第11話 いたい足
家に着いて気がついたことがある。彼女はどうやら足を痛めていて、誰かにもたれかかって歩くことすら困難だった。ぼくは母とふたりがかりで、彼女を風呂場へと運び込んだ。
温かいシャワーを足の指先にかけると、彼女はびくっと身をすくませた。
「大丈夫、大丈夫よ」
母が優しく声をかけながら、彼女の髪に、体に、お湯をかけて汚れを洗い流していく。退室しようとするぼくに、何かあったらどうするの、お母さんひとりで、という声がかかる。極力彼女の体を見ないように目を背けていたが、それにだって限界がある。テレビの撮影みたいに、大判のタオルをかけながら、母が丁寧に女性の髪を洗い流すのを見ていた。
始め目に見えて怯えていた彼女も、徐々にぼくたちの介助を受け入れつつあるように感じた。母はまるで赤ん坊にするように、優しく彼女の頭を洗い流す。もつれていた髪もまとまりを取り戻していた。
「塩水は髪を傷めるからねぇ」
母はそう言って丁寧に彼女の髪にリンスを塗りたくった。
彼女の口元に、徐々に血の気が戻る。ふたりで彼女の足を、できるだけゆっくりと湯船につけた。痛むのか、彼女が声にならない悲鳴をあげる。
「あたためたらいけないのかもしれないね」
そこで入浴を早々に切り上げた。母は予期せぬことがあってはいけないから、よく彼女を見ているよう言い残して、自分の部屋に引っ込んだ。タンスを開けたり、あちこちひっくりかえす物音がするから、自分の古い服を探しているのかもしれない。ぼくななるべく彼女に触れないよう、その髪を拭いた。脱衣所の床に座り込んだ彼女はなんだか茫然としている。よほどひどいことがあって、現実を受け入れられないのかもしれない、などと、ぼくの想像は膨らむ。
しばらくしていると、二階から母が降りてきた。手には10年ほど前に来ていた水色のワンピース。
「サイズが合うといいんだけど」
ひとまずぼくは脱衣所を出た。さすがに着替えまでは手伝えない。脱衣所からは、
「こらこら、違うって、そっちじゃないよ」
などという母の笑い声がときおり聞こえた。ひとしきり物音が止んでからは、
「まぁー、私の若い頃みたい、よっく似合ってぇ」
という、母の年甲斐もなくはしゃぐ声がする。なんだかどっと疲れを感じて、このまま眠りこけたい気分だった。
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