可愛がってくれた。
組手の時は容赦してくれなかったが、それでも楽しくて嬉しい時間だった。
僕が無敵武道部に入った時、大兄ぃとで一緒に面倒をみてくれると言ってくれた。
寂しさが薄れ、暖かい夜を迎えられた時はどれだけ嬉しかったか。
なので今日も無敵武道部の朝練習に向かう。雪歩姉ぇに会うことも楽しみだったし、体を動かすことに喜びを感じられるからだ。
SILVER BLITZ
「お早うございます」
いつも通りに走って朝練に参加する。部室の他、道場の貸出の申請をしているので遠慮なく練習出来る。
朝早いとより冷えた空気を吸う破目になるが、良いこともある。道場に入った際の快感だ。特に一番乗りだと気持ちがいい。埃が舞っていない、新鮮な光景が見れるからだ。誰ひとりとして数時間触れなかった道場に裸足で踏み入る。そして道着に着替え、シンと静まった道場で軽めの体操をする。
そして軽く拳を握った瞬間に空気が変わる。暖かい空気がキンと冷えたような、緊張の糸が張り詰めたかのような。
そんな空気のなかで拳と脚を振るう。それが気持ちいい。
だが今日は違った。いつもならそろそろ先輩がふたりくらい来るはずなのだが、今日に限っては僕しかいなかった。
と、やっと道場の扉が開き、誰かが入ってきた。
「大兄ぃ……?」
そこにいたのは、いつものように遅れてやってきて、珍しくジャージではなくて道着を着ていた大兄ぃだった。
「待っていたぞ。聖」
大兄ぃは静かに口を開く。視線は畳に向いていたが、顔が持ち上げられると僕をしっかりと見据えた。
おかしい。なにかが違う。直感で違和感に気付いた。まず空気が違う。いつもように柔らかい物腰は消え失せ、氷の様に冷たい視線でこちらを見ている。
なによりいつもなら「学校では先生だろ」と注意をしてくるはずだ。なのにそれがない。
「準備を済ませろ聖。準備は一分で済ませ。組み手をするぞ」
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