第6話 ぼくの部屋

 意外なことに、ぼくの部屋は使っていた当時のそのままの姿で残されていた。いつ帰ってもほとんど同じ状態に保たれているから、ときどきは母が掃除してくれているのだろう。書斎がほしいという父のリクエスト通り、学校を卒業したあとにはきっと、解体される運命にあるのだとばかり思っていた。


「それがねぇ、なかなか踏ん切りってつかないものよ」

 母はいつかそんなふうに笑っていたっけ。ぼくのがらくたがほとんど捨てられず、手付かずで残っている。

「ビーダマンなんて誰が使うの、捨てちゃえばいいのに」

 思わずぼくも呆れて笑ってしまった。

「あんたばかだったなぁって。こういうの見ると、思い出すでしょう。そしたらもう、ゴミにまとめるどころじゃなくって。懐かしいのよ」

 母が寂しそうに言うのでぼくはなんだか成長してしまったことが悪いことのように感じたものだ。

 押し入れの中には今も、アルバムや文集、やっつけで仕上げた夏休みの宿題なんかがまるごと仕舞われている。


「今度一緒にごみまとめようよ」

 以前、母にそう声をかけたことがある。

「そうね、一緒なら。勝手に捨てられたって、文句の出ようもないもんね。けどあんた忙しいでしょう、ちゃんと時間作ってよ」


 あのときはまさかこんなに早く、暇がまとめてやってくるとは思わなかった。人生っていうのは、わからないものだ。勉強机に座ってみると、机の端に好きだった漫画のタイトルが彫られていた。壁に貼られた映画のポスターも、アイドルの切り抜きも、色褪せてはいたけど当時のままだった。机の上の英和辞典も、教科書も参考書も、荷造りをしたあの時から、ほとんど変わらない位置に収まっている。パイプベッドの下には、小学生の時の書道セットまでとってあった。こんなの絶対使えなくなってるに決まってるのに。


 そうだな、ちゃんと捨てないと。しばらく実家に間借りするって言ったって、いつまでになるかはわからないし。まずは環境を整えていかないと。台所から拝借した巨大なゴミ袋を片手に、ぼくは宝の山と向き合った。子供のころの、思春期の頃の、懐かしい思い出はほとんど恥ずかしいものばかりでなかなか直視できない。まずは学習机の中身を全部整理して、机を解体してゴミに出してしまいたかった。もういっそ全部何もかも捨ててしまって、一から全てをやり直したい。そんなことをしたらまた、両親が心配するだろうか。だけど、今のぼくには本当になにもないから。

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