ザ! 配達! DASH!! (6)

 ――統御人間型ガジェット『統制機姫ガジェッティア』 起動


 コハネの手を強く握り、念を込める。

 俺の意思が、握った手を通してコハネの身体の隅々まで行き渡るのを感じる。

 久し振りの、心地良い感覚だ。 

 考えてみれば、俺のガジェットは未だにあの怪盗に奪われたまま。

 ガジェットを起動すること自体、随分と久し振りなのだ。


「ふう……」


 顔を上げ、手を繋いだままのコハネを見る。

 包帯まみれのコハネ、しかし今その全身は淡く発光している。

 それはまさしく、ガジェットの起動を示した光だ。

 コハネは、こちらを見ずに前だけを見ていた。

 まるで、それこそが自分の役目であると言わんばかりに。


「先輩! 上から来ますッ!!」

「ああ!」


 コハネの声に応え、俺も前を、サツキの方を向く。

 既に怪物に完全に身をやつしているサツキは、こちらの様子を窺っていたかと思うと、その触手を地下倉庫の床に叩き付け、その反動で飛び上がった。

 そのまま、更に伸ばした触手が天井から壁へと、無数に突き刺さる。

 その中心に居座るサツキは、まるで蜘蛛のようだ。


「――ッ!!!」


 人を極めた蜘蛛は、触手の伸張性を活かし、天井から一直線に突っ込んでくる。

 臨界を越えた速度での突貫。

 およそ、人の反応速度で捉えられるようなものではなく。


「コハネ!」

「はいッ!!!」


 多くは言わない。それだけの時間はない。

 ただ握った手から、俺の意思だけを伝える。

 今まで、幾度となくガジェットに対してそうして来たように。

 俺の呼びかけに従い、コハネは手を大きく広げる。

 次の瞬間、俺達の背後に、無数の砲口が姿を現した。


「遠距離砲撃型『パンツァーほう』! しかも必殺の大盤振る舞いです!!」


 本来、配達人が展開出来るガジェットは、1種類につき1つだけ。

 同じガジェットを、何個も同時に起動させるなんてことは出来ないのだ。

 しかし今のコハネ……ガジェットを統御するガジェット『統制機姫ガジェッティア』ならば、そんな制限は意味を成さない。

 自分の思うが儘に、全てのガジェットを、こうして展開可能出来るのだ。


「ファイヤーッ!!!」


 槍衾のように並べられた砲口が、一斉に火を噴いた。

 倉庫を揺るがすかのような轟音と共に放たれた砲撃は、過つことなくサツキに直撃した。

 一切のブレを許さない正確な多重砲撃、それもまた、コハネの制御によるもの。

 真にガジェットを使いこなしているコハネにとっては、その程度の神業など、児戯に等しい。


「な、あれでダメなんて……!」


 しかし、そんな常識を越えた多重砲撃、カウンターの勢いで入った一撃も、サツキはどうにか耐え切っていた。

 その全身から煙を吹きながらも、しかし、見える部分に傷はついていない。

 触手を編んで盾にし、そして自らの皮膚を限界まで硬化させたのか。

 その耐久力もまた、人災たる力の内なのか。

 

 砲撃に押され速度を落とすかと思いきや、更に速度を上げて。

 サツキは再び上空からこちらへと向かってくる。


「――ッ!!!」

「まだだ!」

「分かっています!!」


 既に次のガジェットが用意されている。

 同時に複数展開されていたガジェットの制御を一瞬で切り替え、次のガジェットを起動させるなんてこと。

 そんな難事も、今のコハネにとっては、きっと息をするように繰り出せる。

 それこそが『統制機姫ガジェッティア』の能力。

 あらゆるガジェットを支配下に置く、道具使いの道具。

 自らを道具と称したコハネは、使用者である俺の指示に従い、戦場を掌握する。

 誰かに使われてこその道具……その事実を、証明するかのように。


「物理斬撃型ガジェット『ワンモア切刀せっと』! 行きます!」


 その言葉と同時、サツキの一撃がこちらに到達し。

 しかし、それよりも数瞬だけ、こちらの迎撃の方が早かった。


「――ッ!!!???」


 触手を見に纏ったサツキの総身に、全く同じタイミングで刃が襲い掛かる。

 砲撃を超え、更なる速度で迫って来たサツキ。

 しかし、結果としてその攻撃は叶わず。

 その速度のままで、刃が無数に存在する空間に放り込まれてしまったのだ。

 たとえ全身の皮膚を固めていようとも、自らの速度こそが仇となった。


「――――?????」


 コハネに届くことなく、全身から血を吹き出し、床に叩き付けられるサツキ。

 触手の向こう、かすかに見える顔に浮かぶのは、動揺。

 これまで感じられなかった感情が、確かに感じ取れる。

 それは、サツキ自身の意思が戻って来ているということなのか。

 とにかく、ここが攻めどころなのは間違いない。


「コハネ! ここで決めるぞ!!」

「了解です!!」

「もう、大分追い詰めている! あともう少しの筈だ!」

「分かりました。じゃあ……最後は、これで!」


 コハネは、全てのガジェットを解除して。

 その代わりに、自らの右手に、1つきりのガジェットを展開した。

 物理打撃型ガジェット『ブロッけん』。

 コハネが一番頼りにしてきた、いざという時にはいつも使ってきた、

 最も使い慣れた、相棒とすら呼べるガジェット。

 人だろうが大地だろうが星だろうが、どんなものでも平等に殴る、脳筋100%のガジェット。

 しかし今は、その純粋さこそが頼りになる。


「それじゃあ先輩、行って来ます」


 そう言って、コハネはどこか名残惜しそうに俺から手を放す。

 既に、俺の意思はコハネに伝わっている。

 これ以上、手を繋いでいる必要はないのだ。

 しかし。

 俺は、放された手を強引に掴み、もう一度コハネを見る。


「……先輩?」

「別に、こんな手で良いなら、後でいくらでも貸してやる。だから……」

「だから?」

「さっさと行って、早く戻って来い」

「……はい!」


 声を上げ。コハネは俺の手をふりほどき、駆け出して行く。

 行く先には、今なお全身から血を流しながらふらついているサツキ。

 しかし、コハネの接近を感じとると、すぐさま戦闘態勢を取る。

 コハネが、拳一つで殴りかかって来ることを確認したのか。

 サツキもまた、触手の奥にある自らの手を、コハネに向かって伸ばす。


「――――ッ!!」


 伸ばされたサツキの手。そこに、何本もの触手が纏わり付く。

 五指の先に生えている爪は、触手に包まれ大きく伸張していく。

 更に長く、更に太く伸び切った爪は1つにまとまり、まるで巨大な剣のような形状を取った。

 それこそが、拳を構えながら突っ込んでくるコハネに対して、サツキが選び取った武装なのか。

 拳と剣。

 それぞれを構えた2人、その距離が、極限まで接近して。


「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

「――――ッ!!!!!!!!」


 神造の道具と、人造の災害が。

 決着を付ける為に、唯一の武器を手にして、激突し。


 そして。

 コハネの拳が、爆音と共に砕かれた。


「コハネッ!!!!」


 俺は、見た。

 自分の意思が、自分の道具が、砕けて行く瞬間を、見た。

 コハネの放った『ブロッけん』による一撃は、サツキの繰り出した爪の剣に触れて……その瞬間に爆散したのを。


「――――!!!!」


 ガジェットからは、赤い血液のようなものが吹き出して、周囲を濡らして行く。

 それを見て、サツキの顔に浮かんだのは、笑み。

 仮にサツキが、本当に感情を排した人災に支配されているのであるのなら。

 浮かべる必要のない、余計な感情だ。

 ならば、その隙が。

 相手の武器を砕いたことで喜び、安堵するという、その隙が。

 乾坤一擲の瞬間を与える。


「今だ! コハネ!」


 指示を飛ばす。

 心配などしている余裕はない。

 ただガジェットの使用者として、自らのガジェットの力を行使する。


「はい……先輩!!」


 コハネは、足を大きく踏みしめて姿勢を戻し、前を向く。

 拳を再び振りかぶると、そこには砕かれた筈のガジェット『ブロッけん』が復活していたのだ。

 それを見たサツキの顔から、笑みが消える。

 たった今砕いた拳が、何故そこにあるのか、理解出来ないのだろう。

 

 タネは、単純だ。

 さっきまでと同じように、コハネがガジェットを複数展開したのだ。

 今までと違うのは、並列して展開したのではなく、同じガジェットを、同じ場所に重ねて展開した、ということ。


 いわば、無数に包帯を巻き付けたようなもの。

 表層の拳が砕けたとしても、その奥には全く同じガジェットが既に展開されている。その内の1つを砕いたとしても、拳は止まらない。

 先程、赤い血液と見えたのは、砕けたガジェットの残滓。

 神様謹製のガジェットを砕くとは、流石は人災といったところだが、しかし相手が悪かった。

 コハネの拳が1つだけのものだと、見誤った。

 最後の最後で、人間としての常識に、囚われてしまった。


「――――ッ!!!!????」


 異常事態にすぐさま気付き、なおも苛烈な攻撃を加えてくるサツキ。

 爪の剣は更に鋭さを増し、それを受け止める度、コハネのガジェットは砕かれるが、何度破壊されても、また新たな拳は生まれ続ける。

 その数は、無限。

 1つの拳の上に、無限に展開されたガジェット。

 『統制機姫ガジェッティア』の能力によりガジェットを完璧に使いこなせるコハネだからこそ出来る、強引過ぎる闘い方だ。

 普通、こんな強引で無茶な方法、やろうなんて思わない。

 全ては、今まで幾度となく見て来た、コハネの無茶苦茶さ加減を見て来たからこそ生み出された発想。

 苅家かりやヒビキと、絹和きぬわコハネだからこそ、出来る闘い方だ。


「うおおおおおおおおお!!!!!!」


 俺達2人の、ここまで歩んだ配達の日々。

 それは、確かな結果として、ここに顕現する。

 いくら砕かれようとも、打ち負けようとも。

 拳を振るうものの意志が絶えない限り、その力は消えることがない。

 故に拳は届く。

 コハネという振るい手、俺と言う使い手が、決して諦めないのだから。

 どれだけ強い力で攻めようとも。

 人災。人間として究極の力で、押し通して来ても。

 決して諦めないと、そう誓った2人の意地が、その敗北を許さない。


「――――ッ!?」


 無限の拳で耐え続けるコハネの前に、いよいよサツキの攻撃が止まった。

 それはつまり、コハネの、俺達の番が来たということだ。


「妹さん、ちょっとだけ痛いですけど、我慢して下さいね」


 宣言通りに。

 2人分の力を乗せて。

 どんな防御も、どんな抵抗も、叶うことはない。

 

 ――物理打撃型ガジェット『ブロッけん』 無限起動


 拳から光が溢れ。

 無限に連ねられたガジェットの力が、人災を貫いた。


「これで……終わりですッ!!!!」


 一瞬の無音。

 しかし次の瞬間には、拳のインパクトによる衝撃波が周囲の全てをなぎ倒した。


 究極の拳の一撃は、触手や、硬化した皮膚などもろともせず。

 人間の究極たる人災を、真正面から打ち倒した。


 それが、全ての終わり。

 この、長きに渡る因縁の、決着だった。


   ◆    ◆    ◆         


「…………兄さん?」

「気が付いたか、サツキ!!」


 ボロボロになった地下倉庫での決着の後。

 俺の膝に頭を乗せて、眠っていたサツキが、ゆっくりと目を開く。

 それを確認した瞬間、全身から力が抜けた。

 ようやく、妹が……サツキが、目覚めたのだ。

 正確に言うと途中で目覚めていたような気がしないでもないが、あれは何かこう、違うだろ。

 ちょっとおかしかっただろマイシスター。


「どうしましたか、兄さん。そんな酷い顔をして。泣いているじゃないですか」

「え? いや、嬉しいんだよ。お前が、こうして目を醒ましてくれたことが、本当に嬉しいんだ」

「そうですか。それは、申し訳ないことを、しましたね」

「そんなことはないぞ。お前が気にすることなんてないんだ。何も」


 サツキは、心底疲れている、といった様子。

 一言発するごと、苦しそうに顔を歪めている。

 無理もない。ようやく長い眠りから目が覚めたと思ったら、今度は人災として、その身体を限界まで行使していたのだ。

 見たところ、外見上の変化は元に戻っているが、しかし体内がどうなっているかは分からない。すぐに検査を受けるべきだろう。

 こんな時に、あのヘタレメガネはどこに行ったのだろうか全く。 


「サツキ。とにかく、今は休むんだ。ゆっくり……」

「兄さん……」


 サツキに対して話したいことは星の数ほどあるけれど。

 それでも、今は、未来がある。

 変わらない妹の姿に沈んでいた日々は、今はもうない。

 だから、ここから、少しずつ。

 ゆっくりと、懐かしい日々を取り戻して行こう。


「お前は覚えていないかも知れないけど、色々と大変だったんだからな」

「……いえ、覚えています。私がしたことは、全部」

「そ、そうなのか?」


 僅かに、意気消沈したように告げるサツキ。

 自分のしたことを。

 それは、人災として暴れ回ったことを、認識しているということだろうか。

 あんな見事な暴走、忘れてくれても一向に構わないのだが。

 しかし、妹が人災としての力を、今も秘めているのは事実。

 いつかは、そのことと向き合う日が来るのかも知れない。

 

「ところで兄さん、ひとつお願いがあるのですが?」

「何だ? 起き抜けで喉が渇いたのか? リンゴでも剥いてやろうか?」

「いえ、違います」


 そう言って、何故か怖い顔をするサツキ。

 とんでもなく嫌な予感が、背中を滑り落ちる。

 今のサツキからは、人災と変わらない威圧感があるような。

 いや、まさか、俺の妹に限って、そんなことが。


「簡単です。私の質問に、答えて下さい」

「……質問?」


 思ったよりも簡単なことで、拍子抜けしてしまった。

 正直、大事な妹の為なら何でもするつもりだが。ジャングルの奥地で湧水を汲んでこいとか、お安い御用なのだけど。

 しかしサツキの顔は、どこまでも怖くて。

 ゆっくりと起き上がり、俺と手を繋いでいた、コハネの方を指差して。


「そこの女性は、何者なのですか? というか、何故手を繋いでいるのですか?」

「あ、私ですか? どうも、初めまして。先輩にはいつもお世話になっています」


 俺が何かを言うよりも早く、サツキの問いかけに応えるコハネ。

 瞬時にサツキの顔が苦虫を噛み潰したかのように歪む。

 うん、考えて見ると、サツキは自分がしたことの記憶が残っている訳で、つまり自分のことをボコボコにしたコハネのことも覚えている訳だよな。

 冷静に考えて、良い印象を与えられる筈がない。

 しかも、それを指示したのは兄である俺だし。

 どうしよう、これ。

 どう考えても詰んでいるような。

 しょうがない、ここは何とかして誤魔化すしかない。


「あ、あのなサツキ。これには色々と事情があってな?」

「いいえ、兄さんは黙っていて下さい。折角ですから当人に答えてもらいましょうか。そこの人、貴女は兄さんと、どのような関係なのですか?」

「あれぇ……?」


 しまった、俺の頭越しにコハネに話が飛んだ。

 しかも相手は、ろくでもないことを言うことに定評のあるコハネさんである。

 基本的に頭のネジが飛んでいるのだから。

 つーか、コハネの正体がガジェットだと分かった今となると、頭のネジとか言う表現が洒落になってないな。

 ひたすらに嫌な予感だけが増して行く中。

 サツキから質問を投げかけられたコハネはというと。


「……ふふふ」


 何やら、楽しそうに笑っていた。

 最早、嫌な予感がビンビンである。


「ふふふふふ。先輩との関係、ですか? それはとてもとても一言では言い表せないものです。それを語ろうとするならば、一昼夜は必要になるくらいですよ」

「簡潔に喋って下さい」

「おやおや、そう言われてしまっては、仕方がありませんねー。それではリクエストにお答えして、簡潔に申し上げますと」


 コハネの笑みが、より一層深くなる。

 どうしようか、こいつを殴ってでも止めてやろうか。

 何だったらサツキの方をどこかにやるべきだろうか。

 そんな風に迷っている間に、コハネの口が動く。

 本当に、楽しそうに。

 心の底から楽しいと感じているような、人懐っこい笑みで。


「私は、先輩の道具ものです!!」


 俺にとって、一番まずいだろう答えを、力いっぱい宣言したのだった。


 瞬間、サツキの顔から血の気が引いた。

 多分、俺の顔からも引いた。

 だって、絶対に誤解される奴だもの。

 しかしコハネは、誤解を解こうなんて思っていないようで、むしろ火に油を注ぐ勢いで言い続ける。


「それはもう、毎日のように、道具として扱われていますからねー。この間も、先輩ったら実に情熱的なご様子で、『お前のことを使い尽くしてやるからな!』なーんてことを仰ってくれましたから。いえいえ、私は別に構わない訳ですけどね。先輩の道具として果てるならば、それは私冥利につきるというものですし」

「…………」

「…………」

「他にも『一生を掛けてお前のことを使い潰す』とか何とか言っていたような。全く、先輩ったらこういう時だけやけに積極的なんですから……あれ、どうしたんですか? 先輩も妹さんも、何だか顔がえらいことになっていますが?」

「お前なぁ!!」


 よくもまあそこまで、適当なことを言えるな!!

 俺の言動の捏造に、断固抗議しようとした時。

 背後から、ゆらりと立ち上がる影があった。

 言うまでも無くマイシスター、苅家サツキだ。


「ふ、ふふふふ、分かりました。私が伏せている間に、兄さんは倒錯的なプレイに勤しんでいたと、そういう訳ですね? ええ、兄さんがどのような交際をしようとも、妹である私には関係のないことですが、しかし身内が破廉恥な真似を繰り返しているのなら、それを正すのもまた、身内の仕事ですよねぇ……!?」

「あ、あの、サツキさん?」


 この妹、何だか髪の毛が逆立っているように見えるんですけど。

 まさかまた触手が復活しているのか?

 あいつはもうなくなった筈じゃ!? 


「お、落ち着けサツキ!」

「私は落ち着いています。ずっとベッドの上で安静にしていましたから。むしろ落ち着くことしか出来ませんでした」

「また反論しにくい返しが来たな!!」

「ええ、それに、ずっと寝たきりでしたから、身体がすっかり鈍っています。ですからひとつ、身体を動かして発散しないと」

「ま、待つんだ、まだ病み上がりじゃないか、安静に」

「即刻、不届き者を成敗しないといけません」

「誰のことだ!?」


 俺か!? そうか俺だな!

 じゃあ駄目だな!!


「おっと、簡単に先輩の相手が出来るなんて思わないで下さいよ? まずは、先輩の道具たる、私がお相手しましょう!」

「むしろお前が原因じゃねぇのかな!! 引っ込んでてくれないかな!!」


 こうして、コハネも何やら煽って来るのだ。

 どちらかの肩を持てば、もう片方からやられる気がする。

 こういう時の危険察知能力には自信があるのだ。

 伊達に長年配達員をやっていない。

 じゃあどうするか。


(……逃げるか)


 逃げるしかないよな。

 配達員に残された最後の選択。それこそが逃亡。

 俺は、最後の矜持を全うする。


「そ、そう言えば俺! 社長から呼ばれていた気がするから、ちょっと行って来る!!」


 適当な捨て台詞を残し、その場から駆け出して行く。

 しかし案の定、背後からは反論の声が。


「あれ先輩、どこに行くんですかー?」

「兄さん、そこに直ってくれますか……!?」

「ちょっと-、道具で私だけ置いて行くなんて酷いじゃないですかー」

「きっちり詳しく、説明をして頂きます……!!」

「じゃあな!!」


 背後から聞こえて来る、恐ろしげな2人の声から早足で逃げ出しながら。

 今、こうして得た束の間の自由を、謳歌するとしよう。

 

 逃げながらの終わりなんて、実に締まらないけれど。

 まあ、そんな締まらない感じで、生きて行くのだろう。

 

 俺達は。

 これからも、きっと。



つづく

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