013:抗えない運命
「これが基本のカード。第1
僕の部屋で、僕と大兄ぃ床に座っていた。季節は春なので薄いカーペットを敷いてある。その上には数枚のカードが広げられてあった。全て大兄ぃのポケットから出されたものだ。
「ファイア、アクア、リーフ、サンダー、ライト、ダーク、ストーン、エアーってな感じ。まだ色々あるんだけどそれはまた今度小泉あたりに聞いてくれ。あいつなら色々教えてくれるから。解放状態ってのは――リストバンド出してみろ」
大兄ぃの指示通り、右ポケットからリストバンドを取り出す。大兄ぃはそれを受け取り、僕の左腕に付けた。
「腕輪の発動の方法な。リストバンドを左腕に付けたら右手で覆うようにリストバンド全体を掴み、左に回す。これで腕輪が出現する。やってみろ」
大兄ぃが左手首を右手で回したので、それを真似してリストバンドを捻るように左に回した。
すると左腕のリストバンドが一瞬で変化した。淡く光ったと思えば、鈍い銀色の光沢を放っていた。
昨日の腕輪とは違う変化をした。物質の変化と躍動を肌で感じた。外側は金属の感触だが、内側は綿のように柔らかい。しかし質量はあるようなので、ずしりとした重みを感じた。3キログラム程の重量だった。
「カードのことは聞いているな?」
「月波さんから聞いたけど、よくわからなかった。破いて珠にしたけど、魔法なんて出なかったし」
綾乃の名前が出た途端に大兄ぃの顔が引き攣った。大兄ぃも綾乃には手を焼いているらしい。
「あー、月波は座学で教えるするより、実戦で教えるからなぁ。月波は才能があってな。シルブリに入ってすぐに強くなりやがった。1年生は実戦に入る前に何度か2年生と3年生に教えてもらうもんだが、月波の場合はセンスですぐに身に付けやがった。俺が見てきたなかで、2週間ていう短期間であれだけ
大胡教師の視線は明らかに僕に向けられている。固唾を呑んで、震える声で答えた。
「ぼ……僕、なの?」
手が震えていた。綾乃の話がどれだけシルバーブリッツの通常平均値を超越しているのかは大兄ぃの説明で十分理解出来たし、あの強気な態度と昨日の闇の森林での落ち着きはそれから来る自信だった。
しかしそれを超える事態が起こった。
図書委員会で綾乃に説明された通りなら、それは――
「そうだよ聖。お前の異常とも言える戦闘力。月波は第四
切羽詰まった表情で大兄ぃが迫った。その顔に酔いはない。純粋な疑問を解決するために僕に尋ねている。
僕はカードの名前を覚えていた。名前が簡単だったこともあるが、使えなかったという点が大きなインパクトになったのだろう。鮮明に覚えていた。
そしてそのカードの名前を告げると、大兄ぃは天地が引っ繰り返ったかのような、しかし納得した表情で呟いた。
「アーツ――灰色のカードだった」
「やっぱりか! いや、アーツはシルブリが使う魔術で唯一物理攻撃が可能なんだ。なるほど、それなら第0
「アーツってそんなに強い魔術なの?」
「いや、とても弱い」
なるほど。これがスベるというリアクションなのか。と僕は盛大に頬杖から顎を滑らせた。
ここまで素直に答えられると、わずかに抱いていた期待が一気に崩壊するというものだ。
だがそこに大兄ぃが補足説明する。
「確かに、魔術師が使ったら弱いな」
「え?」
「要は使い方だ。魔術に頼り切った魔術師――シルバーブリッツが、いきなり物理的な打撃系武器を使って攻撃しても、使いこなせるものか。例えるなら英語しか学んでなくて検定で1級まで上り詰めた奴に、いきなりドイツ語で会話しよう。なんて言うのと同じさ。けどな、普段から物理的な打撃系武器しか使ってこなかった聖が使えば、どんなシルバーブリッツよりまともに――いや、互角かそれ以上な戦況に持ち込めるはずなんだ。勝率が0パーセントだったのがいきなり50パーセント以上にまで膨れ上がる! これは大きい」
「けど、僕がそう簡単に第6
「そう、そこだ」
大兄ぃが懐から出したのは名刺入れだった。そこからカードを出した。
そして名刺入れの一番下にあったカードを出し、僕の前に置いた。
「どうして勝率の低いの聖が、第6
大兄ぃは僕を睨みながら続けた。いつしか僕の額には緊張で汗が浮かび、頬にいくつかの筋を作っていた。
顎から伝わり落ちる汗がアーツのカードの端辺りに落ち、弾けた。小さな水の塊なのに、やけにはっきり見えた。
弾けた瞬間のさらに小さな粒となって飛散する時の、1粒1粒の全てが肉眼で見る事が出来た。極度の緊張感からくる感覚なのだろう。
「すべてはお前の実力なんだよ聖。――やっぱりお前、
「CFO……?」
「Coonsiciousness Fade-Out の略だ。図書室で話したろ。無意識の内の戦闘について」
僕がとても恐怖を抱いた、意識を無意識に移行して戦闘を行うことだ。
と言っても昏倒するほど意識を失うのではない。感覚や意思を忘れてしまうことをいう。排除と言ってもいい。自身の身によほどの危機が訪れれば発動が可能になるが、意思がないため無差別で攻撃してしまうのだ。それが一種の暴走とも言える。
無意識は恐ろしい。意思がないため感情がない。情もなければ喜怒哀楽もない。恐れも無い。そしてなにより感覚がない。痛覚を忘れてしまうためダメージによる怯みも委縮もない。
身体の限界から来る筋肉などの悲鳴も気にせずに戦える。体力が尽きても苦痛がないので無制限に戦える。情が無いので相手が動けなくなるまで、または動かなくなっても暴力を振るえてしまう。
「実はお前は1度だけCFOになったことがあってな。小学3年生の時なんだけど、覚えてるか?」
「い、いや……覚えてない」
「だろうな。いや、そこまで酷い話しじゃないんだけどな。お前が小学3年生だった頃だから、9歳だったな。俺が19歳、大学2年生の時だったな。季節は秋だったんだが、本当に覚えてないのか?」
「うん」
本当に覚えていない。いや、そのことに関しては無理もないだろう。無意識なのだから記憶そのものがないのだ。覚えているはずもない。
「このCFOを取り入れたアーツで灰色パーカーの男を倒したのか。――苦しいだろうけど、戦力として取り入れられたのなら、シルバーブリッツ5人くらいの戦力を得られるな」
ぶつぶつ呟く大兄ぃをじっと見つめる。汗を拭って肝心なことを聞いた。
「ねぇ大兄ぃ」
「ん――あ、ああ。何だ?」
「僕はまた、あの戦場に出なければならないのかな?」
それが一番聞きたかった。答えはある程度予想できている。それを覚悟した上の質問だった。
「――怖い、か? 聖」
大兄ぃがゆっくり問う。
「……うん」
命を落としかねない戦いだ。とても怖い。
「――戦いたく、ないよな」
「……うん」
数秒の沈黙が訪れる。痛々しい顔で大兄ぃは俯いた。
そしてゆっくりと頭を下げた。
「ごめんな、聖。あんな怖い思いしたんだもんな。それに先生がいなくなってそんなに経ってないのに……俺が悪いんだ。必ず守ってみせますって先生に墓前でも誓ったのに。昨日は守れなかった。なのにお前は頑張って足掻いて戦って、結果を残してくれた」
痛々しい表情がさらに苦悶に震えるように歪む。
「今回の件で謝ることは沢山ある。けれどどうかわかってくれ。戦わなくては守れないものもあるんだ。身勝手なのは解ってる。でもみんな守りたいものがあって戦ってるんだ。それを理解してくれなんて言わないけど、どうか無駄にしないでほしい。シルバーブリッツとして戦いに参加してくれと強制はしないよ。戦いに参加しないんだったら、卒業まで他の教師や、校長からだって俺が守ってやる。――だから考えてほしい。シルバーブリッツを。シルバーブリッツとして存在して、なにを守るのかを考えてほしい」
頼む。と大胡教師は頭を下げて頼んだ。
僕はただ、無言で大兄ぃの頭を見下ろしていた。
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