朝になれば生まれ変われる

第13話 朝が来たのに

 大人しく自分の部屋に引っ込んだのはいいものの、眠れないまま夜が明けた。喉の渇きに耐えかねて、リビングに向かうとそこには。


 食卓にて、塩鮭と味噌汁を前にしたまま固まっている、父の姿。父の正面では、母のワンピースを着た彼女が座っている。新手のドッキリのような状況に、一瞬、頭の中でなんと説明したらよいかがぐるぐると回った。

 小さな目を思いっきり見開いた父と、目が合う。父はぼくと彼女を交互に見渡して、ずずっと味噌汁をすすった。

 思わずぼくも固まってしまう。一体どこから説明したらよいのか、さっぱり見当がつかなかった。彼女もやはり、動かない。

「あ、あの、これは」

「おまえもなかなかやるな」

 父はそういうと、焼き鮭に箸を入れた。父の箸先を、女性が目で追う。


「なんだよ、気が利かないなぁ。

 お嬢さんの分も、ほら、ご飯よそってさしあげて」


 父はぼくに向かって箸を振り回す。ぼくは釈然としない気持ちで来客用の茶碗にご飯を盛って、 味噌汁を注いだ。彼女の前に食器を置きながら、どうして父がこんなにも上機嫌なのかを考えていた。よくよく思い返してみればぼくが女性を家に連れて来るのは初めてのことだ。高校の頃は彼女なんていたことがなかったし、女性を連れて帰省なんかもしたことがなかった。そうか、父さんは彼女をぼくの恋人とか、婚約者かなにかだと思っているのか。それとも単に若い女性を見てはしゃいでいるのか。


「私は今から出勤だけど。ゆっくりしていってね」


 父は彼女の肩に軽く手を添えると、背広を羽織って通勤カバンを手に、慌ただしく部屋を出て行った。脱力して崩れ落ちるようにしながらもなんとか椅子に座ると、ふと彼女の様子が目に留まる。なんというか、形容しがたい目つきで父の食べ残した鮭を見ている。父の汚い食べ方が気に触るのかもしれない。ぼくは食器を片付けて、冷蔵庫から、ラップの掛かった鮭を取り出してレンジにかけた。それを見ていた彼女ががたん、と椅子から立ち上がった拍子に、バランスを崩してその場に倒れこんだ。まだ足が痛むのかもしれない。

 慌てて彼女に駆け寄って助け起こす。彼女の胸元からはまだ、古いワンピースの香りに混じって、磯の香りがしていた。


 なんとかして彼女を椅子に戻すと、ちょうどレンジが止まった。塩鮭の油の香りが、今や部屋中に充満している。皿を彼女の眼の前に置く。ぎゅるるっと、腹のなる音がした。

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