ザ! 配達! DASH!! (5)

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 地下倉庫への着地と同時。

 突然現れた俺に驚くコハネとサツキに向けてハンドルをきり。

 

 そのまま。

 最愛の妹、苅家かりやサツキを、軽トラックで撥ねたのだった。


「あああ……」


 やってしまった。

 やってしまったやってしまったやってしまった。

 よりにもよって、大事な妹であるサツキを、この手で……いや手じゃなくて正確に言うと軽トラックで……跳ね飛ばすなんて。

 俺は、なんということをしてしまったのだろうか。


「あああああ…………」


 サツキを撥ね飛ばした感触が未だに両手に残っている。

 数瞬ごとに後悔の念が襲って来て、窓ガラスに両手を叩き付けたくなる。

 というか、これで何も思わないようだったら人間……いや、兄じゃねえ。


 撥ねられたサツキは、きりもみ回転をしながら吹っ飛んで行き、そのまま地下倉庫の壁際に置かれていたラックに突っ込んで行った。

 衝撃でラックの上のチートアイテムが入っているだろうダンボールの山が崩れ、サツキの上へと積み重なっていく。

 完全に人身事故。

 犯人は俺だ。


 そして、残されたコハネはと言えば、突っ込んで来た軽トラックと、運転席に座っている俺のことを、信じられないというような目で見つめたかと思うと。


「えーと、110番は」

「最初に言うことがそれか!?」


 俺って一応、お前のことを助けに来たんだよな?

 大切な妹を撥ねてまで、お前を助けに来たんだよな!?

 思わず、軽トラックから飛び出してツッコミを入れてしまう。


「もっと他に言うべきことがあるだろ!?」

「だって、普通に犯罪ですし。お巡りさんの出番ですし」

「お前みたいに相手を思う存分殴りつけるのは犯罪じゃないって言うのか?」

「あ、ほら、私って人間じゃないですし。人間の作った法律は適応されないのではないかと……」


 何それズルくない? 

 つーか、その逃れ方は色々とOKなのだろうか。


「いや、社長が言っていたからな? お前は人間だって。身体は機械かも知れないが、確かに人の命が宿っている人間だって」

「何ですって!? これからは人間が作った法律に縛られなくても良いと思ってましたのに!?」

「もうちょっと感動的な場面になっても良かったんじゃないか、今は」


 社長がこいつのことを人間として扱ってくれたことに、ちょっとばかり感動するべきシーンじゃなかったのか。


「そう言われましても、パパ……社長は」

「パパ!?」

「あ、すいません、業務時間中はそう呼ばないようにって言われていたのに、つい」

「あの野郎、パパなんて呼ばせていたのかよ」


 そう言えば娘とか呼んでいたけれど。

 それは何と言うかちょっぴり犯罪くさい気がしないでもない。


「パパは私のことを、普通に人間として扱ってくれていましたよ? むしろ私が自分のことをガジェット扱いすると、その度にパパの顔がみるみる曇って行く感じで。『どうせ私は人間の心を持たないブリキの人形ですから』って言うと、それはもう神とは思えないレベルで凹みますから」

「そういう自虐は止めてやれよ」

「えっと、今度からは気を付けます。それで、あの……」


 コハネは、何だか恥ずかしそうに俯いてから、言う。


「あの、先輩、私のことを助けに来てくれたんですか?」

「……一応な」

「そうですか。あの、色々言いたいことも、聞きたいことも、沢山ありますけど」

「ああ」

「それでも、ありがとうございます、先輩」


 コハネは満開の笑顔で、そう言った。

 そんな笑顔を、随分と久し振りに見たような気がする。

 こうして改めて見ると、本当に裏表のない、朗らかな笑みだった。

 人間だとか、人間ではないとか、全て頭から抜け落ちてしまうかのよう。

 

 その笑顔を見て、自分が来たことを、正しいと思えた。

 神の画策する、運命の最中において。

 それでも、この笑顔を再び見ることが出来たのなら。

 きっと、ここまで俺が走って来た道は、無駄ではなかったのだ。


「いやー、これで先輩が人を撥ねた直後でなければ、良い話風なんですけどねー」

「だからお前を助ける為にやったことだろ!?」

「おっと先輩、私を巻き込もうとしないで下さいよ。罪をなすりつけようったって、そうは行きません。詳しい話は、法廷で聞くことにしましょう」

「お前はどういう立場なんだよ!?」

「法廷の爆弾魔と呼ばれた私が、先輩を必ず極刑に叩き込んでやりますよ」

「面白い。そこまで言うなら相手になってやろうじゃねえか! 俺のゆさぶり戦術を甘く見るなよ。1秒間に16回はゆさぶってやるからな」

「ふざけている場合ではありません」

「お前が一方的にふざけているだけだろ!?」

「いえ、向こうの方で、先輩の妹さんが復活したみたいですし」

「早く言えよ!!」

 

 急いで振り返ると、崩れたチートアイテムの山を触手で強引に吹き飛ばし、起き上がろうとしている妹、サツキの姿があった。

 人災。

 社長の言からすれば、あれもまた、人間の範疇にあるものだということだが。

 今の姿からは、とてもそうは思えない。

 軽トラックに撥ね飛ばされ、大量のチートアイテムの山に押し潰されながらも、なお健在なあの生命力を見れば。

 

「先輩の妹さんは、完全に正気を失っています。乱暴な手段になりますが、一度倒して気を失わせる以外に正気に戻す方法はありません」

「そんな、簡単に行くのか?」

「分かりません。ですが、一度強制的に意識をリセットさえすればどうにか……正直、妹さんの精神力頼みなところもあるのですが」

「そうか、分かった。じゃあ俺がもう一度軽トラックで……」

「多分無理だと思いますよ。さっきは不意打ちだから当てられましたけど、この距離じゃあ、簡単に避けられてしまうと思います」

「何、じゃあどうすれば……」

「何言ってるんですか。そんな時の為の私じゃないですか」


 俺は、コハネの肩を掴み、真正面から見据える。


「力を貸してくれるのか」

「勿論です。なんてったって、私は先輩のパートナーなんですから」


 その、いつもと変わらない口ぶりに、思わず笑いが漏れそうになってしまう。


「……頼りにしているからな」

「先輩の口からそんな言葉が出るなんて、こりゃ明日は……」

「何だよ。雪だとでも言うつもりか」

「来ませんね」

「来ないのかよ!!」

「もう雨が降るとか槍が降るとか、そういう段階ではありませんよ。明日が来るかどうかも怪しいくらいの出来事です」

「何で俺、そこまで言われないといけないんだろう……」


 泣いても良いだろうか。

 別に良いだろう。たまには俺だってさ。


「でも、安心して下さい。たとえ先輩に明日が来なくても、私はそんな先輩のことを見捨てませんから。私が、先輩の明日となって、支えて見せますから!!」

「もしも俺に明日が来ないとしたら、多分お前のせいだからな? お前が責任持って、俺の明日になれよ」

「先輩の言っていることは相変わらず良く分かりませんけど。何だか、こんな会話をするのも、随分久し振りな気がしますね」

「まあな」

「これが終わったら、もっともっと、色々な話をしましょうね」

「ああ、無事に終わったらな」

「先輩の向こう半年分の給料が無事である保証はありませんが」

「保証してくれ! 頼むから!」

「あははははは、ほら、いつもの先輩ですね!」

「うるせえな。こっちは色々と大変なんだよ!」


 そうやって、コハネとかわすやり取りもまた、懐かしく。

 俺は、自分の心が、妙に和らいでいくのを感じていた。

 ここ最近ご無沙汰になっていた、穏やかな気持ちだ。

 

 後は、サツキをどうにか出来れば、全ては上手く収まるのだ。

 そう考え、俺は地下倉庫の端でこちらを窺っているサツキの様子を確認して。


「……ん?」


 サツキの口が何やら動いているのに気が付いた。

 おかしい。人災と化してからの妹は、言葉を発することなんてなかったのに。


「……おい、サツキが、何か喋っているぞ」

「そうみたいですね。あいにく、この位置からでは聞こえないので、遠方集音型ガジェット『メガホーン』を使ってみましょう」

「お前、またそんな良く分からないガジェットを持ち出したのか」

「何を言うんですか。国防総省の一番置の会議室の中で行われてる内緒話も感じ取り、辺り一帯に放送させるっていう優れものなんですよ?」

「使用例が怖すぎるだろ。国家転覆の匂いしかしない」


 コハネは、制服のポケットから取り出していたガジェット『メガホーン』をサツキに向ける。

 普段コハネが使っている力技オンリーのガジェットとは違う、どちらかと言うと俺が使うようなテクニカルなガジェットだが、問題なく使いこなしている。

 それも、ガジェットを使うガジェット『統制機姫ガジェッティア』たるコハネの能力なのか。

 

「あ、先輩、聞こえて来ますよ」

「どれどれ」


 果たして、聞こえて来たサツキの声が、ガジェットを通して辺りに響く。


『目覚めたら兄さんが知らない女とイチャイチャしているのですが私はどうすべきでしょうか私もそれなりに大変で過酷でしんどい状況にあった筈なのにすっかりどうでも良くなりました人災とか衝動とかありましたけど既に忘れかけていますしここは一つ兄さんをくびり殺すかそれともあの泥棒猫をねじり殺すかしてみましょうかいいえまとめてえぐり殺すのが最適ですよねそうしましょう』


「やはり正気を失っているようです」

「そうか!? 本当にそうなのか!?」


 結構正気に戻っているような気もするんだけど!?

 話が通じるかどうかは別として、結構意識ハッキリしている感じだったよね!?


「――ッ!!!」


 サツキは、こちらに対する対応を決定したのか、触手を床に突き立て、こちらへ突撃してくるような体勢を取る。

 その表情が怒りに満ちているように見えるんだが、さっきまでそんな感じではなかったよな? 

 何か怒られることをしちゃったんだろうか。

 

「それじゃあ、頑張って妹さんを、止めましょう!!」

「いや、ちょっと待てって。やっぱりサツキの奴、正気なんじゃ……」

「そんなことでは駄目ですよ、先輩! 下手に相手を心配してしまい、手を抜いてしまっては逆効果です! ここは一つ、思い切り倒す勢いでやらないと!」

「何でそんなにやる気になっているの……?」


 コハネの方も本気なようだ。

 何がこいつのやる気スイッチを押してしまったのだろうか。

 しかし、この期に及んで怯んでいる場合でないのは確かで。


「分かった。コハネ、頼む」

「分かりました。それでは先輩、宜しくお願いします」


 俺の言葉に応えるように、コハネはその右手を俺に差し出して来る。


「ん? 何だ、この手は?」

「先輩。妹さんを救う為に、私を使って下さい」


 そう、真剣な顔でコハネは告げる。

 使う。

 ガジェットである自分自身を使え、と。


「ガジェットである私を。配達員である先輩が使って下さい」

「お前、それは……」


 戸惑い、差し伸ばされた手を見返してしまった俺に、コハネは笑顔で答える。


「大丈夫ですよ。私が、自分のことを人間であると思ってくれている人がいるように。私も、道具として生み出された自分のことを大切にしたいんです。私が生まれた意味、ここにこうして存在している意味の始まりは、人に使われる道具であることですから。だから、そのことを、否定したくはないんです」

「お前は、それで良いのか」

「はい。だから、配達員である先輩が使って下さい。先輩になら、たとえ、このまま道具として使い潰されようとも、大丈夫ですから」

「そんなことは、しないぞ」

「知ってます。先輩は、いつもガジェットを大切に扱っていて、アラタさんに頼んで整備も欠かしてなくて。だから、ガジェットをあんなに上手に使えるんだって」

「……バレてたのか」

「いつも隣で見てましたから。先輩ならきっと、『俺が一番コハネを上手く使えるんだ!』くらい言ってくれますよね」

「バカ、何でそんなこと言わなきゃいけないんだ」

「あはは、そうですよね。えっと、でも、一応言っておきますけど……」

「何だよ」

「私。先輩以外の人に使われる気は、ありませんから」


 嫋やかに微笑むコハネ。

 その瞳は、決意に溢れていて。

 その瞳は、覚悟に溢れていて。

 その瞳は、意思に溢れていて。

 

 あのいけすかない神が考えていたのは、こういうことなのだろうか。

 自らの生まれを、呪うのではなく。

 さりとて、無視するのでもなく。

 何もかもを、自分の今を形作っているものとして、受け入れる。

 誰に強制されるものでもない。

 ただ、自分が確かに生きているということを自覚して、その為に自分を使う。

 自分の使い方を理解する。

 生きて、生き抜いて、自分を手放さない。

 それこそが人間であるということ、その証明なのかも知れない、と。


「…………」


 覚悟を決める。

 元よりこれは、神から託された問題。

 ならば、いつもの『OZ』の業務と変わらない、配達の延長線上にある話だ。

 いつものように、頼りになるパートナーと、共に戦い、越えて行くだけの話。

 ただ、少しばかり事情が違うのは。

 いつもは、大切なチートアイテムを配達するのが仕事だが。

 今すべきなのは、大切なものを取り戻す為の戦い。

 この手から零れ落ちそうになっているものを、取り戻そう。


「……コハネ」

「はい!」

「力を借りるぞ」

「はい!」

「行くぞ!!!」

「はい!!!!」


 俺は、伸ばされたコハネの手を取り。

 そして、手の先から伝わって来るコハネの熱に応えるように念を込めた。


 ――統御人間型ガジェット『統制機姫ガジェッティア』 起動



つづく

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