発端

「ワッ、なんてこった。何だ、これは!」

 驚愕のあまり声を張り上げたのは、川原かわはらという中年の警部だった。彼の背後にいたうら若き新米刑事、浅倉あさくらに至っては、顔面を蒼白にし、動くことすらできなくなっている。何という偶然だろうか。ある日、ちょっとした暇を手に入れた二人の警察官が、道でバッタリ遭遇した。折角なので、チョット珈琲でも飲みましょうか、と言って「黒百合」という喫茶店に入ると、珈琲の苦い薫りと、血の鋭い臭いが同時に彼らの鼻孔を支配したのだ。何事かと奥に入ると、カウンターに血塗れの男と女が突っ伏していた。

 調べるまでもなく、この男女は息を引き取っていた。この二つの死体はうつ伏せで重なり合っていて、下の女の方はよく分からなかったが、上の男はひどく頭を殴打されたのだろうと見当がついた。頭頂から多量の出血をしており、グロテスクな凝固し掛けの血の沼が、ぬめり気を帯びて光っていたのだ。

「ヒィ、け、警察を……」

浅倉刑事は激しく動揺していたが、川原警部は既に落ち着きを取戻し、低い声で、

「浅倉君、呼ぶまでもなく、我々が警察じゃあないか。まあ落ち着きたまえ。署の方には私が連絡するから、君は、チョット外に出て、を捜してきてくれ」

「そ、そんなァ、川原さん。無理を言わないで下さいよ。あんな、いつも宛もなくぶらぶらしているを、どうして僕が見つけられるんです? それに、民間人に協力をあおぐだなんて、警察として……」

なんぞと侮るなよ。あいつ、ああ見えて相当頭が切れるんだから。ははは、浅倉君、そんな顔をするな。民間人ったってなあ、あいつらは特別なんだよ。心配ないよ、君。何処にいたってね、彼らは事件の傍にいるんだ」

「はァ、そうですか……」

川原警部の乾いた笑いに、浅倉刑事は、なんだか腑に落ちないような、曖昧な返事をした。

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