間章
社食の鉄人
「という訳で、やって来ましたよ! 『OZ』の社員食堂に!!」
やけにテンションの上がっている後輩、
そこは多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の本社ビル内にある社員食堂だった。
「でも、『OZ』の社員食堂って、こんなに広かったんですね」
「まあ、俺達配達員だけでなく、『OZ』の社員の大半が使用しているからな」
「私、初めて来たからビックリしちゃいましたよ」
「そういやそうか。いつもは大体コンビニで済ませているからな」
「先輩はいっつも、コンビニの格安おにぎり2個で済ませていますもんね。しょうがないから、私も付き合って、コンビニおにぎりで我慢しているんですよ?」
「我慢ってお前、メチャメチャ量を食うじゃないかよ。おにぎり10個って、それもう大好物だろ。つーか食い過ぎだ。太るぞ」
「適度な運動をするから問題ありません!!」
「適度? あれは適度なのか?」
コハネの言う運動、それはランニングマシーンでフルマラソンとか、嵐の中で滝登りとか、そんなレベルのやつばかりなのだ。一度、無理矢理付き合わされた時は、翌日はベッドから起き上がれなかった程である。
とはいえ、コハネの言う通り、
俺達の食事は、大体コンビニで買って済ませてしまっている。配達員は基本的に移動時間が多い為、移動中に食べられる食事を重宝しがちなのだ。
今日は、本社に顔を出す用事があり、たまたま時間も空いている。
それならたまには社員食堂にでも、ということで、コハネと共に来たのである。
何しろ、社食なら安いからな。
「しかし、本当に広いですよねー」
「ああ、広いな」
「それに、人が沢山いますよねー」
「ああ、沢山いるな」
「ゴミのようですねー」
「ああ、ゴミだな」
「食事処でなんて汚いことを言うんですか先輩!」
「お前が先に言ったんだよな!?」
まあ、そんな不毛な言い合いをしていてもしょうがない。
さっさと注文しよう。腹も減った。
「さてと、今日は何を食うかな」
「あれ先輩? メニュー表とか食券の販売機とかが見当たらないんですけど?」
「ん? ああ、ここは、そういうものは必要ないんだよ」
「え、じゃあどうやって注文するんですか?」
「ほら、見てみろよ」
コハネに指し示したのは、食堂と厨房とを繋げているカウンター。
カウンターの奥には、様々な設備を取りそろえた厨房が見える。しかしそれは、こちら側、食堂の広さとは比べ物にならない程にこじんまりとしている。
カウンターに並んでいる『OZ』の社員達は、自分の番が来ると、次々に食べたいものを厨房にいるおばちゃんに伝える。
注文を聞いたおばちゃんは、一瞬厨房の方を向いたかと思うと、次に振り返った瞬間には、既にその手には、料理の乗ったトレーが載せられているのである。
「……あれ!?」
その様子を見たコハネは、目を丸くする。
「いつの間に料理が。私、見逃しましたか?」
「いや、あれで良いんだよ。あれが、『OZ』の社員食堂の仕組みだ」
「え、でも、調理をしている時間なんてありませんでしたよね? しかも、待ち時間無しで、次々と料理が出来ているんですけど?」
コハネの言う通り、それは奇妙な光景だった。
おばちゃんが注文を聞くや否や、即座に料理が出てくるのだから。
「しかも、注文された料理のバリエーションも、何だかとんでもないんですけど。ラーメンにカレーに特上寿司、石狩鍋に北京ダックにキビヤックって、とても作り置き出来ないものまでありますし……」
「そこはまあ、『OZ』だから、な」
「え、どういうことですか?」
「ガジェットの力を利用しているんだよ」
どんな料理でも、料理名を言うだけで、たちどころに用意してしまうガジェットが、『OZ』の社員食堂には存在している。
そのガジェットの力で、様々な料理を生み出し続けている。これだけの大人数を楽々とさばいていけるのも、ガジェットの力あっての事なのだ。
「はあ、そんな夢のようなガジェットがあるんですねぇ」
「試しに注文してみろ。好きな料理を言えばそれが出て来るからな」
「成程、それは悩ましいですね」
そう言って、コハネは真剣な顔で悩み始めた。
そんな真剣な顔、仕事中でも見た事が無いんですけど。もっと仕事のことで真剣になったらどうなんだ。
まあ、俺が言えたことでもないな。
「うーん……」
「そんなに悩まなくても、食べたいものをパッと言えばいいだけだろ」
「じゃあ、コンビニの塩おにぎりで」
「コンビニで買え!!」
「えっ、でも、何でも好きな料理を注文して良いんですよね?」
「良いけど! もっと他に何かあるだろう!」
「じゃあ、お婆ちゃんが涙を流しながら偶に作ってくれた味噌汁を!」
「重い!! お婆ちゃんに何があったんだ!?」
「まあ、私にはそんなお味噌汁を作ってくれるようなお婆ちゃんはいないので、どんな味か知りませんけど……」
「突然そんな話を始めるなよ。怖いだろ」
「試しに、海の底のヘドロ丼とか、産業廃棄物フライとか、ネジとナットのサラダとか、頼んだら出て来るんですかね」
「怖い! お前の発想が怖い!!」
単なる食事で、どうしてそんな猟奇的な発想をするんだ。
そこまで行ったら、最早超常現象だろ。食べ物で遊ぶんじゃない。
「まあ、折角ですし、色々と頼んでみましょうか。そう言えば、そのガジェットの名前って、何なんですか?」
「ん? そう言えば、何だったかな……」
「分かった。『グルメテーブルかけ』ですね!」
「絶対に違うからな!? いや効果は同じようなものだけど! それは断じてガジェットではない!!」
「そうですか。ちなみに、私が一番欲しいのは『悪魔のパスポート』ですけど」
「チョイスが物騒過ぎやしないか」
「じゃあ先輩はどんなひみつ道具が良いって言うんですか?」
「『ひみつ道具』って……もう隠す気がないな、お前。そうだな、『フエール銀行』とか最高だよな」
「先輩の欲望がストレートすぎて涙が出て来ますね」
「ほっとけ」
そもそも、あの青狸は存在自体がかなりなチートアイテムな気がする。
ひょっとしたら、あいつも『OZ』の倉庫に眠っていたりするんだろうか。
「ふぅ、腹減った……」
無事に料理を受け取り、テーブルに座る俺達。
俺が注文したのは、結局普通の醤油ラーメンだった。コハネが色々といらんことを言うものだから、無難な選択しか出来なかったのだ。無論、この食堂の出すものだから、味は保証されているのだけど。
対するコハネは。
「いやー、これだけあると壮観ですよねぇ」
「またえらい量を頼みやがって……」
テーブルに並んでいるのは、どこかの王族の食卓か、と思わせるような大量の料理の数々だった。しかも統一感などはなく、有名チェーンのハンバーガーセットから本格的中華料理、原色に彩られたケーキまで揃っている。
「それでは、いただきまーす!!」
「……いただきます」
開始の叫びと同時、目の前の料理を即座に平らげ始めるコハネ。
まるで魔法か何かのように、料理が消えていく姿は、こちらの食欲を減退させるには十分だった。
しかも、コハネが注文をする時に『今日は俺のおごりだ』だなんて迂闊なことを言ってしまったのも、俺の食欲減退に一役買っている。
今、コハネの食べている料理の代金は、俺の給料から引き落とされるのだ。
いくら、倉庫での化け物退治での活躍のご褒美とはいえ、まさかこんなに食べるとは思わなかった。
言わなければ良かった。
もう二度と言わないぞ。
「……全く」
食べないと身体が持たないのは事実なので、仕方なしに箸を動かしていく。
しかし、ちっとも食べている気がしない。頭の中は、みるみる減っていく今月の給料のことで一杯だ。
と、俺達のテーブルの近くに誰か近付いて来る。
「あ、あのっ」
「ん?」
声を掛けて来たのは、『OZ』の事務員の制服を着た、眼鏡の女性。
「あれ? 確か、アンタは……」
少し考えて、思い出した。
彼女は、俺が憎き怪盗に翻弄されて怒り狂っていた時、俺に社長からの呼び出しを伝えて来た事務員だ。眼鏡の奥から、不安そうにこちらを見つめてくる瞳には覚えがある。
というか、あの時のことを思い出すと、俺からガジェットを奪った怪盗への恨みも蘇ってくる。
あの怪盗の奴め、本気でどうしてくれよう。
やはりガジェットの恨みは、ガジェットで晴らすのが筋というものだろう。
あらゆるガジェットを駆使して、あらゆる責め苦を味わわせてやろうじゃないか。
あの怪盗のクソ生意気な面を悲鳴に歪ませてやる。
勿論、ガジェットの使用料は全て怪盗持ちだ。
くっくっく……。
「ヒィッ!?」
瞬間、目の前の女性事務員が悲鳴を上げる。
その瞳は、とんでもなく恐ろしい物を見てしまったかのように見開かれている。人をここまで怯えさせるとか、今の俺はどんな表情をしているんだろうか。
慌てて平静を保ち、表情も元に戻す。
「ああ、悪いな、驚かせたか」
「いえ、大丈夫、ですけど……何か、あったんですか? 凄い悪い顔をしてましたけど……」
「別に、大したことじゃないけどな。どうしても許せない奴のことを思い出して、ちょっと怒りが蘇っただけだ」
「許せない、ですか……?」
女性事務員は、何だか妙な表情を見せた。
申し訳ないというような、諦めているような、そんな表情。
それは、見ているこっちが不安になってしまう程の、沈んだものだった。
「えっと……それで、何か用か? 俺、アンタに何かしたっけ?」
「ふぇ!? え、別に、何もして、ないです……」
「それなら良いけど。もし何か気になることがあるんだったら、言ってもいいんだぞ。まあ、満足のいく答えなんて出せないかも知れないけど」
「はぁ……」
女性事務員は、俺の方をもう一度見ると、ぽつりと零す。
「謝りたい相手が……いると言いますか」
「じゃあ謝ればいいんじゃないのか?」
アッサリとした俺の答えに、女性事務員は食い下がる。
「で、でも、ちょっと謝りづらいというか。謝っても許して貰えず、むしろ怒られそうというか、ぶっ飛ばされそうというか、あらゆる責め苦を味わわされそうと言いますか……」
「何だ、酷い奴だな」
「……酷い奴?」
「ああ、そんな酷い奴が相手なら、別に謝る必要はない。むしろ無視してもいいんじゃないか?」
「無視、しても良いんですか……?」
「アンタ、それはわざとやったって訳じゃあないんだろ?」
「……はい。私のミスはありましたけど、でも、あんなことになるなんて……」
「だったらいいんじゃないのか。わざとやったのならともかく、ミスしたのを怒ろうとするなんて、そんな奴、無視しても問題ない」
「本当、ですか?」
「ああ! 俺が保証する! 謝らなくて良い!」
俺の言葉に、女性事務員は大きく頷く。
「……分かりました。ありがとう、ございます」
「別に、大したことなんて言ってないから、気にしなくていい」
「はい。それでも、ありがとうございます!」
俺の言葉が、何らかの効果を示したらしい。
女性事務員は、先程までとは違い、少しは明るい顔を見せるようになっていた。
その顔、何だか、どこかで見たことが……それも『OZ』の社内ではない場所で見たような気がするんだけど……どこだったろうか?
「あの、これ、お礼です。良かったら、デザートにでも食べて下さい」
そう言って一礼をすると、俺のテーブルに何個かのミカンを置いて、女性事務員は足早に去って行く。
こちらが呼び止める余裕もない。残されたのは果物だけだ。
というか、食事もせずに俺に話して来るだけなんて、あの女性事務員は、社員食堂に何をしに来たのだろうか。
「しかし、ミカンか。食欲が無い時はありがたいな。早速頂くとしよう」
食べ終えた醤油ラーメンのどんぶりを脇にどかし、女性事務員から貰ったミカンを手に取る。手で皮を剥くと、瑞々しい香りが辺りを包む。
「うん、美味しそうだ。あーん」
「――ッ!!」
「おわ!?」
ミカンを食べようとした俺を邪魔するように、突然テーブルに倒れ込む人影。
そいつは、精根尽き果てたという様子で、必死にずりずりと椅子に座ると、そのままピクリとも動かなくなった。
その白衣を着た姿は、死体にしか見えないけれど、どっこい生きている。
というか、生きていないと色々と困る。
「…………」
「おい、アラタ」
「……ううう」
「駄目だ、やられていやがる」
それは、『OZ』の整備師でありながら、同時に医者の仕事もこなしている、数少ない俺の友人、
何があったのか、体力ゲージがすっかり空っぽになったように倒れ伏している。呻くだけの元気はあるようだが、それでも放置していたら本当に逝きかねない。
「た……」
「た?」
「たべ……もの……」
「食べ物?」
アラタの口から零れる、蚊の鳴くような声。本当に生きているのだろうか。
ともあれ、欲しているのは食べ物のようだ。
俺は、食べかけのミカンをアラタの口に押し込んでやる。わざわざくれた女性事務員には悪いが、死にかけの友を救うのに使わせて貰おう。
数瞬後。
アラタは立ち上がると同時に、テーブルの上で妙な決めポーズを決めて叫ぶ。
「よう! ヒビキじゃないか!」
「いきなり元気になり過ぎだろ!?」
ちょっと待て。こいつ、さっきまで死にかけていたよな。ミカンを食べさせるだけでこんな元気になるって何なんだよ。
あのミカン、変な薬でも入っていたのか。
それとも、こいつはミカン星人か何かなのか?
「ふう、しかし助かったぞ。おかげで窮地を脱することは出来た」
アラタは、テーブルから降りて俺の前の席に座る。
「一体どうしたんだ。徹夜明けの学生みたいな疲れ方をしやがって」
「似たようなものだな……ここの所、ちょっと色々と仕事が重なっていてね。おかげですっかりこの様さ」
「まあ、お前は文字通り二人分働いている、みたいなところもあるからな」
「おや、ヒビキが心配するとは珍しいな」
「別に心配している訳じゃあねえよ。それに、ことはお前だけの問題じゃないんだからな」
「ああ。しかし大丈夫だ。“彼女”のことは問題ない。うん、問題ないというか……現状に、変化は無いと言った方が正しいかもしれないがな」
「……そうか」
アラタからの報告を聞いて、俺の心は特に動かない。
この状況に、慣れているのだ。慣れてしまっているのだ。
そんなことではいけないのに。
しかし、何も変化が無いということが続き過ぎて、それが普通だと思い始めてしまっているのかも知れない。
「どうしたんだ、ヒビキ。今日はいやに素直じゃないか」
「何だよ、突然」
「いつもそんな風にしていれば、コハネさんも少しは気が楽になるんじゃないか?」
「はぁ? 何でコハネが出て来るんだよ」
「だって、大切なパートナーじゃないか。いつも世話になっているんだから、もっと優しくしてあげても良いだろ?」
「大切かどうかはともかく、代え難いパートナーではあるな。何しろ頑丈だ」
「それは、女性に向けて言う言葉ではないと思うけどな」
何が楽しいのか、アラタは半笑いでこちらを見てくる。
「それに一応、俺だって、優しくしているんだからな?」
「ほぉ、どんな風に?」
「運転中のコハネが安心して運転に集中出来るように、美声を活かして、子守唄を歌ってやったりしたんだぞ」
「それは運転妨害と言うんじゃないのか?」
「何ならお前に対して歌ってやってもいいんだぞ」
「止めろ。男の子守歌で眠らされるなんて、これ以上ゾッとすることはない」
「失礼な、格安なんだぞ」
「お金が取れるほどの子守歌なのか? だったら逆に聴いてみたくなるな」
「完全にバカにしているだろ、お前。さっきまで死にかけていたくせに!」
「ふん。安心したまえ、こういう時の為のガジェットも用意しているからな」
そう言ってアラタは、白衣のポケットから何かを取り出す。
それは、小さなカプセルのような代物で。
「何だ、そりゃ」
「ふふふヒビキ! 良くぞ聞いてくれた! これこそは僕が手塩にかけて開発した滋養強壮疲労回復型ガジェット、その名も『リポビ
「……色々とギリギリな気がしないでもないが、どういう効果なんだ?」
「これを一粒飲めば、たちどころに目が冴え、身体の疲労が一瞬で消え、精神的にもかつてない程に高まるんだ! これさえあれば、多少の徹夜なぞ何するものぞ! 72時間働けますか! ブラック企業が相手でも、何ともないさ!!」
「……で、副作用は何だよ」
「どうして副作用があると思うんだい?」
「……いや、あるだろ?」
「まあ、あるけどな」
「あるんじゃねえか!」
いかに理から外れた力を持つガジェットとはいえ、そんな都合の良い話がある筈がない。どうせ、一日効果がある代わりに三日寝たきりになるとか、そんな感じのとんでもない副作用があるのだろう。
「いやいや、大した副作用じゃないぞ? ほら、ヒビキも一粒試してみたらどうだ? 丁度モルモ……じゃなくてモニターが欲しかったんだ」
「モルモ? モルモって何だ!? 俺をモルモットにするつもりか!?」
「ふん、進歩には常に犠牲がつきものだというのに」
「自分の身体を好きなだけ犠牲にしてろ!」
手元にあったミカンの皮を、アラタに向けて投げつけるが、しかし見事にキャッチされる。
テーブルの上には、更にミカンの皮が大量にある。それを掴み、もう一度投げようとして。
「ってちょっと待てお前! 何でそんなにミカンを食べているんだよ!」
見れば、先程女性事務員から貰ったミカンは全て剥かれ、アラタの手の中にある。最後の一粒も、アラタの口の中に放り込まれ。
「うむ、ご馳走様」
「ちょっと待て。それは俺が貰ったミカンだぞ! 何でお前が全部食べてるんだよ!」
「これは、何か特別なミカンなのか? まるで力がわき出てくるような味だったぞ。変な薬でも入っているのか?」
「そんな問題じゃねえ。金払え、金。賠償金を要求するぞ!」
「うん。大分ヒビキらしくなってきたじゃないか」
「はぁ?」
「ヒビキに、あまり暗い顔でいられるとこっちも調子が狂う。俺達の目的は同じ筈だからな。ヒビキが無理をするというのなら、俺も無理をするさ」
アラタは、俺を指差すと、したり顔で告げる。
それは、まるで共犯者に悪巧みを語りかけるように。
「って、何を誤魔化そうとしてやがる! 俺のミカン! 俺のミカンだぞ! しかも、何か力が湧くぐらい美味しそうなミカンだったんだろ。ひょっとしたら、とんでもなく高い奴だったのかもしれない。金だ! 金を払え!」
「うむ。いいぞ、その調子だ! さらば!」
笑いながらそう言って、食堂の出口へと逃げて行くアラタ。
あいつも、結局何しに来たのだろうか。
◆ ◆ ◆
来た時とは真逆、しっかりとした足取りで逃げて行くアラタを見送っていると、隣から大声が聞こえる。
「ごちそうさまでした!!」
どうやら、コハネが食事を終えたらしい。
手を合わせているコハネの前に並んでいるのは、平らげられた皿の数々。
さして大柄でもないコハネの身体のどこに入ったんだという量を、見事に完食していた。
「はあ、美味しかったですねぇ。さすがはうちの社員食堂、あなどれません!」
「今度からは自分の金で食えよな?」
「はい先輩、ゴチになります!!」
「自 分 の 金 で 食 え よ な」
毎回こんな量を食われてたまるか。
「こんなに美味しい料理をスルーしていたなんて深くでした。特にあの、
「誰なんだよ、呉青葉さん。知り合いかよ」
「さっぱり知りませんけど、頼んだら出て来たので、美味しく頂きました」
「何で誰かも分からない人の料理を頼むんだ、お前」
「お友達の家で出された食事の、自分家とは違う感じの味付けに違和感を覚えて、ちょっと食欲がなくなるとか、そういうことはありませんからね!」
「妙に具体的な例えを出すな。止めろ」
「久しぶりの実家で出された、ちょっと食べ慣れない郷土料理風に戸惑いながらも、親戚の手前食べないなんてことは出来なくて、それでもやっぱりちょっと箸が伸びなくなるとか、そういうことはありませんよ!!」
「だから止めろ!!」
もう少し、会話にブレーキを掛ける努力をしてくれないのだろうか。
変に色んな人のトラウマを呼び起こすんじゃない。
「そう言えば先輩、さっき誰かと話してませんでした?」
「はぁ? 話をしていたけど……お前、気付かなかったのかよ。こんなに近くで話していたのに」
「食事に集中していたので全く気が付きませんでしたね!!」
アラタなんて、テーブルの上で叫んだりもしていたのに、何なんだこいつ。
「でも先輩。何だか、妙にすっきりしたような顔をしていますよ」
「え?」
「誰と何を話していたのかは知りませんけど。ここのところ、先輩は、いつも疲れている様子でしたから。でも今は、少し解消されているような感じです」
「……そう、なのか?」
「はい!」
俺の前に立ちふさがっている問題は、まだ何も解決していない。
俺の抱える事情は、ちっとも解消されていないのに。
それでも、後輩であるコハネの目からそう見えているのは、何と言うか。
「何だか、凄い負けたような気がする……」
「な、何ですかそれ!!」
「いや、基本的に周囲のことを考えないで大暴れしているようなお前に、観察されていただなんて、それはもう敗北以外の何物でもない。むしろ惨敗とすら言える」
「凄く失礼なことを言っていませんかね?」
「こうなったら、俺もお前のことを観察するしかないな」
「止めて下さいよ。セクハラじゃないですか。訴えますよ」
「ふん、お前に訴えられるような隙を俺が見せると思っているのか? 裁判に持ち込んだとしても、必ず逆転無罪にしてみせるからな」
「いえ、暴力に訴えるんです」
「…………」
「直接先輩をぶん殴って全てを終わらせるつもりです」
「……止めておこう」
まあ、とにかく。
腹は膨れたし、何だか俺の顔もすっきりしたということだし。
「さて、それじゃあ、配達の続きにでも行くか!」
「お、先輩、珍しくやる気に満ち溢れていますね! ここは後輩として、先輩以上に張り切らないといけませんよ」
「頼むから、いつも通りにしてくれ。お前が張り切ると、それはそれで不安になるんだ」
「さあ、次はどんな世界が、私達の配達を待っているんでしょうかね! どんな世界であろうとも、急速に迅速に高速で、お届けしてみせます!!」
「テンション高いな……」
元気良く駆け出していく後輩、絹和コハネの背中を見ながら。
今日もまた、俺達は軽トラックに乗って、チートなアイテムの配達に向かう。
世界を越え、次元を越えて。
人知を超えたチートアイテムを、望んだ誰かに、届ける為に。
つづく
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