第14話 どこから来てどこへ行くのか

 皿の上の魚に、女の手が伸びる。

「あっ」と声を上げた時にはもう、彼女は鮭にかぶりついていた。


 非常に大胆に、男らしく、いや、獣の風格さえ漂うような食事風景に、ぼくは引いた。ほふる、という表現がしっくりくる。両の手でしっかりと切り身を掴んで、口の周りを油でギトギトにしながら、大きな口でその身にかぶりつく。まるでハンバーガーか何かを食べるみたいに。そのくせ、骨だけは器用にいちいち抜き取ってくる。ぼくは慌ててキッチンのふきんを彼女に投げた。けれども彼女がそれを活用する様子はない。ものの1、2分も経たないうちに、お皿の上はいつのまにか綺麗に骨だけになっていた。皮も、ひとかけらの身も残っていない。化け猫か、物の怪か、そう思うと少しゾッとした。とんでもないものを家に招き入れてしまった気がする。たとえば彼女がただの人間でも、この素行の悪さはちょっとどうかと思うし、そんな人間を家に上げてもいいものなのか。


 ぺろぺろと、彼女は自分の口の周りや、手に残っていた鮭の油を丁寧に舐めた。見かねたぼくは、そんな彼女の手の甲を持っていた箸でパチンと叩いた。

「めっ」

 彼女がびっくりしたような顔でぼくの方を見る。

「こう使うの」

 ぼくは箸をゆっくりと持ち、父さんの残していた皮を切って、口に運ぶ真似をした。彼女は箸を手にしたのはいいものの、見よう見まねでかちかちともてあそぶ。もしかすると日本の人ではないのかもしれない。その手つきは、普段から箸を使いなれている人間のそれではなかった。3歳の子供がするような、おぼつかないものだったのだ。ぼくは彼女の席に近づき、濡らしたふきんで丁寧に彼女の手や顔を拭いた。彼女はじっとぼくのされるがままになっている。


「ほんとに…、いったい、どこから来たの?」


 ぼくの問いに答えはなかった。思わず溜め息が漏れた。


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