探偵
カランコロンと下駄を鳴らしながら、その青年は道の中央を闊歩していた。隣には、洋装をしたおさげの可憐な少女がくっついて歩いている。
この二人こそ、あの浅倉刑事が探し出さねばならぬあいつらであった。此処で私は、この二人について詳しく説明せねばならない。
青年の方は、
空に引っ付いている少女は、
二人はS坂にある貸本屋の二階を間借りして、四畳半で共に暮らしている。数年前、彼らの家で、ある凄惨な事件が起こったからだ。「こんな家に居られるか」と啖呵を切って出てきたと聞いたが、真偽のほどは定かではない。
さて、二人は連れ立ってアイスクリイム屋に向かっていた(このアイスクリイム屋というのは、件の喫茶店の斜向かいにある)。空と潔子は、アイスクリイムが大の好物であった。アイスクリイム一つ十八銭、安価とは言い難いが、彼らには綾樫の家から、生活費その他もろもろを支給されていたので、週に一度贅沢気分でアイスクリイムを食しても、まだまだ釣りが出た。
アイスクリイム屋で、二人はヴァニラとチョコレエトの混ざった洒落たものを注文した。給仕の娘が運んで来れば、二人はまるで芸術品を鑑賞するような、煌めいた面持ちでそれを眺めた。意を決して匙を取ると、今度は夢中になってそれを口に運ぶ。あっという間に食べ終えてしまうと、二人は名残惜しそうに空っぽの皿を眺めていた。
店を出ると、斜向かいの喫茶店「黒百合」の前で、いつぞや会った若い刑事が(もちろん浅倉刑事だが)、蒼白な顔で右往左往しているのが見えた。刑事の、何か、いや、誰かを捜すような視線を避けながら、空は身を震わせた。もしかして、何かしら事件があったのかしら、まさか、俺たちが巻き込まれるようなことがありゃあしないだろうかと、気が気でなかったが、どうやらその予感は当たっていたようだ。空と潔子の姿を見つけると、浅倉刑事は思い切り駆け寄ってきた。
「お潔ちゃん、逃げよう。折角楽しみに来たのに、事件なんか――わざわざ俺たちが駆り出されなきゃならんような事件に巻き込まれちゃあ、堪ったもんじゃ無いもの」
潔子が頷くのを確認し、空は潔子の手を取って駆け出した。浅倉刑事は、待て、お待ちなさい、待ちたまえ書生っぽ、と言葉を変えながら、革靴が汚れるのも構わずに追ってくる。
「待ちたまえ、一君。何だって、君は逃げるんだね」
「刑事さんに追っかけられて、逃げない阿呆が何処にいるって言うんです。折角の休日を、なまぐさい事件なんかで台無しにしたかァないんですよう、だ」
空は潔子に気を遣いながらも、舌を出して反論した。しかし、着流しと背広、下駄と革靴、子連れと空手では分が合わず、空はあっと言う間に浅倉刑事に捕まえられてしまった。
「さァ、堪忍しなさい。川原さんが御呼びなんですよ」
そう言うと、空は唇を尖らせ、ひゅうと笛のような音を鳴らして答えた。
「なんですって、川原さん? それならそうと早く言ってくださいよ、川原さんの頼みなら、逃げやあしなかったのに」
「君、僕を馬鹿にしているんですか……」
浅倉刑事は蒼白だった顔に少し色を戻し、狐のような奇妙な笑みを浮かべる空に吊られて苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます