昼下がりはひとり

第16話 電話が鳴る

 気がつくと、家の中の電気は全て消えていて、人の気配はなかった。いつのまにか、眠ってしまったみたいだった。食卓はすっかり片付いていて、辺りでは物音ひとつしない。机の上から体を起こすと、床にブランケットがずり落ちた。ああ、母さんがかけてくれたのかもしれない。


 身体中がひどく重くて、どこもかしこも不快だった。心当たりのない、脇腹なんかが動かすと痛む。筋肉痛だろうか。今の自分には休息が必要だと感じて、自分の寝床でゆっくり寝ようと、椅子から立ち上がったその時、電話が鳴った。ぼくのケータイではなく、固定電話の方だ。呼び出し音は、無人の家の中で、不自然なくらい大きく鳴り渡っていた。

「はい、もしもし」

「あー、俺、俺だけど。今晩空いてる?」

「へ?あの、どちらへお掛けですか?」

 間違い電話だと思った。

「篠崎ですよ」


「あっ、あー」


「迎えに行くから、7時な、」

「え、ちょっ、おいっ」

 電話は一方的に切れた。だからこういうのは苦手なんだって。誰にあてるでもなく、舌打ちが漏れる。受話器を置いて、時計を見た。もうすぐ13時になる。半分ヤケになりながら、もう寝てしまおう、と思った。こんなに疲れているんだから、強引な誘いを受けるいわれはないじゃないか。むしろ積極的に断ってもいいくらいだ。そんなわけで、ずんずん自分の部屋に向かって、バタンと扉を閉めた。そのままベッドの上に身を投げ出す。…年季の入ったベッドだから、壊れるんじゃないかと思ったけど、なんとか大丈夫だった。ひとり暮らしの部屋から持って帰ってきた、煎餅蒲団に顔を埋める。


「えほっ」


 ずいぶんとほこりっぽかった。近いうちに買い替えよう。そう心に誓いながら眼を閉じる。ぼくは疲れてる、眠るんだ、そう眠るんだ。自分に言い聞かせながら眠りに落ちようとする、けれどうまくいかない。どうしてぼくはいつもこうなんだろう。ゆっくりするためにこっちに帰ってきたのに、これじゃあ前と何も変わらないじゃないか。休みたい、心置きなく休息を取りたい。心を安らげたい。祈るように、眼を閉じ続けた。


「たっだいまー、お昼、牛丼買ってきたよん」


 ノックもなしに、ドアが開く。母はずんずんと部屋に侵入してきたかと思うと、ぷんぷんと香り高い牛丼屋さんの袋を学習机の上に置くと、軽やかなステップを踏みながら部屋を出て行った。目を閉じても暴力的なその匂いは嫌でも鼻腔を刺激するし、飴色の玉ねぎの香りが食欲をそそる。胃が、腸が、空腹を訴えていた。

 神様がぼくに寝るなと言ってるんだ、きっとそうなんだ。重たい体にムチ打ちながら、ぼくはニオイの元に向かって行った。

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