配達員とサンタのクリスマス (2)
サンタクロース。
それはクリスマスの夜に、子供の願いに応じてプレゼントを届けに来る存在。
願いがあまりに強い場合は、とても子供とは呼べないような年の人間の枕元にも現れるという話だが、基本的には子供の元に現れる。プレゼントを届ける為に。
その法則に当てはめるならば今回の場合も、該当していると言える。
この世界に住んでいる唯一の人間、小さな男の子の枕元に、サンタクロースは確かに現れ、そしてプレゼントを届けることだろう。
それこそが、サンタクロースの唯一にして絶対の、使命なのだから。
しかし、肝心のサンタクロースは今。
「って、子供だと思って我慢してましたけど、そこまで言われたのならお姉さんも許せませんよ! 先に配達に来たのは私達なんです! それを横から出て来てかっさらおうなんて、そんな不義理で卑怯なことは、絶対に駄目ですからね!!」
「何を言うか、資本主義の犬めが!
「むしろきちんと対価を求める方が誠実ってものじゃあないですか! タダより高いものはありません。そもそもタダで貰ったらちょっと気後れしますからね! 奢ってくれるからってホイホイ着いて行くような安い女じゃないんですよ!!」
「貴様の価値なんぞどうでもいいわ! 子供から対価を取ろうなどとは、それこそ鬼畜の所業ではないか! 儂らには、古来子供達と育んで来た絆があるのじゃ! 今更貴様らの入る余地などない!!」
コハネとサンタロース、滅茶苦茶ケンカしている。
サンタクロースがそんなに汚い言葉で罵り合うのはイメージ的にどうなんだろうか。いや、あんな小さな少女がサンタクロースを務めているという時点で、イメージは滅茶苦茶なような気がしないでもないけれど。
俺達が所属する多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』と、サンタクロース達の間にはシェア争いのようなものがあることも知っている。
今日はクリスマス、一年でサンタが唯一活動する日なのだ。
今まで、争いに巻き込まれることはなかったけれど、今日という日においては、配達先がぶつかるということもあるだろう。
ただまあ、コハネとサンタクロースとの会話を聞いて、俺が思うのは。
「別に、両方届けりゃいいんじゃないのか……?」
いっそ2つとも届けてやれば、誰も損しない。
男の子だって、プレゼントが増える分には構わないだろうに。
しかし、俺のそんな建設的意見とは裏腹に、2人の言い争いは一向に収まることはない。わざわざ割って入るのも億劫なので、とりあえず軽トラックに寄りかかっていると、すぐ傍から俺に向けられる視線を感じる。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
変態が、俺を見つめていた。
近寄る音がしなかったんだけど、こいつ忍者か何かかよ。
変態で忍者なのかよ。
にわかに走る緊張感。
少女がサンタクロースだと分かった今、その変態が、ただの変態ではないということもちゃんと分かっている。
サンタと一緒にいるのだから、そいつは当然、トナカイなのだろう。
多少……いや大分おかしな恰好をしているが、トナカイだ。
どうしてトナカイの格好をしているのかについては、多分聞かない方が良い。
ここは下手なことを喋らずに黙っておこう。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「す、すまん。俺が悪かった!」
「……?」
「いや、変態に黙って見つめられるのって、凄く居心地が悪いんだよ。何でもいいから適当に喋ってくれないか」
「俺は、変態では、ない」
「とてつもなく良い声だな、お前!?」
驚いた。実にダンディなボイスじゃないか。
一発でポリスに連行みたいな格好をしているくせに、何と言うイケボだ。
「おい、お前、トナカイなんだよな?」
「そうだ」
「トナカイだったら、あのちっこいサンタクロースをちゃんと監督しておけよ」
「それは出来ない」
「はぁ? どうしてだ?」
「トナカイは、サンタクロースに、絶対服従するものだ」
「そういう義理堅いのって羨ましいよ、マジで」
うちのパートナーは、それはもう制御出来ない感じだからな!
むしろ率先して大暴れして行くようなやつだし!
「つーか、あんなにちっこいのがやっていて良いのかよ。あれ、どう考えても、サンタクロースを迎え入れる側の子供だろ」
「彼女は、正当な、後継者だ」
「後継者? 何の後継者だよ」
「サンタ道の、だ」
「道? サンタに道なんてあるのか」
「そして、サンタクロースの仕事に、誇りを持っている」
「誇り、ねぇ」
仕事に対して誇りを持つなんてこと、俺には理解出来ない話だ。
仕事はあくまでも手段であって、目的の為に通過するものでしかない。
だからこそ、当のサンタクロースや、コハネのように、仕事自体を誇りにする、なんていうことは。
「じゃあ、決まりですね!!」
「そうだな、儂としてもそれで異存はない!!」
と、何やら話がまとまったらしい。
何だか知らないけれど、互いに睨み合ったまま、ガッチリと握手をしている。
「正々堂々、勝負です!!」
「絶対に負けはせんぞ!!」
「こっちこそ!!」
「貴様を倒し、サンタクロースの誇りを証明する!!」
「あなたより先に男の子のところにプレゼントを配達して、『OZ』の社員としての使命を全うします!!」
「何を言うか。儂の方が先に配達し、サンタ道の力を見せつけてくれる!」
「いざ尋常に!」
「勝負!」
「って何でお前ら、勝手に勝負なんてすることになっているの!?」
突然決まった事態に、思わずツッコミを入れてしまう。
「何で!? 勝負をする必要性とか、一切ない感じのやつだよな!?」
「俺に、異論は、ない」
「いや率先して異論を唱えて欲しいんだけどな!? お前が止めなかったら、誰も止めないだろ、あのサンタ!!」
しかし変態……じゃなくてトナカイは無言で、主人であるサンタクロースの元へと戻って行き、代わりにコハネが戻ってくる。
問題を自分で勝手に膨らませて、事態をややこしくするだけややこしくしたくせに、随分と誇らしげな顔をしていらっしゃいますよねこのバカ後輩は。
「先輩! 先輩の為に話を付けて来ましたよ!!」
「俺のせいなの!?」
「え、でも、先輩って負けず嫌いですし、サンタクロースさんに負けるのも嫌なんですよね? そんな先輩の思いを汲んで、正面から戦って潰す許可を取り付けたんですから、もっと褒めてくれても構いませんよ!!」
「俺が望んだことみたいに言うなよ!!」
別に俺は戦闘狂じゃないし。
無意味な戦いなんてしたくないんですけど!?
「まあまあ、普通に配達をしてもきっと面白くないですよ。完膚なきまでに相手を倒してこそ、私達の正当性が明らかになるというものです! 何より、あんな小さな子に負けるなんて、私のプライドが許しません!!」
「お前のプライドなんかどうでも良いだろ。普通に配達が終われば、何一つ問題なしなんだよ! 普通に配達させろよ!!」
「それじゃあ行きましょう! 私達の勝利に向かって!!」
「聞いてねぇ!!」
こいつはこいつで、真面目に仕事をしているのかも知れないけれど、
根本的な点でずれているような気がするんだよな、いつも。
そして。
草原に引いたラインの上に並び立つ、軽トラックとトナカイ。
ちっこいサンタクロースは、トナカイの肩の上が定位置らしい。
変態トナカイは、サンタ少女を肩に乗せて、恐らくプレゼントが入っているだろう布袋を反対側に背負って、雄々しく立っている。トナカイなのに、ソリとか引いたりしないのかよ。引けよ。
本当に、こんな良く分からないのと勝負をしなくちゃ駄目なんだろうか。
俺以外の皆は、かなりやる気に溢れているので絶望的だ。コハネは運転席から大きく身を乗り出して、横にいるサンタクロースを挑発している。
「絶対に負けませんからね!!」
「ふん、小娘なんぞに負けるものかよ!!」
「そっちの方が小娘じゃないですか!」
「なっ!? 儂のどこがちんちくりんだと言うのじゃ!」
「そこまでは言ってませんけど……そうですね、言われて見れば、確かにちんちくりんですね!」
「また言いおったな! 貴様、儂を相手に、良くもそのようなふざけた口が叩けるものじゃな!!」
「先輩の暴言でいつも鍛えられていますからね!!」
「おい止めろ」
だから何でこっちに流れ弾が来るんだよ!!
サンタクロースの少女が、えらい視線で俺のことを睨んでいるけれど、別に俺は悪いことをしていないよな!? 風評被害も甚だしいよな。
しかしサンタは、不意に視線を外して前を向いた。
つられて俺も前を、ロボットだけが闊歩する草原を見る。
この草原を越えて、更には森林を越えて走って行った、遥か先に、俺達の目指す場所。この世界の唯一の人間が住んでいるという屋敷があるのだ。
その場所、ゴール地点に、先に到着し、男の子にプレゼントを渡した方が、この配達勝負の勝者となる……らしい。
本当にやる意味のない戦いなのだけど、まあ俺は助手席に座っているだけだし、別に負けたところでプレゼントさえ渡せれば配達は完了されるのだ。
だから精々、コハネが奮闘する様子をゆっくり見させてもらおうじゃないか。
そう気楽に思って、座席に体重を預けていると。
「ではさっき話した通り、負けた方は罰ゲームですからね!!」
「望むところじゃ!!」
「こっちが負けたら、先輩はサンタさんのところでトナカイとして働かせますから!!」
「ちょっと待てい!!」
待て。
待て待てまて。
話がおかしくなってないか!?
何で!? 何で俺がトナカイにならなきゃいけないんだよ!?
「大丈夫ですよ先輩! 私がバッチリ話をまとめましたから」
「まとまってねえよ! むしろ被害は甚大だよ!」
「いいですか! 私が負けたら、先輩は素直にトナカイとして馬車馬のように働きますよ! トナカイなのに!! でも、私が勝ったら、先輩をトナカイとして働かせることはなしですからね!!」
「勿論じゃ! 儂も約束は守る!」
「ってちょっと待て! この勝負にかかってるのって、俺がトナカイになるか否かだけなの!? 止めろ。無し。ハイリスクノーリターンにも程がある!」
「お前は、トナカイが似合うと、思う」
「黙ってろ変態!」
やけに澄んだ瞳でこちらを見つめてくる変態を一蹴する。
「逃げないで下さいよ!!」
「そっちこそな!!」
「だから!! やめろっての!!」
肝心の俺の許可が一切取れていないじゃないか。
そりゃ許可なんて取れる訳ないよな、俺だって初耳なんだから!
「じゃあスタート位置に付きましょう、先輩!!」
「聞けよ!!」
「安心して下さい先輩、私がきちんと話をまとめましたから。この勝負に負けない限り、先輩がトナカイとして働かされるような事態にはなりません! 勝てばいいんですよ、勝てば何もかも上手くいきます!!」
「聞 け よ !」
いや聞いて、お願いだから。
しかし、全員に無視された。
「名乗りが遅れたようじゃな! 儂は誇り高き聖夜の流れ星、偉大なる父祖の血を引きし者! サンタクロース道の後継者、ロザリア・クライストである!!」
サンタの少女が、名乗りを上げる。
その赤と白の衣装を靡かせて、高々とトナカイの肩の上に立ち、宣言する。
「それなら、こっちも名乗ります! 多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』所属の配達員、絹和コハネ! この配達勝負に、推して参ります!!」
その、宣言と共に。
俺達の、特に必要のない戦いが、始まってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
「行きますよ!!」
先手を取ったのは、俺達の軽トラックだった。
コハネが思い切りアクセルを踏み込むことで、タイヤが高速で回転し、弾かれるような勢いで草原へと飛び出して行く。
そのまま加速を繰り返し、あっという間にサンタチームを引き離す。
バックミラーに映っているトナカイの姿が、あっという間に小さくなる。
「何だ、楽勝じゃないですか!」
コハネは、バックミラーからの中でどんどん小さくなっていくサンタとトナカイを見ながら呟く。
「ほら、もうミラーにも映らなくなってしまいましたし。あの子、随分と偉そうでしたけど、まあこんなものです。そもそも、徒歩で軽トラックに挑む時点で分かっていましたけどね!! じゃあ、目的のお屋敷までかっ飛ばしていきますよ!」
既に勝ちを確信しているかのようなコハネの言動。
しかしそれは、サンタクロースという存在を舐めているのではないかと、甘く見ているのではないかと、そう思う。
俺達の『OZ』よりも長い歴史を持ち、ずっと子供達にプレゼントを配って来たサンタクロースという存在。積み重ねて来たものには、どんなものであれ、それ相応の重みが発生するのだから。
そのことを、照明するかのように。
不意の振動が、軽トラックを揺らした。
「――ッ!?」
見れば、バックミラーに付けている『交通安全』のお守りが、激しく上下に揺さぶられている。
それは、軽トラックが走る振動によるものだけではない。
もっと、大規模な振動によって揺らされているかのような揺れで。
「な、何ですか、この揺れは! 危ない、ハンドルが取られます!! 地震か何かでも起こったんですか!?」
「……まさかな」
恐る恐る、バックミラーの方に視線を移す。
何かもう嫌な予感で頭がいっぱいで、見たくはないけれど、見てしまう。
そこには。
半ば予想していた通りに。
変態がいた。
「変態だあああああ!?」
変態……ではなくトナカイが、いつの間にか軽トラックと並走している。
窓から身を乗り出して確認すると、トナカイの足は、視認出来ない程の速度で地面を踏みしめて走っている。
にも関わらず、トナカイの下半身部分は一切ぶれることなく水平を保っている。それはどういう走り方なんだよ。やっぱり忍者なのか。
「ふははは、どうした小娘よ!!」
トナカイの肩の上のサンタクロースの少女が高笑いを響かせる。
少女もまた凄いもので、高速で失踪するトナカイの肩の上という、極めて不安定な位置に仁王立ちしているのに、一切姿勢を崩してはいない。
それは、彼女が普段からその姿勢に慣れている、ということを示している。
いやだから、乗れよ、ソリに。
「徒歩と侮ったのが運の尽きじゃ! 儂と、このルドルフの疾走が、そのような自動車如きに離されると思ったら、大間違いということじゃよ!!」
ルドルフと呼ばれたトナカイが、無言で頷いた。
お前ルドルフなんて名前だったのかよ。
名前を奪われて単なる変態に堕しているんじゃなかったのか。
「儂とルドルフは、常にこうしてプレゼントを届けておるのじゃ! 年に一回だけの配達とはいえ、訓練を欠かしたことなどない! どんな悪路であろうとも、関係なしに突っ切るとも!! たとえ水の上であろうとも、走り抜けるわ!!」
サンタとは、トナカイとは一体なんなのか。
「所詮貴様らは、平地を走るしか能のない、タダの自動車ではないか! だが儂らは違うぞ! たかが自動車に、この先の悪路を踏破出来るかのう!!」
少女の言う通りだった。
ここまでの道のりは、平坦な草原だった為に、何も考えずに軽トラックを飛ばすだけで良かった。
しかし、行く手にあるのは、鬱蒼と茂った森林だ。木々の根が地面を走っているのか、地面に凹凸が目立つようになってきている。従って、コハネの運転もやや慎重にならざるを得ない。
下手に根に乗り上げでもしたら、何処かに吹っ飛んでしまいかねない。
対して相手は、基本が足での移動である為に、多少の悪路ならば軽く乗り越えて行く。いや本来ならば歩きにくいと思うのだが、あいつらの脚力はおかしい。
このまま、先にある森林に入ってしまえば。
運転は、更に難易度を増すだろう。
コハネは軽トラックの運転自体には慣れているものの、このような森での運転に経験がある訳ではない。
というか、こんな深い森、普通は軽トラックで来ないし。
「くっ、このままでは遅れを取ってしまいます! たとえ負けたところで私には何も実害がない勝負だとはいえ、決して負けたくはありません!!」
「お前ぶっ飛ばすぞ」
「という訳で」
「は?」
コハネがハンドルから手を離した。
この悪路でハンドルから手を離すなんていう行為、控えめに言っても自殺行為でしかない。
「お前! 何をやって!?」
「それじゃあ後はお願いします!!」
「おい!!」
言うや否や。
コハネは器用にも、開いていた運転席の窓からするりと抜けだして、そのまま軽トラックの屋根の上へと昇ってしまう。
当然、ハンドルを制御するものは、誰もいない。
「おおおおおおおい!!」
慌てて助手席からハンドルを掴み、軽トラックの姿勢を保つ。
激しい揺れに姿勢を崩しそうになるも、急いでハンドルをしっかりと握りしめることで、どうにか安定させることが出来た。
と言っても、先に拡がっているのは相変わらずの悪路で、しかも揺れの為に運転席に移ることも出来ないので、ちっとも安心は出来ない。
そんな中、屋根の上でサンタクロースを睨みつけているコハネだ。
いやもう本気で何やってんのこの後輩は!
「おいコハネ、何やってるんだ。今すぐ戻れ!」
「こうなったら、もう相手の足を直接止めるしかありません! 幸いなことに、この勝負は、互いに対する妨害が認められています!」
「はあ? お前、何を言って……」
「先輩、私はちょっとあっちに行って妨害して来ますね! ちゃちゃっと殴り飛ばして来ますんで! 先輩は適当に運転をお願いします!」
言葉と同時に、コハネは制服に着いているバッジに手を当て、ガジェットを起動させる。
加速のガジェット『アクセラレ板』を足元に展開し、
両の拳には破壊のガジェット『ブロッ拳』を展開している。
それはコハネが、思いっきり破壊行動を行いたい時に使用する、使い慣れたガジェット。
要するに、本気だということだ。
「ちょっ、お前、本気でやるつもりなのかよ!!」
「大丈夫、サンタクロースはそのまま、変態だけぶっ飛ばす感じで行きますから! サンタクロースを信じている先輩が悲しむことはありません!」
「いや、いくら変態だからってぶっ飛ばすのはどうなんだ!? 変態だって生きているんだぞ?」
「勝利の為には、涙を飲みます」
「……って言うか、変態をぶっ飛ばしたら、肩の上に乗っているサンタクロースも当然ぶっ飛ばされるんじゃないか?」
「あっ」
「……おい」
「行きます!!」
「せめて言い訳をしてから行けよ!!」
「私だって鬼じゃありませんから、足止めさえ出来ればいいんですよ! ちょいと森の中で眠っていてもらえば、それだけで。それじゃあ改めて、行きます!!」
コハネが、跳んだ。
一直線に、先を行くサンタクロースとトナカイに向かって。
軽トラックの屋根を蹴って飛び出したコハネは、更に頭上の木々を蹴ることで方向を変え、また勢いを増して、サンタクロースの方へと突っ込んで行く。
その様子はまさに三次元機動、相手は反応すら出来ないままで、前に走って行くしかない。
そして、幾度目かの跳躍の後。
「貰った!!」
コハネが、サンタに向かって一直線に落ちる。
それは完全なる死角からの一撃。
しかも、視認出来ない程に高速の打撃だった。
相手は成すすべなく、それを食らうしかない。
「喰らええぇぇぇぇぇ!」
しかし。
トナカイの肩の上に立つサンタクロース……ロザリアと名乗った少女は笑い。
「甘い」
そして、指を一つ鳴らした。
それだけで、攻撃の体勢に入っていた筈のコハネは。
突然、あらぬ方向に吹き飛ばされた。
「――ッ!?」
目の前で、急激に方向を変えられて、吹き飛ばされるコハネ。
しかし、木の枝を蹴りつけて、強引に体勢を戻した。
そしてまた、加速のガジェット『アクセラレ板』を再度使用し、一直線に殴りかかって行く。
しかし、その攻撃も。
「甘いと、言っておる!!」
再びサンタが指を鳴らすと、コハネは、空中で突然殴られたかのように姿勢を崩してしまう。
コハネは、再び吹き飛ばされたにも懲りず、今度は枝の間を何度も往復して、攻撃の機会を窺い。幾度も攻撃を繰り返していくが、その全て阻まれてしまう。
角度を変え、速度を変えて放たれる全ての攻撃が、同様に通用しない。
「何だ……何が起きてるんだ……?」
ここから見る限り、サンタの少女は、特に大きな動作をしている訳ではないし、道具を使っている様子もない。
ただ、コハネの方を見て、指を鳴らしている。
それだけで、コハネがやられているのだ。
まるで雨のようにサンタクロースとトナカイに降り注がれるコハネの攻撃。
しかし、その全てはサンタとトナカイに届くことはなく。
そうして、何度目かの攻撃の果てに。
「あっ!?」
コハネが、一際強く、吹き飛ばされた。
まるで、拒絶するかのような、激しい打撃。
そのまま、コハネは地面に激突しそうになって。
「くっ、まだです!!」
しかし、その身体が地面と激突することはなかった。
加速型のガジェット『アクセラレ板』を使用し、吹き飛ばされた動きを加速させ、そのまま周囲の木をクッションにすることで、衝撃を和らげることに成功したのだろう。
しばらく見ないうちに妙にガジェットの扱いが上手くなっているじゃないか、後で褒めてやろうじゃないか。
とにかく良かった。
地面に叩きつけられて、潰れたトマトみたいになる後輩はいなかったんだ!!
しかし。
そんな、喜びも束の間の出来事だった。
木をクッションにして衝撃を和らげたコハネは、このままでは埒があかないと判断したのだろう。地面へと降り立った。
俺のすぐ傍。
軽トラックの進む道の延長線上へと。
「って、何でそこにっ……!?」
運転席に移動しようとする途中の俺は、当然ながら、ブレーキに足は届かない。
そもそも、これだけのスピードを出しているのだ。
どうやっても、すぐに止まることは出来ない。
そうして。
訪れてしまったのは、最悪の結果。
「コハネッ!!」
「えっ?」
鈍い殴打音が、辺りにこだまする。
最悪の感触が、軽トラック越しに響く。
俺は、
コハネを撥ねてしまったのだった。
つづく
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