第7話 旧いともだち
「昼間家にいるんなら、庭の手入れくらいやっといてよ」
母はそう言ってパートに出かけて行った。仕方がないので、朝食を済ましたあとジャージを着替えることもなく庭に出る。庭には発泡スチロールの箱に、無秩序にネギやら花の苗やらが植わっていた。綺麗でもないし、実用的でもない、なんのために植わっているのかわからない。そんな花々の隙間に根ざした雑草をぼくは黙々とむしる。むしり取ってはビニール袋に突っ込む。
始める前は面倒に思っていた作業も、やり始めると案外集中できることに気づく。土いじりが精神疾患を緩和するというのは本当かもしれない。実際、湿った冷たい土に触れるのは、初めの頃こそ不快に感じられたが、やってみると徐々に心地よく感じられてくる。子供のころの泥遊びのような、無心になれる感じ。悪くない。いつの間にか袋は雑草でパンパンになっていた。ビールでも飲みたくなるような、そんな感じ。充足感、とでもいうのだろうか。もちろん生えている雑草をむしったくらいでは、母の拙いガーデニングの残念な見た目が改善されることはない。それでも、嫌なことを思い出さずに作業に没頭できたのは、ぼくにとってはいい気分転換になった。
ふと、家の前に一台のバイクが停まった。思わず緊張が走る。背中に冷たい汗が伝った。
「久しぶりだな、帰ってきてたのか」
ヘルメットをとって気軽に声をかけてきたその顔に、覚えはなかった。
「えっと…どちら?」
ごくりと唾を飲み込みながら、男との距離を測る。
「俺だよオレ、篠崎だよ」
「…」
頭の中であっと音がした。篠崎って、あの。近所に住んでいた、篠崎登だ。むかしこの家の前でよく遊んでいたっけ。いつも強引に怪獣の役ばかりさせられていた思い出が蘇る。
「なんだ、なっつかしいなー、」
庭のゲート越しに、篠崎が顔を覗き込んだ。相変わらず遠慮を知らない目つきだ。後ずさるぼくに追い打ちをかけるように人懐っこい笑みをうかべる。
「なんも変わってねーな」
そういう彼こそ、ちょっとやんちゃな顔つきは小学生の頃から変わっていなかった。ぼくは中学で地元の公立には行かず、この辺りの進学校に進学したため、篠崎とはもう十何年も顔を合わせていなかったのに。旧知の仲みたいに声をかけてくる篠崎の図太さが嫌だった。いや、彼が嫌だったんじゃなくて、今はとにかく人と会いたくなかったのか。
「しばらくこっちにいんの?」
篠崎がぼくのジャージ姿を眺めながら聞いた。
「あ、ああ、うん。まあ」
「また遊び誘うわ」
彼はヘルメットを被り直しながら、ぼくに軽く手を振ると、バイクを発進させた。エンジン音と、巻き上げられた埃を含んだ乾いた風がぼくと一緒に取り残されて、庭の隅に転がったビニール袋を揺らしていった。こんな姿を見られたくなかった。やつはぼくを見てなんて思ったんだろうか。やっぱり、帰ってくるんじゃなかった。ぼくは泥で汚れた手で、ジャージの裾をぎゅっと握った。
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