第17話 曖昧な返事はよくない

 食べ終わった容器を持って階段を降りると、居間がなにやら騒がしい。テレビの音と、話し声が混じっている。

「やあねー」

 母がしきりに笑い声をあげていた。何事かと思って覗くと、机の上が花柄だのレースだのなんだのでいっぱいである。床にも大量のショッピングバッグが転がっていた。

「な、なんの祭り?」

「女の子ってほんといいわね、

 なんでうちには野郎ばっかり生まれちゃったのかしら」

 昨日の彼女が髪の毛に沢山の飾りをつけられて、助けを求めるような目でぼくを見た。机の上にはきらびやかな装飾品の数々が並べられている。

「女の子がひとりいるだけで、うちの中がほんと華やぐわぁ」

 母は喜んでいたが、彼女はどう見ても迷惑そうだった。あるいは困惑しているのかもしれない。

「ふたりで出掛けてたんだ」

「そうなの。ふたりでショッピング、ちょー楽しいー。

 ねーえ、これもちょっと着て見せてよー」

 花柄のスカートを指差しながら母が言う。ぼくには彼女のはしゃぐ意味がまったくもってわからなかった。もしぼくが女に生まれていたら、毎日こんなハイテンションな母と過ごさなければならなかったのだろうか。つくづく男に生まれてよかったと思った。

「牛丼、ごちそうさま」

 ぼくは小さくなって母をやり過ごすことにした。何食わぬ顔でゴミを処理し、そっと二階に引っ込もうとする。

「あ、ちょっと!これとこれ、どっちがいいと思う?」

 失敗した!ぼくは自分の作戦の不備を呪いながら、引きつる笑顔で

「こ、こっちのほうがよく似合うんじゃない?」

 などと言ってのける。正直どっちの服がよりどうこうとかいうのは、まったく頭になかった。ただこの時間をどのようにして切り抜けるか、そんなことしか考えていなかったのだ。それなのに。女性はぼくの指差した方の服をまじまじと見つめ、そのオレンジのシャツを大事そうに胸元に引き寄せると、ぼくの顔を見て、笑った。まただ、またこの顔だ。ぼくは恥ずかしさに顔をそらした。

 どうしてこんなに屈託なく笑えるんだろう。どうしてこんな、なんの迷いもない目で他人の顔を直視できるんだろう。ぼくなんか、ぼくみたいな、こんな、男の前で。ぼくには彼女の顔がただただ眩しくて、そっとそこから遠ざかることしかできなかった。


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