009:全員が化物

 仕事は簡単なものだった。それこそひとりひとつの仕事を受け持っても十分すぎるほどの余裕がある内容だ。


 数枚のプリントが回されて、僕たち1年生の仕事を説明されるが、ほとんどの大切な仕事は2年生たちが担当していた。それはありがたいことだった。


 2年生は2人いる。


 まず図書委員会委員長の小泉こいずみまさる


 巨躯な身体とがっちりとした四肢。短めな黒髪と常に微笑を浮かべているのが印象的。イメージ的には野球部かなと思って聞いてみたところ、やはり野球部に入っていて、ポジションはキャッチャーをしているのだという。想像してみると意外と似合っていた。


 2人目の先輩は女性で、綾乃やちさとは違う、大人びた雰囲気が印象的だった。


 図書委員会副委員長の里宮さとみや百合子ゆりこ。黒い髪を腰まで伸ばしていて、右目の下に泣き黒子がある。そして長身でスレンダー。おそらく聖よりも5センチ高い。つまり170センチを越しているだろう。


 この6人と大兄ぃを合わせた7人で図書委員会をやっていく。だけど、なぜかそこに3年生の先輩がいないということが疑問だった。


 大兄ぃは「この図書委員会にはそこまで人員はいらない。それに3年生は受験を控えているから」と言っていた。妥当な理由だと思う。


「それじゃ、今の説明でどこか解らない所があったら質問してくれ」


 小泉先輩が僕たちを見渡して言う。しかし誰も手を上げない。質問がないからだ。小泉先輩の説明は丁寧でわかりやすい。委員長には適役だった。


「小泉くん。相変わらず説明うまいわね。その情報整理能力をわけてほしいわ」 


「無茶言うなよ百合子。これでも5分くらいで簡単にまとめただけなもんだ。大胡先生なら、もっとうまくまとめられるでしょう?」


「え? 俺? まぁね」


 この3人はいつもこうなのだろう。大兄ぃもまるで2人の先輩のように接している。信頼され、信頼している証拠だ。


 そんな3人を見ている1年生4人は、その様子をじっと見ているだけだった。それを察したのか大兄ぃが小泉先輩へ助け舟を出した。


「小泉。仕事の説明は終わったが、お前達の自己紹介はまだなんじゃないか?」


「そうでしたね。それを忘れていた」


やっと本来の仕事を思い出した小泉先輩が1年生に向き直る。しかし本来と言うのならば自己紹介は一番最初にやっておくべきだとは思うが。


「俺は2年生の小泉勝。さっき聞かれたけど、部活は野球部でキャッチャーだ。大胡先生に誘われて去年に図書委員会に入った。そして今年、いつの間にか委員長になっていたのは驚いたけどな」


 小泉先輩も大兄ぃによって図書委員会に入らされたのか。そして図書委員長に任命された。これも大兄ぃのせい――推薦によって。


 しかし本人はそこまで嫌そうな顔をしてはいないので、文句の一つも出さなかった。


「次は私ね。里宮子百合よ。百合子先輩、または百合子さんって呼んでね。部活には入っていないわ。ここにいるのが楽しくてね。あ、趣味はコミュニケーションよ。特にと。それも美少女で可愛くて小さい娘がいいわね。だから――今年は楽しい委員会になりそうねぇ。うふふ」


 ギラリと百合子先輩の双眸が妖しく光る。それにロックオンされているのは綾乃とちさだ。ギクリ、ゾクリとふたりの背筋に悪寒が走る。


 すでに1年生側の紹介は終わっていて、そして仕事の説明も終わっているので、今日の委員会はここで終わるのかと思っていた。


 が、それを見透かしたように大兄ぃが言った。


「待て聖。まだ説明は終わっていない」


 すでに鞄を手に取ろうとした僕の手が止まる。


 原因はふたつある。それはもちろん大兄ぃの制止であるのだが、もうひとつの大きな変化によるものだった。




 この図書室の雰囲気が一変した。




 なんと表せばいいのだろう。今まで白一色で塗り潰された光りの世界にいたのに、一瞬で黒一色で塗り潰された闇の世界に来てしまった。そんな感じ。雰囲気そのものも変化し、息さえ詰まりそうな空気。


 ゆっくりと視線を動かしてこの場にいる全員を見る。その空気を作り出した原因がわかった。


 僕以外の6人が、じっと僕を見ていた。


 しかしそれだけではこれだけの雰囲気を作り出されない。


 だが僕は覚えていた。6人の目を。昨日、闇の森林で襲い掛かって来た灰色のパーカーを着ていた少年に近い目をしていた。


 普通とは遠くかけ離れている。ただの高校生にこれだけの雰囲気を作り出せるはずはない。


 つまりこの6人は普通では――ない。


「――っ!」


 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。金縛りは力任せに振りほどいた。


「まさか、昨日と同じ……月波さんも、大兄ぃも僕の命を狙っているのか?」


 もしあの少年レベルの、いかれた人間に囲まれているならば、脱出は不可能だろう。


 ならば戦うしかない。どこまでやれるかはわからないが、ひとりくらいなら倒せると思った。狙うは「爽やか馬鹿」こと隼人だった。一気に距離を詰めて殴り倒す。


「なるほど。さっきのは嘘だったんだんね」


「……なにがよ、クズ」


 その場で構え、少しだけ笑みを浮かべる聖に綾乃が答える。


「月波さんはさ、さっき図書室に都竹さんを入れる時。“ほら、ちさも早く入りなさいよ”って言ってたろ。そこから疑問に思ってたんだけどね。名前で都竹さんを呼ぶってことは、それだけ親しいってことだ。今朝、月波さんはクラスの同級生に勉強を教えていたけど、みんなを名字で呼んでいた。けれどなんて都竹さんは名で呼ぶのかな。隣のクラスであまりまだ交流がないのにね」


 昨日の件がトラウマになりつつある。握って前に突き出す拳が震えている。


 なんとか呼吸のペースを整えようと深呼吸を繰り返す。まさかこのような展開になるとは思わなかった。


 いや、本当なら少しだけ予想できたはずだ。この図書委員会のなかに月波綾乃がいる限り、僕を危険に脅かそうとする存在を危惧することはできたはずなのに――。


 けれどできなかった。原因は僕の油断にある。


 まさか友人として近づいてきた隼人が。変な場所で読書をしていると見せかけて待ち伏せていたちさが。そしてなにより従兄であり信頼をおいている大兄ぃが、殺気を秘めた目で追い詰めようとするなど思っていなかった。


「昨日の男、見たことが無い攻撃術を使って来た。月波さんが連れて行ってくれた世界。そしてあの魔法みたいなので殺し合う。それがこの図書委員会がやっていることなんだろ」


 問いかけても誰も答えない。さらに問い詰めた。


「確かに僕は油断していた。まさか大兄ぃが敵だったとは思っていなかったし、昨日の件のことについても全員がグルだったなんてね。――けど、僕を舐めない方がいい。昨日みたいな魔法を使われても、ひとりくらいは倒せる自信はあるよ。それに……」


 僕はポケットのなかに入れてあったリストバンドを取り出し、左腕に装着。再び構える。


「これで多分戦えるんだろう。少しでも魔法みたいなのが使えるなら、倒せる人数はふたりに増える」


 日々続けているトレーニングや、部活でのスパーリングで培った身体能力をフルに使って戦うつもりだった。


 そして今にも跳びかかろうとしたその時。大兄ぃが立ちあがった。



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