はんぶんの悲しさ
第63話 深夜のお出かけ
最近になって気づいたことがある。どうやらまこさんは深夜に家を抜け出すことがあるようだった。それも夜中の一時から四時の間である。妙齢の女性がひとりで出歩くには物騒な時間だ。そもそもそんな時間に彼女は一体何をしているんだろう。誰かと会っているのか、何かをしているのか。
けれども、相手も子供ではないのであれこれ詮索するのはやはり良くないだろう。しばらく様子を見るべきかもしれない。
初めの頃はぼくもそう思っていた。しかし、今日も彼女は夜の三時だというのに、ふらりと家を出て行ってしまった。窓からその後ろ姿を見送りながら、どうしてもあとをつけてみたい衝動を必死で抑える。尾行なんて、悪趣味にもほどがある。でも、もし彼女が危険な目にあったら?みすみす見逃したぼくの責任ではないのか。いや。っていうか、鍵、鍵も閉めずに出て行かないでよ、ぼくはそっと玄関に行って確認してみた。案の定、鍵は開いていた。慌てて施錠しようとして、気がついた。
ここで鍵を閉めたら帰ってきた彼女が入ってこれなくなる。けれども開けっ放しというのも物騒だ。どうするべきか、しばらく考えて、寒かったから部屋に戻ることにした。もちろん鍵は開いたままである。
ぼくは窓から通りを眺めた。彼女が帰って来るまで待っていよう、そう思った。年頃の娘のいるお父さんの気持ちとはこんなものなのかもしれない。
よくよく考えてみたら深夜に無断で外出するなんて不良にもほどがあるじゃないか。一体どこで何をしているんだ。帰ってきたら一度叱ってやらないといけない。そこまで考えて、自分は彼女の保護者でもなんでもなかったことに気がつく。ぼくには彼女を叱る権利なんてないのかもしれない。しかし、心配するのはぼくの勝手だろう。
そんな風に思い悩みながら一時間が過ぎた。四時と言ったら早起きのお年寄りや勤勉なお父さん、学生さんなんかが起き出す時間である。現に斜向かいの老夫婦の住む家の一階に明かりがついた。まったく、本当に、彼女は今どこで誰と何をしているんだろう。
しばらくすると、向こうの方に人影が見えた。ああ、彼女だ。朝靄に霞んだ景色から、スカートをはいた彼女のシルエットが見える。彼女は音もなく道を歩き、ぼくん家の前に消えていった。
ぼくはそっと階段を降りて行った。家に入ってきた彼女と目が合う。彼女はいつもとは違い、ふっと目をそらすと、すたすたと和室の方へ消えていった。
「え、待って、」
と呼び止めようとしたけど声がかすれてうまく出ない。心臓がひどくざわついた。どうして、いつもはあんなに屈託無く笑いかけてくれるのに。ぼくは彼女の消えていった襖を眺めながら、しばらくそこに立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます