第15話 小さな子供のような

 米も、味噌汁も勧めてみたけど彼女は自分から箸を、ないし手を、つけようとはしなかった。試しにスプーンに少量乗せて口元へ持って行ってみる。怪訝そうな顔をして、盛んに鼻をくんくんと動かしながらも、味噌汁を少し、飲んだ。


「おいしい?」


 彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。味噌汁に馴染みがないくらいだから、やはり日本の人ではないのかもしれない。油揚げを口元に近づけてみたけど、なかなか口を開いてくれない。だめもとでワカメを試してみると、彼女は意外なことに、ためらいなく口に運んだ。しばらく口の中でその味を確かめるように噛み含めると、ゆっくりと呑み下す。

「自分で、もってみて」

 手をとってスプーンを握らす。まだ文字も書けない小さな子供がクレヨンを握るようにして、彼女はぎこちない動作で、自分から味噌汁をすくって口に運んだ。


「そうそう、うまいうまい」


 口に運ぶまでに、スプーンの中の半分がテーブルの上に溢れていた。それでも、ぼくが褒めると、彼女は嬉しそうに笑う。その笑顔は大人の女性のものというより、もっとずっと子供染みた、飾り気のない笑顔だった。いったいこの人はいくつなんだろう。どこで生まれて、どんな風に育って、どうやってあの浜にたどり着いたんだろう。疑問はつきなかった。今すぐ彼女に問いただしたい気もするけど、あまり質問を重ねすぎて心を閉ざされてしまうのも困る。考えあぐねた挙句、ぼくは今は何も聞かないことにした。ひとまずしっかり栄養と休息を取ってもらって、早く元気になってもらおう。ある種の性質の人々にとっては、質問することが詰問、あるいは責められているように感じる、というのをどこかで聞きかじっていたぼくは、自身に彼女への質問を禁じた。


 彼女の食事の世話をしながら、合間に自分の朝食をとる。なんだか小さな子供を育てているみたいだ。そう感じた。

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