011:空白の記憶
時間が、止まった。
僕のなかで思考が強制中断された。全身の力が抜ける感覚。軽く膝が震えている。頬が痙攣し、やっと動き再開し始めた思考が「嘘だ!」と小泉先輩の言ったことを全力で否定した。
まさか、冗談だろ。と不安そうな顔で大兄ぃを見た。大兄ぃも小泉先輩同様、不思議そうな顔で僕を見下ろしている。隼人、ちさ、百合子先輩も同じ表情だった。唯一違うのは綾乃で、なにを今さらといった感じで溜息をついた。
「嘘、でしょう?」
やっと口から出た言葉。真実を確かめる為のワード。
だが返ってきたのは同じ答え。何度問いたところで、結果は変わらない。僕を暗黒の懐疑の世界へ誘う言葉。
「あの男はお前が倒したんだ。覚えていないのか?」
覚えていない。灰色パーカーの少年が繰り出したカウンターで、死を覚悟した途端に意識を失ったのだから。
「現場にはあの炎属性を使う男が、魔術を乱発した痕跡があったわ。炎を使うのだから焼け焦げた跡がほとんど。けれど不可思議な痕跡があった。あの男が炎以外の魔術を使用するならわかるけれど、違うでしょうね。――あの森林で焼け焦げた跡以外に、強い打撃や衝撃でへし折れた木の幹が何本もあったのよ」
それ多分あんたでしょ。と綾乃は僕を指さして言った。
正直に答えを申し出るなら「わからない」だ。
意識を失う前の記憶もあるが、探ってもそこまで木をへし折った記憶はない。枝に登って反撃に出たが、幹を折ってはいない。そこまで力は出せない。
闇の森林には太い木々があるが、あれをどうやって生身の人間が圧し折るのだろう。魔法を使わなければ無理だろう。
「いや、違うよ。僕はきみからあの腕輪と……アーツだっけ、あのカードを受け取ったけど、あれを使った覚えなんてないよ」
本気でパニックになりかけた僕を見て、綾乃が僕の左腕をグッと掴んだ。
「月波さん?」
「証拠があるわ。これを見なさい」
綾乃は聖の左腕ある腕輪を持ち上げた。そこには5つの穴がある。これらを指をさし、問う。
「あんた、この穴にアーツのカードを入れた?」
「い、入れた。中心の穴」
「そう。じゃ、今手元にそれはある?」
言われた通りにアーツのカードを探すべく、制服のポケットに手を入れた。綾乃は掴んでいた左腕を離してやり、捜索に集中させてくれた。
30秒経った頃だろうか。僕の顔は青くなった。
「………無い」
もしかして高価なものだったのだろうか。だとしたら弁償で償いきれるものなのだろうか、と僕の不安が加速する。
それを綾乃は理解して言った。
「安心しなさいクズ。あのカードは腕輪にはめたら、戦いが終わってから自動消滅することになってるの。補充も簡単だから、そんなに不安がることは無いわ」
「そ、そうなのか………」
おいおいそれを早く言ってくれ。と訴えたかったが、言うともっと暴言を言われそうなのでやめておいた。
僕を安心させてくれたのだろうか。確かに「クズ」とは呼ばれたが、その言葉には追い詰める様な意味は一切含まれていなかった。
不安がることはないと、綾乃なりに元気づけてくれたのだろう。と思った。本当は綾乃は優しく、いい少女なのではないかと思って、それを口にしようとして――絶望の谷の底に突き落とされた。
「ただし自然消滅はカードを1度でも使用したら。の話だけど。もう、あんたは元に戻れないから」
「はあっ!?」
僕のなかで綾乃は優しいという意識が瓦解して消え失せた。
まさか安心という飴を与え油断させ、そこからムチを与えるがごとく絶望に叩き落とされるとは思ってもいなかった。
そこまでしなくてもいいじゃないか。本当は綾乃はドが付くほどのSなのかもしれない。
「あんたは今、アーツのカードを持っていない。つまり腕輪にはめて魔術を使ったってことが証明されたわ。これが証拠。まぁあの炎属性の男はあっちのメンバーでも一番弱いようだけど、火力だけは強かったわね。それをアーツで倒すなんて普通馬鹿みたいな話だけど。一応褒めておいてあげるわよ? クズ」
最後の言葉はわずかにデレた。図書室の雰囲気が一瞬「萌え」に昇華したが、僕はそんなことを一々意識できるほど余裕がなかった。
「僕が、あいつを倒したのか?」
「そうよ。最後に骨は拾ってやろうと見に行ったけど、焼け野原で倒れる炎属性の男と、銃だか剣だかわからないアーツを手にして、あんたはその場に立ってた。体中に火傷を負ってたけどね。ああ、ちなみにあの世界で傷を負っても、この世界に戻れば回復するからそこは安心すれば?」
「僕の意識はあったのかい? けどまだ信じられないよ、あいつを僕が倒したなんて」
「意識はあったんじゃない? 目は開けてたし。けれど何度も呼びかけても反応しなかったわね。まっすぐと月を見てたわ。けど1分もしない内に倒れるし。回収するの大変だったんだからね。感謝しなさい」
綾乃から得た情報を紡ぎ合わせても記憶は戻らない。実は思い出したくないだけで、自己暗示をかけているだけなのではないのだろうか。と自分を疑い始めた。
「けどたまにいるんだよな。緋之みたいに、窮地に追いつめられると無意識の内に戦う奴ってのがな。一番厄介な奴だ」
小泉先輩が唸るように渋る。無意識の内という可能性もあった。思い出したくないという自己暗示と少し似ている。だがそれよりも疑問に思うことがあった。
「厄介……ですか?」
「ああ。無意識ってのはなにも意識をしていないってことだろ。つまりなにも思ってないし、なにも感じない。それはとても怖いものだ。なにも感じてないから痛みがないんだ。身体的な意味でも、心や意思の意味も。思いがないから残酷だ。身体の痛みがないから傷の痛みに怯まない。どこを損傷しようとも恐れがないから動きを止めない。意思がないから弱点とか関係ないところまで滅多打ちにしようとする。……つまり、魂の暴走」
聞いていて怖くなってしまった。
つい昨日の自分が無意識の内に戦ったのか。そして相手を倒してしまった。綾乃がそこまで心配しなくてもいいと言ったのでそこまで酷くないはないのだろうが、それとこれとでは話が違う。
もし昨日、綾乃の言うとおり無意識の内に戦って、相手を殺してしまったら。
僕は殺人者として、その罪を一生背負わなければならないのだ。
「……月波さん。それで、相手はどうなったの? ちゃんと生きてたのかい?」
恐る恐る聞いてみる。意識のあった内は正当防衛として腕を折る程だった。無意識の内に戦っていたら、8割の確率で相手を殺しているだろう。
「生きてたわよ。ちゃんと回収されてたわね」
ふぅ。と溜息を
「でもこれで我が校の偏差値がわずかに上がった。まだ
大兄ぃの指示する姿は司令官のようだった。
その指示に各々が返事を返して、あるいは出された課題をこなそうと思っていたのだが、綾乃だけは相変わらずフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いていた。
そして最後に僕を見た。
「聖はこれから俺と個人レッスンな。色々とありすぎて混乱してるんだろ。夕飯でも食べながら教えてやるよ。戦いと偏差値のことと、戦い方についてな」
「あ、は、はい」
真剣な大胡教師の指令がいきなり僕に向いてきたので、少し戸惑い気味で返事を返した。
その日はこれで委員会が終了となった。もうとっくに他の委員会の集まりは終了しており、時計の針も6時を過ぎていた。
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