笑う配達員の生活(3)

 辺りを漂うのは、焼け焦げたような匂い。

 巨大な扉に開けられた穴を良く見れば、僅かに溶解したような痕跡がある。


「扉を無理矢理焼き切って、倉庫に入ったって言うのか?」


 いや、それは有り得ない話だ。

 多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の地下倉庫。

 ここに保管されているのは世界のバランスを崩すほどのチートアイテムばかり。


 そもそも、この倉庫自体が、一つのチートアイテムだという噂もあるくらいだ。

 いくら強力な破壊力を以ってしても、このセキュリティを破ることは出来ない。ましてや、こんな強引に突破することなんて、考えられない。

 そんなことは、俺達自身が試したから分かっている。


「馬鹿な……一体、どうやって」

「ヒビキ! そこに誰か倒れているぞ!!」

 

 アラタの叫び声に我に返り、足下を見れば、誰かがそこに倒れていた。

 栗色の髪の毛を三つ編みにした『OZ』の女性社員。

 その制服からして事務員の一人だろう。その眼鏡姿は、何処かで見た事のあるような気もするけれど、一体何処で見たのだろうか。

 というか、どうして事務員が、こんな所に倒れているんだろうか。


「おい君、一体何があったんだ?」


 アラタが駆け寄って、その女性社員を抱き起こす。どうやら意識はあるらしい。

 一応医者ということもあってか、迅速な対応だ。

 しかし、当の事務員は茫然自失といった様子。

 一瞬俺と目が合ったかと思うと、しかしすぐに意識を失ってしまった。


「大丈夫、特に怪我は無さそうだ。ひとまず、脇の方に寝かせておこう」

「おいアラタ、化け物が暴れているにしては、妙に静かだとは思わないか?」

「そう言えば」


 倉庫が襲われるなんて言う異常事態が起きているくせに、妙に静かだ。

 本来ならば、侵入者を知らせる警報なり、警備員が駆け付けるなりされそうなものなのに。

 アラタが、思いついたというように手を打つ。


「まさか、倉庫のセキュリティが働いていない……?」

「ああ、恐らく、な」

「確かに、セキュリティが働いていれば、倉庫内のラックはチートアイテムごと地下に収納される筈だ。でも、セキュリティが切られるなんてことあるのか?」

「それは分からないが……これは、チャンスだと思わないか」


 俺とアラタは顔を見合わせる。

 一体、何が起こっているのか……そんなことは俺が考えることではない。

 会社の一大事ではあるものの、しかし、俺がどうにかすべきことではないのだ。

 

 今、やるべきことは。

 俺自身がするべきことは。 

 

「おい、アラタ」

「何だ、ヒビキ」

「確か、血のように真っ赤な色の瓶と、そう言っていたよな?」

「……行くんだな?」


 アラタの疑問に、無言で頷く。

 すると、アラタもまた、覚悟を決めたように大きく頷きを返す。


「分かった。化け物がうっかり壊したりしない内に、急ぐぞ」

「ああ」


 乱暴に空けられた巨大な扉の穴から、そっと中を覗く。

 ついさっきまで、そこにいた、黒い霧のような化け物は、姿を消している。

 今なら気付かれずに内部へと侵入出来るだろう。


 念の為、穴の中に手を差し入れてみるも、セキュリティが働く様子はない。

 二人、目配せして合図をすると、同時に倉庫の中へと飛び込んで。


「……ッ!?」


 しかし。

 直後に振り下ろされた一撃によって、吹き飛ばされた。


「うおぉッ!?」

「ひぃぃぃぃぃ!?」


 瞬間的に、アラタの白衣を掴み、空中での姿勢制御を試みる。

 掴んだところがすっぽ抜けて、そのまま床に落としてしまったが、壁にぶつけられるよりはマシだろう。


「な、何をするヒビキ! 大事なメガネが割れてしまったじゃないか!!」

「いいから黙ってろ。集中出来ない!」


 そっと後ずさりながら、俺達を襲った化け物の姿を確認する。

 全体的なシルエットは、二足歩行のトカゲと言った姿。

 ただし、全長三メートルほどの巨体であるので、間違ってもトカゲではない。

 その全身は、黒い霧のようなもので構成されており、こちらを見下ろす瞳は、ぼんやりと灯っていて、長く太い尻尾を威嚇するかのように振り回している。


「こいつ……俺達が入って来るのを、待ち構えていたのか?」

「そんな知恵があるようには、見えないがな」

「ただ、逃がしてくれるような気は、無いらしいな」


 俺達が動く素振りを見せるだけで、黒い化け物は過敏に反応する。


「こいつをどうにかしない限りは、倉庫の探索も無理ってことか」

「でも、下手に倒すのに時間を掛けたりしたら、セキュリティが復活するかも知れない……つまり」

「適度にぶちのめして、適度に動けなくしろってことだよな?」

「ヒビキの言うことはいちいち物騒だな」

「うるせえ」


 呆れるアラタに、手を伸ばす。


「……何だい、この手は?」

「ガジェットを貸してくれよ。こいつを適度に半殺しに出来るような奴を」

「持ってないが?」

「何でだよ!!」


 化け物の前ということも忘れて、大声を出してしまう。


「整備士なんだから、常に色々持ち歩いているんじゃないのかよ!?」

「配達員こそ持ち歩いているものだろう!?」

「だから怪盗に取られたんだよ!!」

「僕の手持ちは、さっきのスパナと、後は医療活動用のガジェットしか無いぞ。そうだ、痛みを忘れさせる『マックスペイン』をヒビキに使って、そのまま突撃するというのはどうだ?」

「何だその怪しいガジェット。何か副作用があるんじゃないだろうな?」

「なに、一生痛覚が失われるくらいだ」

「却下だそんなもの!!」

「じゃ、じゃあ、この全身の毛穴から高圧縮された血液が噴射させる『ブラッドボーン』はどうだ?」

「何でそんな物騒なものしか持ってないんだよお前は!!」


 こいつ、医者にしては危険過ぎるよな!!

 アラタとやり合っている間にも、化け物はその長い尻尾でこちらを攻撃して来る。それを避けるのに精一杯で、反撃なんかしている余裕はない。


「じゃあ、何処か近くに置いていないのか?」

「一応、上の階に戻れば、整備中のガジェットがあるにはあるが……」

「なるべく使用料が安い奴だと助かるんだけどな」

「それほど大した効果ではないから、使用料は大したことない筈だ」

「そうか! よし、取りに行くぞ!」

「確か、単純に広範囲を水蒸気爆発させるだけの奴とか、単純に以後数百年、草木が生えないような猛毒ガスを撒くだけの奴とか……」

「やっぱり物騒な奴ばかりじゃねえか! 大したことあり過ぎるだろ!」

「説明してやろう! 爆発や毒ガスなど、ガジェットに頼らなくても、普通に用意出来るじゃないか。ガジェットはやはり、超常的な存在ではないと駄目だ。そう、もっと神々しく、もっと浮世離れしているような、それこそがガジェットの魅力なのだからな!!」


 一人で盛り上がるアラタを強引に引っ張って、化け物の攻撃から回避させる。


「……分かった。もう、最後の手段しかないようだな」

「何だ? 最後の手段とは?」

「ああ、それは配達員の間に伝わる最終奥義。俺達は、最後はいつも必ず、これに頼って来たんだ」

「そ、それは、まさか……?」


「逃げるんだよぉ!!」

「やっぱりか!?」


 俺は、アラタのポケットからスパナのガジェット『リペ鉄』を引き抜くと、化け物に向けて思いっきり投げつける。

 化け物がそっちに気を取られた隙に、その場から駆け出す。


「人のガジェットを投げるな!?」

「お前自身を投げるよりましだろ!?」

「いや、僕を投げてくれた方が……」

「お前の特殊性癖は聞いてねぇ!! 黙って走れ!!」


 走りながら背後を窺うと、化け物はすぐにこちらを追って来る。

 しかし、そのスピードは大したものではないようだ。

 最悪の場合、アラタを差し出すことを考えないでもなかったので助かった。


「……変なことを考えていないだろうな、ヒビキ」

「何のことだか分からないな」

「あの化け物、スピードは大したことないな。これなら何とかなりそうだ」

「ああ、逃げ回りながら、それとなく倉庫を探るぞ!!」


 出来る限り化け物との距離を取りながら、倉庫内を走り回る。

 果てが見えない程に広い倉庫の中には、チートアイテムを収納した巨大なラックが所狭しと並んでおり、まるで巨大な迷路のようになっている。

 これならば、あの化け物も、そう簡単には追い付けないだろう。


 だから。

 そんな風に、安心していたから。

 突然目の前に現れた影に、一瞬、反応が遅れた。


「避けろッ!!」


 咄嗟に、横を走っていたアラタを押し倒すように、横へと思い切り飛ぶ。

 ワンテンポ遅れて、俺のいた空間を、尻尾による一撃が薙いでいく。


 倒れ込んだ体勢のまま背後を見れば。

 俺達が逃げてきた化け物とは、別の化け物の赤い瞳が、こちらに向けられていたのだった。


「なっ!? 二匹いたのか……?」


 アラタの、掠れた声で呻く。

 すぐに、背後から追っていた化け物が追い付いて来る。

 そうして、俺達は完全に挟み撃ちされる格好に……。


「……いや」

 

 二匹どころではない。

 周りを良く見れば、ラックの陰に、上に、目の前にいる化け物が持つのと同じ赤い灯りが灯っている。

 俺達を囲むように、無数の光がある。

 それら全てが、化け物の存在を示している。


 まさか、既に倉庫全体が、この化け物によって占拠されてしまっていて、

 俺達は、そこにまんまと飛び込んでしまったと言うのか。


「くそっ……」


 配達員という仕事の性質上、常に危険が身近にあることは知っている。

 今までだって、幾度となく修羅場をくぐり抜けて来た。

 しかしまさか、こんなところで、突然死地に送り込まれることになるなんて、思いもしなかった。


 完全に油断をしていた。

 いや、ひょっとしたら浮き足だっていたのかも知れない。

 長い道程の終わりが、見えてしまったことで……。


「ヒビキッ!!」


 アラタの叫びに、思考を取り戻す。

 気付いた時には、既に目の前の化け物から、攻撃が放たれていた。

 先程までの攻撃とは違う、鋭い一撃。

 

 強引に身体を倒して避けるが、化け物の一撃は、俺の身体を僅かに掠り、背後にあるラックを破壊する。

 積まれていたチートアイテムが、無造作にばら撒かれる。

 

「ゲフッ!?」


 落ちてきたチートアイテムが頭に激突し、アラタは気を失ってしまったようだ。


 しかし化け物の攻撃は、それで止むことは無い。

 目の前の個体だけではなく、周囲に点在していた化け物が、気が付けば、俺達のすぐ周りに集まって来ている。

 そいつらは、まるで獲物を品定めするかのように、こちらを見下ろしていたかと思うと。


 一斉に飛びかかって来た。


「…………ッ!?」


 抵抗の隙も無い、飽和攻撃。

 何かを叫んでいるアラタの声も、今は遠く。


 化け物たちのプレッシャーを前にして、身体は竦んで動かない。

 それでも、動かなければどうしようもないという思いに突き動かされて。

 必死で抵抗しようとする。


 しかし、身体は動くことなく。

 俺は、迫り来る攻撃に晒されようとして。


「……!?」


 しかし衝撃は、いつまでたっても訪れなかった。


「…………?」


 ゆっくりと、目を開けて、周囲を窺う。

 チートアイテムが散らばったことで立った埃に遮られて、視界が揺らいでいる。

 それでも分かるのは、俺達を取り囲んでいた化け物が、姿を消していること。

 そして、何処か別の場所で鳴り響いている、甲高い音。


「うおッ!?」


 突然目の前に、化け物が落下して来た。

 と言っても、落ちてきた化け物は既に意識を失っているようで、襲ってくる気配はない。

 化け物をそんな風にした、その人物は。


「あ、先輩、無事だったりしますかね?」

「……お前かよ」


 俺のパートナー。

 短いオレンジ色の髪に配達員の制服を着た少女。

 絹和コハネが、埃の舞い上がる中で、そこに堂々と立っていたのだった。


「お前、暴れるなら、もうちょっと考えて暴れろよな!!」


 落ちて来た化け物は、もう少しで俺を直撃するところだった。

 化け物にやられるならともかく、やられた化け物にやられるだなんて、情けないことこの上ない。


「あの? 私、一応先輩のピンチを助けたんですから、もうちょっと感謝してくれてもいいんですよ?」

「かーんしゃ」

「子供ですか、もう……」


 コハネは俺の前から動かないままで、手にした斬撃型ガジェット『ワンモア切刀』によって、襲い掛かって来る化け物を次々に斬り裂いている。

 刀を振るたびに、姿勢を崩しそうになりながらも、必死で制御している。

 相変わらずガジェットの使い方が荒いので、冷や冷やして仕方がない。

 周りのチートアイテムに何かがあったら、どうするつもりなのだろうか。


 とにかく、コハネがここに来たことで、形勢は逆転した。

 コハネの持つガジェットさえあれば、化け物を相手にしても怖くはない。

 立ち上がり、コハネに声を掛ける。


「おい、俺にもガジェットを貸してくれ」

「嫌です」


 しかし返って来たのは、拒絶の言葉だった。


「はぁ?」

「先輩は、何もしないで下さい」

「……はぁ?」

「むしろ息もしなくていいです」

「死ねってか」

「それは嘘ですけど。とにかく、先輩は何もしなくていいんです。だって、私が全部、一人でやってみせますから」

「一人ってお前、何を言ってるんだ……?」


 そう告げるコハネの顔に、冗談の色は無い。

 俺の視線から逃げるように反対側を向き、もう片方の手に打撃型ガジェット『ブロッ拳』を起動させる。

 右手には巨大で鋭利な刃、左手には巨大な拳という、見た目だけはとんでもなく強そうな格好をして、俺達を取り囲む、化け物達に向かって行く。


 しかし。

 そもそも、ガジェットの扱いが致命的に下手だという欠点を抱えているコハネが、同時に二つのガジェットを使うなんていう器用なことが出来る筈も無く。


「あ、あれ?」


 そのまま、ガジェットに振り回されるように、ふらふらと倉庫内を飛び回るだけ、なんて事態になってしまっている。


 しかし、そのふらふらに巻き込まれるだけで、化け物は殲滅されていく。

 まるでパニック映画でも見ているようだ。

 巨大化した芝刈り機に人間が次々とやられていく感じのB級映画感である。


「う、ううん……」

「アラタ、起きたのか」

 

 目の前で化け物が大変可哀想な目に遭っている中、アラタが意識を取り戻した。

 チートアイテムを頭に喰らって気絶するなんて、なんて贅沢な気絶の仕方なんだろうか。


「頭が痛い」

「そりゃあな」


 化け物達の注意がコハネの方に集まったおかげで、ひとまず安全になった。

 傍に来たアラタは、額に浮いた汗を拭いながら俺の傷に手を伸ばす。


「……大丈夫、骨は折れたりしていないみたいだ。多分」

「お前、医者なんだから、多分とか言うなよ」

「まあ、いざとなったらガジェットで治せばいいからな。そうだな、例えば結合のガジェット『混ビネーション』で、適当な棒か何かと骨を結合させて治せば」

「それ治ってないよな? 骨が棒になっただけだよな?」

「すぐに直るよ」

「……何かお前の発言が信用出来ない」


 漢字も違う気がするし。

 と、アラタは不意に真面目な表情を浮かべる。


「この現状に関して、比較的悪い知らせと、そんなに悪くないけどやっぱり悪いような気がする知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」

「何言ってるんだお前。やっぱり頭を強く打ったのか?」

「まあ、両方とも同じ内容なんだけどな。勿体ぶっても仕方ないから、言うぞ」


 アラタは何故かこちらを向かず、辺りの様子……周りに散乱した化け物達の亡骸を見ながら言う。

 妙に早口だけど、何があるというのか。


「あの化け物達って、何で出来ていると思う?」

「はぁ? そんなの分かるわけないだろ。分からないから、化け物なんだろうが」


 肩すかしを喰らいながら、俺もまた周りを見つめる。

 依然として暴れまくっているコハネ。

 完全にガジェットの制御を失っているらしく、もう倉庫を破壊してしまいそうな勢いだった。

 破壊音に混じって時折『ヒャッハー!!』みたいな声が聞こえるんだが、もうわざとやっていないかアレ。


「じゃあヒビキ、倉庫の扉がどういう風に開いていたのか、覚えているか?」

「まだ続くのか。倉庫の扉って……セキュリティが切られて、穴が空いていたじゃないか。何か高熱で焼かれたような、跡が……」


 そこまで口にして、俺も気が付いた。


「……まさか」


 そう、倉庫の壁は、確かに焼き切れたような跡を残していた。

 しかし、俺達が出会った化け物は、あるいは今コハネが戦っている化け物は、ただ自らの尻尾で攻撃してくる奴ばかり。

 高熱を発して、扉を焼き切るような化け物には、会わなかった。


 つまり、もう一種類いるのだ。

 扉を焼き切る程の高熱を発することが出来る化け物。


「ここまで大暴れしても出て来ないってことは、他とは違う、特別な役割を持っているような化け物がいるんじゃないか?」

 

 相変わらず妙な暑さの倉庫の中、コハネを囲んでいる化け物達を観察する。

 どいつもこいつも似たような形状をしている中で、一匹だけ、毛色の違う奴を見つける。

 そいつは、決してコハネに近寄るようなことはせずに、他の化け物に隠れるようにひっそりと動いている。


「いた。あいつだ」


 他とは違い、二本の尻尾を生やした化け物。

 二本の尻尾の先は、ノズルのような形状をしている。

 あそこから高熱の炎を吹き出し、バーナーのように扉を焼き切ったのだろうか。

 

 倉庫の外ならばともかく、こんな密閉空間で炎を放たれたら、それこそ大惨事になりかねない。あの化け物が炎を放つ前に、一刻も早く倒さなければ。

 

 丁度、周囲の化け物達を倒したコハネが、俺達のすぐ目の前へとやって来た。


「おいコハネ! お前のガジェットを貸せ。俺がやる!」


 化け物の集団の中から一匹だけを狙い撃つなんて、コハネには無理な芸当だ。

 もしも当の化け物が攻撃されたことに気付けば、炎を放って来るだろう。

 迅速に一撃で、倒さないといけない。

 だから、コハネからガジェットを奪い取ろうとして。


「嫌です!」


 しかしコハネは、背中を向けたまま、再び否定の言葉を返して来る。

 まるで駄々っ子のように、ガジェットを掻き抱いて、首を振る。


「どうして、私にやらせてくれないんですか! 私にもちゃんと出来ますよ!」

「いや、お前には無理だ」


 ガジェットに振り回されているようなコハネに、出来る筈がない。


「やっぱり……やっぱりなんですか……」

「はぁ?」

「先輩は私なんて信用してないんですね!?」

「信用って……お前、さっきから何を言って……ッ!?」


 こちらを向いて叫ぶコハネ。

 その瞳には、涙が浮かんでいた。


 コハネが、泣いている。 


 正直、どうして今泣いているのか、訳が分からない。

 分からないけれど、コハネが真剣だということくらいは分かる。

 事態が緊迫していることも分かっている。

 

 だから。


「……分かった」

 

 もう、時間は無い。

 いつ、あの化け物が炎を放つとも限らないのだ。


「あいつのことは、お前に任せた」

「先輩……!」

「その代わり、俺も連れて行け」

「え?」

 

 コハネは、意外そうな顔で俺を見つめる。


「当たり前だ。何を悩んでいるのか知らないが、そんな奴を一人で危ないところに連れて行ける訳がないだろうが」


 だって。


「俺は、お前の先輩なんだからな」



つづく

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