012:聖の適正値
「ぷっは。やっぱ仕事の終わりはこれに限るよなぁ」
大兄ぃは盛大に歓声を上げて、口の周りをビールの泡で包みながらつまみを食べた。
そんな大兄ぃも見慣れたものだ。大兄ぃが僕の家庭教師のようなものになる前から20歳を超えていたので、よく夕飯を一緒に食べたものだ。その時は祖母もいたので、一緒に騒ぎながらビールや日本酒を飲んでいた記憶がある。
そう言えば大兄ぃは、祖母に鍛えられて酒に強くなったんだっけなぁ。と昔の記憶を思い出した。祖母も大変酒が好きな人で、手製のつまみを僕と一緒につつきながら自身は酒を片手に昔の武勇伝を聞かせてもらったものだ。
もちろんその時は、今もだが僕は未成年であるから飲んでいたのはジュースや炭酸飲料だった。
僕は祖母の武勇伝が好きだった。
祖母は僕の歳の頃はそれはもうやんちゃで、改造されたエアガンなどを振り回してブイブイ言わせていたらしい。
たまに家から見えるパトカーを見て「ポリ公が、またあたしを捕まえにきたのかね」と物騒なことを呟いていた。意味は最近になって理解した。
そして今目の前でビールの美味さに感激している大兄ぃに、祖母から教わったつまみを出した。椎茸のバター醤油ソテーだ。祖母は味が濃い目のほうが好きだったので、これをやる時は大抵醤油を焦がす。これがなかなかうまい。
「はい、大兄ぃ……じゃなくて、大胡先生」
「今は大兄ぃでいいって。学校じゃないんだから。――おっ、先生の椎茸のバター醤油ソテーじゃん。いいねぇ大好きだよこれ」
「うん。僕も好きだよ」
「だよなあ――ん、うめぇ。ちゃんと醤油焦がしてんじゃん。わかってんなぁ。いい嫁になるぞお」
「あとで洗うの面倒だけどね。今水に浸してるけど」
台所には焦がし醤油の香ばしい香りが残っている。それも好きだった。
因みに飲んだ後のシメは、バター醤油ご飯と決まっている。相変わらず油断したら太りそうなメニューだ。
「それじゃ大兄ぃ。昨日のことなんだけど」
「ああ、なんでもいいぞ。この神つまみに免じて答えてしんぜよう?」
酔った勢いで軽はずみな発言を繰り返す大兄ぃ。もう慣れてしまっているので、僕は下校中に買ったコーラの缶を冷蔵庫から取り出した。
「高校の偏差値を守って戦うシルバーブリッツの存在を、大兄ぃ以外の先生でその存在をそれくらい知っているの?」
その質問に大兄ぃの進む箸がぴたっと止まった。そしてまた動き出す。
「そりゃお前。決まってるだろ」
「どれくらいなの?」
「全員」
一瞬コーラを持つ手から力が抜けてしまった。まさかここまで簡単に返答され、それが当然のような顔をされると逆にこっちが困る。
「ちなみにな。シルバーブリッツの存在を知るのは、平均が大学生以上ってデータがあってな。お前みたいに高校から選ばれてシルバーブリッツになれば話は違うが、それ以外の同級生はみんな知らない。だってそうだろ。高校生生活の裏側では非現実的な戦いが行われてるって誰が信じる? でも大学生になると話は違う。大学生の――特に教職免許を取ろうって奴は必ずシルバーブリッツの存在を知ることになる。それが今の日本の裏の法律になっているからだ。教職員になるなら、必ずそれを知らなきゃならねぇ。特に高校生の教員になりたいって奴がいたら、必修よりも恐ろしいことになるな。まぁ要するに俺のことなんだが」
そう言えば昔、僕がまだ幼い頃。大胡教師が大学1年生になった時、勉強を教えてもらおうと部屋に招いたことがある。そこで呟きに近いなにかを聞いた。「俺は高校生の教員にだけはなりたくねぇなぁ」と言っていた。それは今でもはっきりと覚えている。
それに対して「なぜだ」と問うたが、答えは結局返ってこなかった。代わりに大兄ぃに頭を撫でられ「俺がお前の担任になったら、必ず守ってやるからな」と言われた気がした。ここはそこまで覚えていない。
「まぁ偏差値に関わることだ。教員側が把握してないでどうするよ。って話だな」
笑いながらビールを最後まで飲み干し、次のビールの缶に手を伸ばした。
「んーじゃ、次。鳴本に第2とか第3とか言ってたよね。あれってなにを指してるの?」
「ゲームで言うレベルだよ。今使える魔術レベルな。1から始まって数が増えるごとに強さが増していく。今現在見つかっているのは第20くらいな。解りやすいようにレベル20って言っておくよ。ちなみにお前のレベルは0な。第0。魔術使ってないからな」
「ふーん」
「俺達はこれを
「つまり1レベル上がるごとに使える魔術も多くなるってことなの?」
「そういう意味もある。使える魔法も色々あるからな。第、つまり魔術レベルが上がることによって使い方のバリエーションとか、範囲とかが広がるとかの特典があるから。使える魔法の種類、つまりお前が昨日見た炎を使う男、どんな攻撃をしてきた?」
大兄ぃの質問に、トラウマになりかけた記憶を恐る恐る開封する。そして戦闘中に解析していた相手のデータを思いだして伝えた。
「まず炎の球を飛ばすとか。サイズはサッカーボールくらい。あと最後に炎の柱も出してた。太い木を一瞬で炭にしちまうほどの火力だった」
「ふん。ひとつの属性を連発で大小同時に放つか――第6
「へ?」
「あ、いや。何でもない」
ちさとは図書委員会に行く途中で僕が出会った少女で、綾乃とはまったく正反対の性格の、おっとりとしていて、大人しくて優しそうだった。
その上スタイルが良く、隣のクラスだというので男子共の視線を集めてしまうのだろう。なのであのような人通りの少ない場所で本を読んでいた。
――と、図書委員会の集まりが始まる前まではそう思っていたのだが、都竹ちさはなんとこの高校のシルバーブリッツの一員であり、僕を待ち伏せていた。
「都竹さんってさ」
「ん?」
「魔法使うの?」
「そりゃシルブリだからな」
「どんな魔法なの………シルブリ?」
「シルバーブリッツの略。俺が考えた。長くて言いにくいんだよな。みんなは真面目にシルバーブリッツって言ってるけどさ」
つまみのひとつである鯵の開きを平らげ、開封して2分も経っていないのにも関わらず半分も減っていたビールを最後まで飲みきる。顔が少し赤くなっていた。
「聖、シメちょーだい」
「ん。ちょっと待ってて」
上記にある通り、シメとバター醤油ご飯のことだ。祖母と何度もこれを食べていた。僕もたまに食べるけど、純粋に旨いと思う。少し下品だが祖母はそんなのお構いなしに啜っていた。
「おっほう。これこれ」
顔を赤くした大兄ぃが恐るべきスピードでバター醤油ご飯を吸い込む。その間に空いている食器を下げて水に浸した。
1分も経たない内に大兄ぃは醤油ご飯を平らげ、僕が立っている台所までそれを持ってきた。
「ごっそさん。先生の味を受け継いでんなぁ。本当に将来良い嫁さんになるよ。お前は」
「大兄ぃ、僕は男だよ。まぁそんなこと関係なく台所に立つけどさ」
大兄ぃから食器を受け取り、水に浸す。もう片方の手にはスポンジが握られていた。
一方、大兄ぃは聖の皿洗いを見ながら換気扇を回し、Yシャツのポケットから煙草を出して、棚の上から灰皿とライターを取って煙草に着火し、紫煙を燻らせた。
台所は決して広くはない。3人も並ぶと動けなくなってしまう程のスペースだ。
なので見ないつもりでも視界が狭いので、僕の皿洗いが見えてしまうのだろう。手慣れた手つきで皿の洗浄を終わらせていく。
大兄ぃはどこか悔しい顔をして、少しだけ奥歯を噛み締めた。
「――なぁ聖。ごめんな、先生が亡くなって、落ち着きたいだろうに。シルバーブリッツなんぞに関わらせちまって」
「………」
「先生が亡くなったあと、守ってくれと先生から頼まれた気がしたんだ。お前は見た目に以上に腕っ節が強いから、一々守らなくてもいいんだろうけど、困った時に助けてやってほしいって。けど神明の入学式のあと、お前の適合を知ってからかな。上のお偉いさんがお前を使おうって言いだしてな。昨日は本当にごめんな。俺が先回りして色々説明してやれれば良かったんだけど、昨日はあのうるさい校長を小泉たちと説得するのに時間がかかっちゃってな。月波がフォローしてくれたからなんとかなったが、そうでなければお前はやられてた。だから本当に今、お前がいてくれて俺は嬉しいよ」
確かに昨日は死んだと思っていた。けど生きていた。綾乃のフォローなんてあったもんじゃない。
昨日の窮地を脱出したのは、僕の実力だというのか。
「そういえば、適合ってなに?」
「あ、ああ。適合値のことだよ。シルバーブリッツになれるかどうかの適合値が、生徒ひとりずつあるんだ。それは入学式に知ることができる。お前は……ちょっと特殊だったんだよ」
気まずい顔をして唸る大兄ぃ。
「特殊って? 僕の体はなにか異常なの?」
「違う。そうじゃない。ただ……適合値が、過去最大なんだよ。歴代ぶっちぎりのな」
「え? そ、そんな……」
「その数値は小泉や月波の3倍。当然、校長は戦力として投入したがってたけど、俺が今まで適当な理由でまだ早いってはぐらかしてたんだよ。けど、この前の会議でついにお前を加えることが決定してな。学校側の指示には従わないといけない。これはルールなんだよ」
大兄ぃは今まで守ろうと必死だった。それに対して、怒れるはずもない。
「だから今日は魔法について説明してやるから。これで不安とはおさらばしようぜ」
大兄ぃはフィルターギリギリまで灰に変えた煙草を灰皿に押し付け、換気扇を止めた。ふたりは僕の部屋へ向かった。
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