第10話 深夜のドライブ

 深い眠りから突然の電話で起こされ、不機嫌だった母も、彼女の姿を見て一気に状況を把握したようだった。彼女を車に乗せ、


「病院、それとも警察!?…家まで送ったほうがいいのかしら」


 バックミラー越しにぼくたちを不安げに見る。彼女はぎゅっと目をつむり、苦痛そうに、首を左右に振ったかと思うと、そのまま固まってしまった。


「とりあえず、温かいお風呂に入れてあげよう、それから、服も…」

 ぼくがそう言うと、母は小さくうなずいた。


 車の中は居心地の悪い沈黙で満ちていた。ぼくも自分の判断が正しいのか、間違っているのか皆目見当がつかない。どっちにしろ彼女を海岸に見捨てたり、本人の了承も得ずに警察沙汰にするよりはずっとマシなことをしているはずだ。そう思い込みたかった。ここのところ、海に出るとろくなものを拾わない。風の強い日は、いつもそうだ。発泡スチロールの容器をウミウシで一杯にした嵐の次の日が懐かしかった。あの頃は、こんな厄介なもの見つけたことがなかったのに。この間から、調子を崩されてばかりいる。


 ……、いやきっと、海にはどんなときも色々なものが落ちているんだ。子供だった頃は自分の興味のあったものしか目に入らなかっただけじゃないか。彼女はぼくの膝を枕に、今では固く目を閉じていた。全身にこもった不自然な力から、眠っていないことは推測される。女性の痛々しい姿は、見ているだけで胸が痛かった。足はよく見ると傷だらけで、海底をぐるぐると引きずられたようにも見える。だとすると自殺未遂だったのかもしれない。もっとひどいのは、暴行を受けた後で海に投げ込まれたパターン。後者だったら、絶対に警察に届け出なくてはいけない。


「お嬢さん、大丈夫?ご家族、心配してるんじゃない?」

 母がバックミラー越しに彼女を見た。彼女の目が薄く開く。その目は悲しげに、いいえと首を振るだけだった。

「よっぽど訳ありみたいね」

 母がぼくを見た。その目には、ぼくを咎めるようなニュアンスも認められた。

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