夢でいいのに

第66話 舞い込んだしらせ

 次の日から意識して彼女に優しくするようになった。そもそも彼女は帰る場所もないような、不憫な女の子なのであって、そんな彼女に辛く当たるなんてぼくが間違っていたのだ。海を見ながらひとりで泣いているなんて、健気じゃないか。自分のとった行動がとても恥ずかしくて、ぼくは拳を握りしめ自分の頬を打った。彼女の希望にできるだけそえるように、彼女の嫌がることはしないように、ぼくは努めた。

 それでも、彼女の寂しげな仕草が改善されることはなかった。どうしたらいいのか、自分にもわからない。ただ、なるべく彼女に辛い思いはさせたくないと思う。


 ぼくは部屋で彼女に金子みすゞの詩集を読んであげた。彼女はぼくの膝に頭を乗せて床に寝転がっている。けれどもその目はどこか虚ろで、寂しげだった。お昼に彼女の気に入っているボンゴレを作ってあげても、その目の奥の穴は深く広がるばかりで、どうしたらいいのかぼくも思い悩んだ。

 どうにか彼女に前のように微笑んでほしくて、近所のスーパーで花を買って帰った。けれども彼女は少し微笑んで見せただけで、すぐに和室に引っ込んでしまった。花はしばらく食卓に飾られていたけど、そのうちしおれてしまった。


 後をつけたことがそんなにもショックだったのだろうか。ぼくは知らない間に彼女を深く傷つけてしまっていたのかもしれない。そう思うと夜もなかなか眠れない。そんなある日のことだった。


 ぼくのスマホに、一件のメールが届いた。差出人は登だった。

 件名:結婚しました


 添付されている画像を開くと、純白のドレス姿の女性と、なぜか紋付袴の登が、ブーケを手に、顔を寄せ合って幸せそうに笑っていた。女性はお世辞にも美人とは言いがたく、恰幅の良い肩幅や肉付きの良い腰回りが白いドレスに強調されている。本文に目をやると、

 身内だけで式をしたから友人関係は呼べなかった、事後報告すまんな。

 とだけ書かれていた。返信を打とうとして、文章に詰まった。

 お幸せに、というメッセージを単純に送りたいのだけど、奥さんの容姿には触れるべきか、それともふたりのちぐはぐな服装に突っ込むべきか、馴れ初めなんかを聞いたほうがいいのか、悩みは尽きない。


 考えあぐねた結果、メールではなく電話で折り返すことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る