第5章 爆走ケイトラバトル

爆走ケイトラバトル (1)

「……それにしても、何だか妙な遺跡ですよね」

「そうだな」

「日の光もあんまり射し込まなくて薄暗いですし、お化けでも出そうな雰囲気ですし。カーナビがなかったら迷っちゃうかも知れないですねー」

「確かにな」

「でも、いきなりレースを始めるなんて、うちの社長は一体何を考えているんでしょうかねぇ」

「ああ」

「あ、ひょっとして、いつも働いてばかりの私達に、労いの意味を込めてレクリエーションってことなんでしょうか。そうだとしたら、流石は社長ですね!」

「ああ、そうかもしれないな」

「って、先輩、どうしてそんなにテンションが低いんですか!? いくら今日は有給休暇扱いで、働かなくてもお給料が入る素敵な時間だからって、もうちょっと張り切っていきましょうよ!」

「いいから、前を見て運転していろよ」

「もう! 先輩ってばー!!」


 俺は、軽トラックの窓の外に広がる妙な遺跡を眺めながら、いつも通り、運転席の後輩、絹和きぬわコハネの言葉に上の空で返事をしていた。

 いつもと同じ軽トラックに乗り、いつもと同じく何処かの世界を疾走している。

 ただ、いつもと違うのは、荷台に何も積んでいないということ。

 軽トラックで走っているのが、何かのチートアイテムを配達する為ではなくて。

 ちょっとしたレースに、参加しているということだろうか。


「ああもう、分かりましたよ! 先輩のことは当てにしません! 私だけでもこのレースに勝って、社長から特別ボーナスを貰ってみせますから!!」

「…………そうか」


 社長。

 その言葉を聞いた俺の顔はきっと、苦々しく歪んでいるのだろう。

 思い出すのは、つい数日前のこと。

 俺が、あの暗い地下倉庫で、まさにその社長と相対した時のことだった。


   ◆    ◆    ◆          


「……ああ、それが、君の探していた薬だよ」


 多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の地下倉庫。壁に設置された隠し扉の前で、俺と社長は向かい合っていた。


「……それさえあれば、君の妹の命が失われることは回避出来るとも」


 言葉と同時、社長が投げ渡してきたのは、血塗られたように赤い色をした小瓶。

 それは確かに、俺が今日まで、ずっと探し続けていたもの。俺の目的、そのものとすら言えるもので。

 しかし、実際にそれを手にした俺の心は、晴れることはなかった。

 どうしても、引っ掛かることがあるのだ。


「……何で、そのことを?」


 手の中の赤い小瓶を握りしめながら、俺は社長に問いかける。


「ふむ。『何で、そのことを』と聞くのかい。まさかとは思うけど、君が果たそうとしていた目的に、私が気付いていなかった。なんてことは思っていないだろうね?」

「ッ!?」


 社長は、大きく手を広げて告げる。

 まるで、全てを知り尽くした神のような態度で。


「勿論、私は、ヒビキ君の目的についてしっかり把握しているとも。アラタ君と一緒に倉庫を探っていたことについても、詳しく知っているよ。当たり前じゃないか。何しろ私はこの『OZ』の社長なのだから」


 社長の迫力に気圧される。

 今すぐにこの場から逃げ出したくなる。

 いや、本当に逃げてしまおうか。

 社長が何を考えているのかは分からないが、少なくとも、ここに居続けても何も得られるものはない。

 何しろ、俺が探し続けていたものは、既にこの手の中にある。

 だから、一刻も早く、この場所を離れるべきなのだ。


「しかし!!」

「ッ!?」

 

 この場から退却しようと、背後に向けて踏み出そうとした足が、突如上げられた大声によって止められた。地下倉庫の中、社長の声が何度も反響する。


「だからといって、勘違いして貰っては困るんだよ。別に私は、君達の敵という訳ではないんだからね」

「こんなあからさまに怪しい登場をしておいて、そんな言葉を信じるとでも思っているんですか?」

「信じて貰えないとは悲しいよ。人に信用してもらうことについては少しばかり、自信があったんだけどね」

「そんな自信を持っていたことに驚きですよ。こっちは」

「おやヒビキ君、普段とは随分口調が変わっているじゃないか。いつものように、もっとワイルドな感じで話をしてくれても構わないんだよ。男としてワイルドなのは素晴らしいことなんだから」

「……そういうのは良いので、話があるなら進めて貰えませんか」

「ふむ、まあ、いいだろう」


 社長は右手を顎に当てながら頷くと、もう一度俺の方を見る。


「このまま疑われ続けるのも困るから、ちゃんと明言しておこうか。今、君に渡したその薬は、確かに本物だ。多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』の社長の名前に賭けて誓おう。その薬さえあれば、君の目的は叶えられる」

「…………ッ!!」


 俺の目的。

 俺の心の一番奥に刻まれている、それは。


「そうとも。とある病によって、二度と目覚めることはないと診断され、『OZ』の施設内の病棟に入院している君の妹、苅家サツキ君だったかな。そうやって君が大切にしている彼女の病は完治し、無事に目覚めることが出来るだろうね」

「あんた、サツキのことまで……!?」

「勿論だとも。ヒビキ君が、各世界を回ることで妹さんを治す薬を探す為に、そして莫大な入院費を稼ぐ為に『OZ』に入社し、配達員になったことも知っている。他の病院では手に負えなくて、特別にアラタ君が主治医になり、『OZ』内の病棟にひっそりと入院していることも。アラタ君の手によって、巧妙にその存在を隠されていることも、ね。何しろ、私は社長だから」

 

 確信を秘めた、社長の言葉。

 考えてみれば、目の前にいるのは、世界のバランスを容易に崩せるチートアイテムを多数所有している会社、『OZ』の社長なのだ。

 その力は、神に匹敵するがの如し。

 俺如きの個人的な事情を知ることなど、造作もないことなのだろう。

 とても、趣味の良いことだとは思えないけれど。

 

 駄目だ、呑まれそうになっている。

 

 ここがきっと、俺にとって正念場だ。

 どれだけ焦っても、怒っても、何も良いことはない。

 自分の気持ちさえ保っていれば、それで構わないのだ。


「……とりあえず、社長が俺の敵ではないということは分かりました」


 気を落ち着ける為、一度大きく深呼吸をして、言葉を発する。


「それは良かった。これもひとえに、私の人柄によるものということだね」

「違います」

「うん?」

「仮に社長が敵だとしたら、俺にこの薬を渡してくる必要性も、自分の持っている情報をペラペラ話す必要性もないでしょうから。正直、社長のことは一ミクロンたりとも信用出来ませんけど。少なくとも、敵ではないと判断しました」

「そうか、そういう理由で、か。確かに一つの道理かもしれないけれど、そうか……」


 心底落胆したような様子を見せる社長だった。

 まさか、本気で信頼されていると思っていたのだろうか。

 いや、胡散臭さが服を着て歩いているような人間なので、それは本当に、無理な相談だと思う。


「それで、一体俺に、何をさせようと言うんですか?」

「おっと、流石はヒビキ君だ。そこまで分かっているのなら、話が早いよ」

「さすがに、タダで貰えるなんて都合の良いことは考えていませんから」

 

 いくら、こちらの事情を知っているとはいえ、簡単にチートアイテムレベルの薬を渡してくれるような人物ではないことは、分かっている。

 恐らく、俺がこれからやらされるだろう無茶振りに対しての、前報酬と言ったところだろう。

 本来なら、そんな無茶振りは全力で無視するところなのだが、その場合、最愛の妹であるサツキに何かしらの被害が及ばないとも限らない。

 俺の身に何があろうとも、サツキだけは守らなければならないのだ。


「それで、話って何ですか。アラタの尻なら、いくらでも差し出しますけど」

「ふむ。少し惜しいような気がしないでもないが、またの機会にしておこう」

「惜しいのかよ」


 しかも今度の機会とかあるのかよ。俺は知らんぞ。

 まあ、アラタの後ろの方の心配はともかく。


「何、私の要望なんて、大したことではないよ」

 

 社長は、人差し指をピンと立てて告げる。


「今度、ちょっとしたレースを開こうと思っているんだけどね。君とコハネ君には、是非ともそのレースに参加して貰いたいんだ」

「……はぁ?」


 そんな、底の見えない、訳の分からない話。

 しかし、少なくとも。

 俺に、そいつを断るなんて選択肢は、絶対に存在していないのだ。


   ◆    ◆    ◆            


 こうして、俺は、社長が開くレースに参加することになったのだった。


「本当、何なんだよ、レースって……」


 車窓から見える、良く分からない遺跡を見ながら、一人呟く。

 それくらいしか、俺にはすることはないのだ。

 何せ、俺にとってはこんなレース、何のやる気もないのだから。

 

 何しろ、社長から俺への要求は、このレースに参加して、完走すること。

 どういう形であっても、ゴールにまで辿り着けば、それで良いのだという。

 優勝するとか、1位を取ることを求められている訳ではない。

 

 しかも、報酬である薬は既に受け取っている。

 その薬は、俺の妹、サツキの治療を任せているアラタに渡してある。


「後は、アラタが上手いことやってくれれば……」


 アラタもこの急展開には驚いたようだけど、しかし差し出された薬が確かに本物だということで、すぐにサツキへの処方を開始することになった。

 薬の効果が出るまでには少し時間が掛かるということで、俺に出来ることはもうないだろうと考えて、後はアラタに任せて来た。


 正直、今でも、信じられない。

 これで、妹が、サツキが治るのだと、どうしても信じ切れずにいる。

 サツキを目覚めさせる為に、色々なことをやって来た。

 配達先で手に入れた、巨人族に伝わる薬草、世界樹に滴る朝露から抽出した秘薬、回復効果のあると言われる光の紋章、勇者から手に入れた妖精の薬など、あらゆる手段を試してきた。

 『OZ』の配達員という立場を利用し、数多の世界を越えて、治療方法をずっと探し続けて来たのだ。

 しかし、何をしても、サツキが目覚めることはなかった。

 それが、こんなにも簡単に……。


「……先輩!!」

「……ッ!?」


 不意に横から揺さぶられ、現実に引き戻される。


「ちょっと! 聞いているんですか!?」

「いや、聞いてなかった」

「聞いてて下さいよ! 一人で喋っているなんて、バカみたいじゃないですか! こんなに狭い車内で二人、その内一人が黙っちゃったら、本当に居たたまれない空気になるんですからね!? 独り言を言う訳にも行きませんし」

「別に好きなだけ一人で下らないことを永遠と喋っていれば良いだろうが」

「ああ、いつもの先輩っぽくなってきましたね。こうでないといけません。ところで、お腹痛いのは治ったんですか」

「別に腹を壊している訳じゃないからな?」

「じゃあ、頭が悪かったんですね」

「せめて『痛い』の部分は残せよ! それじゃあ単なる悪口じゃないかよ!!」

「うん、完全にいつもの先輩です」

「お前の中の俺は、どういう扱いになっているんだ」

「悪口守銭奴ゲス男」

「思っていたよりも酷い言葉が飛び出したな!」


 何だ、その怪人みたいな呼び名は。


「先輩のあだ名はともかく、今朝から先輩の様子がおかしかったので、心配していたんですよ? 本当、私ってば、先輩想いの後輩ですよね」

「……それを言わなければ少しは感心したんだけどな」


 軽トラを運転しながら話しかけて来るコハネの方を見る。

 あの、クリスマスの配達を終えた後、『OZ』の地下倉庫で俺と社長の間に突然立ちはだかって、しかしすぐに意識を失ったコハネ。

 俺が発した拒絶の言葉に、ショックを受けたかのように、意識を失って。

 あまりにも現実味を欠いた、不合理な展開。

 あれは、単に気絶した、で片付けられるような様子ではなかった。

 まるで、魂が抜け落ちてしまったかのような倒れ方だった。


 そんなコハネに対して、俺は何も出来なかった。

 ただ、社長に抱きかかえられて消えていくのを見送るだけだった。

 普段、丈夫な姿を見せてばかりのコハネがあんなことになるなんて、初めての経験だった。コハネと組むようになってから初めて見せる、そんな姿だったのだ。

 

 しかし翌日、コハネはあっさりと普段通りの様子で現れた。

 あの後、どうしたのか話を聞いてみると、『え、そんなことあったんですか? 疲れてすぐに寝ちゃっていたので、ひょっとしたら夢遊病で徘徊しちゃっていたのかもしれませんねー』などとふざけたことを言うばかりだった。

 そんな夢遊病があるもんか。


「……全く」


 とにかく、分からないことばかりで。

 あの社長の掌の上で、無様に踊らされ続けているだけのような気もする。

 しかし今の俺には、このレースに参加することくらいしか、出来ることが無い。

 そのやるせなさが、より一層、このレースに対するやる気のなさへと繋がったりしているのだけれども。


「何を苛立っているんですか、先輩」

「苛立ってなんかいないぞ」

「嘘ですね、私には分かりますよ。折角のレースだというのに、いまいち盛り上がりに欠けているから、苛立っているんですよね」

「いや、別にそんなことは全くないんだけど……」

「血が騒がないんですか」

「俺、そんな熱血キャラじゃないし」

「冷血ですもんね」

「お前はどうして一々、俺の悪口を言うんだ?」


 だって、本気でやる気とか無いし。

 完走さえ出来ればそれで良いし。


「まあ、今回のレースは、参加者達が、それぞれ別のスタート地点から、一つのゴールを目指すタイプのレースらしいですからね。今はライバル達がいないのもしょうがないですよ。すぐに合流が始まって、抜きつ抜かれつのデッドヒートが始まりますから、楽しみにしていて下さい」

「お、おう」


 突然、解説員のようなことを言い始めるコハネだった。

 どうでもいいけど、きちんと前を見て運転をして欲しい。いくら直線の一本道とはいえ、危険だと思う。


「それに、一応レース用にアラタさんにチューンして貰っていますからね。更に、私のドライビングテクニックが合わされば、向かうところ敵無しです。お任せ下さい!」


 爽やかな笑みと共に、サムズアップを決めるコハネ。

 こいつ、スピード狂っぽいところがるけど、やっぱり走るのが好きだったのか。


「ちなみに、チューンの内容を聞きたいですか?」

「いや、別に」

「仕方がないですね、教えてあげましょう」

「聞きたくないって言っているのに……」

「実はアラタさんに頼んで、スピードを限界まで上げて貰ったんです。しかし、ただスピードを上げただけでは駄目ですよ。レースでは何より、全体的なバランスが重要ですからね。その辺りも抜かりはありませんよ。そう、例えば……」

「って前を見ろ! 前を!」

「うえッ!?」

 

 コハネが慌ててブレーキを踏む。

 俺達が乗る軽トラックは、けたたましいブレーキ音を立てて、地面の上を滑る。

 数十メートルに及ぶ制動距離を経て、ようやく止まることが出来た。


「……今日ほど、シートベルトをきちんと締めていた自分を褒めたいと思ったことはないな。交通ルール万歳だ」

「だから先輩、いつも言っているじゃないですか。きちんとシートベルトを締めないと駄目だって」

「全くもってその通りなんだけど、このタイミングでお前に言われるのだけは納得がいかないんだよ。前を見ろよ。むしろ前以外を見るんじゃねぇよ。いっそ首をシートに固定でもしてみたらどうだ」

「確かに、もう少しでこの事故に巻き込まれてしまうところでしたからね」

「そういうことじゃねえ」

 

 フロントガラス越しに前方を見る。

 俺達がぶつかりそうになったのは、横転した車……それだけではなかった。

 沢山の車がひっくり返って煙を吐き出していたり、地面にタイヤ痕を残してそのまま両サイドの柱に突っ込んでいたりと、大変な有様。

 それは完全な事故現場だった。

 事故車の脇では、頭を抱えているドライバーらしき人物達の姿。

 どうやら俺達と同じ、レースの参加者らしい。


「何だ、これ。横転に激突って、ただの一本道でどうしてこんな事故が起こるんだよ。居眠り運転でもしていたのか?」

「先輩じゃあるまいし、そんな筈ないですよ」


 失礼なことを言うコハネを小突きつつ辺りを見回すけど、周囲におかしな様子はない。今までと同じ一本道が続いているだけだ。

 しかし、両サイドの柱に激突している車の数は、異常なほど多い。

 まるで、この先に進もうとする車達が皆、周囲の柱に引き寄せられているかのように。


「…………うーん」

「先輩、どうします? このまま進みますか?」

「ああ、このまま進もう。ただ、絶対に、スピードを出すんじゃないぞ」

「え、どうしてですか?」

「いいから、出来る限りゆっくり進めって。少しずつ、絶対に柱とか岩かにぶつからないよう、慎重に進むんだぞ。分かったな?」

「分かりましたけど、柱にぶつからないようにって、どういうことですか? まっすぐ進んでいれば普通、ぶつかることなんてありませんよね?」


 コハネは、疑問符を浮かべながら、軽トラのアクセルをゆっくりと踏む。

 ハンドルの位置は直進で固定したままで、軽トラはゆっくりと前進していくが。


「あ、あれ?」

「どうした」

「おかしいですよ、先輩。ハンドルには触っていないのに、段々と脇の柱の方に向かって行きます。このままじゃ、柱にぶつかって……」

「……やっぱりな。と、いうことは」


 俺は軽トラの窓を乱暴に開けると、手元にあったペットボトルを、軽トラの進行方向に立っている柱の脇へ向けてぶん投げる。


「あいたッ!?」

「えッ!?」


 瞬間、柱の影から聞こえる甲高い悲鳴。


「出て来い! そこにいるのは分かっているんだぞ!」

「酷い! 痛いよヒビキちゃん! 分かっているんなら、投げなくてもいいじゃん!」


 柱の陰から、突然、制服姿の小柄な人物が現れる。

 量の多い栗色の髪をポニーテールにまとめたそいつは、頭をさすりながら、俺達の軽トラのへ近寄ってくる。


「僕の脳細胞が減ったらどうしてくれるのさ!」

「これ以上減ることはないだろ」

「あ、今僕のことをバカにしたね? もう、先輩をバカにしちゃいけないんだぞ!」

「だったら、少しは先輩らしいところを見せてくれよ。とっととガジェットの力を解けって。ほら、早く」


 面倒なことになる前に、この場を切り抜けた方が良さそうだ。

 だというのに、コハネが食いついて来る。


「え、先輩? 誰ですか、このちっこいのは」

「あ、君が絹和コハネちゃんだね! 噂には聞いてるよ! 優秀なんだよね? 社長のお気に入りだとか言ってさ」

「いやぁ、そこまで言われるとは。先輩、こちらの利発そうなお坊ちゃまは一体」

「お前、一瞬で陥落しすぎだよな」


 相変わらず、褒められるとちょろい奴だ。


「ねー、ヒビキちゃん。僕のこと、コハネちゃんに紹介して欲しいなー」

「先輩。こちらの方、私に紹介して下さいよ!」


 ほら、やっぱり面倒くさいことになった。


「ねー、ヒビキちゃん。紹介してくれたら、ちゃんと先に進ませてあげるからー。事故らせないからー。ミンチにしないからー」

「サラリと怖いことを言うんじゃねぇよ」

「え、じゃあ、ここの事故は、全部あなたの仕業だったんですか?」

「そうだよー、正確には僕の持っているガジェット『フレンド疾風しっぷ』の効果だけどね。この一本道を進む車は全部、柱にまっしぐらにぶつかるようになっているのさ」


 ガジェット『フレンド疾風』の効果、それは定めた二つの対象間に擬似的な引力を発生させ、両者もしくは片方の動きを制御するというものだ。

 数あるガジェットの中でも、トップクラスに扱いが難しいと言われるガジェットである。


「え、ガジェットって、どうしてこの子が……?」

「こいつは神谷かみやレオン。こう見えても俺達と同じ『OZ』の配達員だ。お前だって、名前ぐらいなら聞いたことがあるんじゃないか?」

「神谷……神谷レオンって……まさか、毎回表彰されている」

「そう、そのレオンだよ!」


 小さな身体でふんぞり返りながら、レオンはダブルピースを掲げる。

 そういうところが、いまいち先輩としての威厳を持ちづらいところなんだけど。

 しかし、配達員としての実績といい、取り扱いの難しいガジェットを扱う手腕といい、『OZ』の配達員の中でもナンバーワンと言っても過言ではない。


「そんな事ないよ! ヒビキちゃんが本気を出せば、すぐ抜かれちゃうんじゃないかな?」

「人の考えを勝手に読むなよ」


 そんなところも、油断のならない人物である。


「レオン、こっちはコハネ。今俺とパートナーを組んでいる新人配達員だ」

「よ、よろしゅくおねがいしゃす!!」

「うん、よろしくね。話は色々と聞いているよ」

「聞いているのなら、別に紹介する必要なかったんじゃ」

「何だい、全くヒビキちゃんったら失礼なんだから。昔はあんなにかわい……くはなかったかな。あんまり今と変わらなかったよ。僕のパートナーだった時からね」

「お前が、敬語を使ったらミンチにする、なんて言うからだろうが」

「え、先輩とレオンさんって、パートナーだったんですか?」

「ああ、入社当時の頃だけな」

「うん。今のヒビキちゃんとコハネちゃんみたいな感じだったかな。あの頃は素直……じゃなかったね。最初からひねくれていたよ。触れるもの皆傷つける勢いだったからね。ブリザードのヒビキとも言われたものだよ」

「勝手にあだ名をつけるんじゃねえ!」


 いや、そんなことは別にどうでもいいのだ。

 昔話に花を咲かせている場合じゃない。


「それでレオン、お前、こんなところで何をしているんだ?」

「決まっているじゃない、レースの障害だよ」

「はぁ?」


 レオンは、とんでもないことをあっさりと告げた。


「社長から頼まれて、ここに簡単なトラップを張ったってことさ。あんまりつまらないことにガジェットを使いたくないけど、社長から直々に言われちゃったら仕方がないもんね。僕だけじゃないよ。他の社員も、ガジェットを使ってレースの邪魔をする為に潜んでいるってさ」

「何で、そんなことを」

「だって、普通にレースをやってもつまらないもんね。ちょっと派手に盛り上げたい、みたいな感じなんじゃないかな。あ、リタイアさせた台数に応じて特別にボーナスをもらえるんだよ。僕はもう、23台もリタイアさせたよ。すごいでしょ」


 無邪気な笑みを浮かべるレオンだったが、レースに参加する立場としては、たまったものではない。

 ただのレースではないと思っていたけれど、これじゃあ完全にデスレースではないか。ガジェットで狙われるなんて聞いてないぞ。


「あ、そうそう、ヒビキちゃん宛てに手紙をもらっているんだったよ」

「はぁ? 手紙だって?」

「うん。社長から」


 レオンは、制服のポケットから数センチ四方の紙を取り出すと、そこに書かれていた短い文章を読み上げる。


『 敵ではないが、邪魔をしないとは言っていない    社長より』



「……あのクソ社長め」


 どこまでも俺のことをバカにしたいらしいな。


「どうしたのさ、社長から直々に邪魔をされるなんて。さすがの僕だって、そこまでのことはしてないよ?」

「色々あるんだよ、こっちには」


 本当に、ふざけていやがる。

 あの社長は、明らかに俺の事を追い詰めている節がある。単にレースを完走しろ、などと言っておきながら、その実俺のことを邪魔している。

 一体、何の目的があるのか分からない。

 しかし。

 そっちがその気なら、やってやろうじゃないか。


「コハネ! 行くぞ!」

「え、先輩!? 私、もっとレオンさんと話をしたいんですけど……」

「そんなの、このレースが終わった後で、いくらでもセッティングしてやる!」

「それは助かりますけど……って、先輩、急にどうしたんですか? いきなりやる気を出しちゃったりして」

「別に。ただ、ちょっと頭に来ただけだ」

「うんうん、やっぱりヒビキちゃんはそういう顔の方が素敵だよ。『フレンド疾風』の効果は既に解いてあるから、気を付けて行っておいで。コハネちゃんも、バイバイ」

「は、はい!

「行くぞコハネ!」

「な、何だか分かりませんけど、分かりました! 思いっきり行きます!」


 返事と同時、コハネが思いっきりアクセルを踏み込むと、全身にGがかかる。

 そのまま、俺達を乗せた軽トラックは、遺跡の中の一本道を高速で走り出した。

 サイドミラーには、そんな俺達に手を振るうレオンの姿。


「そう言えば、言い忘れていたんだけど! 何だか妙な連中がいるような気がするから、気を付けてよねー!!」


 お前よりも妙な奴なんて、『OZ』にもそうそういないと思う。



つづく

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