第9話 おおきな落し物

 なんとか彼女をおぶって砂浜を離れた。舗装されたアスファルトの上を歩きながら、背中に乗せた彼女のことを考えていた。全身が冷え切っていて硬くこわばっている。一刻も早く温めないといけない。警察呼ぶのが先か、救急車が先か。ポケットの携帯を手探りで探り当てた。


「今助けを呼びますから」


 指先が震えてうまく画面を操作できない。ぼくの親指にふと、彼女の白い指が触れた。不自然なくらいに指が長い。そしてやっぱり、ひどく冷たい。ぼくの耳元で風が擦れたような、ぜいぜいと苦しそうな息遣いを感じる。


「け、警察かな、それとも、誰か、迎えに来れそうな人は」


 彼女の答えはなかった。浜側から吹き抜ける風は容赦がない。濡れていた彼女の髪や足を考えると、どんどん体温が奪われて行っているに違いない。早くなんとかしなくては。ぼくは迷った挙句、短縮ダイヤルに設定していた母親に電話をかけた。警察を呼ぶ、勇気はなかった。電話口の母親の声は寝起きで、機嫌が悪い。それでもなんとか車を寄越すように説得した。


 歩き疲れたぼくは、その場に彼女を下ろすと、着ていた衣服を脱いで彼女のに体にかけた。彼女はうつむいて話さない。ぼくが、怖いのかもしれない。

「大丈夫だから」

 ぼくは根拠のない大丈夫を繰り返すことしかできなかった。


 あらためて街灯の下で彼女の顔を見てみると、ずいぶんと整った顔立ちだということがわかった。自殺未遂か、何かの事件に巻き込まれたのか。どっちにしろ訳ありには違いなかった。

「名前を、きいてもいい?」

 彼女がぼくの顔を見上げて、何か言いたげに口をもごつかせた。

「家族に、れんらくしようか」

 彼女は左右に首を振った。

「話を少し、きいてもいい?」

 今度も彼女の反応は同じ。きっと何も言いたくないのかもしれない。ぼくは彼女の隣に腰掛けて、彼女の背中をさすり続けた。掌の下で、華奢な背骨が、固くこわばっているのを見ると、やはりぼくが怖いのだろう。なにか嫌な目にでもあったのかもしれない。結局車が来るまでぼくは、何も出来なかった。

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