010:知らぬ間に……

「聖。残念だけどその腕輪だけじゃ魔術は使えないよ」


「大兄ぃ、悪いんだけどこの状況でそんなこと言われても、信じられない」


 真面目な顔の裏には何かある。僕は本能的に悟っていた。それが例え本当であったとしても、魔法が使えなかったとしても戦うしかない。


 その時だった。


「あんた、それ本気で言ってるの?」


「ああ。月波さんが都竹さんとグルだってことだろ。今さら取り繕っても無駄だからね」


「それじゃない!」


 綾乃が僕の前に立つ。僕は臆する事も無く綾乃を睨む。正直に言えば、とても怖い。するとみんなが一瞬動こうとした。このままでは僕が綾乃に襲い掛かり、その細い首を締め上げて骨を折りかねない。


 しかし、僕は動かなかった。いや、動けなかった。


「それじゃ、ない………」


 目の前にいる綾乃は、この数週間で見た凛とした綾乃の顔とは思えない程、歪んでいた。この表情は悲しい時、今にも涙がこぼれそうな寂しい時のものだ。


 図書室にあったピリピリと張り詰めた雰囲気が一瞬和らぐ。驚くべきものを見てしまった。綾乃の意外な表情に唖然としてしまった。 


 僕は構える力を一瞬緩めてしまった。それを大兄ぃは見逃さなかった。


「取りあえず、落ち付けよ聖。大丈夫だ。俺たちはお前の命を奪おうなんて考えてはいないよ? これはテストだったんだ。お前の度胸を計った。許してくれ」


 大胡教師はこれ以上とない優しい声で聖に近づき、聖の両手を己の両手で握った。


「大丈夫。この図書室――この高校のなかでお前を故意に傷付ける奴なんていないから。いたとしても、俺が守ってやる」 


 赤ん坊を安心させるような暖かみがある。実際に今、さっきまで己のなかで燃えていた戦意を喪失していた。


 大兄ぃの説得もある。それに加えて今まで僕に向けられていた殺気がなくなっていた。そして最大の影響は綾乃のあの寂しそうな表情かおだった。


「ごめんな緋之。適正がある以上、メンバーに加えるために俺はちょっとした試験みたいなのしてるんだよ。怖がらせて悪かったな」 


 小泉先輩が巨体を揺らして歩み寄り、腰を落として僕の頭に手を置いた。ゴツゴツとして硬い手だったが大兄ぃとはまた違う頼もしさを感じた。


 しかし疑問に思う点がある。


「メン、バー……? 適正……?」


 図書委員としてではないだろう。今の殺気と、昨日の闇の森林と深く関係したものだと予想した。そしてそれは正解だった。小泉先輩はゆっくりと口にした。


「もう月波に聞いているとは思うが、昨日の戦いにおいてお前を襲ったのは魔術師だ。この現実で魔法は非現実的で信じられてないし、存在自体も証明されてないからな。その点は錬金術や黒魔術、まじないや呪いと同じようなものだな。けど魔法は存在する。昨日、お前は見て来たはずだ。確か炎属性の魔術師シルバーブリッツだったっけな」


 小泉先輩に加えて百合子先輩、ちさ、隼人も歩み寄ってくる。


「俺たちも魔法が使える。そしてその魔術師の総称をシルバーブリッツという。――シルバーブリッツは高校の図書委員会がそれにあたる。図書委員会の委員は絶対に魔術師と考えて良い。そのシルバーブリッツは高校の放課後、月に何度か戦わなくてはならない。あるものを守るために」

「あるものを、守る?」

「各高校の偏差値だ」


 意外な答えが返って来た。僕の予想では生徒の命だとか、教職員の寿命だとかを考えていたのだが、そこまで大きな物ではなかった。予想外の答えで、かえって脱力してしまった。


「確かに私も最初聞かされた時は、こんな感じでスベったわね。なんだそりゃ。ってね。緋之くん、今のきみの気持ちはとっても解るわぁ」


 百合子先輩は面白そうにケタケタ笑って僕の肩を叩いた。僕にとってはなにが面白いのか理解できなかったが、小泉先輩の表情によってそれが真剣な答えなのだとわかった。


 高校の偏差値と言えば僕も受験生だったので意識したことがある。


 中学生の時に僕の成績に一番適している高校の偏差値を探し、もしくはそれ以上を志して受験に臨んだ。そして今ここにいる。 


 僕の場合、自分の学力で入れる高校を探した結果がこれだった。しかし、当時の僕の学力では無理と言われていた高校だったのも覚えている。それを大兄ぃが協力してくれて、塾講師の代わりとなって無料で勉強を教えてくれたため、この高校に入れた。


「昨日の戦いも偏差値に関係しているんですか?」


 小泉先輩に質問する。答えはすぐに返ってきた。小泉先輩は首を縦に振り、肯定とした。


「ああ。昨日の戦いは……どこの高校だっけ?」


「北海道の、詳しいことは忘れたけど、北高校だったような気がしたわね」


 小泉先輩は助けを求めようと隣にいた綾乃に聞く。綾乃は渋々答えていた。しかもタメ口で。


 名前を覚えられていない高校は可哀想だったが、今は申し訳ないが無視した。


「そうだ。なんとか北高校だった。そこに昨日は月波とお前が戦ったんだ。――昨日は色々な意味で助かったな。あちらもまだ委員会が決まっていなかったから、2人しか出せなかったようだな。お陰で勝てたが」

「そうね。とりあえずこのクズを囮にしてひとりを離れさせて、あとのふたりは私が始末したわ。あっちの2人は3年生だったようだけど、話しにならなかったわ」

「おいおい。囮とは酷ぇ話しじゃねぇかよ月波」


 綾乃の容赦ない言いように、流石に可哀想だと思ったのか、隼人が突っ込みを入れた。だが失敗に終わった。


「あんたは黙りなさい馬鹿。2週間で第2にしか上がれない戦力外は邪魔なのよ」


「じゃ……っ」


 綾乃の暴言の矛先は隼人に向かい、隼人はあまりの言われようにキーッと唸りを上げて猿の様に暴れ回ろうとしたが、大兄ぃに羽交い締めにされてその場に固定された。


「――月波。いくらなんでも今のは言い過ぎだ。俺だって最初は3ヶ月でやっと第2だったんだぞ。なのに2週間で第2に上り詰めたのは、確かにまだ戦力とは遠いが、成長が早い。お前ほどではないが、先が楽しみな1年生であることには違いない。だからそう酷く言ってやるなよ。な?」


「……ふん」


 小泉先輩は流石委員長であるだけあって、説得力がある。あの綾乃をここまで大人しくさせてしまい、暴言のひとつも出させない。


「まぁ囮と言っても、まさかお前があそこまで出来るとは思っていなかったがな」


 小泉先輩は綾乃の態度に苦笑いを浮かべながら、僕に向き直った。


 昨日のことを言っているのだろう。思い出したくはないが、少しだけ思い出して確認した。あの灰色パーカーの少年の腕をへし折ったあと、反撃されて逃げ回った。


 確かに視力を振り絞って反撃に出たがカウンターを喰らってしまった。僕が魔法を使えないけど、それなのに反撃に出たことを評価して言っているのだろうか。


「い、いえ。……僕は逃げ回ることしかできなくて。最後には、だらしなく倒されてしまったし。昨日は勝ったって言いましたよね。多分、僕を倒したあの男を、そのあとで月波さんが倒したんでしょう。……僕は結局、なにもできませんでしたよ」


 だから僕を平和に戻してほしい。そう言おうとした。


 魔法具をもらっておきながら魔法を使えなかった自分は戦力にならない。なのでここにいても邪魔なだけだ。戦力にならないなら、最悪綾乃が判断したように囮にするしかない。


 僕を巻き込まないでください。考えたことを口にしようとしたその時。


 小泉先輩は不思議そうな表情をして言い放った。


「何を言っているんだ。お前が相手にしたの炎属性を使う奴は、緋之が倒したんだぞ?」



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