笑う配達員の生活(2)
「いやはや、まさか先輩に、友人なんてものがいるとは思っていませんでしたよ」
「そうだな、僕もあまり信じていないくらいだ」
「金巻さんは、先輩とは長いお付き合いなんですか?」
「アラタで構わないさ。ヒビキとは、入社した時からの付き合いだね」
「入社した時……先輩にも、そんな頃があったんですねぇ。あ、私も、コハネで良いですよ」
「コハネさん。入社した頃のヒビキは、狂犬と呼ばれるほどのヤンチャぶりで、触わるもの皆傷つけるような男だったよ。それが今では、すっかり丸くなって……」
「いや丸くなってないと思いますよ。いつも私を叩いて来ますもの」
「昔はところ構わずだったんだよ。先輩に食って掛かることもしょっちゅうだったし、気に食わない上司をぶっ飛ばしたりね」
「はぁー、そんなことがー」
俺を放っておいて繰り広げる二人の会話に、強引に割り込む。
というか、割り込まないと不味い。
「おいアラタ! 余計な事ばかり喋っているんじゃねえよ。それに、いつまでも昔のことを蒸し返すなって」
「あの凶暴な頃の君も、それはそれで興味深かったものだけどね」
本社ビルの地下一階に存在する、だだっ広い整備ドック。
俺達三人は、社長室の前から離れて、アラタの仕事場でもあるこの場所へと移動していた。
「でもアラタさん。お医者さんで整備士さんって、何だか変な経歴ですよね? まさか、このドックで患者さんも診られてるんですか?」
「いや医師業の方は、別棟にある、『OZ』が経営している病院で働いている。そっちが本業で、整備の方は半分趣味でやっていたんだが、段々と楽しくなって来てしまってね。社長に頼んで、兼任させてもらっている」
「はー、それは凄いですね」
アラタの異色な経歴に、コハネは感嘆の声を上げる。
「ところでヒビキ、一つ質問なのだが?」
「ん?」
「この軽トラ、何故こんなにボロボロになっているんだ?」
整備ドックの中央に停められた軽トラ。
俺達がさんざん乗り回した一台を前にして、アラタは非難の目を向けて来る。
「ついこの間整備をしたばかりだというのに、一体どんな乱暴な使い方をすればこんなにボロボロになるというんだ、君は」
「それは……」
「見ろ、バンパーがこんなに凹んでいるじゃないか。まさかとは思うが、人を轢いたりしたんじゃないだろうな?」
アラタの言葉に、隣にいたコハネが、ガクガクと震え始める。
そう言えばコハネの奴、魔王的な何かを轢いていたような気はするな。
魔王だから人身事故ではないとは思うけど、言っておいた方が良いだろうか。
「いつも言っているだろうヒビキ。備品は大切に扱えと。備品を雑に扱うということは、つまりだな……」
「そ、そんなことよりも、アラタさん!!」
「? 何だい、コハネさん」
「私に、ガジェットについて教えて下さいませんか!」
まるで、アラタの小言を無理矢理打ち切るかのように、コハネは声を上げる。
「アラタさん! お医者さんと整備士を兼任しているということは、ガジェットの整備なんかもされているんですよね!!」
「ああ、それが僕の仕事だからね」
「私、新人なので、ガジェットのことをよく知らなくて。早く一人前になる為に、ガジェットのこと、もっとよく知りたいんです!」
「よく知らないって……ヒビキは教えてくれないのかい」
「授業料を払うというのなら教えてやっても構わないと言っているが?」
「…………」
「…………」
二人から冷たい視線が向けられる。
格安で教えてやるというのに、何が不満なんだ。
「配達が終わると、先輩はすぐに何処かへ行っちゃいますし。見て直接学ぼうにも、あんまり上手くいかなくて」
「……ふうん、成程ね」
アラタは一つ頷くと、軽トラの前側、コハネの傍へと近付いて行く。
そして、作業服のポケットから巨大なスパナを取り出し、コハネに見せる。
「コハネさん、君にはこれが何に見える?」
「何って、スパナ……ですよね? ちょっと大きいですけど」
「そう、確かに巨大なスパナに見えるだろう。だが、少しだけ見ていて欲しい」
そう言って、アラタはその場でスパナを振りかぶると。
軽トラのバンパーに向けて、全力でフルスイングした。
「なっ!?」
内角高めに甘く入って来た球をスタンドに放り込まんばかりのフルスイング。
金属と金属のぶつかり合う不快な音が、整備ドック内に響き渡る。
「ア、アラタさん!? 何をしているんですか!?」
慌てて駆け寄るコハネ。
しかしアラタは、軽トラへのフルスイングを止めようとはしない。
むしろ、どこか楽しそうな表情で、一心に振り続けている。
「ちょ、ちょっと! 先輩も見ていないで止めて下さいよ!」
「別に大丈夫だろ、止めなくても」
「なんて酷いことを言うんですか! アラタさん、こんな太陽の当らない場所に籠もり続けているから、きっとおかしくなっちゃったんですよ!?」
「お前も割と酷いことを言っているからな?」
「それに、このままだと軽トラックもボコボコになってしまいます!」
「元々、結構ボコボコじゃないか。お前が色んな物を轢くから」
「私がボコボコにするのは良いんです。人がやるのは許せません!」
「何だそのガキ大将理論!!」
コハネの良く分からない理屈を聞いている間に、打撃音は止んでいる。
「……ふう」
アラタは額に浮かんだ汗を白衣の袖で拭う。
気の済むまで叩いたのだろう。
実に良い笑顔を浮かべている。
それは、一仕事終えた男の顔だった。
そんなアラタに対し、コハネは、恐る恐る声を掛ける。
「……あ、あのアラタさん、大丈夫、くじけなければ良いことありますって。ほら、先輩を見て下さいよ。あんなに性格が捻じ曲がっていても、人格が破綻していても、懸命に生きている人だっているんですよ?」
「そこで俺をdisる必要ないだろ」
「確かに私も、イラッと来る時があると、ロッカーを殴ったりはしますけど」
「俺のロッカーが凹んでいたの、お前の仕業だったのかよ」
「何の罪もない軽トラックにこんなことをするなんて……って、あれ?」
そこで、軽トラの前にしゃがみ込んだコハネは、一度不思議そうな顔を浮かべると、俺の方を見る。
「あの、先輩、不思議なことが起きているんですけど?」
「軽トラックに傷が付いていない、どころかバンパーの凹みまで直っているって言うんだろ?」
「……何で分かるんですか?」
「それが、アラタの使ったガジェットの力だからだよ」
「へ?」
「ヒビキの言う通り、今のは、僕が使ったガジェット『リペ
アラタは、手にしたスパナを再びコハネに見せながら、どこか誇らしげに語る。
「これで、ガジェットや備品の修理をするのが僕の仕事なのさ。ああ、それにしても、仕事道具とはいえ、このスパナの曲線は実に素晴らしいと思わないかい? 愚直な中にも優美さが同居した、まさに至高の逸品だよ。こんなに芸術的なもので思い切り叩くなんて本当に心苦しいけれど、しかしそれがこのガジェットの生まれた意味だというのなら、僕は涙を呑んでその役目を全うさせようじゃないか!!」
「え、えっと……?」
急にテンションを上げたアラタに、ドン引きしている様子のコハネ。
まあ、こいつのこんな有様を見たのなら、無理も無いことだ。
金巻アラタ。
本来、医師として『OZ』で働く筈のこいつが、整備士としてガジェットに関わっているのには、理由がある。
それは、ガジェットに対する、異常なまでの執着だ。
一度ガジェットについて話し始めると、周りの様子などお構いなしに熱くなり、異様なまでに饒舌になるのである。
「そう、君達配達員が何気なく使っているガジェット、その一つ一つにも、様々な用途があるのだ! いや個性と言い換えても良い!」
「は、はぁ」
そんなアラタに巻き込まれることになったコハネには、頑張ってもらいたい。
「いいかい? そもそもガジェットとは、この世の理から外れた力を発揮するものなのだ。いつも君達が配達しているチートアイテムに似てはいるが、違う点もある。そう、それは、効果が、限定されているという点だ! ガジェットは、チートアイテムのように、天変地異を引き起こし森羅万象を作り替えるような、そんな大規模な効果は得られない。最も、局所的にとはいえ奇跡じみた効果を発揮するというだけで、十分に規格外ではあるのだがな!」
「は、はぁ……?」
「それに、もう一つ違う点がある。それは、ガジェットの使用に際しては、対価を要求されるということだ」
「対価……ですか」
「そう、ガジェットを使用した分だけ、自動的に給料を引かれている。だがこれはおかしいとは思わないか、コハネさん」
「え、どこがですか?」
コハネは、話に付いて行くのがやっと、という様子だ。
「超常的な力を我がものとしているのに、お金を払うだけでそれが使えるという点が、おかしいじゃないか。こんな素晴らしいガジェットを好き放題だなんて、全く傲慢にもほどがある。まあ実は、その辺りの問題は、『OZ』の業務内容に関わっている。はいコハネさん、うちの会社の業務内容を答えてくれるかい?」
「え、えーとえーと……チートアイテムを、危機的状況に陥っている人や場所に配達して、危機を回避させること、ですよね?」
「その通り! 更に言えば、救われた人達が発するエネルギーを、集めることだ」
「エネルギー?」
「エネルギーで分かりにくければ、信仰心と言い換えても良い」
「危機的な状況において、しかしそれを救う存在が現れた時、人は自分よりも大きなものの存在をそこに感じ取って、感謝や畏敬の念をそこに捧げるものさ。そう、『神様』なんていう、見えないものに対してね」
「神様……?」
「人々が抱いた真摯な願いは、力になる。エネルギーになるんだ。そんなエネルギーは、やがてこの会社『OZ』に集うことになる。それはもう、凄まじいまでの力が、ここに集まるんだよ!」
端から聞いていると途方も無い話。
しかし、語るアラタの顔は、実に真剣だった。
「そんなエネルギーを集めて、うちの社長が何をしているのかは、残念ながら社員の僕達には知らされていない。でも、世界を救うことで発生するようなエネルギーだ。そんな力が集めたら、どんなことでも出来るのかも知れない。そう、例えば、自分の思うままに世界を作り変えることぐらい、ね」
「……おいアラタ」
「何だいヒビキ、盛り上がって来たところだったのに。邪魔しないでくれないか」
「話を聞いている人間がそんなになっているのにか?」
「え?」
「神様……ガジェット……エネルギー……世界を作り変える……???」
過大な情報を一度に処理出来ないようで、コハネは頭をぐるぐる回している。
何とか理解しようとしていたが、無理だったようだ。
「ああ、済まない。話が脱線してしまったな。要するに、君達が使っているガジェットとは、簡易版のチートアイテムだということだ」
少しは落ち着いたのか。
アラタの会話のテンションも下がる。
「よ、ようやく分かりやすい話になりました……じゃあ、私達が配達しているチートアイテムと、基本は同じなんですか?」
「そう、世界の危機を救うことすら出来るチートアイテム、それらの力の一部を借りて力を発揮するのがガジェットだ。だからガジェットを使用するということは、本来チートアイテムで『OZ』が得る筈のエネルギーの一部を使用していることになる。その対価が、君達が支払っている使用料、ということさ」
「配達先の奴らは、無料なのに、どうして俺達は力の一部を使うのにも使用料を払わなければいけないんだ、全く」
「一部しか力を使えないからこそ、怪盗とやらに奪われても無事に済んでいるんだろう?」
「確かにそうかも知れないが……理不尽だ」
「ああ、もう一つ違う点があった。チートアイテムには、適切な状況で適切な人間が使わない限り、力を発揮しないという安全装置も掛けられている。しかしガジェットは、対価さえ払えば制限なく使うことが出来るのさ」
更にアラタは、言いよどむことなく続ける。
「ついでにガジェットには、それぞれ寿命……というか耐久力みたいなものがあると言われているんだけど……まあその辺りは説明が複雑だ。また今度にしよう」
長くなったが、ひとまずアラタの講義は終わりらしい。
まとめてしまえば。
1)ガジェットはチートアイテムの力の一部を使用している。
2)チートアイテムは限定的な環境でしか使用出来ないのに対し、ガジェットは対価さえ払えば自由に使用出来る。
3)ガジェット使用の対価は、使用料という形で給料から(勝手に)引き落とされる。
ということだろう。
何と言うか、会社員の世知辛さを感じてしまうものだ。
さて、途中で混乱していたものの、大人しく聞いていたコハネの方は。
「ス、スゴいです! アラタさん!」
キラキラと目を輝かせていた。
「私今まで、ガジェットもチートアイテムも、何だか不思議なパワーが込められているものとしか考えていませんでした!」
「おい、流石にその認識はどうなんだ、配達員として」
「でも、アラタさんのおかげで良く分かりました! ありがとうございます!」
「何、お礼を言われる程のことではないさ」
「でも何でそんなに詳しいんですか!」
「それは、ガジェットが好きだからだ!!」
「……え?」
コハネの目のキラキラが止まった。
ああもう、アラタに対してそんなことを聞けばどうなるか、さっきの段階で分からなかったのか。
「チートアイテムよりも、ガジェットの方が慎ましくて、そこが全く素晴らしいというものさ! ただ一つの機能に特化している辺りが、実に美しいじゃないか! 全く、僕が配達員ではないのが悔しくて仕方がない! 配達員になれば、お金が有る限り、ガジェットの機能を自由に使えるというのに!!」
「おいアラタ」
「しかも最近では、妙な化け物が出没しているそうだからな。君達も精々気を付けるんだぞ。いざとなったら、君達が犠牲になってでも、ガジェットだけは無事に会社に戻すんだぞ!! 絶対だぞ!!」
「正気に戻れ」
一発ぶん殴ると、正気に戻った。
「殴るなよ、野蛮人め」
「お前がすぐに暴走するからだ」
「まあいい。しかし、当の化け物については、本当に気を付けろよ。噂の怪盗と言い、最近は本当に物騒みたいだからな」
「お前にとっては、ガジェットの方が大事なんだよな?」
「当たり前だろ」
「ここまで晴れやかに言われるといっそ清々しいな……」
アラタが言うには、黒い霧のような形をした正体不明の化け物達に配達員が襲撃されるという事件が、最近頻発しているらしい。
襲われるタイミングは主に配達中。
まるで配達員が、どのタイミングでその世界に配達に来るかを知っているかのように現れるらしい。
幸い、現時点では大きな被害は出ていないが、襲撃は段々と激しくなっており、いつ致命的な事態になってもおかしくないとのことだ。
「とにかく気を付けろ。まあ、ヒビキ達なら問題ないだろうけどな」
「大丈夫です、私のガジェットでビシッと仕留めますから! バシッと!」
「間違えて俺を仕留めないでくれよ……」
「はい! 出来る限り!」
「絶対だぞ!」
そんな風に、一段落付いたところで。
整備ドッグ内に、何だか気の抜けた音楽が流れて来た。
それは何度か聞いた事がある、社内放送の開始を知らせる音楽で。
『――社員の呼び出しをお伝え致します』
続いて聞こえてきたのは、女性事務員の声。
『――絹和コハネさん。絹和コハネさん。至急社長室までお越し下さい』
「え、私!?」
呼び出されたのは意外な人物の名前だった。
それに対して、俺が言うことは。
「……コハネ、死ぬなよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! な、何で私が呼び出されなきゃいけないんですか? 先輩と違って、私は優秀な筈ですよね!? さっきも褒められましたし、そもそも死ぬなよってどういう意味ですか!!」
「呼び出しと言ったら普通、校舎裏でボコられるものじゃないか?」
「先輩の青春時代が気になるんですけど。そもそも、校舎裏じゃないですし。社長室ですし」
「だから、社長室でボコられるんだろ?」
「って、不安になって来るじゃないですか! 先輩、付いて来て下さいよ!」
「大丈夫だ安心しろ、屍は拾ってやるから」
「だからどうしてそんなに不安を煽ることばっかり!!」
「ほらほら」
「ああもう、分かりましたよぉ……。先輩、ここで待っていて下さいね!」
「はいはい」
若干涙目になりながら、地上への階段の方へ走り去っていくコハネ。
その背中には、妙な悲しみが滲んでいる。
そうして、取り残された男二人。
「……社長の用事って、何だろうな」
「さあな。社長も、あいつのことを随分と気に入っていたみたいだし、セクハラの一つでもするつもりなんじゃないか?」
「ははは、コハネさんには悪いけど、そうなってくれるとこちらは助かるな。たまに社長から妙な視線を感じる時があるんだ」
「お前はそういう奴らに気に入られそうだからな」
「勘弁してくれ、いや本気で」
「それで……あっちの調子はどうなんだ?」
「ヒビキが持って来た薬、色々と試してみたが、あまり芳しくないな」
「そうか……」
「巨人族に伝わる薬草に、世界樹に滴る朝露から抽出した秘薬。この前勇者から手に入れた妖精の薬も、彼女にはあまり効果は診られなかったな」
「……くそっ」
アラタと俺の会話。
それは、コハネがいた時とは完全に空気が変わっている。
第三者から見れば、まるで犯罪の計画でも練っているかのような、そんな顔を二人して浮かべていることだろう。
「薬自体はしっかり反応しているんだ。医師としては、どうして効果が出ないのかが分からない」
悔しそうに、目を伏せるアラタ。
「やはり、より強い力の薬が必要ということなのか? 」
「分からない。しかし、チートアイテム級の薬が手に入れば、快復する可能性は高い。それこそ、どんな病気をも治すと言われる万能薬さえあれば……」
「チートアイテムなら、ここの倉庫に眠っている筈だよな」
「ガジェットの整備で地下倉庫に降りた時、怪しまれない程度に探ってみたけれど、何しろ相当に広いからな。それに、特別強い力を持っているチートアイテムは、更に地下に仕舞われている、という噂もある。情報では薬は、鮮血のように赤い色の小瓶だって、言われているが……」
「鮮血のように赤い色の小瓶、か」
「とにかく、焦っても仕方がないだろう。慎重に行くべきだ。無理をして、君がどうにかなってしまっては、彼女の為にもならないだろう?」
「……」
アラタの言葉に、唇を噛む。
焦っても仕方がないと、分かってはいるのだ。
それでも、どうしても、心ばかりが急いてしまう。
ベッドに横たわる、あの寝顔。
それ以外の表情を見たのは、果たして、どれほど前のことだろうか。
空気を変えるように、アラタが声を上げる。
「そう言えば……あの娘、コハネさんには、何も話してないんだな」
「当たり前だろ。俺達の問題を、言う必要はないんだから」
「パートナーだろ?」
「仕事上のな」
「その割りは、気に入っているんじゃないのか?」
「冗談だろ。あんなガジェットすらまともに扱えない奴。覚えも悪いし、こっちの邪魔にならないから組んでやっているだけ……って、何だ、この揺れ?」
床が大きく揺れ、何かを動かすような音が聞こえる。
何か、巨大な荷物でも搬入しているのだろうか。
「おかしいな、今日はそんな予定は無かった筈だが……」
しかし、この場の責任者でもあるアラタは、首を傾げながら、周囲を見回している。その様子に、何が起こっているのかを問おうとした時。
「……ッ!?」
「な、何だ!?」
次の瞬間、先程とは比べものにならないほどの破壊音がドックに響き渡った。
それはまるで、怪獣映画か何かで聞くような音。
怪獣が建物を力任せに粉砕した時のような、徹底的な暴力の音だった。
床を揺らす振動が、更に勢いを増して、足の下から響いて来る。
「おい、これって……」
「……地下だッ!」
異常を確かめる為、エレベーターを使用して、地下倉庫へと降りる俺とアラタ。
そこには、明らかな異常が発生していた。
いつもなら、そこに厳然と聳え立っている筈の、巨大な扉。
地下の倉庫を守る為の堅固な扉はしかし、無惨な有様へと変わり果てていた。
まるで、食い破られたかのように巨大な穴が開いている。
その穴の奥に垣間見えるのは、何かの影で。
「……何だ、あの、化け物は」
そこには、黒い霧のような形状をした化け物が。
チートアイテムが積まれた巨大ラックを盛大に倒しながら、倉庫の内部で暴れていたのだった。
つづく
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