笑う配達員の生活(4)

「いいか、俺がお前の左肩を叩いたら左へ。右肩を叩いたら右へ動け」

「はい!」


「両肩を叩いたら前進、背中を叩いたら後退だ」

「はい!」


「目的は、一番奥にいる、あの二つ尻尾の化け物。そこまでは俺が連れて行ってやる。とにかく、お前は変に考えなくて良いからな。考えるな、感じろ」

「はい!」 


 俺は、コハネに背負われる格好になりながら指示をする。

 若干情けない体勢だが、互いの役割を考えるとこれが一番理に適っている。

 実際にガジェットを使用するのはコハネ、具体的な力の使い方の指示をするのは俺の役目だ。


「念の為に聞くけど、お前、左って言って分かるよな? お茶碗を持つ手の方だぞ?」

「バカにしないで下さい! こっちの方ですよね?」

「正面じゃねぇか! お前どういうお茶碗の持ち方をしているんだよ」

「それはこう、両手で持って、そのまま食べます」

「相撲取りか!!」


 いや、相撲取りの食事の仕方は知らないけどさ。


「あといいか? 俺が『斬れ』って言うまでは攻撃するなよ。絶対に無闇にガジェットを振るうなよ?」

「はい!」

「これはフリじゃないからな!? 絶対に振るなよ!?」

「何を言っているんですか先輩?」

「分からないなら別に良い。言っておくが……もし失敗して倉庫が炎上したりしたら、多分洒落にならないレベルの賠償金を払わせられることになるからな。もう一生かかっても払えないレベルだぞ。気を付けろよ。マジで気を付けろよ」

「お金の話以外に言うことはないんですか……?」

「ないな」

「そうですか」

「よし、じゃあ行け!」

「はい!!!!」


 俺が両肩を叩くのと同時に走り出すコハネ。

 その背に乗って、向こうの出方を見る俺。

 さっきから観察している限り、奴らは決して頭が悪い訳ではない、むしろ見た目に反した知能があると言えるだろう。

 しかし、だからこそ、本能的に行動するコハネでは相性が悪い。


「右だ!」

「はい!」


「左!」

「はい!」


 コハネに指示を飛ばし、化け物達の間をするすると抜けていく。

 尻尾の動きに反して、化け物自体の動きは遅い。

 このまま全速力で走り回れば囲まれることはない。


「先輩、スゴいです!」

「黙って走れ!」


 そうして、化け物達の間を抜けた先。

 突如目の前に現れたのは、チートアイテムを積んだラック。

 巨大な壁が、俺達の行く手に立ちふさがる。


「先輩!? このままだとぶつかりますけど、良いんですね!?」

「大丈夫だ。そのまま行け」

「はい!」

 

 背後には化け物達。

 目の前には巨大な壁となるラック。

 速度は出ている。

 壁は直前に迫り、既に曲がることも、戻ることも出来ない。


「よし、飛べ」

「はい!」


 ラックと激突しかけた直前、コハネの両肩をもう一度叩く。

 瞬間、コハネが跳ねた。


 足下のラックを踏み台にして飛び上がり、空中移動型ガジェット『アクセラレ板』を使用し、空中移動の体勢に移ったのだ。


 「よし!」


 一瞬の間に、眼下の化け物達の配置を見て、目的の居場所と、そこに至る最短のルートを考える。

 コハネの空中移動の不器用さは折紙付きだ。

 いくら、俺の指示があろうとも、長時間の細かい移動は厳しいだろう。

 それでも、一刻も早く奴に辿り着く為に。

 俺は、コハネの右肩を思いっきり叩く。


「はい!」


 空中で、コハネの身体が跳躍し。

 そのまま。


「どっせーいっっっ!!!!」


 右直下にいた化け物の脳天を思いっきり踏みつけ、再び跳躍。

 ガジェットの力のおかげで、先程よりも高く跳躍する。

 もう少しで天井にぶつかりそうだ。


「よし、このまま行くぞ!」

「はい!」


 まるで忍者か何かと言わんばかりに、化け物達の頭の上を飛び跳ねるコハネ。

 目的の場所まで飛んで行くのが難しいのであれば、跳躍で距離を稼げば良い。

 若干ずるいような気がしないでもないけど、もともとそういうのが得意なんだからしょうがない。

 化け物相手に、何故フェアプレーをしなければいけないのか。


 空中で襲ってくる尻尾達をかわす為、細かい指示を背中越しに伝えながら進む。

 奥に進むたびに攻撃は激化する。

 俺達の動きを予測し始めたのか、先々の着地点では化け物達が待ち構えている。


「まだですか、先輩?」

「まだだ」

「まだですか?」

「我慢しろ!!」


 何度目かの跳躍。

 叫びと同時に確認する。

 俺達に群がる化け物達、黒に埋め尽くされそうになる視界の中で。

 目的へと至る一本道が現れているのを。


「ま」

「今だ!」

「い、まだ?」

「ああもう早く行け! 突撃だ!!」 

「はい!!!」


 返事と同時にコハネは急降下。

 空中移動型ガジェット『アクセラレ板』を使用しての空中移動。

 開けた道を、文字通り、飛ぶように駆ける。


「先輩、上手くいきましたね!」

 

 俺は、無言でコハネの両肩を押す。

 何も、無闇に危険を冒して跳躍を繰り返した訳ではない。

 奴らにはハッキリとした知能が存在する、少なくともこちらの動きを予測し、攻撃に反応するだけの知能が。


 だから、それを逆手に取った。

 あえて反応させ、あえて予測させる。

 こちらの動きで向こうの動きをコントロールし、最終目的までの直線ルートを開かせたのだ。


 一瞬で、化け物の群れの間をすり抜ける。

 開かれた視界の先にいるのは、目的の、炎を放つ尻尾を持つ化け物。

 これだけの直線なら、コハネの不器用さも関係ない。

 後は近付いて、一撃をぶちかますだけだ。


 そのまま、コハネに最後の指示を出そうとしたところ。


『――罠よ。左に避けなさい!!』


 そんなアナウンスが、倉庫内に響き渡った。


「……え?」


 倉庫のセキュリティが戻ったのかと思ったが、違う。

 アナウンスが告げた内容は、ただそれだけ。

 何故、ここでそんなアナウンスがされたのか、深く考えている余裕はない。

 しかし、その切羽詰まったアナウンスは、信じてもいいという確信があった。

 だから。


「左に避けろ!!」


 コハネの頭を掴んで、強引に左方向を向けさせる。


「ちょっ、ちょっと、何ですか!?」


 非難の声を上げながらも、コハネは俺の命令に応え、左へと軌道を変える。

 そうしてコハネが無理に軌道を変えた直後、俺達のすぐ右側、先程まで突き進んでいた軌道上に、巨大なラックが落ちてきた。

 轟音が耳を貫く。


「……は?」


 それは、一番奥にいる化け物によって投げられた巨大ラック。見れば、奴のすぐ傍にあったラックが根本からねじ切られている。

 もしも今、アナウンスに従って左に避けていなかったら、正面からそのラックに直撃していただろう。

 こんな速度でぶつかっていたら、コハネはともかく、俺の身体はただではすまなかったに違いない。トマトジュースみたいになっていたかも知れない。


「助かった……?」


 一体何者が、今のアナウンスをしたのか分からない。

 だが、間違いなく、俺を助けようとしてくれたのだ。

 今は感謝の気持ちを述べている暇はない。後で、10円ぐらいなら上げても良い。


「って、先輩!? 前!?」

「ッ!?」


 コハネに言われて見た前には、チートアイテムを満載した巨大ラック。

 降ってくるラックを避ける為、無理矢理方向を変えたせいで、進行方向にあるラックにぶつかってしまいそうだ。


「せせせ先輩!? どうすれば!?」


 このまま行けば、高速で激突して落下し、化け物たちの餌食になってしまう。

 しかし、無理矢理軌道を変えようにもスピードが出過ぎている。コハネじゃなかったとしても曲がるのは無理だ。


「先輩!」

「……ッ!?」


 来るべき衝撃に、身を堅くしようとして。

 しかし、次の瞬間、倉庫全体が赤い光に染まった。

 

 地響きのような振動と共に、チートアイテムの積まれたラック達が、まるで命を持ったかのように動き始める。

 それぞれが倉庫の壁の方へスライドして動くと、そのまま吸い込まれるようにして消えていく。


「セキュリティが復活したのか? どうしてこのタイミングで……!?」

「先輩!!」


 目の前に迫っていたラックも消えたことで、視界が開ける。

 その先にいたのは、二本の尻尾を持った化け物。

 ようやく、ここまで辿り着いた。


 突然現れた俺達に、困惑する化け物。

 しかし数瞬と待たずに、威嚇と共に二本の尻尾を大きく立てる。

 今まさに、炎を噴きだそうとしている。

 刹那の余裕もない。


「先輩!?」

「行って来いっ!!」


 俺は背中から飛び降り、コハネの背中を思い切り蹴り飛ばした。

 化け物の目の前へ向け、最後の加速を加える。


 俺は高速で移動するコハネの背中から投げ出されることになる。

 このまま落下してしまえば、タダでは済まないかも知れない。

 それがどうした。

 構いはしない。

 今やるべきは、一つ。


「振り向くな! 斬れ!」

 

 目の前を飛ぶ後輩の背中に向けて、言葉を飛ばす。


「思いっきり振りかぶって、思いっきり振り下ろせ! どうせ俺の奢りなんだからな。遠慮はいらない、思いっきり斬りやがれ!!」

「分かりました!!」


 化け物の尻尾が高速でコハネに向けられる。

 それでもコハネが刀を振り下ろす方が早い。


「うおりゃぁぁぁぁッ!!!!」


 単純な振り下ろし。

 それでも、ここで、目標を外すようなことはなく。

 伸ばされた尻尾ごと、一刀にて化け物を切り伏せたのだった。


   ◆    ◆    ◆         


 結果として、俺達は二つ尻尾の化け物を一撃で倒すことに成功した。

 どうにかして、倉庫を火の海にすることは回避することが出来たのだった。


「ヒビキ! コハネさん! 無事か!?」


 チートアイテムを積んだラックがセキュリティ機能によって収納され、だだっ広くなった倉庫の中をアラタが掛け寄って来る。

 そちらを見ながら、俺が思うことは一つ。


「あいつ、ビックリするぐらい役に立たなかったな……」

 

 ガジェットの専門家ということで、もっとガジェットを巧みに使った八面六臂の大活躍でもしてくれるかと思ったのに、そんなことは全く無かった。

 だからヘタレメガネなんて言われるんだ。


 高速で移動するコハネから飛び降りた俺も、無事着地することに成功。何とか軽傷で済ますことが出来た。


 コハネは、倉庫の床に倒れ伏して目を回している。

 思いっきり振り下ろした刀の勢いが止まらず、そのまま回転運動を続けて目を回してしまったらしい。


 最後が決まらない辺り、ガジェット使いはまだまだ修練が必要だ。

 そんなコハネの様子を、アラタは細かく診ているが。


「……お前、そうしていると、まるで変態だよな」

「いや医者だろう!? 医者に見えると言え!!」

「いまいち医者としての威厳が感じられないんだよな」

「失礼なことを言うな。僕だって、人間よりもガジェットの方を診ている方が楽しいし、気分が乗るんだぞ。人間なんか、放っておいても自己治癒するんだからな。人間なんてつまらない」

「お前、自分の職業を言ってみろよ」

「正直は美徳だろう?」

「じゃあ、何でコハネの様子はそんなに興味津々に診ているんだよ」

「……不思議だな? コハネさんはそんなに嫌いじゃないかも知れない」

「随分マニアックな趣味なんだな、お前」


 しかし、今はアラタの変態性を気にしている場合ではない。

 せっかく、この倉庫内を自由に動き回ることが出来るのだ。

 このチャンスを逃す手はない。


「アラタ、誰かが来る前に、探すぞ」

「いやヒビキ、やる気になっているところ、悪いんだけどな」

「え?」

「あそこの壁、何だか変じゃないか?」

「……壁?」


 妙に神妙なアラタの視線の先、そこにあるのは灰色の倉庫の壁……ではなく、壁と同色の扉。ドアノブや取っ手の類は存在していないが、それは紛れもなく扉だ。


 普段は、チートアイテムに積まれたラックに隠される位置にあるもの。

 全てのラックが地下に収納された今だからこそ、見つけることが出来たのだ。

 このヘタレメガネ、最後の最後で良い仕事をしてくれるじゃないか。

 

「…………」

「…………」


 妙な緊張感が、俺達の間を過ぎる。

 この先に、俺達の求める物があるのか。そう思うと、足が竦んでしまう。

 しかし、この絶好のチャンスに、立ち止まっていることは出来ない。

 俺は、扉に向けて一歩を踏み出して。


「苅家ヒビキくん。金巻アラタくん」

「「……ッ!?」」


 突如背後から掛けられた声に、足を止められる。

 声の主は、白く清潔なシャツと黒のスラックスをきっちり着こなした中年男性。

 社長だった。


「大丈夫かい? 随分とボロボロじゃないか」 


 いつの間に、来ていたのだろうか。さっきまで気配も全く感じなかったのに。

 そんな俺の疑念を全く気にしていないというように、社長は、相変わらずのにこやかな態度のままで話を続ける。


「ふむ。どうやらセキュリティの穴を突いて侵入したみたいだね。賊はどんな奴だったか、分かるかい?」

「……最近、配達員を襲っていると噂になっている、黒い霧のような化け物でした」

「ふむ、やはりか。被害を受けたのは、ヒビキ君とアラタ君、あとはコハネ君でいいかな?」

「あ、いえ。もう一人事務員の女性があそこに倒れて……あれ?」


 指差した先、先程まで、倉庫の出口付近に倒れていた事務員の女性の姿がかき消えている。


「おいアラタ、さっきそこに横にしておいたよな? 何でいなくなってるんだ?」

「僕が知るわけないだろう。お前と一緒だったんだからな」

「事務員というと……ひょっとして、眼鏡を掛けて栗色の三つ編みをした娘のことかな?」

「どうして、社長が知っているんですか?」

「それは、社長室に駆け込んできて、地下倉庫の異常を知らせてくれたのがその娘だったからだよ」

「……はぁ?」

「随分と慌てた様子で駆け込んで来たよ。まるで、想定外なことが起きたとばかりに、ね」

「……は、はぁ」


 何を言っているのか分からない。

 しかし社長は、笑みを崩さないままで俺の制服を指差してくる。


「おや、ヒビキ君。そのカードはどうしたんだい?」

「はい? カード?」


 社長の指した先、俺の制服の襟の所に、名刺ほどのサイズの紫色のカードが刺さっている。全く心当たりがないが、いつの間にこんなものが引っ掛かっていたのだろうか。


 訝りながら、紫色のカードを手に取る。

 それは二つ折りになっていて、中にはメッセージが書かれていた。


【不本意だけど、邪魔が入ったから今回は貸しにしておいてあげるわ。次は正々堂々と奪ってやるんだから。今回は、余計な邪魔が入っただけなんだからね。

                           夢現怪盗・プリズマ】


 僅かに震えているような文字で書かれた短い一文。そこに署名されていたのは因縁のある名前。


「怪盗プリズマ? どうしてここで、あいつの名前が…………くそっ、やられた! そうか、そういうことか!」


 そういうことだったのか。

 今回の件も、あのプリズマの奴が絡んでいた。

 あいつは、あの眼鏡の事務員に変装して、この『OZ』に忍び込んでいたんだ。


 倉庫のセキュリティを切ったのも、化け物を使って倉庫を占領したのも、アナウンスをしたのも、セキュリティを復活させたのも、全ては、あの怪盗の仕業だったのだ。

 アナウンスで俺達を助けたことと、社長室に駆け込んでいたことから、俺達に直接の危害を与えるのが目的では無かったようだが、結局全てはあいつの掌の上で踊らされていたということだ。


「ああ、もう!」


 やられた。完全にやられた。

 しかも問題なのは、俺はこのカードから、妙な親愛の念を感じてしまっている、ということだ。それはつまり、にっくき怪盗が俺から奪った強制友愛型ガジェット『アイフレン奴』が未だに作動中であるということで。

 当然、その使用料は今も、俺の給料から引かれているのだ。

 ふざけんなよ。金を払え。


「完全に一本取られたということだな、ヒビキ」

「アラタ、何故お前が偉そうに言うんだ?」

「ちなみに、私は会った瞬間に彼女が我が社の社員でないということは一発で分かったよ。いくらガジェットの力を使おうとも、社長が、社員を見分けられない筈がないからね」

「だ、だったら、捕まえておいてくれても……!」


 しかし社長は、愉快そうな笑顔でこちらを見つめて来る。


「おや、言わなかったかな? ヒビキ君には、責任を持って取り返してもらう、と」

「ぐっ……」


 ぐうの音も出ないほどの正論。

 何の反論もしようがない。

 今回は、奴に一枚上手を取られたと思って諦めるしかないのか。

 次は見てろよ。


「しかし、部外者に好き勝手された倉庫をそのまま使い続けるということは出来ないね。具体的な被害の状況や、倉庫の点検はやっておこう。後は私に任せて、君達は上に戻っていてくれたまえ」

「あ、点検をするなら、俺達も手伝いますよ」

「いや、私一人でやるから大丈夫だよ」

「しかし、こんな広い場所を一人じゃ……」

「もう一度だけ言おう。君達は、上に戻りなさい」


 有無を言わせないとばかりに、断言する社長。


「いいね?」


 表情は変わらない。

 しかし、そこから発せられるプレッシャーが増したように感じる。

 先程までの軽口とは違う。従わなければ力づくでも何とかする、と言わんばかりの、静かな迫力。

 そう、これだけのチートアイテムを集め、ガジェットを管理しているこの社長が、ただの善良な人間である筈がないのだ。

 ここで下手に逆らおうものなら、果たしてどんな目に遭わされるのか、分かったものじゃない。


「……行くぞ、アラタ」

「ヒビキ、良いのか?」

「いいんだ」


 社長はこの場を、決して譲らないだろう。

 これ以上、ここで押し問答をしてもしょうがない。

 だから、足下に倒れているコハネを抱き起こすと、肩を貸して立たせ、そのまま上階への階段へ向かおうとして。

 しかし、一度だけ振り返って、問う。

 どうしても、問わずにはいられないことを。


「社長、一つだけ教えて下さい」

「何だい、ヒビキ君?」

「コハネに、何を言ったんですか?」

「何を……とは?」


 社長から呼び出されて、その後、俺達の前へと現れたコハネ。

 その時のコハネの様子は、明らかにおかしかった。

 その瞳には、涙さえ浮かべていたのだ。


「ウチの大事なパートナーに一体何をしてくれやがったんですか。時と場合によっちゃあ、社長とはいえ容赦しねぇ…………って言ってるんですよ、俺は」


 社長は、俺の方を見て、一度考え込むかのような仕草を見せると、表情を変えないままで告げる。


「別に、変な事は何もしていないとも。ただ、少しだけ、話をしただけさ」

「話?」

「ああ、君達のパートナー間の信頼関係について、思う事があったからね。そのことについての話を少ししただけさ」

「どうして、そんなことを?」

「だってヒビキ君、コハネ君に対して、隠していることがあるじゃないか」

「ッ!?」

「いや、そんなに緊張しなくても良いんだよ。別に隠しごとがあることが、悪いなんて言わないさ。ただ、コハネ君は割と気にしていたみたいだから、ちょっと『OZ』の社長として、話をしてみた。それだけだよ」


 社長の意図が読めない。

 こいつは何を、何処まで知っているのか。


「うん。ひょっとしたら私の言い方も悪かったのかもしれないね、そのことについては謝るよ。しかし、『ウチの大事なパートナー』か……思ったよりも上手くやっているようで安心したよ……コハネ君も、そう思うだろう?」

「はい!!」

「コハネ!? お前、いつの間に!?」


 いつの間にか、コハネが目を覚ましていた。

 しかも、何だか妙に嬉しそうな顔をしていやがる。俺が肩を貸している為、超至近距離からテンションの高い声が響く。


「先輩! さっき、大事なパートナーって言いましたよね。言ってくれましたよね! 大事って、それは、大切ってことですよね! ありがとうございます! 私嬉しいです!」

「い、いや、それは言葉のあやで……」

「私、先輩の為にも、早く一人前の配達員になりますね!」

「近くで叫ぶな! うるさいから!」

「ですから、これからもご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします!!」


 そんなコハネの能天気な声が、だだっ広い倉庫に響き渡る。

 

 そして、俺の目的は。

 どうやら果たせそうにないのだった。


 しかし、少なくとも、目的に向けて一歩近付くことが出来たのは間違いない。

 たとえ少しずつでも、前に進むことを信じて。

 

 これからも、俺達の配達は、続いて行く。



つづく

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